02-03:物差しは文具ではなく武器でカテゴライズ
「剛剣ってのがあの突進みたいな勢いに乗った避けるのが難しいやつで、柔剣ってのが最後に出そうとしてた嫌な感じの奴か」
思い出しながら改めて記憶の中の刀子の太刀筋をを分析する一樹。
「そうね。姉様はどちらの練度も高いから織り交ぜて使うことで相手の判断ミスを狙うわ。機動力がなくて防御に頼る相手には柔剣を使って防御ごと斬り落とし、機動力のある相手には剛剣で速度で圧倒するの。まあ、どっちも馬鹿みたいな速度でやるから対応できる人間なんてほんの数人しか私は知らないけど」
「あ、数人はいるんだ」
『身体強化』に加え、『放ち』による加速スラスターによって初速でほぼ音速まで加速できる刀子の剣術は初見で対応するのは難しい。まず速度に合わせられること、そして見極めること、この二つが出来ないと文字通り瞬殺される。
一歩間違えれば自滅するだけの自爆剣術を使いこなす刀子の技術を身に着けれるべく、修行を開始して早三ヶ月。前より多少マシになったがそれでも未だに『竹千代』無しでは妹の揚羽にすら敵わない。
一樹としては揚羽の柔剣が反則だった。何せコピー用紙で木を切断する揚羽の柔剣。アレでまだ甲種戦姫になるための条件である魂の技術を身に付けていないというのだから末怖ろしい。
もっとも、一度魔法少女になってしまっているから二度と使えない可能性もあるわけだが。
「まあ、いいか。日も傾いたしもう帰るか」
気付けばもう夕暮れ。あと数分もすれば日が沈み冷え込むだろう。その前に帰りたい。
けれどそう思ったのがいけないのか、それとも何かフラグを建てたのか、帰路に就いた途端二人は結界に囚われた。
「ああ、この感じは」
「結界ね」
出て欲しいときには出なくて、出なくていいときに出てくる。よくある話。
周囲を見渡せば他にも数人飲み込まれている者がいた。
中学生くらいか、おしゃべりに夢中になっていて周囲の異変に気付けていない。
「面倒だな。揚羽、武器はあるか?」
「うーん、物差しくらいしかない」
揚羽にとって物差しとは武器なのか。
とにもかくにも結界に囚われたということはそれを発生させた原因が近くにいるということ。
原因を排除すればしばらくはこんなことしなくて済むか。
一樹は周囲窺うも、特に異常は見当たらない。中学生は今もおしゃべりに夢中。
揚羽が中学生に近付こうとしたその時、それは現れた。
突如として中学生の頭上に現れた巨大な蛇の開いた口。一樹は身体強化された脚力で目一杯地面を踏みしめアスファルトを砕きながら跳んだ。
中学生に迫る巨大な蛇を蹴飛ばし助けるも、一樹の通過した後に発生した暴風によって皆吹き飛んだ。幸い怪我の方は大したことが無かったが助けに入って怪我をさせたのでは世話がない。
一樹が蹴飛ばした蛇はいつの間にか近付いていた揚羽が物差しで嬉々として解体をしていた。
人間を複数人丸呑みできそうな数十メートルはくだらない巨大な蛇を物差しで輪切りにする。
蛇の相手は揚羽に任せて狙われた中学生へと向き直る。何が起こったのかさっぱり理解していないきょとんとした表情で巨大な蛇を解体する揚羽を見つめる中学生。一樹が話しかけても混乱していて話にならない。
こりゃダメだ、と避難させることを諦め、その場で周囲を警戒する一樹。
しかしそんな警戒も空しく、揚羽が蛇を解体し終わると同時に結界が崩壊。中にいた者達は日常へと還される。
しかし揚羽が解体した蛇は跡形も無く消え去っていた。
「ほら、とっとと帰りな」
一樹がそう言うとハッ正気に戻った中学生達は逃げるようにその場を去った。
揚羽が一樹のもとへと戻るなり「どう思う?」と訊ねてくる。
「あの蛇が結界を張っていたって可能性が一番高い、が」
「あの中学生の中に犯人がいる可能性も高い、と」
二人がそう思うのは魔法少女の存在を知るが故。魔法少女の大半が魔法を使い自身の欲望を叶えるべく行動しているのを知っているから。歳の頃も丁度一致する。それに
「女子って一緒にいる時は仲良さそうに喋ってるけどいなくなると陰口スゲーもんな」
あの中学生の中に蛇を使役する者がいて結界へと閉じ込め、他の中学生を蛇に食わせ、何事も無かったかのように日常へと帰還する。異能を身に付けた者ならそれくらいやってみせそうなもの。
揚羽もその可能性は頭の隅にあるようで「やっていてもおかしくない」と首を縦に振る。
考えても分からないことは置いておいて、分かるところから考えることにする。
「あの蛇についてどう思った?」
「うーん、凄く大きくて驚いたけど、切った感触は紛れもない生もの。切った時に血も出てたし」
「だが、今その血はないよな?」
蛇を斬り付けた時にそれなりに噴出した返り血を浴びていた揚羽。しかし、その返り血が綺麗さっぱりなくなっていた。一樹は揚羽に近付いて臭いを嗅ぐが生臭くない。
「臭いもないか」
「いきなりJCの匂いを嗅ぐとか変態か!」
一樹の行動に飛び退く揚羽。シスコン剣術娘も色々と気にするお年頃であったかと心のメモに書き記し、話を進める。
「体液を浴びた感触の方はどうだ?」
揚羽の抗議を無視しする一樹。ぶすっと不機嫌そうな表情を作る揚羽が答える。
「⋯⋯生暖かかったわ」
「魔法少女として活動していた時の化物の方はどうだ?結界と共に残骸も消えたのか?」
揚羽は腕を組み唸ると「⋯⋯消えた、と思う」とどこか自信なさげに答えた。魔法少女にとって敵は抹殺する対象であって検証したりするようなものではなかったのだ。そこまで注意を払うことはなかったのだろう。
元々そこまで期待はしていない。結界があったということはその手の技術を持った何者かが引き起こしているということ。今回はそれがはっきりしただけで収穫といえるだろう。
「まあ、いい。帰るぞ」
検証すべき現場も残骸もない以上この場に留まる理由も必要もない。もう日も沈み暗い。帰宅する以外の選択肢はなかった。ただ、
『竹千代、何者かが尾行している可能性もあるから警戒を頼む』
『分かりました』
帰路に就くも尾行者の気配は見つけられなかった。
――――――――――
その日の夜。例によって刀子が揚羽を抱えて一樹が間借りしている離れへとやって来た。
パジャマ姿の揚羽は相も変わらずぐったりとしたまま抱えられている。
流石に一樹もこの姉妹がここへやってくる前に何をしているのかが気になるが、藪をつついて蛇を出すわけにもいかず、黙って要件を聞いた。
「つまり、今回の騒動は間違いなく異能が絡んでいるけど、そいつらは刀子さん達みたいな対異能者について知っており、徹底して避けている、と」
「そう!だから私たちは索敵を止めます!」
刀子の宣言に「それでいいのか」と内心呆れる一樹。
何とも言えない空気の中、刀子は気にすることも無く言い放つ。
「だから貴方達二人で索敵と撃滅をしてもらいます!」
「⋯⋯⋯」
おかしい、話の流れが明らかにおかしい。
けれど一樹は直感した。きっとこのおかしな流れに異を唱え、揚羽はボコられたのだろう、と。
つまり、今回の事件を解決させるのは決定事項で、それに異を唱えることは許されない。ならば考えるのは如何にして解決させるか、どの程度までの協力を取り付けられるのか、だ。
しかし、一樹の思考は先読みされる。
「ちなみに私たち甲種戦姫は今回の件からは完全撤退し、御剣家としても協力は取り付けられません」
「⋯⋯⋯は?」
「それじゃあ私もやらなくていいのでは!?」
つい今しがたまでぐったりと抱えられていた揚羽が顔だけ起こしてそう言った。
それに伴い刀子さんは抱えていた揚羽を床へと落とす。
「甲種戦姫は、と言ったはずよ。揚羽、貴女は乙種戦姫、おわかり?」
有無を言わせない笑顔の刀子さんはそれだけ言って去って行く。残された揚羽はもぞもぞと動いてリビングへと向かう。
「飯ならもうないぞ」
毎度毎度ここへ来るたびに飯を食っていく揚羽に釘をさすも「ちっがうわよ」と怒られる。
「作戦会議よ、作戦会議。姉様がああ言った以上これはもう決定事項なんだからとっとと済ませた方が面倒が少ないわ」
俺もそこそこの付き合いになるので言いたいことは分かるのだが
「⋯⋯それでいいのか?」
一樹の言葉にすぐさま言い返す揚羽
「私だって思うところがないわけじゃないわ。でも、今回はそうした方が良さそうだって考える姉様の方が正しいのよ」
「何だそりゃ」
「姉様も言ってたでしょう?敵は姉様たち甲種戦姫を徹底して避けているの。これって甲種戦姫がどういう存在か知らなければ出来ない判断よ。それはつまり」
敵にその存在を知られている。もしくは
「まさか身内に敵がいるって?」
「それは最悪の一歩前のケースじゃない?まあ身内の知り合いって線が濃厚なんでしょうね。だから私たちが動くの。甲種戦姫でなくて、それでいながら甲種戦姫よりも戦力的に充実した私と一樹が」
「マジか」
だがしかし、もし予想通りに身内、もしくは身内の知り合いに敵がいたとすれば動きが読まれるのは当然。その点一樹と揚羽なら動きを把握されることはない。
「さ、分かったら作戦会議をしましょう。最悪、敵は既に私たちのことも掴んでいるかもしれないけど」
「夕方にやり合ったしな」
「そゆこと」
もし、夕方の戦闘を敵が観察していれば一樹たちも甲種戦姫同様避ける可能性もある。そうなれば完全に徒労であるが何事も備えはしておくに越したことはない。
二人は今後の大まかな予定だけをたて、あとはノープラン。下手にスケジュールを決めてしまうと逆に読まれやすくなるからだ。
作戦会議は早々に終わり、揚羽は離れの空き部屋へと向かう。今日はこちらに泊まるようだ。つまり
「朝食は俺が作れと」
一樹は寝る前にもう一人分の仕込みを終わらせるのであった。