02-01:噂話でフラグが経った
季節は秋、空が割れ、静岡が滅んだあの夏から三ヶ月の時が過ぎた。震災直後こそ連日連夜テレビなどで放送していたが三ヶ月経った今ではもう静岡県がなくなったことなど誰も気にしなくなっていた。精々三日に一度くらいの間隔で噴火する富士山の火山灰とその際の影響で起こる地震と津波を警戒するぐらいだ。
東海道が通らなくなったことで日本の流通事情は甚大な影響を受け、今では西日本と東日本ではまるで別の国のような扱いになりつつあった。
静岡県を滅ぼした原因の一つである笹瀬一樹は今、京都のとある私有地の山に住んでいた。別に山籠もりとかではなく、山にある別荘を間借りして生活しているのだ。
別荘の持ち主はここへと連れて来たハルカという女性の関係者。京都の警備会社を経営しながら剣術道場を営んでいる御剣さんだ。
道場は一樹の住んでいる山の反対側にあり、山道を一時間ほど歩いた先にある。警察や自衛隊の特殊部隊員なんかも習い来る一般的ではない道場だった。
一樹は昼間は学校へと通い、夕方から御剣さん家の次女、中学二年生の御剣揚羽にしごかれていた。
御剣流刀剣術を習うにあたって武道にありがちな精神を鍛えるだとかの御託は一切なく、聞いていた通り、才能のある者のための修練場といった雰囲気だ。ひたすら実践あるのみ。一樹は道場の裏にある山を駆け回り、相手を探して攻撃を仕掛ける。また仕掛けられるといった訓練をしていた。そんなことをしていると最近ここが日本なのかどうかも疑わしくなってきていた。
週一くらいで御剣さんちの長女にして師範の刀子さんが稽古をつけてくれるがぶっちゃけもう習うことはないと感じていた。というのもここに来るまで一樹が手探りでやっていた、魂を扱う技術の使い方の見本を見せて貰えたことで、今はその練度を上げることに集中さえしていればいい状態だ。
初日に師範と手合わせをして一樹は負けた。妖刀『竹千代』を使用しての敗北だ。敗北自体には驚かなかった一樹だけれど、その手合わせで見せた刀子の技、その練度に目を見張った。
刀子の見せたのは『放ち』と『留め』だけで一樹の様に『纏い』まではしていなかった。九重の曰く、段階的には実は一樹の方が先へと進んでいるとのこと。
しかし、一樹は一足飛びに、しかもかなり適当に教わり、適当に身に付けてしまったが故に放ち、留め、纏いがあまりにも疎かだったと気付かされた。もしそれらがゲームのスキルのようにレベルみたいなものがあるとすれば一樹は全てレベル1で、刀子は放ちと留めだけだがレベル10といったところだろう。あまりにも練度が違い過ぎて別物に見えるくらいだった。
それでも見て取れたのは思考加速のおかげだ。もし思考加速が無ければ本当に一方的にやられて何も理解できなかったことだろう。九重が思考加速が異能バトルに必須だという理由を改めて肌で実感できた。
そんな今日この頃、放課後の一戦を終えて揚羽が一樹に噂話をしてきた。
「悪魔が出没する?」
「そう、悪魔とか妖怪とか、とにかく化物が出たって話」
「京都の人もそういうのが好きなんだな」と一樹が素直な感想を述べると「そんなわけないでしょ」と揚羽に返された。
「いくら京都に住んでいても妖怪とか信じてる人なんかいないわよ」
「なら何で噂に?」
「異世界人」
「ああ」
揚羽の短い返答。けれど理解するにはそれで十分だった。
異世界人、一樹の知っているのはマスコットと呼ばれる魔法少女を利用する侵略者だ。静岡が滅んでから鳴りを潜めていたがとうとう現れたということだろう。
隣にいる揚羽が異世界人を知っているのはここの道場が特殊だからというのと、もう一つは元魔法少女という経歴の持ち主だからだ。
なんでも静岡が滅んだあの日、揚羽は魔法少女・ブレイドとして姉の刀子に勝負を挑み秒殺され、しかも心臓にあった異世界因子を直接手を突き刺されて抜かれたというバイオレンスな経験を経てからどこか大人しくなってしまったそうな。
今も訓練の途中にいきなりやる気をなくしてこうして世間話に興じているのだ。
「それじゃあ、マスコットが見つかったってことなのか?」
一樹の知るマスコットは蛇の様なやつと亀のような奴の二種類。どちらも大きさや形を変えられるので化物として見られても何ら不思議はない。
けれど揚羽は「それがそうじゃないみたい」と否定する。
噂話では既に数種類の化物が報告され、何れも有名どころであるゴブリンやコボルトといった西洋風のものからのっぺらぼうなどの日本妖怪風なものまであるらしい。
魔法少女なんてものを利用するぐらいだからそういったファンタジー色の強いものを選んでも不思議ではないと一樹は思う。けれど一応警戒の意味も含めて九重の話を思い出す。
「確か、適性がない者に無理矢理異世界因子を埋め込むと魂の変質に肉体が引っ張られて化物になるって九重から聞いた覚えがあるな。魔法少女がアブダクターと呼んでいたのも異世界因子適性のない人間だって話だっけ」
一樹の話を聞いて元魔法少女はただでさえ覇気の欠片もない佇まいから完全に力が抜けてしまっていた。人助けのつもりで被害者と証拠を抹消していたと後になってから知った彼女からすればいい気はしないだろう。
結局黙ったままの揚羽に一樹の方から話しを戻してやる。
「それで?化物退治にでも行こうって?」
「それでもいいかも。一樹の言う通りなら化物にも異世界因子ってコアがあるでしょう?一樹は練習がてらに化物になっちゃった人を実験台にでもすればいいのよ」
言ってることは酷いものだが言われて見れば一理ある意見に「それもそうだな」と納得し、二人は街へ降りることにした。どの道この後は街へ降り買い物をする予定だったのだからそのついでに注意するくらいはしてもいいだろう。
街に着き買い物を済ませての帰り道、二人は違和感に襲われた。
街に人が居ないのだ。
この現象に二人は心当たりがあった。魔法少女が戦闘時に使用する『結界』という魔法だ。
「おいおい、まさか噂話でフラグが立ったのか?」
「かもしれない」
二人は盛大に溜息をついた。二人にとってメインは買い物であって化物退治はあくまでおまけ。けれど買い物を済ましてしまうと早く帰りたいという気持ちが出てきてついでのプランはキャンセルする気満々だったからだ。
「この地域の魔法少女ってまだ生き残りは?」
この結界が魔法少女が張ったものであれば何事もなく抜け出すことも出来るだろう。けれど揚羽の返答は
「姉様に全滅させられてるわ」
つまり結界の主が魔法少女の可能性は限りなく零である。
嫌な予感しかしない一樹はとっとと結界から抜ける選択をした。
結界の端までそそくさと移動し、壁に向かって自身の武器にして異能を使うための道具である妖刀『竹千代』を振るう。
すると驚くほどあっさりと結界が引き裂かれ、二人は現実へ舞い戻る。そこには夕方の帰宅ラッシュの風景が広がっていた。
結界からあっさりと抜け出し、周囲に人の姿が現れたことに、これまた違和感を覚える。
結界とは現実の周囲に被害を出さないためのものであると同時に狙った獲物を閉じ込める檻の役目もあった。あっさりと抜けられるわけがないのだ。
「おかしい」
「おかしいわね」
一樹の抱いた疑問は揚羽も抱いたらしく、お互い警戒を強くした。
次の瞬間何処からともなく現れた全長二十メートル越えの巨大な蛇がそこら辺にいた人を飲み込み一瞬にして消えていった。おそらく飲み込んでから結界へと入ったのだろう。
余りに鮮やかな誘拐場面を目撃した二人は固まった。周囲は巨大な蛇に飲み込まれた人のはおろか巨大な蛇が現れたことにすら気付いた様子がない。
「成程、アレが噂の正体か」
「でしょうね」
納得する二人は周囲の観察を開始した。いくら一瞬の出来事だったとしても複数人が一瞬で消えたのだ、それに気付かないなんてことが有り得るのか、一樹は常識的にはあり得ないと考える。
ならばきっと非常識な異能絡みの絡繰りがあると見るのは考え過ぎではない。
揚羽も表情を険しくして周囲を探っている。そして人が消えた辺りに近付くとそこにはやはり結界の入り口が存在していた。
「おかしいわね。魔法少女の結界はこんなに不安定なものじゃないわ。それに一瞬だけど見えた蛇はアブダクターの特徴が見当たらなかった」
「特徴?」
「さっき言ってたじゃない。異世界因子の適性を持たない者に無理矢理移植することで魂が変質し、魂の変質に肉体が引っ張られるって。きっとその影響でしょうけどアブダクターって人間と同じパーツが必ずあるのよ。腕だったり顔だったりね。さっき見た蛇はどう見ても蛇だったでしょう?」
「成程、そう言われると確かに変だな」
この異常事態は二人が知るマスコットの手口に似てはいてもあまりにもお粗末なもの。そもそもマスコット達は数年にわたりこの世界で暗躍し続けた一種のプロだ。こんな簡単に露呈するヘマをやらかすとも思えない。となれば別の可能性も考慮するべきか。
「案外私たちの知らない勢力が存在するのかもね」
「だとしたら打つ手なしだ。一旦帰ろう」
問題を放置し二人は買い物袋を抱えて帰路についた。
――――――――
二人は帰宅すると甲種戦姫と分類される者へと報告だけを済ました。化物のことは化物退治の専門家へと丸投げでいいとの判断だ。もしその場に総師範である刀子がいれば小言の一つでも貰っただろうが今日も留守にしているのでそれはない。
これで問題は専門家が対処してくれるだろうと一心地着いたのも束の間、夕食の支度をしていると揚羽を引き連れ刀子がやってきた。
「で、どういう状況で?」
やって来た刀子は揚羽を肩に荷物でも運ぶように抱えており、抱えられた揚羽はぐったりとしている。スカートからパンツ丸出しの状態を見ると抵抗し力尽きたものと推測される。
しかし、何だろうか。美少女がパンツ丸出しのまま抱えられているというのに微塵もエロさを感じない。やっぱあれか、恥じらいとかチラリズムとかそういうのが大事なんだろうか。
黒のレースをあしらった大分大人なセクシー系の下着だというのに履いている本人がピクリとも動かないので黒い布程度に思えてくる。
突き出された揚羽の尻をまじまじと観察しながら考察に耽っていた一樹に刀子は困惑しながらも「今日の報告のことで来たんだけども」と話を始めた。
「今日、街中に『結界』があったって本当かしら?」
「ええ、多分結界だったと思いますよ?かなり脆かったですけど」
「脆かった?」
「はい。結界って用は敵を逃がさないための檻の役目を持っているんですけど、あっさり切れました。あれは魔法少女の結界とはまた別のものだと思います」
「そう思う理由は?」
「魔法少女の結界って、何ていうか、規格化?されてる感じで誰が張ろうとある程度同じものになるんです。それにあんなに簡単に露呈するようヘマをマスコット達がするとはとても思えません。奴らは何年もこの世界に潜伏、暗躍してきた奴らです」
「となると」
「別勢力が存在する可能性が考えられます」
一樹の推測を聞いた刀子は腕を組み考え始めた。その際、抱えていた揚羽はどさりと床に落とされる。落ちた衝撃で意識を取り戻したのかもぞもぞと蠢き始めた。
「別勢力⋯⋯ですか。はぁ、困りました」
「そうですか」
話の流れはここで「どうかしたんですか?」と訊ねるところ。しかし、一樹はそこをスルーした。一樹には一樹の目的がありそのために今も学校と修行で手一杯だ。それに何より異世界人関連のことは専門家に任せればいいという判断だ。
しかし、刀子の方は巻き込む気満々だったようだ。
「しばらくの間、放課後は揚羽と一緒に街をぶらついてそういったモノを潰して回ってください」
「⋯⋯えっと」
「分かりますよね?結界を探し、それの発生源を潰してください、と言っているんです。何、実戦練習ですよ、実戦練習。何事も最終的には実践出来て初めて意味あるものとなるのですから。それじゃあお願いしますね」
自分の用件だけ述べると刀子は去って行った。
残された揚羽はのっそりと立ち上がると無言のまま厨房へと向かって行く。
一樹は揚羽の肩を掴んで止める。
「ちょっと待て、それは俺の晩飯だ」




