02-00:プロローグ
ある年の夏、富士山上空にて空が割れた。
雲一つない青空に亀裂が入り、裂け目から虹彩異色の空間を覗かせた。
地上には謎の連鎖爆発が起き、爆発の衝撃で地震が発生。断層は隆起し、富士山は噴火、終いには津波にも見舞われる歴史上類を見ない大惨事となった。
その日、一つの姉妹が自宅の庭にて剣を交えるというかなりおかしな状況となっていた。
「今は貴女に付き合っている時間はないの」
姉が妹を突き放すように言う。
彼女の名前は御剣刀子。古来よりこの世ならざる者、人ならざる者と戦ってきた退魔の一族。桜薙流統合戦技、斬道御剣、御剣流刀剣術、甲種一級戦姫、総師範という長い肩書を持つ十九歳、現役の女子大生。
刀子は富士山上空が割れた原因がこの世ならざる者の仕業だと看破し、警戒態勢と出撃準備に追われていた。
そんな忙しい中、妹の御剣揚羽が剣を向けてきたのだ。平時であれば手合わせをしてあげても良かったが流石に異世界からの侵攻の可能性がある今は相手にしていられなかった。
だがそんな状況で妹の揚羽は言う
「あれなら大丈夫ですよ。きっと魔法少女が臨界した影響だと思うからすぐに収まります。ハルカ様も向かわれたんでしょう?」
妹の口から出てきた聞きなれない単語を耳にした。
どうやら妹は何かを知っている様子。情報を聞き出すためにも相手をしなければいけないと刀子も刀を抜いた。
それを見てほくそ笑む揚羽
「姉様を倒すために色々と試みてみました。本当はもう少し後に挑もうかと思っていたのですが、今を逃すと当分姉様に時間が出来ることはないでしょうから」
「⋯⋯そんなに構って欲しかったの?」
刀子の少しずれた感想に戸惑いながらも「⋯⋯ええ、まあそんな所です」とがっくりしながら揚羽は話を続ける
「前から疑問だったのです。どうしてこの道場で二番目に強い私が乙種一級といつまで経っても甲種に上がれないのか。姉様を倒せれば甲種に上がっていいですよね?」
揚羽のいう甲種や乙種とは桜薙流の中では階級を意味し、甲種とは一種の特殊技能を備えた者にしか与えられない階位である。
揚羽は剣術のみに関して言えば姉の刀子を凌ぐ才能の持ち主であるのは自他ともに認める事実。けれど甲種とはそんな一般技能だけでは務まらない。実際、刀子よりも剣術の才能がありながら揚羽は刀子に勝てないのだからそこには甲種と乙種の絶対的な隔たりが存在することを証明している。
しかし揚羽はそのことを知らない。ただ姉より自分が弱いからだと思っていた。
だからこそ強さを求めた揚羽は
「変・身!」
魔法少女へとなった。
揚羽の格好が学校の制服から動き易そうな運動着のような恰好へと変化し、日本人形のよな黒くて長い真っ直ぐな髪はアップで纏められうっすらと紫色に発光している。手に持った剣は装飾が施され、何処か現実離れしたデザインへと変更された。
妹の変身を目の当たりにした刀子は目を厳しくして揚羽を睨みつけた。
「揚羽、貴女、自分が何をしているのか理解できているんでしょうね?」
刀子には一目で揚羽に起こっている現象がどういうものかを理解出来た。それは刀子たち桜薙一門が討伐すべき対象、この世ならざる者達の力だった。
この世ならざる者達のことは甲種になってはじめて聞かされる秘密事項である。乙種の揚羽が知る由もない。だから目を付けられたのだろう。
状況をおおよそ把握した刀子は揚羽を放置することが出来なくなった。
そんな刀子の心中をどう解釈したのか揚羽は「姉様を倒すために力を手に入れてきました」とどこか自信ありげだ。
これは全力で叩き潰さなければならないか、と心を鬼にする刀子。
強さを求めること自体は間違いじゃない。揚羽が間違えたのは他者から齎される力を安易に受け入れ、それを自身の能力だと勘違いしているところだ。
「そんな借り物の力で桜薙を相手にしようとは、揚羽、貴女の間違いを正してあげますから勿体ぶっていないでとっとと全力を出しなさい。じゃないと一分もたないわよ」
そうして姉妹は剣を交えた。
――――――
揚羽こと魔法少女・ブレイド。彼女は強化魔法に特化した魔法少女だ。身体強化は勿論、装備、魔法すらも強化する。他の魔法が多少劣ろうとも魔法に強化魔法を掛け合わせることで出力、強度、持続力を桁違いにまで跳ね上げることで一種の万能型となっている。
だがしかし、彼女の恐るべきところは魔法に非ず。その剣術の腕前にあった。並みの魔法少女相手では持ち前の剣術だけで圧倒で来てしまう。それもそのはず、第五世代魔法少女、近接戦闘ランキング、堂々の第一位。
第五世代最強の近接戦闘型魔法少女なのだ。
姉にいつまで経っても認められず、色々と悩んだ末に魔法少女へとなった他と少々経緯の異なる魔法少女。
剣術の才能だけ言えば既に姉を超えている。そこに魔法が加われば勝てるはず。
そう思うのも無理からぬこと。彼女が姉の刀子に剣術の才能で勝りながらも未だに勝てずにいるのは、刀子が体力お化けだからだと揚羽はずっと思っている。
自分と同じ年の頃には百メートルを八秒で走り、垂直飛びも十メートルを超え、野球ボールを投げさせれば170㌔。何をやらせても世界記録を上回る正真正銘の化物だ。
どれだけ技術で上回ろうとも単純な出力だけで押し切られてしまっていた。もっとも、そんな格上の化物に挑み続けたからこそ、揚羽の剣術は刀子をも上回ることが出来たのかもしれない。
けれど魔法少女となり、身体能力の強化を可能とし、扱いきれるようになった今の揚羽には何の不安もない。身体強化することで体力お化けの姉をも超えた、技術はこちらが上。もう負けるはずがない。
面と向かった姉が抜刀し、その人並外れた脚力で地面を力強く蹴った。
一瞬地面が揺れ、遅れて衝撃、そして音が揚羽に届く。数メートルをその一瞬で縮めた刀子が上段から振り下ろす一刀。
揚羽は半歩引いてその一刀を躱す。
刀子の振り下ろしと同時に衝撃波が刀の延長線上へと叩きつけられ地面に波紋を作り出す。残心と残像を残して振り下ろされた刀が跳ね上げられ下から切り上げられるも揚羽は一歩下がって躱す。
身体強化を最大出力で使ってようやく互角、いいえ、少し負けているわ。動きのキレが違う。やっぱりもう少し訓練を重ねてからの方がよかったのかも。
多少の後悔を呑み込んで揚羽はこの先の展開を読む。自身の見込みの甘さが如実に語る不利な状況。覆すには何かしらのきっかけが必要だ。
刀子が振るう音速に迫る刃に揚羽はカウンターを合わせる。
これは絶対に躱せない。
揚羽は身体強化をしたことで知った。出力が上がるとそれに伴って身体へと掛かる負担がシャレにならない程増大すると。音速に迫る刀子の挙動はそれだけで関節へ負担を掛け、慣性が動きを妨げ容易に軌道を変えることさせてはくれない。無理に変更すればそれだけで刀子の関節はひしゃげる。
漫画やアニメでやっている超高速な戦闘は、現実では超リスキーなものだったのだ。
超高速の戦闘に反射神経は何の役にも立ってくれない。動き出す前にどう動くのかを想像しておかなければならず、それ故にカウンターは効果覿面。
揚羽の振り上げるカウンターが刀子の死角、下から迫る。
速度が乗っている以上慣性が動きを止めてはくれない。
このまま揚羽が振り上げた刃が刀子の腹部へと迫り、刀子自らがその刃を迎え入れる未来を揚羽は幻視した。
これで終わりだ。
しかし現実はそうはいかない。
一体全体どうしたことか、音速に迫る勢いで接近してきたはずの刀子が慣性を無視して急停止。揚羽が振るったカウンターは完璧なタイミング故に、タイミングをずらされればそれだけで失敗する。
急停止した刀子の面前を揚羽の振り上げた刃が通過する。
カウンターは空振り、無防備となった揚羽目掛けて、急停止していた刀子が再び動き出す。
揚羽目掛けて振り落とされる刃。
攻撃直後の無防備な状態、身体は振るった刀の勢いに流され引き戻すことも移動することも出来ない。
ならば
目前まで迫る刀子の刃が止まる。揚羽が展開した物理障壁によって挟まれ、白羽取りの要領で掴まれる。
勝った。揚羽はそう確信する。
音速に迫る勢いで振り下ろされる刀を掴み止めれば、その時発生している慣性がどのように働くか、答えは刀子の関節への負荷である。刀子の腕が刀から離れているのがいい証拠。勢いが付いた状態で急停止させられて関節へ負荷が掛かり、良くて脱臼といったところだろう。
ぶらりと揺れる刀子の両腕。揚羽は空ぶって振り上げた刀を再び振り下ろす。
止めを刺すべく振り下ろされる刀は勢いに乗るよりも先に止まった。今度は揚羽の手から刀が離れる。刀子の左手で刀の柄をしたから叩きあげられたのだ。
揚羽は一瞬迷った。迎撃か、回避か、それとも防御か。
その一瞬が勝敗を分けた。
刀子は空いた右手の指をピンと伸ばす。
刀子の取った構えは手刀、それは攻撃の構えだった。
揚羽はそれを見るなり防御を選択した。可能な限り高速で展開される物理障壁魔法に強化魔法を重ね掛ける。
けれど刀子はお構いなしに揚羽の腹目掛け最速の突きを繰り出す。
刀子の腕は魔法による防御を一切無視して貫き、揚羽の腹に深々と突き刺さった。
内臓を直接圧迫されて嘔吐する揚羽を無視して、刀子は手刀を押し込んでいく。
馬鹿なッ、そう叫ぶことすら出来ずに悶える揚羽を抱き締めるように受け止める刀子。けれど刀子の右腕は揚羽の腹に刺しっぱなしだ。
「揚羽、強さを求めることは間違いじゃない。でもね、他者から齎された力を貴女の力だと勘違いしてはダメよ。それとさっきの貴女の疑問に対する答えなのだけれど」
腹から手を突っ込み心臓にそっと手の平を添えながら刀子は言った。
「甲種になるためにはとある特殊技能が必要なの」
刀子がそういうと、ぱりーんというガラスが割れた様な甲高い音が聞こえ、そして揚羽の変身魔法が解けていく。
今にも飛びそうな意識を驚愕が繋ぎ止め、揚羽は刀子の言葉の続きを聞く。
「魂操術、と言うの。この魂操術が使えないとどれだけ剣術が強かろうと甲種になることはないわ。魂操術に関しては目を覚ましてから教えてあげる。だから今は大人しく寝てなさい」
慈愛に満ちた優しい表情の刀子は揚羽を軽く抱き締めるとそのまま心臓を握り潰した。
刀子は握り潰した揚羽の心臓から何かを取り出した。
ビー玉位の小さな珠だ。
見る者が見れば一発でその正体に気が付くであろう物の名は異世界因子ともコアとも呼ばれるそれ。
揚羽が魔法少女へとなるために必要な装置を刀子は揚羽から取り上げた。
異世界因子を失ったショックで揚羽の意識は途切れ、それで二人の相対は終わりを告げる。。
刀子の言う通り決着まで一分と掛からなかった。
「さてと、潰した心臓、治さなくちゃ」
そうして刀子は妹の心臓を治しながら色々と指示を出し、忙しない一日を送った。




