01-36:裏切りは本当かどうかは問題ではない
そこは風音の魂で崩壊した結界跡。何もかもが吹き飛び、空虚な空間だけが残されていた。ほんの一時間前までここで戦闘をしていたとは思えない程何もなかった。荒廃した様子もなく、本当に何もない空間へとなっていた。
そんな何もない空間へとガメラは舞い戻って来た。
目的は勿論風音のコアだ。
風音の臨界は予想を超えた被害を齎したが、それですら総量から見れば一割どころか一分にも満たない量でしかなく。それ故にコアを回収するガメラは上機嫌だ。静岡を滅ぼし、数百万人規模の被害を出したエネルギーのおおよそ百倍が手に入るのだから今にもスキップしそうな勢いで空中を駆けていく。
だがしかし、目的地に着いてみればどうだろう。目的の物が何処にもない。驚くべき量のエネルギーであったし、物質に干渉して流れてしまったのかもしれないと、念のためにあらゆる感知系と探査系の魔法を使用し探してみたがやはり見つからない。
これはどういうことか、と考えたところで侵入者を発見した。
ミズチだ。風音の担当マスコットが姿を現したことでガメラの脳裏に一つの可能性が浮かび、思わず叫んだ。
「ミィィイズチィィイイイイ!!!!お前が盗ったのか!!!!」
ガメラの突然の叫びに驚くミズチ。しかしミズチは周囲を見回しすぐに察する。
「ひょっとして、コアが見つからないのかい?」
「ッ!」
言葉に詰まったガメラは一瞬視線を逸らしたがすぐにミズチを睨みつけて
「惚けるな!お前が盗ったんだろ!」
そうでなければ今ここにいるはずがない。誰が好き好んで臨界解放後の不安定な空間にいたがるものか。
ガメラは必死にこじつける。
だが、ミズチは冷静に切り返す
「いやいや、ボクは何も盗る必要はないよね。だって正当な所有者だもの。ボクが要求すればガメラは風音のコアを返還しなければならない」
「ッ!」
そう、ミズチにはその権利がある。わざわざ盗んだりする必要はない。もっともミズチがガメラを罠に嵌めようとしたのであれば別であるが、それならば今ここにいる必要はない。じゃあ盗んだのは
「アイツ等か!」
アイツ等とはガメラやミズチ同様に他の派閥のマスコットのことである。世界は同じとて所属する組織は違う。異世界への避難ゆえ協力体制を取っているが、風音のコアはその協力体制を裏切ってでも手に入れる価値がある。
奪われたものの価値が高すぎて誰であろうと動機が成立してしまえる。
「おいおい。証拠もないのにあんまし不穏なことは口にしない方がいいよ」
ミズチもガメラの考える可能性は十二分にあると踏んでいるが流石に証拠もなしに問い詰めることは出来ないし、もし違った場合、協力体制から外されるのはガメラの派閥だ。そうなれば風音の攻撃の被害に遭ったガメラの母船は万が一にも助からない、と口だけは諫める。
しかし、今のガメラは冷静さを欠いており些か思考が短絡的になっており「ミズチでないならアイツ等以外に誰がいるって言うんだ!」と考えるよりも先に口が動いてしまっている。
ミズチは考える。ミズチ、ガメラ同様魔法少女の担当マスコット、虎型のマスコット・コハクと鳥型のマスコット・カナリアのことを。どちらも陰謀や搦手が大好きな陰険で腹黒な奴だ。他派閥よりも自派閥を有利な方へと持っていこうとする気持ちは分からなくはない。
数こそ少ないが個の強さを追求したミズチの所属する、『蒼い流星』。
特殊な能力で一芸に秀でたカナリアの所属する、『紅い月』。
バランスに重点を置いた万能型を目指したコハクの所属する、『白い太陽』。
個の強さを群の数で埋め合わせたガメラの所属する、『黒い星屑』
それぞれの派閥に特色があり、現在最強と言われているのがミズチの所属する蒼い流星だ。風音一人に黒い星屑の魔法少女達は千人がかりでも勝つことが出来なかったことからもお察しである。
今回のことで『蒼い流星』は主戦力である風音を失い、『黒い星屑』は大勢の戦力を失った。それと引き換えに『黒い星屑』が得るはずだった風音のコアを横取り出来れば、一気に二つの派閥を下し、残る一つとは奪った風音のコアで有利に進めて、そして魂の技術に関してまるで知られていないこの世界での覇権を握ることさえ可能だろう。
ガメラの気持ちは分かるがこればっかりは動かない。怒りに任せてガメラが短絡的な行動に走り出してしまわないようにミズチは分かり易く言う。
「とにかく、証拠もなしに騒いだところで追い詰められるのはガメラ、君だよ」
ガメラも沸騰した頭であっても理解しているようで「クソッがあああ!!!」と叫ぶだけで飛び出して行ったりはしない。
ガメラの叫びと共に不安定だった空間は割れ、ガメラとミズチは強制的に弾き出された。
―――――――――――――
一度母船に戻ったガメラはマスコットに緊急招集を掛けた。とはいってもモニター越しに話し合うだけなのだが。
モニターに他の三人の姿を確認すると『それでは緊急会議を始める』とガメラは言った。
『さて、今回集まってもらったのは他でもない、風音のコアについてだ』
『あらあら、何のことかと思えばそんなこと?ガメラの独り占めって聞いたけど、ほんとに良かったのミズチ?』
『しかし、風音はミズチの担当。所有権はミズチにある。それをガメラにやって良いのか?』
ガメラの振った話にさも自然な返しをするコハクとカナリア。
『あー、うん。まぁ、今回はいいデータが取れたからね。そのお礼ってやつさ』
『確かに、複数のコアで魔力を増幅させるという離れ業をやって見せられるとは思わなかったけど、それにしては高すぎない?』
『そうだ。ガメラ子飼いの戦力を大量に失わせたとはいえ、それで風音のコアでは釣り合わなかろう?』
『ふッざけんなッ!!!』
突如として叫ぶガメラに一同騒然となる。
『ふざけんなよ!ふざけんなよ!ふざけんなよ!ええ!誰だ!誰が盗ったんだよ!』
『ちょっと!一体何よ!突然!』
ガメラに対してカナリアが大声で訊ねる。対してガメラは更にボルテージを上げた。
『俺が風音のコアを手に入れただと!?冗談じゃない!』
『一体何をそんなに怒っているんだ?』
突如として怒鳴り始めたガメラに理解が追い付かないとばかりに今度はコハクが訊ねた。
だがガメラには二人の態度が白々しく思えた。マスコットは基本腹黒、腹芸なんてお手の物だからだ。
冷静に話を進めても相手はボロを出さない。そう確信しているガメラは、混乱の中に叩き落としてボロを出させるしかない。失敗すればガメラの立場は悪くなる一方だが、するしかない状況にまで既にガメラは追い込まれてしまっていた。
『まだ白を切るか!いいだろう!ならば教えてやるよ!俺が風音のコアを回収しに行った時にはもう何処にもなかったんだよ!既に回収された後だったんだよ!誰だ!誰が盗ったんだ!』
怒れるガメラに腹の探り合いなど出来ない、直接問うとコハクが反射的に反応した。
『何だそれはッ!?ちゃんと説明をしろ!』
コハクはガメラに説明を求める。
ガメラは苦虫を潰したような表情で説明に応じた。
『だから!俺が回収しに行った時には既に無かったんだよ!風音のコアは!俺に戦力を消耗させて、横取りしたんだろ!』
ガメラが決めつけて掛かれば流石に反応せざるを得ない。
『ちょっと待て!一体何を根拠にそんな濡れ衣を!?』
『そうよ、そうよ。私たちは協力体制を取っているじゃない!それとも私たちが裏切ったとでもいうわけ?』
二人の反応はガメラの想像していた物よりも普通だった。てっきり知らぬ存ぜぬ、横取りされたならお前が悪い、俺たちがやったという証拠でもあるのか、とでも言うものと思っていたのだが。
けれど二人は陰謀述作大好きな陰険腹黒だ。こちらの想定を想定していたのかもしれない。
ガメラはここで丁度いい爆弾を放り込むことにした。
『何が根拠だ!何が協力体制だ!裏切り?上等じゃないか!お前たちだって見ただろう!風音のコアに蓄えられた膨大過ぎる魔力を!裏切ったって十分な見返りたり得るんだよ!
ミズチは主戦力を失った。俺は大半の戦力を消耗した。残る一人とは風音のコアで優位に立てる。それで残りはこの世界を侵攻だ!違うか!?』
優位に立つならこのタイミングで裏切るのは最適だと、そう言い放つガメラ。
ミズチは「やっちまった」と溜息をつくがお構いなしだ。
ガメラの言い分に即座に反発したのはカナリア。
『はぁ~!?何それ!それじゃ『なるほど』』
カナリアが反論を最後まで言う前にコハクがカナリアの言葉を遮った。
『確かにガメラの言うことにも一理ある。我々の協力体制は未知の世界の脅威に対して結ばれたもの。この世界に辿り着いてもう数年、既に調査をし尽くした。それにこれまではこの世界を守る何かに阻まれて時空の狭間に彷徨っていた我らが母艦の問題も今し方解決した。となるともう協力体制を取る必要はないわけだ。確かに裏切るには十分なタイミングだ』
そう、風音が世界を割った時、彼らの母艦はその割れ目からこの世界へと飛び込んだ。これで時空の狭間に閉じ込められて野垂れ死ぬことはなくなった。無事避難に成功したのだ。これでもうマスコットなどとまどろっこしいことをしなくても済む。
そうなると次の問題はこの技術レベルの低い世界の原住民ではなく、同じ水準の技術力を有する同郷の者達が最大の脅威となる。裏切ることで優位に立とうとするのも道理であった。
『なぁに?それって私が裏切ったっていいたいわけ?』
コハクの言い分に噛み付くカナリア
『そうとは言っていないがね、けれど考えられないわけじゃない。何よりカナリア、君は陰謀が大好きじゃないか?』
『はぁ!?そういう貴方こそどうなの!?さっきから聞いてれば、今この場で私を悪者にしようと必死になってるように聞こえるんですけどぉ?本当は貴方が犯人で私に濡れ衣を着せようとしてるんじゃない?』
一瞬にして訪れる疑心暗鬼。
誰にとっても裏切る動機が成立してしまえる程に風音のコアというのは価値があった。そしてコハクの言う通り最大の問題であった時空間に置き去りにされた母船は、風音の起こした臨界によって割かれた世界の裂け目から侵入を果たした。
これでもう時空の狭間に閉じ込められることも、生命維持装置を維持するための魔力の問題も解決し、移住計画に本腰を入れられる。裏切りのタイミングとして申し分ない条件が整っていた。
これでもう本当に裏切ったかどうかは関係なくなる。何せ相手が裏切った可能性はゼロにはならないのだから。ガメラが言うように原住民は敵じゃない。となれば戦力的に邪魔になり得るのは同じような技術を持った者たちだ。
こうなるともう互いにどの程度信用できるかという妥協と打算で行動せざるをえない。
そして悲しいかな全員が「こいつ等ならやりかねない」と考える程に信用できた。
ガメラが放った爆弾のせいでもう話し合うだけ無駄だという結論に全員が至り緊急会議は終わった。相手が裏切ったかもしれないのだ、それに備える必要もある以上下手に時間を浪費するのは避けたいと思うもの。
何も映らなくなったモニターを睨みつけながらもガメラはこれからのことを考える。
皮肉にして幸い、ガメラが抱えていたエネルギー問題は風音の臨界によって解決された。けれど他の派閥との決別により自派閥が不利な状況へと追いやられてしまったことがここへ至り大きなハンデとなった。
誰もいない狭い部屋で一人机に突っ伏し、前途多難な未来に悪態をつく。
「クソガッ!どうすりゃいいんだよ!」
ガメラの悪態は誰に届くことも無く宙に溶けて消えた。がっくりと項垂れ暫しの休息の後、今後について考える。
これからは同じ世界の者共同士で覇権を巡る闘争が開始されるかもしれないということを。
もしそうなった時のことを考えガメラは今回風音から得た情報を可能な限り再現性を見つけ、それを生き残った数少ない魔法少女へと反映させていくことで強化を図る。
こうして世界は動き出す。




