01-33
その光景を目の当たりにした識者は皆一様に思考が停止したことだろう。一体何が⋯⋯、そう思うことで精一杯だったはずだ。かくいう九重もその一人である。
魔法少女は臨界を迎え、その肉体はとっくに限界を超越している。ただ己の精神力、意志の力のみで現状を維持していることにすら驚愕だというのに、もう指先一つまともに動かすことさえ困難なはずだというのに、その魔法少女は平然と魔法を行使し、あまつさえ敵を屠ってみせる。
化物か、それが九重の素直な感想だった。
いくら魔法が魂をエネルギーへと変換し用いる技術だとしても何の補助もなしに出来るような代物ではない。魔法少女は変身することで異世界因子を通じて魔法に必要な演算を補助させているのだ。その際、僅かであるがエネルギーへと変換される魂にはロスが生じる。そのロスは周囲へと漏れた魂であり、魂を扱う技術を持つ者なら多少なりとも感知が可能である。そのはずだった。
しかし、九重は風音の魔法の発動兆候を一切感知出来なかった。そこに首を傾げた。
現象だけ見ればマスコットの肉体が弾けたわけだ。何かしらの衝撃を与えたのだろう、と予測はたてれる。しかしそこから先は全く分からない。これは魔法があらゆるエネルギーへと変換可能なせいで事象に対して複数の工程が選択できるからだ。
こうなると考えるだけ無駄なので九重は思考を切り替え、となりで見ていた一樹の様子を窺った。
一樹はただ顎に手を添えて考え込むように魔法少女とマスコットの戦闘を見入るばかりで、そこには感動も動揺も無く、ただ観察しているというのが正しい表現だった。
これはこれで凄いことだけども、やっぱり異質だなぁ。
一樹の素質とも言える異常に対する順応性の高さ、人の生死を目の当たりにしても一切見せることのない動揺。自ら手を掛けるというのに躊躇うことはおろか罪悪感を抱くことも興奮することもないその無感動。
一体どう生きてくればこの世界でこのような価値観の人間を育めるのか、九重は疑問すら思い浮かべる程に一樹という少年は歪んでいた。
ただ、だからこそ一樹君はこれ程までに異能に順応できたのだろうけど⋯⋯
九重は思考を切り替え、再び化物同士の戦いに目をやった。
この戦いがどう転ぶかで自分たちも行動を変えなくてはいけない。願わくば隣にいる少年の望む形での決着を、と思いその行く末を見守るのであった。
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一樹は思考加速を用いて、何一つ見逃すことが無いように四音とマスコットの戦闘を見ていた。余りに滅茶苦茶な戦闘を見続けていたおかげで一樹にも九重の言う魂のエネルギー化というのが何となくではあるが掴めて来ていた。
この戦闘をじっくり観察していると、ある現象が起こっていることに気付いた。
それは魔法を使う前に目に見えない圧迫感を感じること。
圧迫感、何かがそこにある気がする、そんな違和感を何もないはずの空中から感じ、注視するとそこから光線が出ていたのだ。きっとあの圧迫感の正体がエネルギーに変換される前の魂に違いないと推論を立てた。
そしてその圧迫感が凝縮され、肉眼にも見え、触れる形になったものが足元に溜まり始めた水色に輝く液体だということまで理解すると、今度は何所からその輝く液体が発生するのかを観察する。
この液体の発生源こそ一樹が断ち切るべき魔法少女の源、コアと呼ばれる異世界因子なのだ。
一樹はこの後自分がやるべきことを考えて、そのためにはどうしたらいいかをずっと考えながら一人と一体の戦闘を観察し続け、おおよその検討が付いた。
四音の左目か⋯⋯
一樹の勘ではそこに異世界因子たるコアがある。
思えば何度か会った幼馴染の魔法少女の姿はこの足元に広がる液体と同じ色に輝く光をその瞳や髪から垂れ流しているのを一樹も目にしたことがある。きっとコアが左目にあったがためにコアに近い頭部にはその影響が出易かったのではないかと考えることも出来た。
臨界を引き起こしているのが異世界因子ならば異世界因子を断ち切りさえすれば止まる可能性はある。他の魔法少女を使った実験で魔法少女と異世界因子の切除は既に何度か成功している。これを決めればあるいは、といったところまで一樹は漕ぎ着けた。
ただその反動は魔法少女によってまちまちだったために四音ではどうなるかまでは予測できない。身体中を激しく損傷した者もいれば、身体は一切無傷だった者、身体こそボロボロになったが生き残った者など結果は様々。予測するには数が足りない。
「まぁ、やらなければ死んでそれまでなんだし、失敗した時のこととか考えても仕方ないか」
と一樹はいい意味で前向き、悪い意味でいい加減であった。
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ガメラは自身に何が起こったのか理解出来ずにいた。
理解出来るのは今、マスコットのボディを再生中であるということ。
ガメラの認識では今し方再生は終了したはずだった。
一体何が。
一通り確認作業を済ませ、やはり一度再生したことをエネルギーの残量から推察する。
つまり、再生した瞬間にぶっ潰されたわけだ。
事の次第を理解したガメラは焦った。何せエネルギー残量から残り七、八回しか再生できず、再生は自動再生なので勝手に行われ、エネルギーも自動的に消費される。緊急措置用に自動再生機能を変更することも可能だが、それは一度再生し終えてからではないと再設定出来ない仕様だ。再生の瞬間に潰されたのでは変更不可能。
してやられた!?まさか風音が一か八かの分の悪い掛けに出るだなんて。
ガメラは今、自動完全再生の設定がなされており、ボディがやられると全てを完全に再生させるよう設定されている。全てのチェックも再生と同時に行うために再生速度が非常に遅く、それ故に時間稼ぎが可能な設定だ。だがそれと同時に大量のエネルギーを消費するためガメラの方もエネルギー枯渇というリスクを背負っていた。
時間が惜しい風音が自分の時間稼ぎの策に付き合うことはないと考えていたガメラはそのリスクを背負っても十分だと考えていたのだが、それが見事に外れてしまったことに歯噛みするしかない。
もう本当に運任せなのか⋯⋯
風音が限界を迎えるのが先か、ガメラの再生用のエネルギーが枯渇するのが先か、勝負はその一点へと集約してしまった。
だが焦ることはない。
例えガメラが負けようと、風音も瀕死だ。少し遅れるが再度出撃すれば風音の臨界終了までには間に合う。仮に臨界していなかったとしても、残りの魔法少女をけしかければそれで終わりだ。
そう自身に言い聞かせながら冷静さを保つ。
もし仮に、こちらのエネルギー枯渇が先でなおかつ風音にまだ余裕があったら最悪だが、それでも今後の風音の活動は大幅に制限され、もはやこちらに構っている余裕はない。どう転がろうが得をするのは自分である。
しかしそれは理屈の上で、だ。ガメラは逸る不安を抑えきれずに今出来ることを探しては手配する。再生中の何もできないもどかしさをどうにかして紛らわすのだった。
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見る者全てに驚愕を与えし魔法少女は自身もその例に漏れなかった。すなわち自分のしたことに驚いたのだ。
ぶっ殺すと意気込み、叫ぶと相手は弾けて肉片と化した。始めは何が起こったのか理解出来ずに呆然とし、周囲の状況を確認して落ち着きを取り戻し、少し冷静になった思考でこれは亀野郎の策略なのかと首を傾げた。
だがしかし、冷静になるとその可能性は低いことに簡単に辿り着く。
亀野郎は風音の破壊工作の結果エネルギーの無駄遣いが出来る状態ではない。可能な限り惜しいはずなのだ。少しでも多くのエネルギーを温存したい亀野郎が、浪費を覚悟で自爆してまで時間を稼ぐものだろうか?
否、自爆するぐらいなら逃げ回った方が時間は稼げる、と自身の考えを即座に否定する。
では、結界の隅にいる二人だろうか、と考えるがそれもなさそうだ、と首を振る。
亀でもなく、観戦者でもないとすれば残る可能性は風音が感知できない他の者か、自分自身しかいない。
だとすれば最悪だ。
もし、他の誰かであれば戦闘が終了した後、ほぼ間違いなくそいつが次の敵である。そうなれば終わりだ。
そしれもしやらかしたのが風音自身であったならば、それはついに風音は魔法が制御できないどころか暴発する段階に入ってしまったことを意味する。いよいよタイムリミットが近い。
魔法が暴発したということは今この結界内に満ちてしまった風音の魔力はいわばニトログリセリンのような危険物以外の何物でもない。何かの拍子でエネルギーへと変換され、変換されたエネルギーが暴発する。
もう下手に魔力を吐き出すという手段も、魔法を使って消費するという行動も何に反応するか分からない液体のせいで風音の命を脅かすものでしかなくなった。
それでも続けるのは意地だ。魔法少女としてではなく、風間四音という一個人としての意地だ。
いつ魔力が暴発するか分からない恐怖の中、風音は意地だけで魔力を体外に放出し、無駄ばかりの変身魔法を行使し続けていた。
途中何度か亀野郎が再生したが、その都度爆散してしまった。
これが亀野郎の策だとしたら大したものだ。
風音は亀野郎にとってエネルギーは可能な限り残しておきたいものだと踏んでいたが、そうではなかったということ。もしくは風音がそう考えると踏んで敢えて外してきたことになる。
読み違えた。それが敗因か⋯⋯
風音は敗北を覚悟した。それが悪かった。
気が付けば風音は指先一つ動かせなくなっていた。どこかで集中力が切れてしまったのだろう。そう自覚した途端風音の膝が折れ、尻餅をついた。両膝を内側に締め足裏を外側に向ける見事な女の子座りで姿勢は落ち着く。
液状化した自身の魔力に尻を濡らして気持ち悪く思うもすぐに慣れてしまう。むしろ自身の魔力故か浸かっていると、どこか心地よく感じてきてしまった。
そこで完全に緊張の糸は途切れた。
もう動けない。これで亀野郎との勝敗に意味はなくなった。
そう思うと何もかもがどうでもよくなってきた。
もう終わりでいいや、負けでいいや、いっそのことこの魔力の水に全身浸かり寝転がりたいくらいだったが残念ながら全身指一つ動かせない。
風音はただ、自身の最期を待つことだけしか出来ない退屈と絶望に直面し、過去、臨界に達した魔法少女達がどういう思いでこの局面を迎えたのかを想像して退屈を紛らわせ、全てを諦め絶望を振り払う。
色々と想像していくうちに、風音から溢れ出る魔力の勢いも増していき、この広い結界内を満たしつつ、風音のへそまでその嵩を増していった。
案外全身浸かって窒息死なんてことになったりして。
そんなどうでもいいことを考えていると亀野郎の何度目かの再生が終わった。
今度は爆散せずにしっかりと動き始める。
「くぁ~、やっと終わったか。全く一時はどうなるかと思ったけど、結果オーライだな」
心の中でクソがと悪態を吐きながら風音は亀に問うた。
「⋯⋯そう。で、これからどうするの?」
最期の時までのほんの暇潰し。その程度の気持ちからの質問。
「ん~?どうするも何も⋯⋯」
そこまで言って亀は黙った。いや、黙ったというよりも驚愕していると表現した方が正しい。
亀は結界を見回し「ありえない」と呟くと風音に向き直る。
「まさかこれ程までとは恐れ入った。いやぁ、これなら母船を吹き飛ばされてもお釣りがくるよ」
亀のリアクションの理由が分からず風音は「どういうこと?」と再び訊ねる。
亀はこれまでにないくらい真摯に答えた。
「通常状態では魔力が気体になることはない。せいぜい臨界寸前の兆候位だ。臨界に至ってようやく液状化するだけの密度が集まる。俺たちはその雫を集めるわけだが、この結界内を見回してみろよ。そこかしこに溢れるエネルギー、風音の魔力を一度で回収しきれると思うか?無理だろう。それ程純度の高い魔力をこれ程の量を精製しておきながらまだ自我がある。お前には驚愕を通り越して尊敬の念を抱いたよ。
いやー、しかし、よかった、よかった。これだけあれば俺たちは十分持ち直せる。流石、第三世代といったところか。犠牲に見合うリターンだ。第五世代も千人程度ならいい買い物だよ」
亀の機嫌が良くなったのはそういう理由だったか。あたしの魔力が予想以上に多いから。実に分かり易い。
「やれやれ、本当は動けなくなった風音をぼっこぼこにしてやろうと思ってたんだけど⋯⋯、下手に身体を割ってこの魔力を暴発させても拙いし、俺は一旦引くとするか。それじゃあな、風音。最期の時を一人寂しく絶望しながら迎えるんだ」
そう言い残すと亀野郎は結界からいなくなった。だから残った方に声を掛けた。
「これで結界の中にいるのはあたしと貴方達だけよ」
声を掛ければ「気付いてたのか」とそう言いながら現れた二人。一人は袴に胴着の見知らぬ青年。そしてもう一人は鎧武者姿の幼馴染。
「一樹、どうしてここにいるの?」
純粋な疑問を問いかければなんてことはない。魔法少女の大軍に襲われたから逃げて、仲間を引き連れて仕返しに来た、とそれだけ。
数百人の魔法少女を相手に二人になったからって反撃に出るというのはどうかと思うけれど、あたしが一人で瞬殺できる程度の連中ならおかしくはないのかな。あたしと同格、もしくは多少劣っていても大丈夫だろう。胴着の青年もそう考えたのかもしれない。
疑問が解消したところで風音は一樹へと忠告をする。
「そっ、なら早いところ去った方がいいわ。結界を出ても安全かどうか怪しいし⋯⋯念のため県外へ行った方がいいわね」
そう判断したのは結界で抑えられる程度の臨界であるのならマスコット達は結界から去らないということを以前ミズチに聞いたことがあったから。
臨界の規模は魔法少女が行使する魔法の規模を見ることでおおよそ見当がつくらしく、そこから導き出された計算で亀野郎は避難することを選択した。つまりは結界の一枚や二枚で防ぎ切れないと結論付けたのだ。
なら一刻も早く一樹を逃がさないと、あたしの中の呪いがどう反応するか分からない。時たま勝手に身体を支配するこの「一樹を守ろうとする」呪いが今発動でもして、あたしの身体が壊れでもしたらそこから一気に決壊して臨界が起こるかもしれない。
けれど不思議と今、その呪いが発動することはないんじゃないかとそう感じるのは、呪いの方も臨界のことを理解しているからだとそう感じた。
まぁ、呪いのあるなしに関係なく早く立ち去った方がいいのは考えるまでもないのだけれど。
だというのに一向に立ち去る気配を見せない二人はこともあろうかあたしを助けられるかもしれないなどとのたまう始末。
「無理よ⋯⋯もう首から下は動かない⋯⋯こんな状態で何が出来るというの?」
それが正直な気持ちだった。あたしだって助かるなら助かりたい。けれど指先一つどころか首から下は動かない。今だって呼吸をしているのかしていないのかも分からない程に感覚は失われている。そんな状態で何が出来るというのだろう。
もういいかな。そう思うのが精々なのだ。生きていたかったが出来そうにない。せめてもの救いは一樹を襲っていた魔法少女達をほぼ殲滅出来ていることだろう。残った少人数なら例え徒党を組もうが一樹の異能剣術で十分戦える。
あたしはやり切った。一樹を守ってみせた。ここで終わってもいいんじゃないか。
けれど一樹は違った。
「まぁ、そうなんだろうけどさ、このままだとどうせ死ぬんだろ?だったら俺のやりたいことやらせてくれよ」
あたしは言葉を失う。
おいおい、今わの際の美少女にその言葉はないんじゃなかろうか。どうせ死ぬならやらせてくれって、言葉が足りないにも程があるでしょ。それとも本当にそういう意味で言っているの?
あたしの反応を見た一樹は至って真剣だ。邪推したところで時間を無駄にするだけだと判断し、それならさっさとやらせて逃がした方がいいかと考える。
「ならさっさとやって逃げなさい。それが条件よ」
そう言えば「分かった。痛いだろうけど我慢してくれよ」と一樹は返し、腰の刀を引き抜いた。
風音の魔力の輝きの中にあっても決して風音の魂を映そうとしないその刀身は「己の色を忘れない」と主張しているような不自然な刀身だった。




