01-32
風音が宝剣を操って反撃に転じているころ、その様子を眺める二つの影が結界の端に存在していた。
一つは日本人ならどう見ても鎧武者としか表現しえない格好をしており、もう一つは作務衣姿の青年。
一樹と九重である。
一樹が魔法少女から無事逃げた後、九重のもとへと向かい事情を説明。九重はそれを聞いて現地まで足を運んだのである。一樹一人で手に負えないなら二人で、というのが当初の予定だった。
それがどうしたことか一樹を追いかけていた魔法少女は幼馴染のクラスメイトによって殺戮に遭い、マスコットが直々にお出ましするという奇天烈な状況にまで発展していた。
この事態に九重は機嫌を良くして「観戦していこう」と言い出す始末。
仕方なく九重に付き合って観戦してみれば、それはそれは常軌を逸した戦闘だった。
互いに放つ光線が建築物を塵に換え、結界内はあっという間に塵だけとなった。「黒い砂漠」そう表現するのが妥当かもしれない。
二人は一進一退の攻防を塵で出来た山の影からこっそり見ては光線が飛んでくるたびに右往左往しながら逃げまわる。この戦闘を目の当たりにした一樹は「世界の破滅はすぐ目の前にある」と悟った。
魔法少女が危険だというのは理解していたが、まさか幼馴染が核兵器をも上回る火力を持っていようとは思わなかった。本気で敵対していれば今頃一樹もそこら辺の塵同様、分子レベルで分解されただろうことは想像するに難くない。
二人の戦闘は幼馴染の魔法少女、コードネーム『風音』が水着の様なコスチュームからドレスに蝶の様な羽を生やしたコスチュームチェンジをしたところで戦局が動いた。
風音が攻め方を変えたからか、亀の方が逃げに回ったからかは分からないが、亀の方が消極的になったのだと一樹は思った。
それを見た九重がほくそ笑んだ。
一体何事かと訊けば九重は言った。
「風音はもうじき臨界を迎える。亀はそれが分かっているから逃げ回って時間を稼いでいるんだ。おそらくもう三十分もせずに決着さ」
九重の見立てでは負けているのは風音の方らしい。
「風音⋯⋯きっと彼女は臨界だ。今出してる馬鹿みたいな火力は肉体が崩壊しないように己の魂を吐き出しているんだ⋯⋯あんな無茶が長続きするわけがない」
そう言えばそんな話を初めてあった時にしたなと、一樹は思い出す。
「⋯⋯つまり風音はもう」
「間違いない。この戦闘が終われば、もしくは集中力が切れて戦意を維持できなくなった時、膨れ上がった己の魂によってその肉体は崩壊を始める」
それも初めて会ったときに聞いた。魔法少女の末路。
話を聞いた時はよく分からなかったが、いざその時が目の前に迫るとどうしたものかと考えてしまう自分がいた。
「助ける方法は?」
「知らない。ただ臨界が始まると漏れた魂が膨大なエネルギーとなって大爆発を起こすことは分かっている。その爆発規模は魔法少女個人の使える魔法の数百倍から数千倍規模の威力がある。もし風音が臨界なんてことになったら、この結界内は塵一つ残さず消滅するだろうことは推測できるよ。それどころか結界すら吹き飛ばすかもしれない。そうなれば現実でどれだけの被害が出るのかなんて想像も出来ないね」
九重の告げる幼馴染の最期は、それこそ核ミサイルより酷い被害を齎すであろうという予想だった。
一樹は命の恩人であることも、自身の姉のことでも迷惑をかけているらしいこともあって、どうにか助けられないかと思う。けれど一樹には決定的に知識が足りない。自分に何が出来るのかも、どうすれば幼馴染が助かるのかも何も分からない。ただどうにかしたいという思いだけが募る。
まさか自分が誰かのことを想う日が来ようとは今まで思いもしなかった。
「なぁ、九重。本当に助からないのか?」
答えは変わらないと知りつつも一樹は幼馴染を助けたいという思いを押さえつけずに訊ねる。
当然九重の答えは「無理」だった。だが暫し考え「でも」と続ける。
「助けることは無理でも時間を稼ぐことは出来る」
「時間を稼ぐ?」
「ああ、そうだ。時間を稼ぐ。具体的には言えないけど半年か一年か⋯⋯その稼いでいる間に彼女を救う方法を探す、というのはどうだろう?」
「そんなことが⋯⋯」
「まぁ、見つからないかもしれないけどさ、可能性はあるだろう?失敗するかもしれないけど、何もやらなければ彼女は確実に死ぬ。それだけは保証できるよ。助けられるかは一樹君次第だ。さぁ、どうする?」
「やるかどうかは話を聞いてから決める」
一樹の中ではもう答えは決まっている。ただ話があまりにもおかしいようなら不採用というだけの話。
九重も「それがいいね」と頷いてその方法を一樹に教えた。
――――――――――――
七つの宝剣に追いかけまわされながらも亀ことガメラは必死に逃げていた。ここでの敗北はガメラのみならずガメラと同じ船に乗る船員の命に関わるからだ。
もしこのまま負けてしまったら、ガメラの乗る世界間航行船のエネルギープラントは破壊され、復旧がいつまで掛かるか分からない。復旧まで備蓄で耐えられればいいが、耐えられなかった場合少なくない命が次元の狭間で死んでいくことになる。それだけは何としても避けなければならない。
風音さえ、風音さえ倒せば、風音が独占している第三世代のコアに、今日まで狩られていった第五世代のコアも手に入る。それだけあれば復旧までは十分に持つ。
ガメラにとってここが正念場と化していた。
戦う必要はない。風音はもう臨界状態だ。それを小賢しい技でどうにか誤魔化しているに過ぎない。集中力が途切れればその瞬間に臨界による肉体の崩壊が始まる。それまでは何としても耐えねばならない。
ガメラは何も魔法少女を家畜のように扱う鬼畜生というわけではない。マスコットは皆自身の世界が滅びを迎え、別の世界へと逃げ出した避難民だ。同じ船で逃げ出した家族の、仲間の命を救うべくこの世界へとやって来たというのに、世界は自分達を拒んだ。
次元の狭間から飛び出せば潜り込めなくはないが、失敗すれば次元の狭間へと飲み込まれ、何もない異空間で餓死するのを待つ羽目になる。マスコットとは次元の狭間に飲み込まれるリスクを遠隔操作型の無人機で回避した者だ。
自分達にも守りたいものがあるが故に鬼にも畜生にでも成り下がる。心の修羅、それがマスコットだ。
ガメラは逃げる。手足が撃ち抜かれようとも、胴が貫かれようとも、限りあるエネルギーで再生し、風音の臨界、その時をただひたすらに粘る。
だが風音はそれを許さない。
周囲を飛び交う光り輝く剣がガメラを襲い、辛くも避けては他の剣に襲われ対処できずに刺し貫かれ、腹の中から熱エネルギーを放射される。何度されても慣れることのない苦しみを何度も何度も味わいながら、それでも必死に耐えるガメラ。
エネルギーの残量は⋯⋯あと六回が限界か。
あと六回、それがガメラの再生できる回数。残機。
甲羅に籠り回転しながら飛行する。速度と安定感が増すが、その分軌道が読み易くなり攻撃が当たり易くなってしまうが背に腹は代えられない。
迫り来る剣から速度を上げて逃走する。当然行先は読まれており、先回りした剣から光線が飛んでくる。けれどそれもガメラは予測し、緩急をつけることでギリギリの回避を続ける。身体が多少削られようとも、呻き一つあげずに駆け抜ける。
苦しいのは相手も同じ。それが分かっているからこそ歯を食いしばって踏ん張れる。
ふいに死角からの衝撃。キーンという金属音が響く。回転する甲羅が飛来した剣を弾いた音だった。
回転していれば物理攻撃はどうにかなるか、そう思ったのも束の間、ガメラの甲羅に深々と剣が突き刺さる。
回転する甲羅の中心、最も遠心力の弱い部分に回転を合わせるようにして飛ばされた剣がガメラの甲羅を貫いたのだ。
ガメラを貫通した輝く剣は一瞬の閃光と共に、ガメラの身体を爆ぜるように蒸発させた。
――――――――――――
「はぁ、はぁ、はぁ」
息が上がったのは一体いつ以来だろう。少なくとも魔法少女になってからは無かったはずだと、戦闘中にもかかわらず風音はぼんやりと考えていた。
慣れない武器を振り回し、逃げる敵を追い詰めるのは予想以上に集中力を必要とした。少しでも手を抜くと生意気にも反撃してくるあたり、やはり第五世代魔法少女のマスコットだったのだなと感じた。
あと何回消し炭にすれば終わるのか、ただそれだけが気になった。
今も体中から溢れ出る魔力は止めどなく、少しでも放出するのを躊躇えば内側から破裂してしまいそうな圧力をひしひしと感じて生きた心地がしない。
風音はひたすら吐き続ける苦痛に苛まれながら、死の恐怖を胸の内から感じながらの戦闘を行っていた。
とうに精神は限界を超えて、集中力は途切れた。今はもう反射神経だけで戦闘を行っている。だからこそ思考は逆に余計なことを考えられる余裕があった。
時折視界に映るのは、かつてその手で殺めた同世代の魔法少女達の最期。様々な死に方を目にしたものだと懐かしむ。きっとこれが走馬灯なのだと逃避気味の思考は己の死期を悟ると唐突に現実へと引き戻される。亀が視界に映れば無意識のまま魔法を放ち、剣を操る。
もう少し⋯⋯、あと少しのはず⋯⋯。それでこの戦いは終わる⋯⋯。
そう意識した途端、自身の胸の内から湧き出してくる魔力を吸い上げ、背中に生やした蝶の羽が巨大化し、水色の輝きを放つ。これでもかと言わんばかりに巻き散らす。周囲は水色の光りに覆われ視界が悪くなる。
羽から溢れ出た輝きが結界の隅々まで行渡り、そこで風音は闖入者の存在に気付く。
あれ?この反応⋯⋯一樹が来てる?もう一人は⋯⋯誰?一樹が言ってた協力者?でも何でこんな所に⋯⋯
誰もいるはずのない結界の中、知り合いを見つけ戸惑う風音。けれどその戸惑いもすぐに意識から消え失せる。蒸発させた亀の身体が再生を始めたのを感知したためだ。
注意深く感知した辺りを観察すると先程までのような高速の再生をせず、まるで時間を稼ぐかのようなゆっくりとした再生をしていた。
これまた随分あからさまな時間稼ぎを⋯⋯
相手の行動を封じたいのであれば、再生途中で攻撃するのが効果的なのだろうが相手を消耗させるには再生を終えたところを消し飛ばさなければ時間を稼がれるだけで風音にとって都合が悪い。亀は再生に時間をかけることで風音の消耗と自身のエネルギー温存、その二つの目的を果たしている。
悪足掻きというには理に適った行動に亀の余裕を感じる。あと四、五回、下手すれば十回は再生できそう。対してこちらはもって三十分。
風音は無駄に漏れ出す魔力を練り上げて魔法陣を描く。結界内の何処に亀が現れようとも一瞬で塵に出来るように。今の風音にはそれくらいしか出来ることが無かった。
焦れったく待たされるほんの数十秒が何時間にも感じる。
気付けば亀が再生するよりも速く結界内に魔法陣が飽和状態へと達していた。もうこれ以上の魔法陣の敷設は出来ない。下手に施せば魔法陣同士が干渉し合い、風音でも理解できない現象に見舞われる危険がある。
まだか⋯⋯、再生はまだか⋯⋯
亀の再生はようやく半分。中央の甲羅が出来上がったところ。明らかに遅い。
風音は舌打ちと共に今度は自身の異変に気付く。
なっ、変身が解けてる!?
ナイトドレスの様な優雅なスカートは既になく、下着姿も同然の格好。風音はもう変身という魔法を維持できるだけの余裕もなくなっていた。内側から溢れ出る魔力濃度がドレスの耐久性を上回ってしまったのだ。
それでもっ!
まだ、諦めるわけにはいかない。魔法少女の変身とは姿形を変える他に、防御力を高める能力、それに魔力操作の補助など様々な機能が組み込まれている魔法だ。風音は今、ドレスと共にその補助機能を失った。だがそれが風音の不利になるかといえば、今この時に限りそうではなかった。
通常であれば魔力の運用効率が下がる、燃費が悪くなる、制御が甘くなる、集束率が下がる等々デメリットが満載である。
だがしかし、臨界を迎えた今の風音にとっては関係ない。
運用効率?燃費?魔力なら自壊しそうになるほど溢れている。制御が甘くなる?集束率?集束させるまでもなく必要以上の濃度が溢れている。制御を誤ってもそれを補うだけの広範囲攻撃が可能。
溢れ過ぎる魔力はもはや制御不要なほどに力技に適していた。むしろこの状態で風音にとって最も都合の良い状態へと持っていくには⋯⋯
周囲に溢れた魔力をそのまま編み込んでドレスにした方がいい。
どうせ亀は再生に時間をかける。その間に風音は自身の身体が自壊しないように魔力を吐き出し続ける必要がある。丁度いいとばかりに即席のドレスを魔力のみで編み上げる。
水色の輝きを放つ風音の魔力は編み込むことで濃淡を作り出し、ただ身体を覆っただけのシンプルなワンピースでさえ、夏の青空を思わせる深い味わいを見せた。
ワンピースの裾が解けるように消滅しては編み込まれていくという不可思議な現象も風音があえて演出し、無駄に魔力を消費させる役に立っていた。それでも供給に消費が追い付かず、風音の背に特大の羽を再び生やした。羽からは水色に輝く鱗粉を振りまいた。
風音から溢れ出した魔力は既に結界全域に行渡っている。量が増え濃度を増し、気体から液体になりつつあった。
風音の魔力が結界を満たしていく。
塵を集めるように徐々に再生を果たしていく亀を、風音はただ待っていた。風音から溢れた魔力は数秒程空中を漂うと拡散することなく集まっては雫となって足元へと落ちていき、塵で出来た黒い砂漠に染み込んでいく。亀が再生し終わるころには結界内は黒い砂漠から輝く水面へと変化していた。
空気が震えた。その震源は言うまでもなく風音。
再生した亀がその瞼を開くよりも先に腹の底から叫んだ。
「ようやく再生し終わったか亀野郎!」
風音の叫び声と共に再生したばかりの亀が爆ぜた。




