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陰伏

 蓮子の荷物を積んでいるという近衛連隊のユ102特別輸送船団と合流した第13艦隊は南の島特有の蒸し暑さの中を順調に進んでいた。

 多田野は朝から書類2つ、3つ片付けて、艦橋に上がった。この辺りは帝国の制海権内ではあるが、情報によれば、ちらほらと敵艦の姿が確認されているとのことだった。

 昇降機が開くのを待って敬礼をする。開く扉に合わせて、少しゆっくりと敬礼した方が落ち着いて見えるという知識も得られるほど、多田野も艦橋から見る景色にも慣れてきていた。

「司令が指揮を執られる。」

 いつも通りの彰子の言葉を背に多田野は指揮官席についた。

 右隣に彰子が立つ。補佐役として艦長席ではなく右にいてもらったほうがよいという多田野の希望であったが、

「司令。中心にユ102特別輸送船団を置いて、前方にアヤセ。左右にミナセ、ハヤサメ。後方がアサマという輪形陣を組んで行きます。」

 多田野は頷いた。

「大変です。殿下が…。乗艦されてます。物資の搬入に紛れ、隠れていらしたようでして…。今、昇降機で艦橋に上がられました。」

驚く間もなく、昇降機の扉が開いた。

「乗ってしまったわ。多田野司令。」

蓮子は悪びれることなく、敬礼をしながら艦橋に入ってきた。

「乗ってしまったではないのですが。危険もありますし。」

「我が軍の哨戒網を信じよ。この辺りは、本国と南方の間で我が軍の制海権内じゃないか。司令。」

心配しすぎよと蓮子は呆れ顔になった。何も言えなくなった多田野に変わり、必要な説明は彰子が引き継いだ。良く出来た参謀である。

「殿下。近衛へのご連絡をお願い致します。それから、牽制のために敵艦の姿も確認された海域も通ります。補給、輸送路への攻撃は常套手段です。危険がないとも言いきれませんので、気を引き締めて下さるようお願い致します。」

「なるほど。流石、参謀長は女房役っていうけれど。出ず入らず、扶桑撫子ね。私は少し出すぎるタイプだから。」

蓮子は、なぜかすっと日野に目線を向けた。多田野は不敬なことが起こる前に止めようと思ったが、蓮子に制された。

「今のご時世は蓮子女王殿下のような明るくて可愛らしい方も好まれるかとおもいますが。」

「殿下はやめてください。蓮子で結構ですわ。日野中佐。」

 名前を覚えられていた日野は上機嫌で話を続ける。

「あ、司令。殿…。いえ、蓮子様の歓迎会なんていかがですか。アサマの烹炊部はすごく腕が良いのですよ。」

「まぁ、素敵。あの船にはお気に入りのドレスも入っているの。それを着て行こうかしら。」

蓮子は手でフリルを作って、踊るかのようにクルリと回ってみせた。

「副長。奥様が悲しみますよ。」

「あら、そう。奥様がいらっしゃるのね。踊っていただけるかと思ったのに残念だわ。」

蓮子が悪戯っ子のように笑う。

「殿下と踊れれば妻など。」

そこまで言った時、日野は彰子に口を押えられて黙らされ、それをみた金沢が笑いを必死にこらえていた。

「まあ。それは悪いわ。それにしてもにぎやかでいいわ。」

「申し訳ありません。私の監督不行き届きでして。」

多田野は頭を下げた。

「いえ、意思疎通がしやすいのもよい組織の条件です。近衛も見習えばよいのです。司令の人徳です。」

艦隊勤務歴がないせいであんまり強く出られないだけなのだが、そういわれてしまうと多田野は黙ってうなずくしかなかった。

 突然、楢橋の咳払いが響いた。

「近衛連隊の北村近衛中将閣下よりお怒りの電文です。失礼なく接し、何としても無事に連れ戻すようにとのこと。不敬罪が適応も視野に入ってるとかじゃ。」

「おいおい。不敬罪とは穏やかじゃないな。楢橋君は。」

 南郷も面白そうに話に参加してきた。日野が笑い、多田野は楢橋を改めて見た。艦隊の連絡の要として通信機に向いていることが多いので顔を見るのは久しぶりな感じがした。

 快活な感じのショートカットでありながら、メガネを掛け、どこか少し幼く見える。

 多田野は学生の頃の学級委員を思い出していた。

「そういうわけではなくですね…。」

 楢橋は困惑したが、いつの間にか彰子の拘束を解いた日野と金沢の2人によって話はますます広がっていった。

「歓迎会、楢橋は誰と踊るんだ。メガネを取れば、結構かわいいと思うだけど…。」

「いや、副長。メガネ女子も人気ありますよ。」

「司令も何とか仰ってください。」

 楢橋は多田野に助けを求めたのだった。しかし多田野にとってそれは、あまりも不意過ぎた。

「ああ、楢橋さんも美人だと思うけれど。」

 日野が大げさに額を手でたたき、蓮子が声をあげて笑った。

「多田野司令はどんな方がお好みなのかしら。」

 不意をついた蓮子の質問に艦橋全体の視線が多田野に向いた。しかし、敵が多田野の返答を待ってはくれなかった。

「すみませんが、そろそろ敵さんの出現海域です。」

 南郷が少し残念そうにそう言う。

「ここから、我が軍の制海権も微妙な海域に入ります。」

 彰子が浮ついた気分を一掃するようにそう言った。

「対艦、対潜戦闘用意。」

 多田野の言葉に艦橋が一気に静まる。

 先頭をいくアヤセがジグザク航行を始め、全艦が対潜行動を開始する。

 彰子がすかさず追加の偵察機に発進の命を出した。

「観測手はしっかりお願いします。」

 多田野は艦橋の両端で必死になって双眼鏡を使っている二人を見た。

 波と太陽でキラキラと光る海面から、マストやゴマ粒ほどの潜望鏡を見つけるのはかなり酷な作業だろう。

 しばらく、なんとも言えない緊張が続き、楢橋が声を上げる。

「左翼ハヤサメより通信。『敵潜ヲ発見。方位020距離9000。』とのこと。」

「まだ少し遠いわね。ハヤサメ以下2艦を敵潜水艦のところに向かわせます。」

 彰子がそう言った。

「そっ、ソナーに感あり。右舷前方。距離6000。」

 突然、聴音手の慌てた声が艦橋に響く。

「何やってたの。」

「もっ、申し訳、あ、ありませんっ。無音潜航していたと思われます。」

 平身低頭の聴音手の反応に、急いで右翼のミズホを呼んでも、間に合わないだろうなと多田野は思った。遠すぎる潜水艦の発見は本命を隠すための芝居ということだった。

「後、一時間もしないでレブに着くんだがな。ここまで、制海権が微妙だとは。」

 南郷が誰にいうのでもなく一人毒ついた。

「敵潜、魚雷管注水音確認。数4。」

 聴音手は悲壮な声で敵の攻撃準備完了を告げた。魚雷の数が少ないのは最初から輸送艦のみを狙っているせいだろう。

「少し早いですが、それでも鈍重な輸送艦は間に合いません。」

 彰子の予想通り、見張り員が残酷な結果を告げる。

「輸送艦ジンツウマルに直撃コース。雷数1。」

 狙われたジンツウマルが、約100人の宮内省職員と蓮子のお気に入りのドレスと調度品を満載したまま、船体が軋むほどの急旋回で回避を試みるが、輸送艦の旋回速度は遅く、猛然と魚雷が襲い掛かっていく。何もできないとおもわれた時、護衛艦の一つが急に魚雷の方へ進路を変えた。

「何をやってる。死にたいのか。」

と艦橋からいくつもの声が上がった時、蓮子が震えながら、多田野に耳を近づけた。

「だめよ。あれには赤玉弾が乗ってるの。」

 多田野は一気に青ざめた。

「しかし、それは…。」

「海防艦が庇いに行ったのがその証拠よ。私を信じて。」

蓮子が必死の様相で多田野を見る。嘘をついているようには思えない迫真の目だった。

「機関最大。本艦を盾にする。」

 多田野は迷いなく、そう言っ切った。

 そうせざるを得なかった。

「正気ですか。本艦には殿下がおりますが。」

彰子が多田野の腕を乱暴に掴んだ。

「神城大佐。あれには色付き弾が乗ってるそうだ。」

「あれは、先の大戦で破棄されたはずでは…。」

 そう言った彰子は多田野の目を見て黙って、なるほどと頷いた。さらに、日野が彰子と多田野を交互に見てから、本艦を輸送艦との間に割り込ませると命令した。

「榴弾。時限信管を最短にセット。本艦の左舷に集中砲火。副砲も叩き込んで。」

 意図を察した金沢が短く了解と言い、迫り来る魚雷を途中で爆破させようと海面に砲撃を開始する。

「アヤセに打電『艦隊の指揮を任す。輸送艦を連れてレブ島に迎え。』ハヤサメを合流させろ。」

 多田野の指示に裏返りそうな声で了解と言った楢橋は何かにすがるように打電を開始した。

「ダメです。雷跡視認。完全に当たりそうです。」

 砲撃音の中、観測手の悲鳴にも似た声が上がる。 魚雷は弾幕を突破した。

「何でもいい。今、砲塔にあるだけ海面に弾を撃ちこめ。」

 金沢は必死に部下を怒鳴りつけ、主砲、副砲、高射砲があらん限りの弾を海面に叩き込んでいくが、無情にも観測手の秒読みが零に迫っていく。

「総員、衝撃に備えよ。」

 彰子が伝声管に大声でそう叫んだ。

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