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謁見

帝国陸軍の近衛部隊は大変な歓迎ムードで迎えられた。

それに応えるように陸軍の輸送船からは勇壮な行進曲の演奏とともにラッタルが降りてくる。

強面の将軍達を引き連れ、先頭になって手を振りながら降りてきたのは、多田野や彰子よりも少し若く見える女だった。思わず、多田野は彰子の顔を見て、彰子の顔も信じられないとばかり目を見開いていた。

近くなるにつれて、女の正体を察した出迎えの兵士の歓声も一際大きくなり、やがて、悠々と降りてきた女は出迎える多田野の前で止まった。

「私は、特務近衛混成旅団、春日宮蓮子である。今上帝の勅により着任いたした。先遣隊として600程。一月もすれば、後1000人は来るであろう。よしなに頼む。」

春日宮家は先々代皇帝の弟君が創設した宮家であり、代々近衛連隊の司令官を務める武門の宮家である。皇族には珍しく、その子息は近衛連隊へ入隊し、軍務につく事が決まっており、帝国軍が女性の受け入れを開始したのに伴い蓮子も軍務についたことは、新聞に大々的に報じられた。

肩甲骨の下まで豊かに伸びる黒髪に眉の少し下で真っ直ぐに切りそろえた前髪という扶桑皇室伝統の髪型を結った蓮子は女王らしからぬ堂に入った敬礼をしてみせた。

彰子がさり気なく腕を突く。多田野は答礼となった事を詫びながら慌てて敬礼を返した。

「申し訳ありません。女王殿下。第13艦隊司令、多田野幸隆大佐であります。」

「同じく、第13艦隊、参謀長兼旗艦アサマ艦長の神城彰子大佐であります。」

「多田野大佐。堅苦しくなるな。そちは、基地司令であるから、答礼でも構わないだろ。今、私は帝国陸軍の一軍人であり、そちらを支援しに参ったのだ。」

「はっ。お心、感謝致します。」

と多田野が汗を拭いたのを見て後ろに控えていた狐のような顔をした男がわざとらしく咳払いをした。

「暑いな。殿下の御座所は何処か。まさかここで立ち話させるつもりではあるまい。」

用意してあるんだろうなという感じの悪い口調だった。

彰子がニコリと微笑んで、もちろんですと首肯する。

「基地をご自由にお使いください。我々には艦がありますので。」

男は露骨につまらなそうな顔をして、短くそうかと言ったが、蓮子は目を輝かせた。

「ありがとう。今日からは揺れずに眠れそうだ。では、予は多田野と部隊を預かる者同士、歓談してまいる。神城大佐も同席を許す。」

突然の申し出に多田野と彰子は慌てたが、それ以上に、さらに慌てたのは、狐目の男だった。

「お待ちを。陛下。ご裁可の必要なものもあり、ご予定が。」

狐目の男に蓮子は咳払いを一つした。

「北村。私が陛下のお膝下を離れたからには、私は今上帝の名代としてここにおる。その意味が分かるな。」

「はっ。御心のままに。」

狐目の男、北村は蓮子に今上帝の名を出されておし黙った。

「行くぞ。多田野大佐。乗艦を案内致せ。」

蓮子は無理やり多田野を引っ張るようにアサマの中へ入った。

ガチガチに緊張している乗員達が割れるように通路を開けていく中、蓮子はなぜか急かすように司令公室に入ると大きく息を吐き出した。

「はい。お疲れさま。近衛の皆さんは、皇室への忠誠心があるのはいいけど、全く疲れちゃうよね。」

蓮子は北村と言われた将軍を低い声で真似をして笑った。

「あ、あの。陛下。」

「なに。あ、ああ。四六時中『私は』なんて言ってたら頭おかしくなるでしょ。多田野さんも、彰子さんも、年上そうだし、そんな気を遣わなくていいよ。」

「失礼いたします。井上麻里奈伍長であります。殿下にお茶をお持ちしました。」

がちがちに緊張している井上から紅茶を受け取った蓮子は優しく微笑んで親しげに話しかけた。

「ありがとう。私は春日宮蓮子。よろしくね。ちなみに伍長はいくつ?」

「はっ。18であります。女王殿下。」

「同じ年だね。ねぇ。麻里奈ちゃんって呼んでいいかな。麻里奈ちゃんも公の場所以外、蓮子でいいから。」

急にフレンドリーになった蓮子に対応できず、肯定でも否定でもないような声にもならない声を発した井上は、ひきつった表情のまま、部屋を出て行った。

蓮子はくつろいで、髪を手で漉き始めた。

「船は好きなんだけど、軍艦で船旅というのは疲れるね。だいたい、髪を針金で結わないとならないのが辛いわ。髪が傷みそうだもん。」

蓮子がため息をつく。

軍艦でゴムを使うのはご法度である。海水に濡れたゴム樹脂が艦船の外壁や装甲板、航空機に用いられるジュラー合金に触れると発熱しながら、溶けてしまう反応はパーリル反応と呼ばれ、古く船舶への女人禁制の遠因となっていた。海軍が女性に門戸を開いてからは、練習艦ですら、たまに新人の髪が艦に付くという事故が発生している。また、航空機に車輪をつけて陸上での離着陸を可能に、機動性を向上させようと行った実験では、パーリル反応によって空中で火の玉と化した実験機が皇帝の離宮に墜落した事で国民の間にも広く知られていた。

彰子が自分の髪を結わいていた樹脂環を取って、蓮子に見せた。

「海軍では、このようなパーリル反応の及ばない特殊樹脂が支給されています。殿下にもご用意しましょう。」

「そんなのがあるの。助かるわ。ぜひお願い。」

蓮子は興味深そうにしばらく手に取って眺めた。

話は進んでいなかった。

多田野は蓮子にこれからの予定を尋ねることにした。

「殿下。これから、どうなさいますか。」

「とりあえず、荷物ね。」

多田野は戦略的な話を聞いたつもりだったが、蓮子は自分の荷物だと言い切った。

「では、海軍からも積み下ろしの人数をだしましょう。」

「ありがとう。でも、まだ、来てないの。私の個人的な荷物だから、あんまり大げさにはしたくないのだけど、後から高速輸送船2隻分だったかな。でも、とりあえず2隻分に収めたし。侍女を乗せた護衛艦もいるんだけど、海防艦だし、そっちにもちょっと荷物を入れちゃったから、多田野さんが出てくれるなら嬉しいな。」

多田野は開いた口がふさがらなかった。

造船工廠の名誉のために断れば、高速輸送船といえども、200人近い人員、装備、糧食、燃料を1度に運ぶだけの積載量はある。さらには沿岸警備用の海防艦まで借り上げて、何を持ってくるつもりなのかという言葉を口に押しとどめた多田野のわきで、さらりと彰子が女性には色々と荷物がありますからと理解を示した。

蓮子の顔がぱっと華やぐ。

「そうなのよ。さすが、彰子艦長はわかってくれるわ。北村なんか目を吊り上げて怒るのよ。」

「はっ。では、第13艦隊は輸送船の護衛につきます。」

目を吊り上げられない多田野はこういうのがやっとだった。

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