急転
多田野たち第13艦隊が、短い休息をとっていた間、政治学者や歴史家から見れば、両国間の戦争は極めて予定調和的に進んでいた。
つまり、国力の差を背景にアメリアが圧倒することも、帝国が海軍国の意地を見せることもなく、先の大戦からの世論の厭戦気運の高まりを背景に帝国艦隊への攻め手に欠けるアメリアと世界有数の海軍を持つもアメリアに侵攻するだけの力は無い帝国による小康状態であった。
多田野のいる南方戦線でも、これまで確認されてこなかった大規模な艦隊及び、敵基地が多数発見されたことで、本土からの応援艦隊を待つことになり、多田野はいつも通り、井上と共に書類仕事に精を出していた。
ふいに扉を叩く音が几帳面に等間隔で、二度聞こえた。
「あ、きっと、艦長ですよ。」
井上がそういって嬉しそうに書類をまとめる手を止めた。多田野もふっと視線を上げた。午後の定時連絡には少し早いような気がしたが、そろそろ休みを取るかと頷いた。
午後の定時連絡とは、井上によるレブ島観光ツアーの後から始まった第13艦隊の新しい慣習であった。彰子は哨戒や訓練の状況を書面ではなく、口頭で説明する云々とその意義を語っていたが、その実は気分転換も兼ねたものであり、書類仕事で部屋に篭りがちな多田野や井上にとっても、嬉しい来訪であることに変わりはなかった。
今日の彰子は、いつもより静かに部屋に入ると扉を丁寧にそして、確実に閉め、息を整えるかのように一呼吸置いた。
「大変です。ロビエトア連邦が我が国に対して宣戦布告しました。」
多田野は驚きを通り越して言葉を失った。
井上は紅茶の用意をやめ、水を1杯、彰子の前に置いた。
帝国の北に位置するロビエトア連邦は、独裁軍事国家であり、先の大戦では、帝国領である北の諸島群を脅かし、未だに国境を接する北側の海域では軍備を増強し、軍事訓練を行うなど決して友好な関係とは言い難かったが、昨年末から連邦内で大規模な民主化革命が起きているため、今戦争には参戦してこないというのが、ロビエトアに対する軍令部の見解であった。多田野はようやく口を開いた。
「軍令部はなんと。」
彰子は珍しく当惑の表情を浮かべた。
「それが…。突然の宣戦布告に軍令部は政府及び外務省の対応に追われておりまして、具体的な命令は何も。ただ、増援の本土の艦隊及び支援艦隊、それから遠藤司令の艦隊は北に振り分けられるようです。とりあえず、我々には現有戦力で南方諸島の防衛をせよとの話が来ています。」
彰子はそこで一度言葉を切った。
「一方で陸軍からの応援があるそうです。」
多田野は目の前が暗くなるのを感じた。
島国として何かと海軍の要求が通りやすく、陸軍との相性は決して良くはない。少なくとも陸軍は一方的に海軍を嫌っている節があった。
なにより、陸軍は海の上では戦えない。南方に展開中の敵は多い。多田野は思わず口から出かかったぐっと悪態を飲み込んだ。
「本土からの応援はないどころか遠藤艦隊まで。こちらの守りはかなり薄くなるな。」
彰子は静かに頷いた。
「メリルさんからの聴取で敵が実験艦隊であることがわかり、侵攻してくる可能性は低く、要塞化されたレブ島と我が艦隊で対応可能だと判断されたものかと。なお、既に遠藤艦隊は出航しました。」
遠藤が挨拶もなしに出航するとはよほど状況は逼迫していると多田野は思ったが、ふと、多田野の脳裏に漂流する研究者を撃ち殺す軍人の姿が蘇った。
果たして、あの艦隊の指揮官が目の前の獲物を見逃すのか。遠藤司令が急いだのは北方の事情だけではないのかもしれない。
「悪い知らせばかりではありません。西のウエスタン連合王国は我が国の支援を表明しました。すでに王立海軍による護衛船団によって物資輸出が始まったとの事です。我が国の物資の状況は改善するかと。」
ウエスタン連合王国はアメリアと対をなす大国であり、帝国を先兵とし世界の軍事的均衡を保つための支援という意図は見え見えだったが、それでも帝国にとって物資面の心配をほとんど帳消しにしてくれるほどの一大ニュースであった。
とりあえず、多田野は指揮官として命令を下さなくてはならなかった。そして、その命令はすこし頼りなく彰子が優秀な参謀であることを忘れていた。
「とりあえず参謀を招集しよう。」
彰子が心得てあるとばかりに頷いた。
「すでに私の権限で招集しました。間もなくこちらに来る頃かと。」




