二話 好きこそものの上手なれ
『思いは覚めぬ。
想いも冷めぬ』
「お前、本当にあの先輩、佐世保観月、だっけ? の事、好きだよなぁ」
至福の時から数時間が経過して雌伏の時へ至り。
眼前の友人が放つ呆れの声色を僕は聞いていた。
彼――魚見政和の呆れの声色を僕は聞いていた。
「? いきなりどうしたのさ」
「いや、今日も今日とてあのバスに乗ってただろ?」
「あぁ」
常の様に先輩と同乗した、あのバスがどうした。
「あの人、彼氏居るんだろ?」
「……あぁ」
分かっている事のハズなのに、僕の表情は曇る。
今さらすぎる事なハズなのに、僕の表情は歪む。
とうの昔に諦めたハズなのに、僕は奥歯を噛む。
「……幸せそうな先輩の笑顔って、他の時の数倍は可愛いと思うんだよ!」
「タフか!」
僕の強がりにも気付いた様子は無く政和は叫ぶ。
本心を軋ませながらの強がりもまた僕の本心だ。
でも、その二つの本心は互いを締め付け続ける。
可愛いと思う度に届かぬ想いなのだと苦しんで。
届かぬ想いを捨てようとする度にまた惚れ直し。
希望と絶望の無限ループに飲み込まれる毎日で、
「……お前、『NTR』ってジャンルに興味あったりする感じ?」
「何それ」
「あ、そっか。お前こういうの詳しくなかったな」
「?」
僕は、いつしかこんな結論へと辿り着いたんだ。
「……じゃあよ、例えば。例えば、だ」
「いきなりどうしたよ」
「例えば、だ。お前が何かの拍子にその先輩とデートする事になったとして、だ」
「うん」
こんな結論へと辿り着かざるを得なかったんだ。
、「何だかんだ、すったもんだ、あれやらこれやらあったとして」
「ちょっと待って。そっちの詳細の方が僕は気になるんだけど」
それはきっと、世間一般からは良い目をされず、
「気にすんな。……で、良いムードになったとするだろ?」
「まずならないだろ?」
「おい口調真似てまで茶々入れるなよ。……なるとするだろ?」
「まずな――」
「するだろ!?」
「あ、はい」
政和から歓迎される様なものでは決して無くて。
「で、だ! そんな時、お前は先輩に告白するのかしねぇのかどっちだ!」
「しない!」
「即決かよ!」
「当たり前だろ!」
「当たり前か!?」
先輩から歓迎される様なものでも決して無くて。
「だって、先輩が僕を好きになる事は絶対にないからね」
諦める事が最適解で最善策で最良案、だなんて、
「外野風情が踏み越えて良いラインじゃないんだよ」
常識から真っ先に真っ向から否定される思考だ。
それは普通は邪道な最低最悪最弱な結論だから。
それが僕には邪道な最高最良最強な逃避だから。
「だから僕なら、そのデートの思い出だけを食べて生きていくんじゃないかな」
先輩が彼氏と居て楽しそうな所を静かに見守る。
自分の身を当事者ではなく部外者の立場に置く。
他人事だと思い込みつつ、見つめながら見守る。
それでも良いんだ。いや、良くなきゃいけない。
「……はぁ」
政和が嘆息の後に頬杖をつき、表情を険しくし、
「それでお前は耐えられるのか?」
憐れむかのような声色で、僕に問いかけてきた。
「耐えられる、か?」
先輩が彼氏と進展する様を見ても耐えられるか。
自分自身の現実を目の当たりにし耐えられるか。
何も知らぬ先輩の心配や相談にも耐えられるか。
結論にしがみつき続ける苦痛にも耐えられるか。
「ハッ」
鼻で笑いながら言える程に簡単な話じゃないか。
「余裕だよ」
茨の道だろうが煮え滾る油だろうが造作もない。
心の感覚さえも麻痺させてしまえば苦難もない。
赤の他人の浮いた話だとでも思えば絶望もない。
「好きこそものの上手なれ、ってね」
「いや、それは確実に意味が違うと思う」
憐れみから一変、呆れた様な声色で政和は言う。
そして先の嘆息に似た息の後に、呟きが漏れる。
「……自覚が無いのが一番危ないんだぜ」
体が蝕まれている事に気付かないと、病は進む。
同じ様に、傷も手当てをしなければ癒えず膿む。
心の傷だってそれはきっと変わらないのだろう。
傷を傷と認識せず放置していれば待つのは闇だ。
傷口から良くないものが入れば待つのは病みだ。
――その呟きからそんなことを考えたりしても、
「……知ってるよ」
他に打つべき手が無いのならどうしゃうもない。
だから、僕がこんな手段を選んでから早数ヵ月。
鼻で笑いながら強がらないと不安になる程度に、
「そうかよ」
「うん」
僕は、先輩を見続ける事に恐怖すら抱いている。




