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一話 スクールバス

『君と僕はいつも話した。

 そして、いつか離れた。

 それはいつしか噺になる』

 僕の学校は毎日、最寄り駅からスクールバスを出している。

 始業時刻の一時間前から、十分置きに合計五本のバスをだ。

 最寄り駅を出てから約十分で学校に着く早さで走るバスだ。

 その四本目――八時ジャストに最寄り駅から発車するバス。

 それこそが、僕が毎日毎日必ず欠かさずに乗っているバス。

 月曜日から土曜日までの週六日。僕は必ずこのバスに乗る。

 理由は多分一つじゃなくて、まぁ、幾つかあるのだと思う。

 その内の一つは、あんまり早く行くと暇をもて余すからだ。

 その内の一つは、あんまり遅く行くと遅刻の寸前だからだ。

「お願いしまーす」

「あいよー」

 バスの運転手に学生証を見せながら僕はバスへと乗り込む。

 それをすぐに通学鞄へと仕舞い、バスの奥を目指して歩く。

「ふぅ」

 学ランの襟元に輝く校章の角度を少し調整しながら歩いて、

「おはようございます、先輩」

 バスの進行方向に向かって右側にある、二人がけのシート。

 幾つも並ぶそんなシートの、後ろから数え三番目のシート。

 そこの窓際に座る先輩へと、僕は片手を上げて声をかける。

「あ、おはー」

 ……そして、僕がこのバスに乗る幾つかの理由のラストは、

「今日も眠そうですど、また夜中までテレビ見てたんですか?」

「うん。新人声優が司会やってる番組を見てたらいつも明け方でさぁ」

「少しは寝ときましょうよ……」

 学年が違う故に校内では会い難い友人の、左側に座る為だ。

 彼氏が居る故に他所では会い難い彼女の、左側に座る為だ。


「でさ、昨日の番組に出ていた○○××って声優のトークが面白くって――」

「……全っ然知らない名前ですね」

「後輩君は、そもそも声優について詳しくないじゃん?」

 今、僕の右側に座っている彼女の彼氏は、朝にかなり弱い。

 その為、彼女の彼氏はいつも最終バスにしか乗れていない。

 だから毎日、この時だけは、僕が彼女の左に居られるのだ。

 だから毎日、僕は同じ文芸部員の先輩の左に居られるのだ。

 彼女の恋人でも何でもない僕が、唯一二人で居られる十分。

 叶わぬ想いだとしても、こうして傍に居られるだけで充分。

 それが、それだけが、僕に毎日の早起きを勧めている理由。

「あ、でも、別の番組に出てた□□■■って奴は滑舌もトークも微妙だった。あれはあんまり……」

「『奴』呼ばわりまで落ちるんですか」

「いや、ああいう番組に出られるだけで凄いとは思うんだけどね?」

 先輩の中の僕は、ただの人懐っこい後輩、ってだけだろう。

 ただ、年が少し離れているだけの友人、とかかもしれない。

 それもその筈だろうし、僕も自身もそのままでも良いんだ。

 告白とか交際とかのそういうアレコレはかなり前に諦めた。

 そりゃあ、そういうアレコレに至りたい事は至りたいけど。

 でも、僕は手が届かないと見限り見逃し見捨ててしまった。

 これで良いんだ、と妥協した満足を許容する事にしたんだ。

 今はただ、傍に居られるだけ居られるように行動している。

 仕事を引き受けたり雑用を引き受けたりパシりになったり。

 内容が片寄っている、という自覚は勿論自分の中にもある。

 でも、それはきっと仕方がない事なのだ、とも思っている。

 自分の想いをも殺して、先輩をサポートする係に徹する事。

 恐らくそれだけが、先輩の近くに居ても許される為の代償だ。

 きっとそれだけが、先輩の子分として信頼される手段なのだ。

 たぶんそれだけが、僕が先輩に必要とされる為の道標なのだ。

「あ、そう言えば、次回の部活の活動内容は何なんです?」

「何ー? あたしの声優トークから話逸らしたいのー?」

「いえ滅相もございません! ただ、前もって準備しておける事があるならしておきたいな、とは思います」

「うわ、真っ面目ー」

「『うわ』って何ですか、『うわ』って」

「いやいや、あたしも良い後輩を持ったなー、ってね」

「その思いから『うわ』ですか」

「あたしは後輩君をそんな子に育てた覚えは無いからねぇ」

「……なんか、申し訳ありません」

「いや、良いんだよ?」

 いつも通りな冗談の言い合いが景色と共に後ろへ流れていく。

 いつもの様に中身も意味も何も無く、時間と共に流していく。

 雑談、なんて言葉が相応しい実も何も無い会話が続いていく。

 それが僕は嬉しくて楽しくて堪らなく、少しの笑いが漏れる。

「? そんなに面白かったの?」

「えっと、はい」

「?」

 先輩が頭上に疑問符を浮かべた頃、視界の端に校舎が見えた。

 我らが高校の校舎が見え、バスが少しずつ減速を始めている。

 もうすぐ、僕の至福の時である約十分間が幕を閉じてしまう。

 そうして、僕の雌伏の時である学校生活が幕を開けてしまう。

 そしてやがてバスが停車し、ドアが開き生徒が下車し始める。

「あぁー、今日も貴重な睡眠時間が始まるのねー」

「ちゃんと授業は聞いた方が良いのでは」

「後輩君もつまんない事言うんだねぇ」

「ごめんなさい先輩!」

「いや、謝らなくても良いけど」

 そして二人による、正門までの遅く短く平坦な散歩が始まる。

 雑談に雑談を重ね雑談で彩り、雑談で煮詰めつつ歩き数十秒。

 正門の前に差し掛かった所で、僕はいつもの様に口を開いた。

「今日も隣、ありがとうございました」

 テンプレートにすらなってしまった声に、先輩は手を振って、

「こちらこそありがとねー」

 吸い込まれる様な笑顔を装備しながら、にこやかにそう言う。

 手を振り返しつつ自分の下駄箱へ向かう僕に先輩がこう言う。

「朝、誰かが隣に居てくれるだけでもあたしは嬉しいよ」

 その言葉の真意に、この時の僕は未だ全く完全に気付かない。

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