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アイテム鑑定士は頑張ってます ― 地図のないダンジョンからの脱出  作者: 智信
第一部

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9/12

第09話 記号

「それは「記号」として認識できるものだった」

—— 記号付きアイテム

 明るい広間は、さっきまでの薄暗い通路が嘘のように広かった。


 高い天井から降る澄んだ光。

 磨かれた床。

 崩れながらも整然と並ぶ柱。

 ここもまたあの最初の広間と同じ、人の手が作った場所のようだった。


 この空間にもいろいろな品が落ちていた。

 それらを拾い集め、鑑定し、収納バッグに納めていく。

 そうして肩のバッグの中には、古い品がどんどん溜まっていった。

 しかし状況は何も変わらない。

 そう、その品々はまだ何一つとして読めないままだった。

 拾っては鑑定し……不明。

 また拾っては……不明。

 その繰り返しだった。


 どれだけ歩いても出口の気配はない。

 どれだけ拾っても手がかりにはならない。

 頭の片隅にある三日という区切りが、じわじわと見えない圧力をかけてくる。

 焦っても仕方ないと分かってはいても、時間だけが確かに減っていくのを誰もが感じていた。


 そんな不安が芽吹いてくる中、この明るい広間をしばらく進むと、これまでとは少し様子の違う一角が見えた。


 それは部屋のような場所だった。

 崩れた棚が壁沿いにいくつも並んでいる。

 その足元や、壁際に穿たれた小さな窪みに、古い品が転がっていた。

 まるで何かをしまっておくための場所だったかのようだ。

 棚のひとつを覗き込むと、そこにも似た品が並んでいた。

 どれも埃をかぶり、半ば風化しかけている。

 それでも、かつては几帳面に整理されていたのだろうと知れる並びだった。

 瓦礫にまぎれてただ転がっていた今までの品々とは、どこか違う雰囲気を帯びていた。

 ここにある物は誰かの手でしっかりと管理され、丁寧に仕舞われていた。

 そんな気配があった。

 いままでに拾ったものと似ているが、しかし、少しだけ違うような見慣れぬ古い遺物。

 自分は何気なくその一つを手に取った。

 ——そして「あれ」と、指が止まった。


 その表面に何かが刻まれている。

 細い線で彫り込まれた、小さな紋様。

 文字のようにも見えるし、ただの飾りのようにも見える。

 だが明らかに意味ありげに、規則正しく並んでいた。

 埃を払うと、その彫りは思ったよりも深く、はっきりとしていた。

 誰かが確かな意図をもって刻んだもの。

 そう思わせる何かがその紋様にはあった。


 自分はその品に鑑定をかけた。


────────────

 【鑑定】紋様の刻まれた金具

 種別:金属製の器具。

 紋様:見慣れぬ模様が彫り込まれている。意味は読み取れない。

 来歴:古い。

 用途:不明。

 価値:不明。

────────────


 やはり用途も来歴も不明のまま。

 だが一つだけ、これまでと違うところがあった。

 紋様。

 鑑定は、その彫り模様が"そこにある"ことだけは、はっきりと返してきた。


 いままでに拾った物たちにはどこを探しても掴めるとっかかりが一つもなかった。

 種別だけがかろうじて分かり、あとは「不明」というただの沈黙。

 どこから手をつければいいのかすら分からなかった。

 だがこれには、確かに「紋様」という目に見える手がかりがある。

 意味は読めずとも"同じもの"と"違うもの"を見分けることはできる。

 真っ暗な部屋の中で、初めて小さな光を見つけたような。

 そんなかすかな感触だった。

 鑑定士として久しぶりに「読める何か」に触れた気がした。


「ちょっと、それ見せて!」


 声に振り返るとヴェラがすでに何個もの品を抱えていた。

 その目がいつになく爛爛と輝いている。


「やっぱりだ。……ねえライル、この紋様ね、あちこちの品に刻まれてるんだよ。しかも」


 ヴェラは抱えた品を床にずらりと並べはじめた。

 一つ、また一つ。

 あっという間に、十を超える遺物が彼女の前に整列していく。


「見て。こことここ、同じ形の紋様があるでしょ。……で、こっちは少しだけ違う。線が一本、多い」


 ヴェラの指が品から品へと素早く移っていく。


「同じのもあれば、少しずつ違うのもある。でも、でたらめじゃないの。……たとえば、この形が刻まれた品は、どれも似た大きさ。こっちの形は、決まって細長い品にある。……絶対に何かの決まりがあるよ。これ、ただの飾りじゃない。何かを表そうとして刻まれた——記号だよ」


 自分はヴェラが指した別の品にも鑑定をかけてみた。


────────────

 【鑑定】記号の刻まれた小片

 種別:石の小片。

 記号:金具のものとは異なるしるし。意味は読み取れない。

 来歴:古い。

 価値:不明。

────────────


 それは唐突だった。

 鑑定の結果が「紋様の刻まれた」が「記号の刻まれた」に変化した。

 だがその意味まではどうしても届かない。

 ヴェラの一言が鑑定の結果を変えた。

 金具の記号と石の小片の記号は、確かに別のものだ。

 そしてどちらも、違いがはっきり分かるほど綺麗な形を保っていた。

 それは「記号」として認識できるものだった。


「ねえ、これってさ」


 ヴェラが金具と小片を両手に持って見比べる。


「もしかしたら、品の名前とか、種類とか……そういう"しるし"なのかもしれない。樽に中身を書いておくみたいにさ。……だとしたら、この記号が読めれば、その品が何なのかも分かるってことでしょ」


 突拍子もない思いつきのようでいて、妙に筋が通っていた。

 少なくとも当てずっぽうよりはずっとましだ。


 自分は並んだ品をあらためて見渡した。

 これだけの数の遺物に、わざわざ紋様を刻んだ者たちがいる。

 つまりここには、かつて"記録"があったのだ。

 誰かが何かを書き残し、それを読む者がいた。

 物がそこにあることは分かる。

 紋様がそこにあることも分かる。

 それが意味を持つ記号だということも、今なら分かる。

 ただ、その記号が語る言葉を、自分はまだ知らないだけだった。


 ヴェラのその口ぶりは、さっきまでの重い空気を吹き飛ばすようだった。

 分からないものだらけの中で、初めて追いかけられる"形"が現れたのだ。


「記号、ねえ」


 アッシュが並んだ品を上から覗き込む。


「何が書いてあるかはさっぱりだが……こういうものが、意味もなく彫られてるとは思えん。何かの手がかりかもしれんな。集めておいて損はないだろう」


「だが、のんびり読み解いてる暇はないぞ」


 ゴードンが低く釘を刺した。


「記号を集めるのはいい。だが、それが出口に繋がる保証はどこにもない。時間は限られてる。……追う値打ちがあるのかどうか、それすら今は分からんのだからな」


 もっともな話だった。

 だが、と自分は思う。

 ほかに手がかりのない今、この記号はたった一つの糸だ。

 その糸を手放せば、また何も分からない闇に戻るだけだった。


「分かってる」


 イングリッドが皆を見回した。


「時間がないのはその通りだ。だからこそ、拾えるものは拾っておく。読み解きはヴェラに任せて、あたいたちは探索を続ける。……両方やるんだよ。手がかりも、出口探しも」


「まかせて! こういうの、ウチの得意分野だからね」


 ヴェラが胸を張る。

 好奇心のかたまりのようなこの娘が、今はいちばん頼もしく見えた。


 自分が鑑定で「記号がある」ところまでを拾い、ヴェラがその記号を読み解く。

 一人では、どちらも半分にしかならない。

 だが二人分を合わせれば、あるいは——。

 そんな組み合わせが、この行き詰まりを崩す糸口になるかもしれなかった。


 自分も収納バッグに、記号付きの品を集めていく。

 まだ何一つ解けてはいない。

 鑑定は相変わらず用途も来歴も「不明」としか返さない。

 それでも胸の底に細い糸のようなものが垂れてくる気がした。

 この記号を辿っていけば、いつか何かに届くかもしれない。

 根拠はない。

 だが、絶望しかなかった場所に、初めて「かもしれない」が芽生えていた。


 ヴェラはもう次の品へと手を伸ばしている。

 その背中を追うように皆も腰を上げた。

 拾い集めた記号の品が収納バッグの中でかすかに触れ合う。

 記号を追って探索はさらに奥へ。

 まだ読めない。

 だが、読めるようになるかもしれない。

 その細い糸を手放さないよう、五人はまた一歩、見知らぬ場所の奥へと足を踏み出した。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

評価・ブックマークで応援いただけると嬉しいです。

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