第10話 意味
記号付きの品は、探すほどに集まった。
ヴェラは目についた物を片端から拾い、自分に渡す。
渡された物に鑑定を行い、「記号がある」ものを収納バッグにしまっていく。
そんなことを繰り返しながら、広間の奥へとたどり着いた。
「そろそろ次の通路になりそうだし、ここで一旦休憩をとるよ」
イングリッドが宣言すると、アッシュに目配せをした。
「はいはい、ちょっとだけ周りを見回ってきますよ。安全を確かめたら、あとの見張りはゴードンさん、お願いしますね」
「ああ、任せておけ」
アッシュはゴードンの返事を受け取り、休憩場所の周りを確かめに出ていった。
休憩も時間も無駄にしたくはないと思い、収集した記号付きの品を並べてみる。
一つひとつに再び鑑定をかけていったが、やはりどれも用途は不明のまま。
それでも、記号が「そこにある」ことだけは、鑑定がはっきりと返してくる。
何も掴めなかった最初のころに比べれば、たしかな手応えだった。
「ねえライル、ちょっとこれ見て」
ヴェラが二つの品を並べて差し出してきた。
どちらも手のひらに乗るほどの、細い金属の部品だ。
よく似た形をしている。
刻まれた記号も、ほとんど同じ。
ただ一点、片方だけ線が一本多かった。
「この二つ、そっくりでしょ。でも、ここ。線の数が違う。……ウチね、さっきからずっと気になってたんだ。同じ形の記号なのに、線が一本だけ多いのとか、少ないのとかが、あちこちにあるの」
言われて、自分も並んだ品をあらためて見渡した。
たしかに、そうだった。
同じ骨格の記号が、線の数だけを変えて、いくつもの品に散っている。
一本の物。
二本の物。
三本の物。
「数が、違う」
自分はつぶやいた。
「同じ絵なのに、線の本数だけが違う。……これは、たまたまじゃないと思う」
「でしょ!」
ヴェラの目が輝いた。
「ウチが思うにね、この線の数、きっと何かの『多い少ない』を表してるんだよ。ほら、樽に印をつけるときも、棒を一本ずつ増やして数を数えるでしょ。あれと同じ。線が多いほど、何かが強い……とか、大きい……とか、そういうことなんじゃないかな」
突拍子もない思いつきのようでいて、妙に腑に落ちた。
同じ記号の羅列のなかでの、一箇所の違い。
線の数だけの違い。
それが「強い弱い」「多い少ない」の度合いを表しているのなら。
バラバラに見えた記号の群れに、初めて一本の筋が通る。
「試してみようよ」
ヴェラは並んだ品を、線の数ごとに分けて置きなおしはじめた。
一本の記号を持つ品を左に。
二本を真ん中に。
三本を右に。
そうして仕分けてみると、不思議なことが見えてきた。
「見て。線が一本の物は、どれも小さい。二本になると、少し大きくなる。三本は、もっと。……ね? やっぱり数と、何かの大きさが揃ってるでしょ」
言われて確かめると、まさにそのとおりだった。
完全とは言えない。
例外もありそうだった。
だが、おおまかには線の数と品の大きさが確かに連れ立って増えていく。
偶然でこれほど揃うとは思えなかった。
自分は手に持っていた部品をじっと見つめ直した。
一つ、試してみたいことがあった。
この部品はさっき鑑定したばかりだ。
そのときはこう返ってきた。
────────────
【鑑定】記号の刻まれた金属片
種別:金属製の部品。
記号:見慣れぬしるし。意味は読み取れない。
用途:不明。
価値:不明。
────────────
用途も、記号の意味も、何もかも不明のまま。
あのときの自分には、ただの記号にしか見えなかった。
だが今は違う。
ヴェラの気づきが、頭の中に新しい物差しをまた一つ加えてくれた。
線の数は度合いを表すかもしれない。
その一点を胸に置いて、自分はもう一度、同じ部品に鑑定をかけた。
意識を沈める。
記号をなぞる。
線の一本、一本を数えるように。
すると——
さっきまでのっぺりとした記号にしか見えなかったものが、急に意味を帯びて立ち上がってきた。
これは、度合いを表す記号だ。
そう思って見ると、鑑定が返してくるものが……変わった。
────────────
【鑑定】記号の刻まれた金属片
種別:金属製の部品。
情報:度合いを表す記号が刻まれている。線の数が段階を示している。
用途:何かの加減を表す部品と思われる。
価値:不明。
────────────
「……出た」
声が、少し震えた。
「用途が、出た。……さっきは、何も分からなかったのに」
「ほんとに!? 何て、何て出たの!」
ヴェラが身を乗り出してくる。
「何かの加減を表す部品……らしい。断言はできないが、そう読めた。……ヴェラ、お前の言った線の数は『度合い』だ。それが分かった途端、鑑定の結果が変わったんだ」
言いながら自分の指先が熱くなるのを感じていた。
これまで、ここの品はどれだけ見つめても「不明」ばかりを返してきた。
目を凝らしても、意識を沈めても、知らないものは知らないままだった。
だが今、一つ扉が開いた。
知識が一つ増えた。
ただそれだけで「不明」だったものが「不明」でなくなった。
鑑定という自分の目が、この場所で確かに前へ進んだ。
思えばいつもの仕事もこうだった。
見知らぬ品に出くわしても、似た物を知っていればそこから手繰って正体にたどり着ける。
積み重ねた知識が多いほど鑑定は深くなる。
ここでそれが通じなかったのは積み重ねの外にある物ばかりだったからだ。
ならばこの場所の分の積み重ねを一から作っていけばいい。
その一つを手にしたのだ。
「すごいじゃん、ライル!」
ヴェラが両手を打ち鳴らす。
「ウチの気づきと、あんたの鑑定。二つ合わせたら読めた! ……ねえ、これってさ、他の記号でも同じことができるんじゃない? 一つずつ意味を見つけていけば、この山、全部読めるようになるかもしれないよ」
その言葉に胸の奥が小さく高鳴った。
一つでは「不明」のまま。
だが、記号の意味を一つ手に入れるたび読めるものが増えていく。
鑑定の結果が「不明」ではなくなっていく。
積み重ねれば……いつか。
「どうした、二人とも。えらく騒がしいな」
声に振り返ると、周りを見回り終えたアッシュが戻ってきていた。
異常はなかったとばかりに軽く手を挙げ、こちらへ近づいてくる。
「聞いてよアッシュ! ライルがね、読めなかった部品を読んだの!」
ヴェラが誇らしげに事の次第をまくし立てる。
アッシュは並んだ品と自分の顔を見比べ、ふっと口の端を上げた。
「へえ。……さっきまで『何も分からない』ってしょげてた鑑定士が、ずいぶんな変わりようだ」
「悪かったな」
つい苦笑が漏れる。
だが、その軽口が今はありがたかった。
「だが、大したもんだ」
アッシュは、めずらしく素直に言った。
「一つ読めたなら、二つ目も読める。三つ目もな。……こういう場所じゃ、それがどれだけ心強いか」
「浮かれるのは、ほどほどにな」
入れ替わりに見張りへ立ったゴードンが、周囲へ目を配りながら、いつもの調子で釘を刺した。
だが、その声はどこか柔らかい。
「読めるものが増えるのはいい。……だが、時間は待っちゃくれん。今日一日で、どこまで進めるかだ」
「分かってる」
イングリッドが頷き、皆を見回した。
「でも、ゴードン。これは大きいよ。……ここへ来てから、ずっと何も分からないままだった。だが、やっと一つ分かった。前に進んでる証だ。それだけで足の運びが軽くなる」
その言葉に誰もが小さく頷いた。
まだ、たった一つ。
この場所を出る道からはほど遠い。
それでも、たった一つの「分かった」が、こんなにも心を照らすのだと初めて知った。
バラバラだった記号の群れが、少しだけ意味のある言葉に見えはじめている。
まだ全部を鑑定することはできない。
だが、鑑定の礎となる情報を、たった今、一つ覚えた。
目の前にはまだ読めない記号がいくつも眠っている。
その一つひとつが意味を隠したままこちらを見返しているようだった。
線の数は度合いを表す——そのたった一つの鍵では、開く扉は限られている。
だが、ほかの鍵もきっと見つけることができる。
ヴェラと自分がいれば、それを見つけられるはずだ。
もっと記号を。
もっと手がかりを。
一つずつ集めて、一つずつ読み解いていけば、いつかこの迷路の底にたどり着ける。
根拠のない確信が、しかし確かに自分の背を押していた。
五人は、初めての小さな勝利を胸に刻んだ。
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