第11話 不安
休憩を終えた五人は出口を探してさらに奥へと進んだ。
奥へと進みながらも記号が刻まれている品を拾っては鑑定を続けていた。
線の数が度合いを表す——たった一つ手にしたその物差しは思いのほか役に立った。
同じ記号を持つ品を見比べれば、どれが「強い」のか「弱い」のかのおおよその見当がつく。
中には別の形状の記号もあった。
それらもヴェラと共に突き合わせるうちに、一つ、また一つと、意味の切れ端が掴めてくる。
「この、渦を巻いたような記号……たぶん『流れ』とか『巡る』とか、そういう意味だと思う」
ヴェラは歩きながらも記号が刻まれた石片を手に持ち、これは、あれは、といろいろと推察を行っていた。
「こっちの、角ばったのは『固い』か『閉じる』。……ねえライル、少しずつだけど、読めてきてる。ウチたち、確かに前に進んでるよ」
「ああ」
自分も頷いた。
最初は何一つ掴めなかった。
それが今は断片とはいえ記号の意味が手の中に増えていく。
鑑定を重ねるたび返ってくる言葉が少しずつ豊かになる。
その手応えは確かに嬉しかった。
だが、いくら記号を読めてもそれが「出口」を指してはくれなかった。
流れ、巡る、固い、閉じる。
断片は増える。
けれど、それらをどう繋げてもここから出る道の形は浮かんでこない。
読めば読むほど、この場所は何かの施設であったという輪郭が浮かんでくる。
だが何のための施設なのか、肝心のところは靄がかかったように隠れたままだった。
道もまた一筋縄ではいかなかった。
明るい広間を抜けた先は通路になっていた。
再び薄暗い世界へ。
ヴェラと自分が手のひらに灯りを浮かべ、足元を照らす。
通路は幾筋にも枝分かれし、進んでも進んでも似たような石壁ばかりが続く。
右へ折れ、左へ折れ。
時折、来た道と見分けがつかなくなる。
「……なあ、ここ、さっきも通らなかったか?」
アッシュがふと足を止めて、壁のひび割れを指さした。
「気のせいならいいんだが。……どうも、同じ場所をぐるぐる回ってる気がしてならん」
斥候として方向感覚に自信があり、地図を作っているアッシュでさえも不安を隠せなくなっていた。
三日という区切りが、誰より冷静なはずのこの男からも、少しずつ落ち着きを奪っている。
誰も、すぐには答えられなかった。
言われてみれば、そのとおりだった。
壁のひび割れの形。
崩れた石の転がり方。
どれもが少し前に見た景色とそっくりだった。
いくら奥へ向かっているつもりでも、出口に近づいている手応えがまるでない。
まるで、手のひらの中で道が絡まっていくようだった。
イングリッドが拾った小石を分かれ道の角に置いていくことにした。
同じ場所に戻ってきていないか、それで確かめようというのだ。
だが、しばらく進んで戻ると——置いたはずの小石が、いくつも見当たらなくなっていた。
道が入り組みすぎて、置いた場所そのものを見失っているのか。
それとも本当に別の道を進んでいるのか。
それすら判然としなかった。
「……厄介な造りだ」
イングリッドが低くつぶやく。
その横顔にも、さすがに疲れが滲んでいた。
やがて、通路の壁に奇妙なものを見つけた。
薄い光を放つ青白い苔のようなもの。
石の隙間からびっしりと生えている。
ヴェラが好奇心に駆られて手を伸ばしかけたので、自分はとっさに鑑定をかけた。
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【鑑定】青白く光る苔
種別:植物。地中の力を吸って育つ。
状態:茎から出る汁に毒がある。素手で触れると肌が爛れる。
価値:不明。
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「触るな、ヴェラ! ……毒がある。触れると、肌が爛れるらしい」
「うわ、あぶな。……ありがと、ライル」
ヴェラが慌てて手を引っ込める。
こういうとき自分の鑑定は確かに役に立った。
得体の知れない品は読めなくてもこうした植物であればちゃんと見分けられる。
パーティーのためになればと、金をやりくりして図書館に通い、多くの図鑑を読み込んできた。
その中にあった毒のある苔。
植物であれば、絶滅さえしていなければ、鑑定してみせる。
その努力が実を結んだ。
パーティーの守りとして、まだ自分にもできることがある。
その事実がまたひとつ自分の気持ちを浮上させた。
だが、鑑定を重ねるほど体の芯に重い疲れが溜まっていくのも感じていた。
鑑定はただ見るだけではない。
目に見えない何かを確かに削って成り立っている。
拾っては鑑定をかけ、危険がないかと鑑定をかけ……その一つひとつが少しずつ自分の中の何かを涸らしていくようだった。
「ライル、無理に全部を鑑定するな」
その様子に気づいたのかゴードンが低く言った。
「お前の力にも限りがあるんだろう。……水はヴェラの魔術で作れるが、それにも同じことが言える。使えば減る。減ればいざというとき使えなくなる。食い物と同じだ。……何もかも、無尽蔵じゃない」
その言葉は静かに重かった。
三日という区切りに加え、自分たちの力そのものにも底があるのだ。
むやみに鑑定を重ねれば肝心なときに読めなくなる。
拾った品の全部を読み解くわけにはいかなかった。
「……分かってる。すまない」
「謝ることじゃない。……ただ、計画して使え、ということだ。鑑定も、時間もな」
ゴードンはそう言ってまた前へ向き直った。
そのやり取りをヴェラが少し離れたところで聞いていた。
その手の中には、まだ読み切れていない記号の品が握られている。
いつもなら謎を前にして目を輝かせるこの娘が今は唇を結んでいた。
「……読めてきてはいるのに」
ぽつりとヴェラがこぼした。
「記号は、読めてきてる。少しずつだけど、確かに読めてる。なのに……どれだけ読んでも、出口に近づいてる気がしない。ウチのやってること、本当に役に立ってるのかな」
その声にはいつもの弾みがなかった。
謎を解くのが好きで解けるほどに嬉しくなるはずのこの娘が、初めて解くことの手応えを見失いかけている。
解いても解いても肝心の出口が見えてこない。
三日という期限が静かに彼女の芯を蝕みはじめていた。
「役に立ってるさ」
答えたのはアッシュだった。
「少なくとも、あんたのおかげでおいらたちは、この紋様がただの飾りじゃない、意味のある記号だと知ってる。読める物が増えてるなら、正体に近づいてるってことだ。……夜道と同じさ。最後まで歩いたやつだけが、たどり着ける」
軽い口ぶりだった。
だが、その言葉はヴェラの結んだ唇をほんの少しだけ緩めた。
「……アッシュのくせに、いいこと言うじゃない」
「くせに、は余計だ」
小さな笑いが起きて張り詰めた空気がわずかにほどける。
それでも手詰まりの感覚は五人の足に重くまとわりついたままだった。
どれだけ進んでも出口はない。
読めるものは増えても道は開けない。
時間と自分の中の何かが静かに削られていく。
自分は収納バッグの重みを背に感じながら暗い通路の先へ目を凝らした。
と、そのときだった。
通路のその一番奥。
薄闇の向こうにこれまでとは明らかに違う気配があった。
広い。
そして、高い。
細い通路の先にぽっかりと開けた大きな空間の予感。
そこに、何か——大きなものが静かに佇んでいる。
そんな気がした。
「……あの奥。何か、ある」
自分がつぶやくと皆の視線がその一点に集まった。
出口なのか。
それともまた別の行き止まりなのか。
今はまだ分からない。
だが、これまでの薄暗い通路とは違う、大きな何かがその先で待っている。
絡まりきった道の果てに、初めてはっきりとした目的地らしきものが現れた。
それだけで萎えかけていた足にわずかな力が戻ってくる。
「行こう」
イングリッドが短く言った。
「出口じゃなくても、何かはある。……何もない道を進むよりは、ずっといい」
五人は疲れた足を励まし、その気配へ向かって一歩を踏み出した。
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