第08話 石の像
広間の奥は進むにつれて徐々に狭くなっていった。
高かった天井もいつのまにか低くなり、両脇の壁がじりじりと近づいてきている。
反面、灯りはより澄んでいき、その明るさも強さを増していった。
どうやらこの場所は奥へ行くほどに光が強くなっていくらしい。
素材が違うのか、壁や柱の崩れ具合も少なくなり、その造りが一段としっかりと見て取れる。
しかし確かめたところで、その意匠は自分が覚えているどれとも違っていた。
分かったことは「古い」というただ一点のみだった。
そんな広間の先にぽっかりと別の通路が口を開けていた。
だがそこはこれまでとは様子が違う。
ただの崩落ではない。
まるで誰かが意図して壊したような、不自然に砕けた狭く薄暗い通路。
澄んだ明るさはその入り口でぷつりと途切れていた。
一歩でも踏み込めば、あの華やかな余韻はもうどこにもなくなる。
同じ場所の続きとは思えないほど空気がよそよそしかった。
誰もすぐには足を踏み入れなかった。
わざわざ壊されたような薄暗い通路。
まるで「入るな」と告げているようにも思える。
だが、先頭のイングリッドはしばし奥を見据えたあと、静かに口を開いた。
「妙な通路だ。……正直、気は進まない。だが、明るいところばかり探しても出口は見つかりそうにない」
その目が迷いを振り切るように闇の奥へ向けられる。
「こういう場所こそ、何か隠れているのかもしれない。進もう。ただし慎重に」
異を唱える者はいなかった。
それが今の自分たちにできる、ただ一つの前進だった。
「ここから先は、灯りがいるね」
ヴェラが指先に小さな光をともした。
青白い頼りない光。
それでも自分たちを照らすには十分だった。
「ライル、お前も出せるだろう。反対側を頼む」
ゴードンに言われ、自分も手のひらに光を浮かべる。
二つの小さな灯りが壊れた通路の左右をぼんやりと照らし出した。
明るい広間を背にすると、それだけで心細さが増した。
あの光の中にいるあいだはまだどこか安心があった。
だが一歩進むごとにその安心は少しずつ薄れていく。
誰の口数も自然と減っていった。
と、その足元が急に悪くなった。
崩れた石畳。
斜めに傾いだ床。
底が真っ暗な、ぽっかりとした穴。
「止まれ」
先頭のアッシュが片手を上げた。
その目が暗がりの先を鋭くなぞっていく。
「道は続いてる。……だが、足場が悪い。踏み外したらどうなるか、下に何があるか分かったもんじゃないからな」
アッシュが先に立ち、足場を一つひとつ確かめながら進む。
安全な道筋を選んでは後ろへ手で合図を送った。
ゴードンは最後尾に回り、危うい者があればすぐ支えられるよう身構えている。
誰も無駄口を叩かない。
灯りの届く範囲だけを頼りに、五人はゆっくりと歩を進めた。
時折、灯りに照らされた瓦礫の隙間から古い品が顔を出す。
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【鑑定】古びた装飾具
種別:金属製の装飾具。
来歴:古い。
用途:不明。
価値:不明。
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【鑑定】何かの彫刻の欠片
種別:彫刻の欠片。
来歴:古い。
素材:石。
価値:不明。
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何かを見つけるたびにヴェラは興奮し、鑑定は不明を告げる。
まだ何も変わらない、そんな時間が続いていった。
その途中だった。
新しい何かに気を取られたヴェラの片足が、斜めに傾いだ床でずるりと滑った。
小さな悲鳴。
体が底の見えない穴の方へ傾いだ。
だが、それより早く伸びたゴードンの腕がその体をぐいと引き戻した。
「……足元から目を離すな。焦らなくていい」
「う、うん。……ありがと、助かった」
さすがのヴェラも少し顔を強張らせている。
好奇心のままに先走る癖は、こういう場所では命取りになりかねない。
それを皆が無言で悟った気がした。
いつの間にか道はゆるやかな下りになった。
どこまで下るのか。
この道がそもそも正しいのか。
それすらも分からないまま、ただ足を前へ運ぶしかなかった。
やがて道が平らに戻ったとき、誰からともなく小さく息が漏れた。
と、壁沿いを検分していたアッシュがふと足を止めた。
「……おい。ここ、妙だぞ」
崩れた壁の一角。
瓦礫が斜めに折り重なった、その陰。
一見ただの行き止まりに見えるそこに、人ひとりがやっと通れるほどの隙間が黒く口を開けていた。
「小部屋か。……こんなところに、よく気づいたな」
「斥候の勘ってやつさ。風の流れなのか、埃の積もり方がここだけ妙だったからな」
アッシュが軽く肩をすくめる。
光をかざし、一人ずつその隙間を抜けた。
中は狭い小部屋だった。
埃が厚く積もり、長いあいだ誰の足も踏み入れていないのが分かる。
外の薄暗がりよりもさらに濃い闇がわだかまっていた。
空気は冷たく動かず、まるで重さを持っているようだった。
自分たちの灯りだけがその狭い空間をぼんやりと浮かび上がらせている。
誰かが息を呑む音がやけに大きく聞こえた。
そして、その奥に——
一体の古い像があった。
高さは膝ほど。
石でできた像だ。
厚く埃をかぶったその像は、しかし風化がひどかった。
摩耗しきっていて、何を象ったものなのかはもう判然としない。
人の形にも見えるし、そうでないようにも見える。
女性のようにも見えるが、男性と見ることもできなくはない。
顔にあたる部分はすべての凹凸が削れ落ちていた。
腕らしきものが胴に沿っていた跡はあるが、それも途中で欠けてしまっている。
四角い台座のような石の上に、それは静かに立っていた。
どれほどの歳月この暗がりで独り立ち続けてきたのか見当もつかない。
自分はその像に鑑定をかけた。
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【鑑定】風化した像
種別:何かを象ったと思われる像。
状態:ひどく摩耗している。
来歴:古い。
素材:石。
用途:不明。
価値:不明。
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やはりこれも同じだった。
石であること、古いこと、それだけ。
何を象った像なのか、何のための像なのか——そこから先はぷつりと途切れている。
「何かの、像かな」
ヴェラが興味深そうに覗き込む。
「顔も分からないくらい古いね。……こんな暗い小部屋に、たった一つきり。ずいぶん大事にされてたのか、それとも忘れられてたのか」
ヴェラは像の周りをぐるりと回って、あちこちを覗き込んだ。
「わざわざ隠すみたいな場所に置いてあるのが、ちょっと引っかかるけどね。……まあ、今のウチには分からないか」
そう言ってあっさりと肩をすくめる。
深追いするだけの手がかりも今はなかった。
「値打ちがあるのかも分からんが」
ゴードンが顎をなでた。
「これも何かの引っかかりになるかもしれん。一つ担いだところで荷が大きく増えるわけでもないしな。持っていくか。この場所じゃ、何が後で役に立つか分からんからな」
「そうだね」
イングリッドが頷いた。
「ライル、頼めるかい」
「ああ」
自分は像を布に包み、そっと収納バッグへ収めた。
膝ほどの石像は見た目のわりにずしりと重い。
何の像かも分からないまま、それはほかの品々と一緒に自分の背へ加わった。
部屋の中を見渡しても、もう埃のほかには何もなかった。
自分たちは小部屋を出て、また薄暗い通路へ戻る。
背の荷がまた少しだけ増えた。
読めない品がまた一つ。
それでも進むしかなかった。
しばらく薄暗い道を進むと——不意に前方が明るくなった。
壊された通路を抜けたのだ。
狭い闇の先に、再びあの澄んだ光をたたえた広い空間が開けていた。
高い天井。
磨かれた石の床。
崩れながらもまだ形を保った柱の列。
薄暗い破壊のあとをくぐり抜けて、また明るい場所へ出たのだと分かると、こわばっていた肩からふっと力が抜けた。
だが、安心している暇はない。
この明るい広間にも、まだ分からない品がどれだけ埋もれているか知れないのだから。
拾えるものを拾い、越えられる危険を越えて。
五人は一歩ずつ、見知らぬ場所の奥へと進んでいった。
2日目は4話連続掲載でしたが、これで本日の投稿は最後になります。
明日からは8月末まで毎日19時投稿の予定となっています。
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