第07話 沈黙の山
明るい広間は奥へ行くほど広がっていくようだった。
太い柱の間を抜けるたびまた新しい一角が現れる。
柱の装飾が崩れ、積み上がったと思われる瓦礫の山。
倒れ、崩れかけた石の台座の跡。
床に積もった埃。
そのどれもが長いあいだ手つかずのまま眠っていたものだった。
誰も多くは口をきかなかった。
足音と皆の呼吸の音だけが広すぎる空間にやけに大きく響く。
この場所がかつて何のために造られたのか——見上げても、見回しても、答えは返ってこない。
ただ自分たちがひどく場違いなところへ紛れ込んでしまった、という感覚だけが静かに足の裏から這い上がってきた。
「うわ、見て見て。こっち、まだ何かあるよ」
その静けさを破るようにヴェラの声が高い天井に反響する。
さっきまでの畏れはどこへやら……今はもう探索そのものを楽しんでいるらしい。
「散らばるな。足元に気をつけろ」
ゴードンが低く釘を刺す。
それでもヴェラの足取りは止まらなかった。
そんなヴェラを追うように、四人の足取りが続いていく。
崩れた壁の陰、傾いた柱の根元、埃をかぶった窪み。
探せば探すほど古い品が次から次へと出てくる。
自分は手近なものから順に、片端から鑑定にかけていった。
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【鑑定】古びた金属の器具
種別:金属製の器具。
来歴:古い。
用途:不明。
価値:不明。
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【鑑定】見知らぬ装飾の断片
種別:装飾の断片。
素材:石。
価値:不明。
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どれも見慣れない造りで、それでいて確かに人の手が生んだものだと分かった。
自然とそれぞれの手が動きはじめる。
アッシュが先を歩いて足場を確かめ危なくない場所を目で示す。
ゴードンが重い瓦礫をどかしその陰に埋もれた品を拾い上げる。
ヴェラは珍しい形の物へ片端から飛びつき、イングリッドが全体に目を配りながら拾った品を自分のところへ運んでくる。
こんな見知らぬ場所でも五人の呼吸はいつもの探索と変わらなかった。
その手慣れた行為がじわじわと忍び寄る心細さをかろうじて押し返してくれている。
「ライル、こいつは持っていく価値があるか?」
アッシュが拾い上げた何かを差し出してくる。
自分は受け取り目を凝らした。
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【鑑定】欠けた金物
種別:金属の細工物。用途は分からない。
来歴:古い。
価値:不明。
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「……分からない。とりあえず、持っていこう」
そう言いながらそれを肩の収納バッグへ収める。
結局、そう答えるしかなかった。
次にヴェラが差し出してきた石の板も。
その次に自分が拾い上げた歯車めいた部品も。
鑑定の結果は判で押したように同じだった。
種別だけがかろうじて分かり、あとはことごとく不明。
一部は何でできているかまで辛うじて分かるが、それすら掴めないものの方が多かった。
来歴も、用途も、値打ちも、何ひとつ浮かんでこない。
一度深く息を吸って意識を沈めてみる。
広間に入って最初に拾った器具にしたように。
部品の一つひとつを輪郭をなぞるように見つめ直す。
だが、いくら目を凝らしても返ってくるものは増えなかった。
覚えのある品なら見るほどに細かなことが浮かんでくる。
覚えがなくても、手がかりになる要素さえあれば、そこから何かしら浮かんでくる。
けれどここの物は、そもそもの比べる相手が自分の中のどこにもない。
見たことがないもの、知らないものはいくら見つめても何も情報が浮かんでこないままだった。
鑑定を重ねれば重ねるほど、こめかみの奥が鈍く重くなっていく。
いつもなら、例えば蔵の品でも回廊の遺物でも、目を凝らせば何かしらが返ってきた。
値がつかずともそれが何なのかくらいは掴めた。
なのに、ここの物は——どれだけ見つめても、手のひらから砂がこぼれるように、掴もうとした端から逃げていく。
まるで文字を覚える前の子供が文字だらけの書物の頁をただ捲っていくだけのようなものだった。
腕っぷしではもとから皆に敵わない。
せめて目だけは、鑑定だけはと思ってやってきた。
その目が、鑑定が、ここでは片端から通じない。
拾っては鑑定し、分からずただ収納バッグにしまっていくだけ。
その繰り返しがじわじわと指先を重くしていった。
「ライル、根を詰めすぎるなよ」
ゴードンがこちらを見ていた。
「焦ったところで何かが変わるわけでもない。今は無理をするな」
「……ああ」
短く返す。
分かってはいる。
分かってはいるが……拾い上げた品が手の中で沈黙するたび胸の底が少しずつ冷えていくのを止められなかった。
積み上がっていく品の中にはよく似た形の金具もいくつか混じっていた。
楔のような、あるいは鍵のような。
片手に収まるほどの、細い金属の塊。
ほかの品に比べてどこか作りが揃っている気もしたが——
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【鑑定】見慣れぬ金属の金具
種別:金属製の金具。
来歴:古い。
用途:不明。
価値:不明。
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ほかの何十という品と何も変わらなかった。
自分はそれをほかの金具とひとまとめにして収納バッグへ落とした。
中にはいかにも値打ちのありそうな品もあった。
銀色の鈍い光を残した円盤。
細かな彫りの入った、掌ほどの箱。
拾い上げるたび今度こそ何か分かるかもしれないとわずかに胸が高鳴る。
だが、鑑定の結果はいつも同じ場所で行き止まった。
種別がぼんやりと。
そして、あとは沈黙。
期待しては裏切られ、また期待しては裏切られる。
その小さな上下の繰り返しがじわじわと気力を削っていった。
「……全部、駄目なのか」
いつのまにか、アッシュが隣に立っていた。
その声に、責める色はない。
ただ、少しだけ意外そうだった。
「悪い。……何ひとつ、まともに鑑定できない」
正直に言うしかなかった。
「あんたの目が、鑑定が利かないなんて、初めて見たな」
「自分もだ」
思わず苦い声が漏れる。
「これだけ集めて、一つも分からないなんて……鑑定士として、情けない話だ」
「まあそう腐るなって」
アッシュは軽く肩をすくめた。
「数はあるんだ。これだけありゃ、そのうち一つくらい何か引っかかるかもしれん。あんたが悪いんじゃない。この場所がまともじゃないのさ」
慰めなのか、ただの見立てなのか。
どちらとも取れる口ぶりだったが、その言葉は思ったよりもすとんと胸に落ちた。
「ウチはむしろ燃えてきたけどね」
少し離れたところでヴェラが筒状の器具を光にかざしている。
「これだけ分からないものだらけなんて、なかなかお目にかかれないよ。……ねえライル、分からないってことは、まだ誰も知らないってことでしょ。だったら、最初に知るのはウチたちかもしれないじゃない」
その物言いについ肩の力が抜けた。
同じ「分からない」を、自分は無力と受け取り、この娘は宝の山と受け取る。
同じものを見ていても立つ場所が違えば見え方も変わるらしい。
「感心するのは後だ、ヴェラ」
イングリッドが皆を見回した。
「無理に全部を鑑定しようとしなくていい。ライル、鑑定できそうなものだけでいい。今はとにかく、数を集めて先へ進もう。手がかりは一つの品からとは限らない」
「……ああ。そうだな」
その一言で、重くなりかけていた指先が少しだけ軽くなった。
一つずつ読めなくても集めておけばいつか意味を成すかもしれない。
根拠はない。
だが、そう思うことがうつむきかけた顔を上げさせてくれた。
「それに、だ」
ゴードンが、担いだ荷を背負い直しながら言い添えた。
「数は財産だ。何が役に立つかも、何が引っかかりになるかも、今は分からんのだからな。……三日目がくるまでに、拾えるだけ拾っておく」
三日。
その言葉がまた静かに背を押してくる。
のんびり品を眺めていられる余裕は、本来はどこにもないのだ。
収納バッグには、もうずいぶんと沢山の品が入っている。
肩に食い込む収納バッグの重さは、無力さの重さのようでもあり、けれど同時にまだ開いていない答えの束のようでもあった。
今は情報を取り出せなくても、いつか、どれか一つが口を開くかもしれない。
そう思えばこの重さも少しは違って感じられた。
広間はまだ奥へと続いている。
五人は拾い集めた沈黙を背負って、また一歩を踏み出した。
2日目は4話連続掲載で、第8話は21時に公開予定となっています。
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