第06話 未知の遺物
「鑑定士として生きてきた、その拠り所が足元から揺らぐような感覚だった」
—— 未知の鑑定
薄暗い通路を五人で進む。
先頭はイングリッドとアッシュ。
殿はゴードン。
自分はヴェラと共に真ん中で周囲を確認している。
ここがどこかわかるものはないか、出口につながるものはないか。
しかし、相変わらず青みがかったほのかな光を滲ませている壁しかなかった。
足音だけがやけに大きく反響する。
誰も口を開かなかった。
この静けさの奥に何が待っているのか……それが分からないうちは軽口も出ない。
時折、ゴードンが足を止めて後ろを振り返る。
来たはずの道を確かめるように。
だが、そこにはただ薄暗い通路が続いているだけだった。
帰り道はどこにもない。
その事実が一歩ごとに足を重くした。
だが、しばらく行くと——奥から別の明るさが差してきた。
「……明るく、なってきた?」
アッシュが小さくつぶやいた。
確かに一歩進むごとにまわりがはっきりと見えてくる。
その明るさに導かれるままに通路を進んでいく。
そして、その通路を抜けた先で思わず足が止まった。
そこは広い空間だった。
天井はどこにあるかわからないほど高い。
床は埃をかぶってなお磨かれた石の艶を残していた。
そして、壁には崩れかけてはいるが細かな彫りの装飾が延々と続いている。
その一面を天井から滲む光が昼のように照らし出していた。
両脇には太い柱がずらりと並んでいた。
どれも一抱えでは足りないほどで、天井の闇へと吸い込まれるように伸びている。
人の背丈の何倍もある扉の跡。
崩れ落ちた梁。
床に散らばる装飾の破片。
ここがかつて、何か大きなもののために造られた場所であることは、一目で知れた。
だが、その「何か」が何なのかはどれだけ見回しても輪郭すら掴めない。
ただ、長い長い年月だけが埃となって静かに降り積もっている。
薄暗かったのはここまでの通路だけらしい。
この広い空間の光はどこまでも強かった。
——なぜここまでの通路だけが暗いのか。
その問いを頭の隅に留めておく。
少しの情報でも記憶に残しておく。
それは鑑定士の仕事であり、ここから脱出するためにも必要なことだ。
「すごい……こんなの、街道の遺構なんかじゃないよ」
ヴェラが壁の彫りに顔を寄せた。
指先で摩耗した紋様をそっとなぞる。
「見て、この意匠。どこの様式でもない。少なくともウチの知ってる国のものじゃないよ。……それにこの造り。ずいぶん古い。何十年とか、ううん、何百年とか、そんな話じゃない気がする」
その声には、いつもの探究心と、それを上回る何かが滲んでいた。
畏れ、と言ってもいいのかもしれない。
どんな危機でも「面白い」と食いつくヴェラが彫りの前でしばらく言葉を失っていた。
旧街道の延長かと思っていた。
だがここの造りは違う。
古く、精緻で、そして——見慣れない。
誰が何のために造ったのか。
鑑定士の目にもまるで見当がつかなかった。
「感心すんのは後だ。まずは、出口につながる道を探すぞ」
ゴードンが皆を促す。
もっともな話だった。
美しかろうが不気味だろうが出口ではないし、腹の足しにもならない。
自分たちに残された時間は、そう、たった三日なのだ。
「出口ね。……見たとこ、この広間からも道は何本か延びてる。どれが当たりかは、進んでみないと分からんが」
アッシュが、素早く広間を見渡して言った。
軽い口ぶりのわりに、その視線は、柱の陰も、崩れた出入口の奥も、抜かりなく舐めている。
場所が変わってもこの男の目はいつもどおり働いていた。
広間を横切ろうとして床の隅で何かが目に留まった。
鑑定士の癖でつい細かな物に目がいく。
埃に半ば埋もれた、小さな金属の器具。
手のひらに乗るほどの大きさでいくつもの細い部品が組み合わさっている。
継ぎ目も接合もやけに丁寧な仕事だ。
用途は見ただけでは分からない。
だが、こういう物こそ自分の出番だ。
埃を払い、拾い上げて、鑑定を行った。
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【鑑定】見慣れぬ金属の器具
種別:金属製の器具。
来歴:不明。
用途:不明。
価値:不明。
────────────
……ほとんど、分からなかった。
思わずもう一度目を凝らす。
意識を沈め部品のひとつひとつを追うように見つめ直す。
だが結果は変わらなかった。
種別が「金属製の器具」。
あとはすべて不明のままだ。
おかしい。
これほどの品なら、たとえガラクタでも来歴のひとつくらいは掴めるはずだ。
なのに、この器具は——鑑定に必要な情報が、ぷつりと途切れている。
自分がこれまで見て、触れて、覚えてきた、その積み重ねのどこにも、こんな物はなかった。
まるで、いままで生きてきた世界とはまったく違う、別の世界の物であるかのように。
「これは……自分の知らない何かだ」
口にしてから背筋がひやりとした。
蔵の品も、回廊の遺物も、これまで鑑定してきた物はたいてい何かしらの手がかりが得られた。
値がつくかどうかは別としてそれが何であるかくらいは掴めた。
むろん、用途の割れない品や、来歴の途切れた品もあった。
壊れた破片、擦り切れて読めなくなった古文書、そんなものなら正体が読めないこともある。
だが——これほど完全な形を保った器具を前にして「金属製」以外の情報が何ひとつ掴めない。
そんなことは初めてだった。
鑑定士として生きてきた、その拠り所が足元から揺らぐような感覚だった。
腕っぷしではもとから皆に敵わない。
せめて目だけはと思ってやってきた。
その目さえここでは通じないというのか。
「知らない何か? ……鑑定士のあんたでも、お手上げってことかい」
アッシュが驚いた目で自分を見つめる。
しかしヴェラは目を輝かせて器具を覗き込んでくる。
「未知の遺物ってことでしょ。……面白いね。ウチ、こういうの大好き」
「面白がってる場合か」
ゴードンが渋い顔をした。
「鑑定できないってことは、毒があるか、触っていい物かどうかも分からんってことだ。……気をつけろよ」
その言葉がじわりと重く響いた。
いつもなら危険そうな物は自分が見分けて皆に伝えられる。
鑑定はパーティーの守りでもあった。
だが、ここでは——その守りがまるで役に立たない。
何が安全で、何が危ういのかも、確かめてやれない。
「大丈夫かい、ライル」
イングリッドが静かに問う。
責める色はどこにもなかった。
ただ、その声色には心配の色が浮かんでいた。
「……今は、まだ何とも言えない」
正直に答えるしかなかった。
だが——と器具を握り直す。
初めて見る物が初めから読めるはずもない。
鑑定は知識を蓄えるほど深くなる。
一つだけでは比べるものがない。
ならば数を集めればいい。
同じような物を、十でも百でも千でも並べて、少しずつ手繰っていく。
それは時間さえあればできることだった。
もっともその時間がたった三日しかないのだが。
焦りが指先を冷たくする。
だが……焦ったところで結果が変わるわけではない。
一つずつだ。
自分にできるやり方で、この未知を切り崩していくしかない。
「イングリッド。出口を探すついででいい。今日一日、鑑定に付き合ってくれるか」
「もちろん。それが目当てであんたをパーティーに引っ張ってきたんだ」
イングリッドは迷いなく頷いた。
「ウチも手伝う! 未知の遺物なんて、放っておけるわけないでしょ」
ヴェラがもう次の獲物を探すように広間を見回す。
さっきまでの畏れはどこかへ引っ込んでいた。
現金なものだ、と少しだけおかしくなる。
「同じような物が、まだあるはずだ。手分けして集めて、まとめて調べよう。数が増えれば、見えてくるものもある」
「ま、そういうことなら、拾い集めるのはお手のもんさ」
アッシュが肩をすくめて笑った。
「稼ぎ場だと思えば、気も楽だ。——さ、探索の続きといこう」
三日という砂時計は、もう静かに落ち始めている。
それでも、進むしかなかった。
五人は明るい広間の奥へと歩き出した。
まだ見ぬ物が、まだ見ぬ答えが、この先で待っている。
その予感だけが胸の底の薄暗い不安をわずかに押し返していた。
2日目は4話連続掲載で、第7話は18時に公開予定となっています。
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