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アイテム鑑定士は頑張ってます ― 地図のないダンジョンからの脱出  作者: 智信
第三部

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第33話 聖女

「この聖女は、自分の身を使って、この場所を、封じたんだ」

—— 聖女の墓所


「しかし、その先にあったのは、一人の聖女の眠る墓と——そして、どこにも続いていない、行き止まりだった」

—— 脱出手段なしの絶望

 聖女の棺がもたらす畏怖に誰もが飲み込まれ、静寂が支配していた。

 どのくらいの時間が経ったであろうか、ゴードンがその静寂の支配を破った。


「出口の、情報は、ないのか?」


 はっとした。

 ——自分たちは出口を探しに来たのだ。


 あらためて棺を注視した。

 この棺にはまだ読み切れていない何かがある。

 その予感が胸の底で疼いていた。

 鑑定は確かに「聖女」を告げていた。

 だが、それだけではない。

 この棺の、この装飾には、もっと深いところに隠された言葉があるはずだ。


 残り少ない力を、意識の底へと、絞り出すように注ぎ込んでいく。

 もっと深く。

 この棺のいちばん奥、自分の知識のすべての底まで。

 白い光の中で、一つ、また一つと、深く、沈み込んでいった。


────────────

 【鑑定】聖女の棺

 種別:石で造られた、大きな棺。ひどく古い。

 内容:聖女の亡骸が、納められている。

 記号:側面に、記号が刻まれている。「異界より来たりし者」「人々のために、祈りし者」「聖女」。

 機能:内に納められた亡骸を"核"として、この場所を封じ込めている。封印の錨。

 碑文:奥まった面に、もう一つ、短い言葉が刻まれている——「二度と、私のような者が、生まれませんように」

────────────


 自分はしばらくその場から動けなかった。


「……ライル?」


 ヴェラがそっと声をかけてくる。

 自分は乾いた唇をゆっくりと開いた。


「……聖女は」


 声が、掠れていた。


「……この人は、自分の亡骸を……この場所を、封じるための、"核"に、した。……この聖女は、自分の身を使って、この場所を、封じたんだ」


「自分の……身を?」


 イングリッドが眉を寄せた。


「どういう、ことだ!?……自分で、自分を、封じたっていうのか?」


「ああ」


 自分はうなずいた。

 そして、棺のいちばん奥まった面に刻まれた、その短い記号を……いや言葉を、指でそっとなぞった。


「ここに、こう、書いてあるんだ。……"二度と、私のような者が、生まれませんように"、と」


 その言葉がこの白い光の満ちた空間に、静かに響いていった。


 誰もしばらく何も言えなかった。


 「二度と、私のような者が、生まれませんように」——それは、どれほどの、思いだったのだろう。

 異界から呼ばれ、そして何があったのかは分からない。

 だが、この人は自らの死を賭してまで願ったのだ。

 もう二度と自分と同じ者が現れないように、と。

 その願いをたった一行に込めて。

 自らの亡骸をこの封印の要にして。

 この地の底で、たった独り、その願いを守り続けてきた。


「……聖女様が。自分で、自分を」


 ヴェラの声が、震えていた。


「どうして。……どうして、そんな。……みんなのために、祈るような人が。なんで、自分の身まで、削って……独りで、こんなところに」


 その問いに答えられる者は、いなかった。

 自分の鑑定には、そこまでの結果は、ない。

 鑑定が示すのは、この聖女が"何を残したか"、そこまでだ。

 "なぜ"、そこまでしなければならなかったのか。

 残されていない情報、知らない情報を返してはくれない。

 そう、その心の奥にあったものまでは。


「……よほどの事情が、あったんだろうな」


 アッシュがいつになく静かな声で言った。

 軽口も皮肉もそこにはなかった。


「おいらたちも知らない、大昔の話だ。……何があったのかは、もう、誰にも、分からん。……だが。……重い話だ。……あんまり、軽々しく、想像できるもんじゃ、ない」


 自分たちはしばらくその棺の前で静かに頭を垂れた。

 名も知らぬ遠い昔のその人へ。

 自らを犠牲にしてまで他者を思ったその人へ。

 心からの敬意を込めて。


 だが。


 その静かな時間は長くは続かなかった。

 冷たい現実が……また胸に戻ってくる。


 ——自分たちは出口を探しに来たのだ。


 棺がなんであるのかは分かった。

 だが、それは自分たちの生還とは、何の関わりもない。

 最後の手がかり……自分は、床一面に広がるあの巨大な陣へと目を向けた。

 これは何なのか。

 もしかしたら、この陣が外へ通じているのかもしれない。

 わずかな望みを賭けて、自分は力を振り絞った。


────────────

 【鑑定】床の巨大な魔法陣

 種別:術式の陣。床一面に、刻まれている。

 機能:人を、転移させるための、陣。

────────────


「……人を、転移させるための、陣」


 自分のつぶやきに、ゴードンが即座に反応した。


「……人を転移させる、ということはこれで外に出られるということか!?」


 ゴードンの言葉に導かれ、皆の視線が自分へと集まった。


「まだ……そうかどうかは、わからない。最後の力を振り絞ってでも、もっと深く鑑定してみる」


 自分の知識のすべてをさらい、すべての力を使い、一つ、また一つと、深く、鑑定をしていった。


────────────

 【鑑定】床の巨大な魔法陣

 種別:術式の陣。床一面に、刻まれている。

 機能:異界より、人を、この場へと呼び寄せるためのもの。召喚陣。

 状態:今は、静まっている。

────────────


 ——召喚……つまりはこちらへ呼び寄せる一方通行。

 その鑑定結果が、頭の中で冷たくこだました。


「……どうだ、ライル」


 ゴードンが焦りを隠さずに問うてきた。

 その声にはすがるような響きがあった。


「その陣で……外へ、出られるのか」


 自分はゆっくりと首を横に振った。


「……無理だ。この陣は、人を、呼び寄せるためのもの。……ここから、外へ出るための、力は、ない」


 その言葉が落ちた瞬間、張りつめていた何かが、音もなく崩れていくのが、分かった。


 石碑を読み、儀式を解き、閉ざされた門を開いた。

 しかし、その先にあったのは、一人の聖女の眠る墓と——そして、どこにも続いていない、行き止まりだった。


「……もう、いい」


 小さい声が聞こえてきた。

 ゴードンだった。


 自分はその顔を見た。

 あの誰よりも肝の据わった年長の男の顔から、あらゆる気力の色が抜け落ちていた。


「……もう、無理だ」


 ゴードンはずるりとその場に膝をついた。

 その太い肩が力なく落ちる。


「ここまで来て……出口が、ない。……三日間、諦めずに歩き続け、探し続けて。……それでも、このざまだ。……もう、おれたちには、打つ手が、ない」


 その言葉に、誰も言葉を返せなかった。


 この三日間。

 どんなときも現実を直視してきた男だった。

 皆のはやる気持ちを静かにみつめ、けれど、決して諦めろとは言わなかった男。

 その、いちばん頼りにしてきた大地のような男が、静かに崩れ落ちていった。


 もしゴードンが、この男が膝をつくのなら、それは——本当に、もう終わりなのだと。

 その事実が、他のなによりも重く、皆の胸を貫いた。


 いちばん現実の見える者が、いちばん深く絶望していた。

 この先にもう何もないことを……そして、残された時間がもうないことを……誰よりも正確に悟ってしまったから。


「……ゴードン」


 イングリッドが声をかけた。

 だが、その先の言葉が続かなかった。

 いつも皆を引っ張ってきたリーダーですら、次の一手を何一つ思いつけずにいた。


 ヴェラは口を両手で覆っていた。


 自分は、もう一度、鑑定へ力を注ごうとした。

 どこかに見落とした道が、わずかな抜け穴がないか。

 だが——鑑定に注ぎ込むべきその力そのものが、もう涸れた井戸のように底をついていた。

 汲み上げるべき力は、一滴も残ってはいなかった。


 白い光は静かに自分たちを照らしている。

 まるでこの墓所に新たに眠る者を迎え入れるかのように。


 ——ここで、終わりなのか。


 その絶望が、冷たく包み込もうとした——そのときだった。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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