第33話 聖女
「この聖女は、自分の身を使って、この場所を、封じたんだ」
—— 聖女の墓所
「しかし、その先にあったのは、一人の聖女の眠る墓と——そして、どこにも続いていない、行き止まりだった」
—— 脱出手段なしの絶望
聖女の棺がもたらす畏怖に誰もが飲み込まれ、静寂が支配していた。
どのくらいの時間が経ったであろうか、ゴードンがその静寂の支配を破った。
「出口の、情報は、ないのか?」
はっとした。
——自分たちは出口を探しに来たのだ。
あらためて棺を注視した。
この棺にはまだ読み切れていない何かがある。
その予感が胸の底で疼いていた。
鑑定は確かに「聖女」を告げていた。
だが、それだけではない。
この棺の、この装飾には、もっと深いところに隠された言葉があるはずだ。
残り少ない力を、意識の底へと、絞り出すように注ぎ込んでいく。
もっと深く。
この棺のいちばん奥、自分の知識のすべての底まで。
白い光の中で、一つ、また一つと、深く、沈み込んでいった。
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【鑑定】聖女の棺
種別:石で造られた、大きな棺。ひどく古い。
内容:聖女の亡骸が、納められている。
記号:側面に、記号が刻まれている。「異界より来たりし者」「人々のために、祈りし者」「聖女」。
機能:内に納められた亡骸を"核"として、この場所を封じ込めている。封印の錨。
碑文:奥まった面に、もう一つ、短い言葉が刻まれている——「二度と、私のような者が、生まれませんように」
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自分はしばらくその場から動けなかった。
「……ライル?」
ヴェラがそっと声をかけてくる。
自分は乾いた唇をゆっくりと開いた。
「……聖女は」
声が、掠れていた。
「……この人は、自分の亡骸を……この場所を、封じるための、"核"に、した。……この聖女は、自分の身を使って、この場所を、封じたんだ」
「自分の……身を?」
イングリッドが眉を寄せた。
「どういう、ことだ!?……自分で、自分を、封じたっていうのか?」
「ああ」
自分はうなずいた。
そして、棺のいちばん奥まった面に刻まれた、その短い記号を……いや言葉を、指でそっとなぞった。
「ここに、こう、書いてあるんだ。……"二度と、私のような者が、生まれませんように"、と」
その言葉がこの白い光の満ちた空間に、静かに響いていった。
誰もしばらく何も言えなかった。
「二度と、私のような者が、生まれませんように」——それは、どれほどの、思いだったのだろう。
異界から呼ばれ、そして何があったのかは分からない。
だが、この人は自らの死を賭してまで願ったのだ。
もう二度と自分と同じ者が現れないように、と。
その願いをたった一行に込めて。
自らの亡骸をこの封印の要にして。
この地の底で、たった独り、その願いを守り続けてきた。
「……聖女様が。自分で、自分を」
ヴェラの声が、震えていた。
「どうして。……どうして、そんな。……みんなのために、祈るような人が。なんで、自分の身まで、削って……独りで、こんなところに」
その問いに答えられる者は、いなかった。
自分の鑑定には、そこまでの結果は、ない。
鑑定が示すのは、この聖女が"何を残したか"、そこまでだ。
"なぜ"、そこまでしなければならなかったのか。
残されていない情報、知らない情報を返してはくれない。
そう、その心の奥にあったものまでは。
「……よほどの事情が、あったんだろうな」
アッシュがいつになく静かな声で言った。
軽口も皮肉もそこにはなかった。
「おいらたちも知らない、大昔の話だ。……何があったのかは、もう、誰にも、分からん。……だが。……重い話だ。……あんまり、軽々しく、想像できるもんじゃ、ない」
自分たちはしばらくその棺の前で静かに頭を垂れた。
名も知らぬ遠い昔のその人へ。
自らを犠牲にしてまで他者を思ったその人へ。
心からの敬意を込めて。
だが。
その静かな時間は長くは続かなかった。
冷たい現実が……また胸に戻ってくる。
——自分たちは出口を探しに来たのだ。
棺がなんであるのかは分かった。
だが、それは自分たちの生還とは、何の関わりもない。
最後の手がかり……自分は、床一面に広がるあの巨大な陣へと目を向けた。
これは何なのか。
もしかしたら、この陣が外へ通じているのかもしれない。
わずかな望みを賭けて、自分は力を振り絞った。
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【鑑定】床の巨大な魔法陣
種別:術式の陣。床一面に、刻まれている。
機能:人を、転移させるための、陣。
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「……人を、転移させるための、陣」
自分のつぶやきに、ゴードンが即座に反応した。
「……人を転移させる、ということはこれで外に出られるということか!?」
ゴードンの言葉に導かれ、皆の視線が自分へと集まった。
「まだ……そうかどうかは、わからない。最後の力を振り絞ってでも、もっと深く鑑定してみる」
自分の知識のすべてをさらい、すべての力を使い、一つ、また一つと、深く、鑑定をしていった。
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【鑑定】床の巨大な魔法陣
種別:術式の陣。床一面に、刻まれている。
機能:異界より、人を、この場へと呼び寄せるためのもの。召喚陣。
状態:今は、静まっている。
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——召喚……つまりはこちらへ呼び寄せる一方通行。
その鑑定結果が、頭の中で冷たくこだました。
「……どうだ、ライル」
ゴードンが焦りを隠さずに問うてきた。
その声にはすがるような響きがあった。
「その陣で……外へ、出られるのか」
自分はゆっくりと首を横に振った。
「……無理だ。この陣は、人を、呼び寄せるためのもの。……ここから、外へ出るための、力は、ない」
その言葉が落ちた瞬間、張りつめていた何かが、音もなく崩れていくのが、分かった。
石碑を読み、儀式を解き、閉ざされた門を開いた。
しかし、その先にあったのは、一人の聖女の眠る墓と——そして、どこにも続いていない、行き止まりだった。
「……もう、いい」
小さい声が聞こえてきた。
ゴードンだった。
自分はその顔を見た。
あの誰よりも肝の据わった年長の男の顔から、あらゆる気力の色が抜け落ちていた。
「……もう、無理だ」
ゴードンはずるりとその場に膝をついた。
その太い肩が力なく落ちる。
「ここまで来て……出口が、ない。……三日間、諦めずに歩き続け、探し続けて。……それでも、このざまだ。……もう、おれたちには、打つ手が、ない」
その言葉に、誰も言葉を返せなかった。
この三日間。
どんなときも現実を直視してきた男だった。
皆のはやる気持ちを静かにみつめ、けれど、決して諦めろとは言わなかった男。
その、いちばん頼りにしてきた大地のような男が、静かに崩れ落ちていった。
もしゴードンが、この男が膝をつくのなら、それは——本当に、もう終わりなのだと。
その事実が、他のなによりも重く、皆の胸を貫いた。
いちばん現実の見える者が、いちばん深く絶望していた。
この先にもう何もないことを……そして、残された時間がもうないことを……誰よりも正確に悟ってしまったから。
「……ゴードン」
イングリッドが声をかけた。
だが、その先の言葉が続かなかった。
いつも皆を引っ張ってきたリーダーですら、次の一手を何一つ思いつけずにいた。
ヴェラは口を両手で覆っていた。
自分は、もう一度、鑑定へ力を注ごうとした。
どこかに見落とした道が、わずかな抜け穴がないか。
だが——鑑定に注ぎ込むべきその力そのものが、もう涸れた井戸のように底をついていた。
汲み上げるべき力は、一滴も残ってはいなかった。
白い光は静かに自分たちを照らしている。
まるでこの墓所に新たに眠る者を迎え入れるかのように。
——ここで、終わりなのか。
その絶望が、冷たく包み込もうとした——そのときだった。
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