第03話 グレンモア回廊
朝の街道はまだ夜の冷たさを残していた。
ケルウィックの北門を抜けると道はゆるやかな下りになる。
舗装は所々で欠け、両脇には丈の高い草が伸びていた。
五人で列を作り朝靄のなかを歩いていく。
「うー、眠い。ゴードン、あんた昨日ほんとに寝たの?」
あくびを噛み殺しながら、ヴェラが最後尾でぼやく。
「寝たに決まってるだろう。ただ、まあ、荷の点検を三度はしたけれどな」
「三度も? だから重いんだよ、その背嚢」
アッシュが軽口を挟むとゴードンは黙って荷紐を締め直した。
言い返さないのは心当たりがあるからだろう。
もっとも、五人ぶんの食料も水袋もかさばる物はとうに自分の収納バッグの中だ。
魔法で拡張したこの収納バッグがあるから共有の荷を担ぐのは自分の受け持ちと決まっている。
ゴードンの背嚢が重いのは、それとは別にあの男が「念のため」をあれこれ詰め込みすぎるからだった。
列の先頭はいつもイングリッドだ。
地図は頭に入っているのだろう。
迷いのない足取りで、まだ薄暗い道をぐんぐん進んでいく。
その背中を追っていれば道に迷うことはない。
「しかし、今日はやけに静かだねえ」
少し前を行くアッシュが、周りを見回しながら言った。
「いつもなら回廊帰りの連中と一度はすれ違うんだが。今日はまだ誰とも会ってない」
「昨日聞いた崩落の話のせいだろう。奥がひどいと聞けば足も遠のく」
ゴードンが背嚢を揺すり上げる。
「まあこっちには好都合さ。稼ぎ場は空いてるほうがいい」
アッシュは軽く言ってのけたが、周りへの目配りだけは歩きながらも切らさない。
こういうところがこの男の侮れないところだった。
「その代わり無理しないよ。昨日そう決めたろ」
イングリッドが先頭から釘を刺す。
「分かってるって。おいらだって、崩落に巻き込まれるのはごめんだからね」
「ねえ、今日こそ変わったもの出るかなあ。ウチ、昨日からずっと楽しみでさ」
「出りゃいいがな。しかし、こういうのは期待した日ほど何も出ないもんだ」
ゴードンの返しに、ヴェラが「もう、夢がないなあ」と唇を尖らせた。
いつもの調子だ。
同じ顔ぶれ、同じやり取り。
その気安さが朝の冷たい道を少しだけ暖かくしてくれる。
自分は真ん中あたりを歩きながら街道の外にも目をやる。
こういう街道沿いにも何か珍しいものが転がっていることがある。
鑑定士の癖でつい何かないかを探してしまうのだ。
一刻ほど歩いた頃、道の先に黒い口が見えてきた。
斜面に穿たれた大きな坑道の入口。
古く、ところどころ欠けてはいるが、立派な石組みがかろうじて往時の面影を留めている。
「着いたよ。グレンモア回廊だ」
イングリッドが足を止め皆を振り返った。
グレンモア回廊。
その名のとおり元は地下を通る街道だったという。
街道としての役目を終えてからは、坑道がいくつも掘られたとか。
それも昔のこと。
いまとなっては人の行き来が絶えて久しく、崩れかけの坑道が幾筋も枝分かれする、ただの廃道だ。
それでも古い時代の物がたまに発掘される。
稼ぎ場としては悪くない。
壁には街道だった頃の名残がところどころ残っている。
朽ちた道標のようなもの、崩れかけた石積みのアーチ。
誰がどこへ向かって通った道なのか。
今となっては知る者もいない。
その古さが鑑定士の目には、いつも少しだけ魅力的に映った。
入口をくぐると空気がひやりと変わった。
外の朝靄よりずっと湿っているのに、どこか埃っぽい。
ヴェラが魔法で灯りを灯し、先の闇をぼんやりと照らし出す。
「足元、気をつけな。昨日の話じゃないが崩れやすい所もあるからね」
イングリッドの言葉に皆が頷く。
揺れの噂は忘れていても、廃道で足元に気を配るのはいつものことだった。
「じゃ、いつもどおりでいこう。手前から順に素材の採取と、めぼしいものを拾ってく」
探索が始まった。
イングリッドとゴードンが前を固め、アッシュが先の気配を探り、ヴェラが灯りと魔術で支える。
そして自分は、採取した素材や拾われた物を検分する。
前に出て戦うのはいつだって皆のほうだ。
自分の居場所はパーティーの真ん中。
拾い、見極め、仕分ける——それが自分の、裏方としての持ち場だった。
「ライル、これ何だ? 落ちてたぞ」
ゴードンが錆びた金具のようなものを差し出してきた。
目を凝らすと鑑定の結果がすぐに立ち上がる。
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【鑑定】古い留め具
種別:金属製の留め具(扉か櫃の部品)。
来歴:ありふれた量産品。さほど古くはない。
価値:くず鉄同然。
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「量産品の留め具だ。大した値はつかない。荷を重くするだけだから置いていっていい」
「即答か。助かるねえ」
ゴードンが金具を放り、また先へ進む。
こういう場では、自分の鑑定は"より分け"の道具だ。
拾った物が金になるか、ただの重荷か。
それを見極めて無駄な荷物を担がずに済ませる。
派手さはないが一日の稼ぎを地味に底上げする、確かな仕事だった。
しばらく行くと、今度はアッシュが黒ずんだ石ころを拾い上げた。
「こんなの、ただの石だろうけど。まあ、一応、見てくれや」
受け取って鑑定すると、鑑定の結果は思ったより良い答えを返した。
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【鑑定】くすんだ原石
種別:魔力を帯びた鉱石(磨けば魔石として使える)。
来歴:回廊の地層由来。
価値:見た目より高い。
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「これは当たりだ。ただの石に見えるが、磨けば魔石になる。しっかりバッグへ入れておくよ」
「へえ、こいつがねえ。おいらの目は節穴だな」
アッシュが感心したように石を覗き込んだ。
そうして、探索は順調に進んだ。
ヴェラが手頃な魔石の欠片を見つけ、アッシュが古い硬貨を数枚拾う。
どれも鑑定し、値のつくものだけを選り分けて収納バッグに収めていく。
鑑定、選別、収納。
その繰り返しがこのパーティーの稼ぎ方。
途中、ヴェラが妙なものに目を留めた。
「ねえライル、これ見て。変な模様が彫ってある」
差し出されたのは掌ほどの金属片だった。
表面に見慣れない細い刻みが並んでいる。
文字のようでもあり、ただの装飾のようでもある。
鑑定してみたが、結果として得られた情報は少なかった。
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【鑑定】刻みのある金属片
種別:用途不明の金属片。
来歴:古い。かなり古い。
価値:不明。
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「……用途がよく分からないな。ずいぶん古い、としか分からない」
「へえ。鑑定士でも分からないものがあるんだ」
ヴェラが意外そうに首を傾げる。
それから金属片に顔を近づけ、刻みを指先でなぞった。
「ねえ、この刻み、模様にしては規則正しくない? 何か意味があるのかも」
こういうものになると、途端に彼女の目の色が変わる。
「意味ねえ……あるのかもしれんが、読めなきゃ値にはならんな」
「珍しくはあるが、値がつくかは別だ。一応、持っておくか」
旧街道の名残だろう。
こういう場所ではたまに用途の知れない古い品が出る。
鑑定でも正体の割れないものは、そう珍しくもない。
自分は金属片を、他の細々した品と一緒に収納バッグへ入れた。
途中、少し開けた場所で一度腰を下ろして休んだ。
ゴードンが携行食を配り、それぞれ水袋を傾ける。
「今日はライルさまさまだねえ。おいらの拾った石ころが、まさか当たりとはな」
「アッシュの運がよかっただけだ。それに原石は見た目が地味なだけで、そう珍しくもない」
「またそうやって、すぐ謙遜する」
イングリッドが呆れたように笑った。
褒められるとどう返していいか分からなくなる。
それでも皆の稼ぎに自分の目が役立っている——その実感は、けっして悪いものではなかった。
半日と経たずに収納バッグにはそこそこの成果が溜まっていた。
素材も含め、ここまでの一帯はあらかた拾い尽くしたと思っていい。
「今日はまずまずだね。もう少し奥、行ってみるかい」
イングリッドが、闇の続くほうへ目をやる。
「そうだな。だが、昨日の忠告どおり無理はしないぞ。奥がひどいならそこで引く」
ゴードンが釘を刺す。
「分かってるよ。様子を見ながら、だ」
列を組み直し、さらに奥へと足を進める。
空気の湿りが増し、灯りの届く範囲も狭まっていく。
その先で、アッシュがふと足を止めた。
軽口の消えた、低い声で言う。
「……待った。何か、いる」
全員の足が、同時に止まる。
張り詰めた沈黙のなか、闇の奥から確かに聞こえた。
何かが這うような、低く湿った音が。
初日は4話連続掲載中で、4話目は21時に公開予定となっています。
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