第23話 新たな結果
「そんな器具が、なんだって、あんなところに、捨て置かれるみたいに、無造作に紛れてたんだろうな」
—— 掴めない遺物の正体
薄暗い通路を、自分たちは進み続けていた。
台座の図が示した、"水の満ちる場所"。
壁の下を巡る細い溝は、途切れることなくその先へと続いている。
進むほどに、通路の空気は、わずかに湿り気を帯びていくようだった。
水が——近い。
ヴェラの読んだ「流れ」と「満ちる」の記号が、要所要所に現れては、その確信を、静かに後押ししていた。
道すがらも、探索の手は止めなかった。
拾い、読み、繋ぐ——そうして得られる知識だけが、この暗闇からの出口へ、自分たちを近づけてくれる。
それを知っている自分たちに、手を止めるという選択は、なかった。
その道すがら、ヴェラがまた一つ記号を読み解いた。
「これも、『満ちる』。……それに、『注ぐ』、かな。……水を、どこかへ注いで、満たす。そういう場所が、この先にあるんだと思う」
奥に進めば進むほどに、記号は水にまつわるものへと偏っていく。
「ねえ、"水の満ちる場所"って、どんなところだと思う?」
ヴェラが歩きながら誰にともなく言った。
「泉かな。それとも、湖とか、川とか。……なんだか、わくわくしてきちゃった」
「呑気なもんだ」
ゴードンが呆れたように鼻を鳴らした。
「……だが、進む先に、確かめるべき場所があるってのは、悪くない」
憎まれ口のわりにゴードンの足取りはいくらか速い。
「……間違ってねえな」
先頭を進んでいるアッシュが、地図から顔を上げて言った。
「この先に、"水の満ちる場所"がある。台座の図の、示したとおりだ。……あと、少しだ」
「あと少し、か」
イングリッドが、低く繰り返した。
「……その『あと少し』に、無事たどり着ければいいがな。水が湧くような場所は、この施設の、いちばん奥かもしれん。気を、抜くなよ」
「相変わらず、心配性だな。イングリッドは」
アッシュが、軽く笑って肩をすくめた。
「その心配性のおかげで、おいらたちは、まだ五体満足なんだけどな」
軽口のなかにも、確かな信頼が滲んでいた。
そんな二人のやりとりを気にとめることもなく、ヴェラは相変わらず記号を読み解いていた。
ふと、ヴェラが足を止め、壁の一部を指でさした。
「ライル、これ。この図、わかる?」
そこには、細い線が幾筋も寄り集まって、一点へと注ぎ込む——そんな図があった。
「……線が、あちこちから、一つの場所へ、集まっていく図だ」
「うん。それでね、その集まる先に、この記号——『満ちる』」
ヴェラが嬉しそうに指をさす。
「いろんなところから集まってきたものが、一つの場所で、満ちる。……ほらね。やっぱり、この先には、"満ちる場所"が、待ってるんだよ」
石碑を前に、途方に暮れていたころとは、まるで違う。
——一歩ずつでも、自分たちは確かに、この迷宮を読み解きはじめていた。
その時、ふと、あの扉のことを思い出した。
また、次の場所に扉があったら。
そう思い、自分のポケットの中のあの金具に触れた。
——気になっていた。
扉を開ける前から気になっていたが、開けてからは、なおさら頭から離れなかった。
力ずくではびくともしなかったあの扉を、この一本の金具がいとも簡単に開けてみせた。
嵌めれば開く。
抜けば閉じる。
そこに、力ずくは、いらなかった。
……ただの「鍵」で片づけてしまっていいものだろうか。
あの「鍵」という答えに、自分はどこか収まりの悪さを覚え続けていた。
鑑定は知識が増えるほど、より多くの答えを返す。
あのときの「鍵」という鑑定の結果も、きっと本当の答えの途中にすぎない。
そんな予感がずっと胸の底でくすぶっていた。
自分は足を止め、その金具をポケットから取り出した。
「どうした」
イングリッドが振り返る。
「……この金具を、もう一度、鑑定したい」
「なんのために?」
ゴードンが問いかけてくる。
「言葉にするのが難しい。……けれど、もう一度、鑑定しないといけない、そんな気がするんだ」
その答えに、ゴードンは眉を寄せた。
だが、ヴェラの読み解いた記号は増え、そのおかげで自分の知識も確かに増えている。
あのときは「鍵」までしかわからなかった。
だが、今なら——手のひらの金具を見つめた。
「無駄になるかもしれない。でも、鑑定をする」
そう宣言し、あらためて鑑定をかけた。
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【鑑定】石の扉を開いた金具
種別:金属製の金具。楔のような、鍵のような形。
図:先端の刻みが、以前より深く読める。何かに嵌め込み、力の流れを整えるための、精緻な造り。
用途:何かを制御し、調整するための器具。石の扉を開けたのも、その働きの、ほんの一端らしい。
仕組み:何を制御するものなのかは、読み取れない。
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息を呑んだ。
「鍵」ではなかった。
いや——「鍵」であることも間違いではない。
だが、「鍵」はこの金具のほんの一面にすぎなかった。
「……これは、ただの鍵じゃない」
自分は思わずつぶやいた。
「何かを、制御するための器具だ。……扉を開けたのも、そのうちの、ひとつの使い方にすぎなかった。……もっと、大きな何かを動かすための、器具なのかもしれない」
「制御?」
ヴェラが、横から覗き込んできた。
「何を、制御するの?」
「……そこまでは、分からない」
自分は、正直に答えた。
「鑑定でも、読み取れなかった。……ただ、『力の流れを整えるための造り』だと、それだけは」
——力の流れ。
その言葉を口にした瞬間、ヴェラの表情がふと変わった。
「……力の、流れ」
ヴェラがその言葉を繰り返す。
その目が何かを探すように宙をさまよった。
「地脈って……土地を、血みたいに巡ってる力なんだ。それが、たぶん、この施設の、灯りや扉を、動かしてる。……その、『力の流れ』を整える器具。……ねえ、それって、地脈と、関係ないのかな。ウチがずっと、引っかかってる、あの——」
だが、その先が続かなかった。
ヴェラはしばらくじっと考え込み、それからもどかしそうに首を振った。
「……ううん。分かんない。あと、少しで、繋がりそうなのに。……なんだろう、これ」
自分とヴェラはしばらくその金具を黙って見つめた。
答えのほんの一歩手前。
それがいちばんもどかしかった。
「……なあ」
黙って聞いていたアッシュが、口を開いた。
「その金具が、何かを『制御する』器具だってんなら。……この迷宮そのものは、どうなんだ。灯りが点いて、扉が閉じて、ヴェラの言う地脈だかが流れてる。……ぜんぶ、誰かが『制御』してたってことに、ならないか」
その言葉に自分ははっとした。
「……造られた施設。今も動いている、何かの仕組み。……それを、制御するための、器具」
「そんな器具が、なんだって、あんなところに、捨て置かれるみたいに、無造作に紛れてたんだろうな」
アッシュが肩をすくめた。
「まあ、おいらの考えすぎかもしれんがな」
イングリッドが腕を組んでその金具を見た。
「……この施設を動かす仕組みを、操るための道具。もし、ほんとうにそうなら」
その目が細められる。
「そいつは、この場所の"要"かもしれん。……ライル、その金具、絶対に、なくすなよ。何に使うのかは、まだ分からん。だが、こういう物ってのは、たいてい、いちばん要るときに、いちばん要るもんだ」
「いちばん要るときに、いちばん要るって……その通りだけど。……ああ、大事にしておく」
そうして、ふたたび金具をポケットにしまった。
「面白い読みだが」
ゴードンが、低く口を挟んだ。
「答えの出ないことに、今、力を使いすぎるな。……確かなのは、目的の場所が近い。それだけだ。先を、急ぐぞ」
「……ああ。分かってる」
何かを制御する器具。
力の流れを整えるもの。
——だが何を?
その問いだけが、また一つ胸の奥に増えていく。
自分たちはふたたび歩き出した。
台座の図が示した場所へ。
"水の満ちる場所"はすぐそこのはずだ。
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