第22話 導き
「……少し、休むぞ」
イングリッドが、そう告げた。
「幸い、この部屋は、鍵をかけて守られてた場所だ。このダンジョンの中じゃ、いちばん安全と言っていい。……ヴェラ、無理をさせたな。ここで体を休めて、力も戻しておけ。先は、まだ長い」
「……ごめん。ありがと」
ヴェラは力なく笑い頷くと、石の台座のそばにそっと腰を下ろした。
アッシュとイングリッドが警戒のために立ちながらも休み、自分とゴードンは、ヴェラと同じように腰を下ろして休憩をとった。
しばし、静かな時間が流れた。
どれほどそうしていただろう。
ヴェラが、ふと、背を預けていた台座へと目をやった。
——その、時だった。
「……待って」
ヴェラが鋭く声を上げた。
石の台座の側面に顔を近づけ、ヴェラはじっと目を凝らしている。
「これ……記号だ。それに、図も。……台座の横に、彫り込まれてる」
言われて自分の灯りを近づけた。
なるほど、盃にばかり気を取られて見落としていたが、台座の側面には細かな記号と線で描かれた図が確かに刻まれていた。
自分は、その記号と図を確かめ、台座に鑑定をかけた。
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【鑑定】記号の刻まれた石の台座
種別:石の台座。ひどく古い。
図:細い線が、一本の道のように伸びている。その先に、ひとつの印。
記号:道の先の印に添えて——「満ちる」、そして「水」。
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「……道だ」
鑑定の結果を口にした。
「この台座から、いや、この部屋から、どこかへ伸びる、一本の道。……その先に、印がある。何かが、そこにあるってことだ」
「『満ちる』に、『水』」
ヴェラがその記号を読み上げ、息を呑んだ。
「これ……場所を示してるんだよ。水が——水の、満ちる場所。そこへ行くための道が、この図に、描かれてる」
ヴェラの言葉にゴードンが反応した。
「水がある……流れがあれば、外へと繋がっている、かもしれない」
小部屋の中にしばしの沈黙が落ちた。
鍵をかけて守られていた、盃。
その足元の台座が、さらに別の場所を——"水の満ちる場所"を、はっきりと指し示している。
まるでこの盃を手にした者を次へと導くように。
「……どうする」
アッシュが地図を広げながらイングリッドに問いかけた。
「巡るはずだった印は、まだ四つ残ってる。だが、この台座が示している先は、それのどれとも違う」
台座の図——その魅力に、自分も惹かれはじめていた。
「次の印を、手当たり次第に巡るより」
イングリッドを見た。
「この台座が示す場所を、先に確かめるべきだと思う。……鍵をかけてまで守られた盃が示している場所だ。意味が、ないわけがない」
アッシュも地図の上に台座の図を重ね、うなずいた。
「同感だ。……漠然とした印を片っ端から当たるより、遠くはあるが、こっちの方が希望が持てる」
「……決まりだな」
イングリッドの言葉に、全員がうなずいた。
「その"水の満ちる場所"とやらへ、向かう。……アッシュ、地図は大丈夫か?」
「ああ、しっかりと書き込んだぜ」
次の目的地を変更する。
これまでに見つけていた印よりも、この閉じられていた部屋が指し示した先へ——。
方針は決まった。
自分たちは小部屋を後にし、先へ進む。
——だが、その前に。
開いたままの扉。
その中央の窪みには、あの金具がまだ嵌ったままだった。
「その金具、置いていくのか?」
ゴードンが問う。
「いや。持っていく」
自分は首を振り、窪みから金具を引き抜いた。
——その、瞬間だった。
ずず、と。
開いていた石の扉がひとりでにゆっくりと閉じはじめた。
自分たちが出たあとの小部屋を、ふたたび固く封じる。
「……閉まった」
ヴェラが目をまるくした。
「鍵を抜いたら、閉じるんだ。……ほんと、よくできてるね。ここ」
自分は手の中の金具を見つめた。
差せば開く。
抜けば閉じる。
まるでこの扉とこの金具とが初めから対であったかのように。
なぜ自分の拾ったこの品が、この扉と対なのか。
……扉を開けたことで、この金具に、何か変化は起きていないか。
自分は、もう一度、その金具に鑑定をかけた。
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【鑑定】石の扉を開いた金具
種別:金属製の金具。
来歴:古い。
用途:石の扉を開ける鍵。
仕組み:不明。
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だが、変わりは、なかった。
用途は、この扉の鍵。それ以外のことは、やはり、何も返ってこない。
自分は金具を、ふたたびポケットの奥へとしまった。
そうして自分たちは来た道を戻りはじめた。
あの、越えてきたばかりの崩落へと。
あの不安定な岩の山は、ヴェラが支えを解いたあと、大きく崩れ落ちていた。
だが、皮肉なことに、崩れ落ちたことで岩は落ち着いていた。
さっきよりもずっと据わりがよくなっていた。
一度、越えた道だ。
要領も、分かっている。
自分たちは、その崩落を、ふたたび越えた。
そうして、ふたたび、あの薄暗い通路へと戻ってきた。
ここからは、アッシュと地図が頼りだ。
道中も、探索の手は止めなかった。
落ちている品を拾い、しっかり確認し、必要なものだけを鑑定する。
ヴェラは刻まれた記号や図を一つずつ読み解いていく。
その横顔はすっかり謎解きを楽しむ顔になっていた。
石碑を前に頼りなくうつむいていたヴェラはもういない。
「この四角い記号は……前に読んだ、『固い』か『閉じる』。固い物とか、閉じた場所を、表してるんだと思う」
ヴェラは手に持っている石片を裏返し、また別の記号を指でなぞる。
「こっちの、渦を巻いたのは……『巡る』、かな。ぐるぐる、回るような。……ねえ、ライル。この施設の記号って、たぶん、そんなに種類は多くないんだよ。同じものが、何度も出てくる。……いくつか覚えちゃえば、あとは、その組み合わせを読むだけ」
「石碑も、そうだといいがな」
自分がそう言うと、ヴェラはふっと、遠い目をした。
「……うん。あの石碑は、まだ、ぜんぜん歯が立たないけど。……でも、いつか。読める記号が、もっと増えたら。……あの石碑だって、きっと」
そんなヴェラにアッシュが感心したように伝える。
「ヴェラ、ずいぶん読めるようになったな」
「えへへ。……ウチ、こういうの、案外、嫌いじゃないみたい」
ヴェラが、照れたように笑う。
そんな自分たちを、ゴードンが、少し離れたところから見ていた。
「……お前ら、こんな状況で、よく飽きずに盛り上がれるな」
その口ぶりは、呆れているようでいて、どこか和んでいた。
「悪いことじゃない。……この、光も届かねえ場所で、笑っていられるってのはな。……ただし、現実を忘れないようにしろよ」
「分かってるって」
アッシュが軽く笑って返す。
「ゴードンさんは、心配性だな。……大丈夫さ。地図もある、行き先もある。あとは、そこに辿り着くだけさ」
その軽口に張りつめかけた空気がふっと緩む。
こんな場所で、それでも笑える。
それがこのパーティーの強さなのかもしれなかった。
薄暗い通路を自分とヴェラの灯りを頼りに進んでいく。
気づけば、二日目もかなりの時間を使っていた。
残り時間は、静かに、けれど確かに削られ続けている。
だが今は、その一歩ずつが確かに前へ進んでいる手応えがあった。
やがて、通路はひとつの部屋へと通じていた。
台座の図が示した道の途中。
その部屋の壁には、一面、びっしりと記号が刻まれていた。
思わず、息を呑んだ。
これまで拾ってきたあの記号たちが、ここでは壁いっぱいに連なっている。
まるでこの部屋そのものが一枚の巨大な書物のようだった。
同じ記号が繰り返し現れ、あるいはいくつかが組み合わさって。
そして、壁の下のほうには細い溝が部屋をぐるりと巡り、その先の通路へと続いていた。
まるで、かつて、そこを何かが流れていたかのように。
「……水路、かな」
ヴェラがその溝にそっと触れた。
「……昔は、ここに水が流れてたのかも。この溝をたどれば、たぶん、台座の言ってた"水の満ちる場所"に、着くんだと思う」
だが、その時。
溝に触れていたヴェラの手が、ふと止まった。
その顔から笑みが消える。
「……ん?」
「どうした」
自分が問うと、ヴェラは溝に手を当てたまま眉をひそめた。
「……なんだろう。うまく、言えないんだけど、この場所……地脈の流れが、おかしい気がする。……乱れてるっていうか、淀んでるっていうか。うまく、巡ってない、みたいな。……気のせい、かなあ」
自分には、その感覚は分からなかった。
ゴードンも、アッシュも、イングリッドも、ただ顔を見合わせるだけだった。
「地脈が、どうかしたのか?」
「……わかんない。ほんとに、なんとなく、なんだけど」
ヴェラは魔法を使う。
だからこそ、土地を巡る力の流れ——地脈の気配にも、自分たちの誰より敏感だった。
その彼女が、今、何かを感じ取っていた。
「そうか、地脈か」
ヴェラは何かに気がついたように、歩いてきた道を振り返った。
「あちこちの広間の、あの明るさも、光る壁も。……たぶん、ぜんぶ地脈の力なんだ。そうか、この施設は地脈を使っているんだ」
しかし、何か腑に落ちないとばかりに、ヴェラは首を傾げた。
「……その地脈が、なんだか、変な感じがするんだよね。この溝を触った時にそう感じた」
イングリッドが腕を組んで溝を見た。
「……正直、あたいには、地脈がどうのってのは、よく分からん。だが」
その目はヴェラをまっすぐ見ていた。
「お前が『おかしい』と言うなら、覚えておく。……この場所では、少しの気づきでも、無駄にできないからな」
ヴェラが少し驚いたように目を見開き、それからこくりとうなずいた。
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