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アイテム鑑定士は頑張ってます ― 地図のないダンジョンからの脱出  作者: 智信
第二部

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第21話 扉

「長いあいだ誰にも触れられることなくただそこに在り続けたような、そんな佇まいだった」

—— 盃の回収

 崩落を抜けた先も、やはり薄暗い通路だった。

 自分たちは慎重に足を進める。

 そして、通路の突き当たりに、それは現れた。


 扉だ。


 石でできた大きな扉。

 これまでにこの迷宮で目にしてきたのは、広間や通路ばかりだった。

 そこには扉はなく、道を意図して遮るものはなかった。

 だが、これは違う。

 明らかに人の手で作られ、そこに"据えられた"もの。

 ここから先に進むものを拒む。


 その扉を前に、自分たちは思わず足を止めた。

 これまで、この場所は自分たちを"導いて"きた。

 だが、今、目の前にあるのは——初めての、はっきりとした拒絶だった。

 行き止まりではない。

 閉ざされた、扉。

 誰かがこの先へ進ませまいとして据えたもの。


「……扉、か」


 イングリッドがつぶやいた。


「はじめてだな。こんな、はっきりと何かを遮っているものは」


 アッシュが地図を確かめる。


「地図でも、この扉の先が小部屋になっている。……その小部屋こそが、例の"特定の場所"だ」


 アッシュが扉に手をかけた。

 押す。

 引く。

 だが、扉はびくともしなかった。

 ゴードンが加わり、二人がかりで渾身の力を込める。

 肩で押し、足を踏ん張り、低いうなり声を上げて。

 それでも、扉はわずかも動かない。

 まるで、岩壁そのものを押しているかのようだった。

 やがて、二人は肩で息をしながら手を引いた。


「……力ずくは、無理か」


 ゴードンが汗を拭って言った。


「崩落とは、わけが違う。こいつは、そういう頑丈さじゃない。……何か、別の理屈で、閉じてやがる」


「別の理屈……」


 そうヴェラはつぶやくと、扉の観察をはじめた。


「目立った装飾もない、記号も図形も見当たらない……と。あるのはこの窪みだけ。鍵穴でもないし、別の理屈で閉じてるのかも、ね」


 その言葉に自分は扉へと向き直った。

 何かがこの扉を閉ざしている。

 なら——確かめてみる価値はある。

 自分は扉に鑑定をかけた。


────────────

 【鑑定】古い扉

 種別:石でできた扉。ひどく古い。

 状態:固く閉ざされている。押しても引いても動かない。

 仕組み:読み取れない。何かの力が、この扉を閉ざしている。

 図:中央に、細長く先の尖った窪み。何かを嵌め込むための形。

────────────


「……何かを嵌め込む」


 自分は鑑定の結果をそのまま口にしていた。


「この扉、力で開くものじゃない。……中央のこの窪みに、嵌め込んで開ける造りじゃないかな。仕組みそのものは、鑑定でも読み取れなかった。……あの広間の光と同じだ。何か自分たちの知らない理屈で、成り立っている」


「何かって言われてもね……」


 ヴェラが、力なく笑った。


「そんなもの、どこに——」


 その時だった。

 自分の脳裏に、ふと、ひとつの品が浮かんだ。

 細長く、先の尖った——鍵のような、形。


 ——まさか。


 自分はポケットに手を入れた。

 そこには、ずっとしまい込んでいた金具があった。

 用途も分からず、それでもなぜか気にかかっていた、一本の金具。


 取り出してみる。

 細長く、先の尖った、鍵のような形。

 そして、扉の中央の窪み。

 その二つは——不気味なほどよく似ていた。


「ライル、それ……」


 ヴェラが目を見開いた。


「その金具、まさか」


「……分からない。だが」


 自分は金具を握りしめた。


「この形だ。……この窪みに、合うかもしれない」


 根拠は、なかった。

 ただ、ポケットの底で眠り続けたこの金具が、今このときのためにあったような——そんな気が、した。

 息を呑む皆の視線の中で、自分は、その金具を、扉の中央の窪みへと、そっと差し入れた。


 それは驚くほどにぴたりと嵌った。

 まさに「かちり」と、そんな音が聞こえてきそうなほどに。


 そして——。


 ずず、と。

 あれほど微動だにしなかった石の扉が、低い地鳴りのような音を立ててゆっくりと内側へ開いていった。


 石と石が擦れ合う重い音。

 開いた隙間からひやりとした空気が流れ出してくる。

 その空気の匂いは、長いあいだ閉ざされていた場所の匂いだった。


 誰もしばらく声が出なかった。

 力では動かなかった扉が、たった一本の金具でこうもあっさりと開いてしまう。

 その事実の前に、誰もが言葉を失っていた。


「……開い、た」


 ヴェラが、掠れた声でつぶやく。


「嘘……ほんとうに、開いちゃった。ライル、その金具……いったい、何なの?」


「……分からない」


 自分は正直に答えるしかなかった。

 扉に嵌められている金具を、あらためて見つめる。

 用途不明のただの古い金具。

 そう思っていた。

 なのに、これはこの石の扉をいとも簡単に開けてみせた。

 なぜこの金具がこの扉に合うのか。

 これは本当は何なのか。


────────────

 【鑑定】石の扉を開いた金具

 種別:金属製の金具。

 来歴:古い。

 用途:石の扉を開ける鍵。

 仕組み:不明。

────────────


 鑑定はその答えをまだ返してはくれない。

 ただ、ひとつだけ、確かなことがあった。


「……この金具は、鍵だ。少なくとも、この扉の。……それ以上のことは、まだ、何も分からない」


 この品のことは、忘れてはいけない。

 その思いだけが、また一つ、強くなった。


 開いた扉の向こうは、小さな部屋だった。


 薄暗く、四方を滑らかな石の壁に囲まれた、静かな空間。

 時が止まったように、きちんと保たれている。

 まるで大切なものをしまうために、わざわざ設えた小部屋のようだった。

 自分の灯りがその中央をそっと照らし出す。

 部屋の奥にひとつだけ石の台座があった。

 そして、その上に——。


 盃が置かれていた。


 金属の盃。

 長いあいだ誰にも触れられることなくただそこに在り続けたような、そんな佇まいだった。


 自分たちはそっとその盃に歩み寄った。


「……何か、大事な物みたいだね」


 ヴェラが囁くように言った。


「わざわざ鍵をかけて、こんな奥に置いて。……ただの器じゃ、ないよ」


 自分はその盃に鑑定をかけた。


────────────

 【鑑定】古い盃

 種別:金属の盃。古い。

 来歴:長く、この場所に据えられている。

 用途:不明。祭祀に使う物、らしい。

 価値:不明。

────────────


「……祭祀に使う物?」


 自分のつぶやきに、ヴェラが首をかしげて反応した。


「お祈りとか、儀式とかに使う、器ってこと? ……やっぱり、ここ。ただの遺跡じゃなくて、何かの、宗教施設なのかな」


「そうかもしれない。……しかし、やはり使い道は、まだ分からない、か」


 自分は鑑定の結果を見つめた。

 種別は分かる。

 古いことも、祭祀の道具"らしい"ことも。

 だが、それが何のための盃で、自分たちに何の役に立つのかは——「不明」のまま。


「持っていくべきか、どうか、だな」


 ゴードンが腕を組んだ。


「用途も分からん物を、これ以上増やしても……」


「いや。持っていこう」


 口を挟んだのはアッシュだった。


「地図がこの場所に導いた。そして、そこにこの盃があったんだ。意味がない、わけがない。……使い道は、後で分かるさ。これまでだって、そうだったろ」


 その言葉に自分はうなずいた。

 そうだ。

 用途の分からない金具が、力で開かなかった扉を開けた。

 読めなかった記号が、少しずつ読めるようになった。

 この盃も、きっと意味を持つ。


 自分は盃をそっと収納バッグへと収めた。

 用途は不明のまま。


「……ひとつ、片づいたな」


 ゴードンが低く言った。


「だが、食料は残り少ない。……巡るべき場所は、まだいくつもある。ぐずぐずしてはいられん」


 その言葉が、ゆるみかけた気を、また引き締めた。


 最初の"特定の場所"は、確かめた。

 盃という、まだ意味の分からない、一つの答えとともに。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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