第18話 地図
「切れ切れだった無数の断片が一枚の地図として繋がっている」
—— 復元された地図
薄暗い通路を、自分たちはゆっくりと戻っていった。
昨日、あれほど自分たちを惑わせた、迷路のような通路。
よく似た三叉路が、いくつも枝分かれする、あの一帯だ。
だが、今日は違った。
アッシュの手には昨日から作り続けている地図がある。
そこに書き加えられていくいくつもの情報。
昨日の道順を遡りながら、分かれ道に差しかかるたび、地図の一点を指で押さえて現在地を確かめる。
そうして、迷いなく道を選んでいった。
昨日は重圧と不安に呑まれ、五里霧中で彷徨った通路を、今日は一歩ずつ確かめながら、着実に踏破していった。
道中に落ちている品を拾っては確認し、鑑定する。
新しく読み取れた道の情報が、一つ、また一つと、アッシュの地図へ収まっていった。
「……この通路も、もうすぐ抜ける」
アッシュが地図から顔を上げて言った。
「この先に、広い場所があるはずだ。……昨日、記号のついた品を、いくつも拾った、あの明るい広間のところさ」
歩みを進めると、やがてアッシュが告げたように薄暗い通路の先にふいに明るさが差してきた。
一歩進むごとにその明るさが増していく。
そして——通路を抜けた先に見覚えのある広間が開けた。
高い天井から光が惜しみなく降りそそいでいる。
薄暗い通路に慣れた目には、その明るさがとても眩しく、そして心地よかった。
「ここ……昨日の、あの最初の記号を見つけた広間だ」
ヴェラが懐かしむように言った。
そうだ。
この広間で自分たちは、初めて記号を見つけた。
最初はそれが記号であるということしか分からなかった。
それが、今はその記号のいくつかを読めるようになっている。
同じ場所へ戻ってきた。
けれど、昨日から自分たちが進んだ距離が、出口へと近づいた距離が、はっきりと分かった。
昨日は何も分からないままただ拾って通り過ぎただけの広間。
それが今日は、確かな道しるべの一つになっていた。
昨日から今日、自分たちは確かに前へ進んでいた。
「キリがいいし、ここでいったん休憩だ。悪いがゴードンはあたいとふたりで周囲の警戒だ」
イングリッドがそう告げると、自分とヴェラ、そしてアッシュは広間の床に腰をおろした。
自分とヴェラは力を回復させるために、その目を閉じていたが、アッシュはこれまでの情報を改めて地図の上で整理していた。
——その瞬間だった。
「……見えた!」
アッシュの大声が響いた。
自分とヴェラは目を開き、イングリッドとゴードンが慌てて戻ってきた。
「見えたって…何が見えたの!?」
ヴェラが好奇心に押されてアッシュに問いかける。
「これを見てみな」
そう言ったアッシュの指は地図を指していた。
皆が地図を覗き込んだ。
切れ切れだった無数の断片が一枚の地図として繋がっている。
まだ、ところどころに空白は残っていた。
だが、もう道に迷うことはないほどに、地図は迷宮の構成を写し出していた。
この場所の俯瞰が、そこにはっきりと描かれていた。
一本の道が、奥へ——あの石碑のあった広間へと伸びている。
その両脇にはいくつもの道が枝のように連なっていた。
自分たちが今いるこの広間も。
昨日さまよった迷路の通路も。
その先にある石碑の広間も。
そのすべてがこの地図の上にあった。
枝のような道の先には小部屋を示す印があった。
小部屋の一つひとつが何のためのものかはまだ分からない。
そして、地図はあの石碑のあった広間で終わっていた。
「……こうして見ると」
ヴェラが、地図をなぞりながら、つぶやいた。
「ここ、でたらめな洞窟じゃないね。……道があり、部屋がある。やっぱり何かの施設だったんだ」
その言葉が胸に落ちた。
昨日まで、自分たちは迷路のような通路をただの暗いダンジョンだと思っていた。
だが違った。
道は導くために引かれ、品は読ませるために置かれ、記号は伝えるために刻まれていた。
地図になる情報が、いたるところに散らばっていたのだ。
この場所は——人が何かのために造った「施設」だ。
「しかし、何のための施設なんだ」
アッシュが誰にともなくつぶやく。
誰も答えを持っていなかった。
だが、その問いの答えを得るための地図は、今、確かに手の中にあった。
イングリッドが皆を見回して言った。
「誰が、何のために造ったのか。……それが分かれば一番いい。だが、今はそこまで求めていない。あたいたちが知りたいのは、たった一つ。ここからどう出るか。それだけだ」
地図の上を指でなぞる。
「ここが何かの施設というのであれば、必ず出口があるはずだ。地図の情報が散らばっていたんだ。出口への情報も必ずある。いつか、そこへたどり着く」
その言葉は逸りかけた気持ちを静かに地へ戻してくれた。
ふと、ヴェラが顔を上げ、明るい広間の天井を見上げた。
「ねえ……この明かり」
その声が、少し、掠れている。
「この広間は、こんなにも明るい。さっきまでの通路は、あんなに暗かったのに。……この光、どこから来てるんだろう」
そう言われて、自分もあらためて広間を見回した。
光の届くはずもないこの場所。
なのに、この広間は昼のように明るい。
あの石碑のあった部屋もそうだった。
火でもない。
窓があるわけでもない。
なのに、壁の、天井の、どこからともなく光が滲んでいる。
もしかしたら、知識を増やした今の自分なら、鑑定でこの光の正体が少しは掴めるかもしれない。
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【鑑定】光を宿す石壁
種別:石壁。
状態:明るい光を放っている。
仕組み:読み取れない。
価値:不明。
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「……駄目だ。光ってることは、分かる。……だが、どういう仕組みで光ってるのか、そこまでは、鑑定できなかった。まだ自分の知らない、何か。……最初に拾った、あの器具みたいに、まだ知識が足りていない」
初めてこの場所に降り立った日、鑑定が沈黙したあの見慣れぬ器具。
「……そう思うと、気味が悪いな」
ゴードンが低く言った。
だが、その顔は怯えているのではなかった。
「だが、それも悪いことばかりじゃない。……灯りが、これだけ保たれてる。ってことは、この場所は、まだ死んじゃいないってことだ。何かの仕組みが、今も、生きて動いてる。……なら、その仕組みのどこかに、ここを出る手立ても、あるのかもしれん」
その言葉に自分ははっとした。
造られた施設。
保たれた灯り。
まだ動いている何かの仕組み。
だとすれば——入ってきた道理があるように、出ていく道理もきっとある。
繋がった地図をもう一度見つめた。
奥へと続く道と、そこから別れて小部屋へと続く道。
そして、あちこちの小部屋に置かれた、ヴェラの読み解いた「場所を示す点」。
そのうちの一つに目が留まった。
この広間からいちばん近く、いくつもの品が口をそろえて「ここを見よ」と指している、ある小部屋。
ヴェラが「何か大事な物か、場所がある」と言った、あの点だった。
「イングリッド。……この、場所を示す印。ここへ、行ってみないか」
自分は地図の一点を指した。
「石碑は、まだ読めない。だが、この地図と、場所を示す品が確かなら……そこには、何かがあるはずだ。もしかしたら、出口へ繋がるかもしれない、何かが」
イングリッドはその一点をじっと見つめ、それから力強くうなずいた。
「……行こう。じっとしてても、日は減るだけだ。地図があるなら、それを頼りに動く。それが、今のあたいたちにできる、最善だ」
自分たちは、復元された一枚の地図を頼りに、その「特定の場所」へと足を向けた。
この施設が自分たちをどこへ導こうとしているのか。
その先を、確かめるために。
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