第17話 迷宮の姿
先頭を行くアッシュが地図と照らし合わせて進む道を選ぶ。
周りを警戒しながらイングリッドが続く。
そのあとにヴェラと自分が続き、拾った品を片端から検分する。
しんがりはゴードンだ。
背後を警戒しつつ、黙って歩を進めている。
道の脇に転がる品を拾い上げては、まずはじっくりと目で確かめる。
昨日は見過ごしていた細い図や記号が、そうして見返すと、少しずつ浮かび上がってくる。
その図や記号に鑑定をかければ、昨日は「不明」で終わった品も、今日は言葉を返しはじめた。
だが、闇雲に何もかもを鑑定するわけにはいかなかった。
鑑定のための力は有限。
どの品を読むか、どの深さで読むか、一つずつ見極めながら慎重に力を配っていく。
ヴェラはヴェラでその図や記号の意味を探る。
そしてアッシュは自分たちの結果を地図へ落とし込む。
三人がそれぞれの役割に徹することで、空白だらけだった地図が、またひとつ、またひとつと埋まっていった。
そして、また新たに一枚の石片を鑑定する。
その石片には見慣れた図。
────────────
【鑑定】図の刻まれた石の断片
種別:石の断片。
図:細い線が枝分かれして刻まれている。
用途:不明。
価値:不明。
────────────
「アッシュ、これも地図の一部だ。……枝分かれが二つ」
差し出すと、アッシュはそれを地図の端に当て、向きを合わせた。
「……ここか。さっき通った分かれ道の、その先だな。繋がったぞ」
ひとつ、またひとつ。
バラバラだった断片が、アッシュの手の中で少しずつ一つの地図になっていく。
ときには道ではなく場所そのものを示す品もあった。
ヴェラが拾った石片には、中央に一つの印とそれを囲む短い線が刻まれていた。
────────────
【鑑定】印の刻まれた石片
種別:石の小片。
図:中央に一つの印。それを囲むように、短い線が数本。
用途:不明。
価値:不明。
────────────
「これも。……どこか一つの場所を、指し示してる」
ヴェラが、その印を地図の上へ重ねてみせる。
「たぶん、地図のこのあたり……ここに、何か大事な物か、場所があるってことかな。何があるのかまでは、まだ分からないけど」
地図の断片と、場所を示す印。
その二つが噛み合うと、ただの線だけだった地図に、少しずつ「意味のある点」が置かれていった。
どこで道が分かれ、どこに何かが待っているのか。
ただ暗いだけだったこの通路が、一枚の地図の上で、少しずつ読み解ける造りに変わっていく。
やがて地図はある形を見せはじめた。
アッシュが埋まっていく地図の上を指でたどる。
「見えてきたぞ。……この場所、でたらめに掘られてるわけじゃない。奥のあの広間——石碑のあった場所へ、伸びてる通路が中心。そこから枝分かれするように幾つもの通路がある。そしてその先には、小さな部屋がいくつもぶら下がってるんだ。……まるで一本の木のようだな」
自分も地図を覗き込んだ。
言われてみると、たしかにそうだった。
入り組んで見えた通路も、俯瞰すれば一つの場所へ人を導くための大きな一つの幹だった。
枝分かれした細い道は、その本道から左右へ伸びる、小部屋への枝にすぎない。
「昨日は、この枝の中で迷ってたってわけか。こうやってみると同じ角度ばかりだな。……道理で、ぐるぐる回ってる気がしたわけだ」
アッシュが苦笑した。
イングリッドも地図を覗き込んで低くうなずく。
「造りが分かれば、迷いようがない。……この幹さえ外さなけりゃ、あたいたちは、いつでもあの広間へ戻れる。幹に戻ることを覚えていれば、そこから、別の枝に探しにいける」
その声には確かな手応えがこもっていた。
そのときだった。
自分が手にした一枚の石片の鑑定結果に、これまでとは違うものが返ってきた。
────────────
【鑑定】図の刻まれた石片
種別:石の小片。
図:細い線で、何かの物の形が描かれている。細長く、先の尖った——楔のような形。
用途:不明。
価値:不明。
────────────
線でも、記号でもない。
それは、何かの「物」の形そのものだった。
「ヴェラ、これを見てくれ。……線じゃない。何かの『物』の形だ」
ヴェラが覗き込み目を細める。
「ほんとだ。……細長くて、先が尖ってる。楔みたいな。……ねえ、ライル。こういう形の物、どこかで拾わなかった?」
言われて記憶をたぐる。
細長い楔のような金具。
——あった。
昨日、拾ったあの大量の品の中に、よく似た形の金具がいくつも紛れていた。
自分は収納バッグに手を入れ、それを取り出した。
取り出してみると、なるほど、石片に描かれた形とそっくりだった。
そして、改めて石片を見た。
石片は「——この品を、見よ」と、告げているようだった。
その感覚に身を任せ、自分は金具に鑑定をかけた。
────────────
【鑑定】見慣れぬ金属の金具
種別:金属製の金具。楔のような、鍵のような形。
来歴:古い。
用途:不明。
価値:不明。
────────────
「……やっぱり、用途は分からないか」
自分は思わずつぶやいた。
直感に従って鑑定した品。
なのに返ってきたのは、昨日と同じ「不明」だった。
ただ——。
手の中の金具をあらためて眺める。
細長く、先の尖った形。
何かに差し込むための形にも見える。
鑑定も「鍵のような形」と伝えてきている。
だが、それが本当に鍵なのか、何なのかは分からない。
用途はいまだ「不明」のまま。
なのに、この金具のことが、妙に引っかかった。
「その金具に、なにがそんなに気になる?」
ゴードンが静かに言った。
その目は責めているのではない。
ただ、現実を見ている目だった。
「これ以上、その金具に力を使うのか。……本当に、それだけの値打ちがあるのか」
「分からない」
自分は、正直に答えた。
「だが、この石片が、この金具を『見ろ』と示した。意味もなく示された、とは思えない。……今、これ以上鑑定する必要はない。それは分かってる。でも、この金具のことは、覚えておく。それだけの値打ちはある」
ゴードンは、しばらく自分を見て、それから小さくうなずいた。
「お前がそう言うなら、いい。……ただし、執着はしすぎるな。時間も、力も、限りがある」
「ああ。分かってる」
自分は、その金具を収納バッグではなく、ポケットにしまった。
用途は分からない。
だが、これは何かの手がかりになる。
その根拠のない予感だけを、そっと胸にしまう。
ヴェラのほうも、手を止めてはいなかった。
いくつもの石片を取り替え続けては、同じ記号がどんな品に繰り返し現れていたかを頭の中で照らし合わせている。
共通するものを探しては記号の意味を少しずつ絞り込んでいくのだ。
「この四角い記号……固い物にばかり刻まれてる。石とか、金属とか。……たぶん、前に読んだのと同じ、『固い』か『閉じる』」
ヴェラは一つうなずく。
「じゃあ、この渦みたいなのは……水のそばの物と、いつも一緒に出てくる。『流れ』に近いけど、少し違う。……『満ちる』、かな。それとも、『溢れる』?」
ぶつぶつとつぶやきながら、一つずつ当たりをつけていく。
流れ。巡る。固い。
その歩みは、確かに遅い。
だが、確実に、この場所の言葉が一つずつ、ヴェラの手の中に増えていった。
そして、その一つが、かちりと嵌まる瞬間があった。
「——あ。これは……そうか、こういう意味だね」
その横顔は、謎解きそのものを楽しんでいるようだった。
昨日、石碑を前に頼りなくうつむいていた娘は、もうどこにもいない。
ヴェラの読める記号が増えれば、いつか、この金具の本当の姿も分かるかもしれない。
その気づきに自分は妙な感慨を覚えた。
でたらめに散らばっていると思っていた品々。
その一つひとつが、実は繋がり、互いを指し示し合っている。
地図も、記号も。
読み解けば読み解くほど、そう思わずにはいられなかった。
拾い、読み、繋ぐ。
その一歩ずつが、この暗闇に確かな道を描いていく。
昨日は絶望しかなかったこの場所で、今は進むべき先が少しずつ形になりはじめていた。
今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、
評価・ブックマークで応援いただけると嬉しいです。




