第15話 手がかり
「整理するうちに、手がかりは三つの種類に分かれていった」
—— 三種の手がかり
その夜、自分とヴェラは大量の遺物と向き合い続けた。
昼間に拾い読めないまま放り込んできた品。
一つずつ取り出しては鑑定にかけ、一つずつ記号を見比べる。
膝の前にはまだ手をつけていない遺物の山。
自分はその山からまた一つを手に取り、改めて注意深く確認してから、意識を集中して鑑定を行う。
その繰り返しに黙々と没頭していた。
傍らではヴェラがその山からいくつかの品を床に並べ、それぞれに刻まれている記号を一つひとつ照らし合わせている。
同じ形の記号を寄せ、違うものを分け、時折「これはさっきのと同じだ」と小さくつぶやく。
その手つきに眠る前までの萎れた様子はもうなかった。
少し離れた壁際ではイングリッドが番についている。
ゴードンとアッシュは身体を休めていた。
明るい広間には、遺物を置くかすかな音と二人の静かな呼吸だけが続いていた。
一つ、また一つと鑑定を重ねるうちに、自分はある手応えを掴んでいた。
ここにたどり着くまでは「不明」としか返さなかった品が、今は違う言葉を返してくる。
最初は眠って力が戻ったおかげだと思っていた。
だがそれだけではなかった。
眠って戻った力は、あくまで鑑定を"もう一度試す"ため、そして鑑定を"より深くする"ためのもの。
同じ品を、もう一度覗けるように、そしてより深くしてくれただけだ。
なのに、その同じ品から違う答えが返ってくる。
その理由は力ではなかった。
これまでにヴェラと拾い集めた記号の意味。
その一つひとつが、いつのまにか鑑定の結果を、より押し広げていた。
ただの傷や汚れにしか見えなかったもの。
それが今は意味を持つ記号として立ち上がってくる。
知らなかったものを、知った。
ただそれだけのことで沈黙していた品が応えはじめる。
力は、扉を押し開けるための腕。
知識は、扉を開けるための鍵。
二つはまるで違うものだった。
どちらが欠けても、この品たちの扉を開くことはできない。
その手応えを確かめるように、自分は一枚の石の断片を手に取った。
いくつも拾った石のかけらの一つ。
あのときは種別すら曖昧なまま収納バッグの中へしまい込んだ。
意識を沈め、覚えたての記号を頼りにじっくりと鑑定する。
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【鑑定】図の刻まれた石の断片
種別:石の断片。
図:細い線が、幾筋にも枝分かれして刻まれている。
用途:不明。
価値:不明。
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「ヴェラ、これを見てくれ」
自分が差し出すと、ヴェラは食い入るように石を覗き込んだ。
その目がみるみる見開かれていく。
「……線が、枝分かれしてる。ねえ、これ……道じゃない? 通路の、分かれ方に似てる」
そう言われて、自分の中でもある答えが浮かんできた。
枝分かれし、折れ、また分かれていく線。
それは、自分たちが昼間さまよった、あの入り組んだ通路の形にどこか似ていた。
「地図だ」
自分は半ば呆然とつぶやいた。
そのつぶやきに、ヴェラが大きく頷いた。
「この線は……道筋を写したものだ。この場所の、どこかの」
一度そう気づいてしまえばあとは早かった。
山の中から似たような品を探した。
すると、同じように線の刻まれた石や金属のかけらがいくつも出てきた。
どれも一枚では意味をなさない断片。
図の切れ端は、あるものは途中で途切れ、あるものは他の断片の線と繋がりそうで繋がらない。
だが、寄せ集めれば——きっと地図になる。
そう確信させるだけのものがそこにはあった。
鑑定で返ってくるものはそれだけではなかった。
今、手に取っている石片には、線ではなく一つの際立った印が刻まれていた。
その周りを数本の短い線が囲んでいる。
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【鑑定】印の刻まれた石片
種別:石の小片。
図:中央に一つの印。それを囲むように、短い線が数本。
用途:不明。
価値:不明。
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「これ……一つの場所を、名指ししてるみたい」
ヴェラが、印を指でつついた。
「道を描いたんじゃなくて、"ここ"って、一点を指してる。周りの線は……そこへの目印かな。地図の上の、どこか特別な場所」
なるほど、と思った。
これは道筋ではなく地図の上のある一点を名指しするものだ。
さらに手を進めると、また別の品が奇妙な結果を返してきた。
その石には見覚えのある形が刻まれていた。
いや——見覚えがあるどころではない。
「これ……さっき鑑定した、あの品の形だ」
刻まれた形をたよりに目当ての品を探し出す。
そして、それを鑑定すると——そこにまた、新しい記号や図が眠っていた。
一つの品が別の品への道しるべになっている。
まるで誰かが残した言伝を順にたぐっていくように。
整理するうちに、手がかりは三つの種類に分かれていった。
一つ、ばらばらの、地図の断片。
一つ、どこかの場所を指し示すもの。
一つ、別の品へと導くもの。
この三つを組み合わせれば——地図を繋ぎ、その上のどこに何があるかを知り、品から品へと手がかりをたどっていける。
ただのガラクタにしか見えなかった遺物の山が、今は大きな謎を解くための一揃いの道具のように見えてきた。
そして、そのすべての糸口になったのは、最初に読み解いたあの器具だった。
刻まれた図が何を意味するのかは今も分からない。
だが、あの図形が「品には意味が刻まれている」と自分に教えてくれた。
その気づきがあったからこそ、そして見直したからこそ、眠っていた手がかりが次々と姿を現したのだ。
いつのまにかゴードンとアッシュも目を覚ましていた。
自分とヴェラのただならぬ気配を察したのだろう。
二人が身を起こし、床いっぱいに広げられた品々を見て、その顔つきが変わっていく。
「……何を、掴んだ」
ゴードンが低く問う。
自分は夜のあいだに分かったことをゴードンとアッシュに順に話した。
三つの手がかりのこと。
繋げば地図になるかもしれない断片のこと。
昨日は読めなかったものが記号を覚えたことで読めるようになったこと。
「地図、か」
アッシュががばりと身を起こした。
斥候としていくつもの道を描いてきたこの男の目が久しぶりにぎらりと光る。
「貸してみろ。……こういう切れ端を繋いで一枚にするのは、おいらの得意分野だ」
アッシュは石や金属のかけらを手に取ると、線の向きを見比べ端と端を合わせては頭の中で道を継いでいった。
ヴェラが記号の意味を照らし自分が鑑定でその裏を取る。
三人の手と目が一枚の地図の上で重なっていく。
断片はまだ多くが足りなかった。
空白のほうがずっと広い。
だが、いくつかは確かに繋がり、切れ切れの通路が朧げにその形を見せはじめた。
ゴードンは腕を組み、その様子を黙って見守っている。
だが、その目の奥にも昨日はなかった光が宿っていた。
やがて、ずっと考え込んでいたイングリッドが、静かに口を開いた。
「見えてきたね」
その声には、昨日までの重さはもうなかった。
「足りない断片は、まだこの袋の中と……あたいたちが昨日、通ってきた道に落ちてる。放ってきた品、鑑定しなかった品。あれを、戻りながら一つずつ拾って読み直せば……この地図は、きっと繋がる」
その言葉が、疲れ切った五人の胸に静かな熱を灯した。
行き止まりではなかった。
昨日はただ、読む力が足りなかっただけだ。
道は、最初から自分たちの手の中にあった。
ただ、それを読む目が、昨日はまだ育っていなかっただけなのだ。
「よし」
イングリッドが、皆を見回した。
「ライル、ヴェラ、お前たちは仮眠だ。アッシュ、ゴードンは野営の撤収と朝食の準備をしな」
全員が大きく頷いた。
「朝食を食ったら、来た道を戻る。地図を繋いで、必ず出口を見つける。——全員、生きて帰るよ」
誰も異論を挟まなかった。
ただ静かに頷いた。
その頷きには昨日の絶望とは違う確かなものがこもっていた。
自分は繋ぎかけの地図をもう一度見つめた。
まだ切れ切れだ。
どこへ続くのかも分からない。
だが、確かに道はそこに描かれはじめている。
ヴェラの知識と、自分の鑑定と、拾い集めた小さな記号が、少しずつこの暗闇に道を描いていく。
二日目が始まろうとしている。
絶望ではなく、小さな希望を胸に。
自分たちは、来た道を戻る。
これにて第一部、初日が終了となります。
お付き合いいただき、ありがとうございます。
行き止まりという現実の中で見えてきた手がかり。
その手がかりが二日目でどう繋がっていくのか、その流れは第二部で確認してみてください。
そして、明日からは、その第二部となります。
引き続き、第二部もよろしくお願いします。
今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、
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