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小さき男の英雄譚  作者: 咲 潤
小さき男の英雄譚
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― 54 ―

五分とも十分ともとれる様な長く感じる沈黙が、セグとノーズウェルを包んでいた。


それを打ち破ったのは、実際には一分とかからない時間を思考に費やしたノーズウェルだった。


「では、我々はどうしろと……?」


西方統治軍隊長は、自ら出せなかった答えを求めて、希望の道筋を見出だすべくセグに問う。


「二時間の防戦をお願いしたく……」


「……なっ!?」


ノーズウェルは、思わず声を荒げる。


セグから返ってきた答えは受け入れがたいものだったのだ。


”次期“守護五天とも言われた男が、何を考えているのかが解らず声を荒げたまま続けた。


「……防戦だと!?それも、二時間も!?現在の戦況は見てきたのではないのですか!?今は近接混戦状態だ!防戦など、ただ命を削る行為に他ならない!我々としては到底引き受けかねる!」


途中から言葉遣いは正したものの、怒りを含んだ言葉を吐く。


ゴブリンやコボルドの命を尊いと言いながら、我がホビットの兵は無駄死にして良いのか!?


ノーズウェルの脳裏に瞬時に浮かんだ疑問に、セグがすかさず説得に入った。


「待ってください、ノーズウェル隊長!先程見た限りでは、我が軍には術師隊も居るではないですか!」


軍に到着してから本陣に来るまでに、自らの目で見て仕入れた情報を使って、闇雲に提案している訳ではない事を印象付ける。


そして、ここからは戦術の説明だ。


できるだけ落ち着いて、しっかり伝えていかなければならない。


幸いにも、ノーズウェルが困惑してこちらの説明を待っているうちに、呼吸を整えて説明を続けた。


「……術師の治癒術を駆使しながらローテーションで防衛ラインを入れ替え、楯を使って防衛して頂ければ良い。威嚇程度の攻撃はやむを得ないでしょうし、戦線の後退は二時間程度ならヴァンにも届かない。そうすれば、何とか死者も極力出さずに済むはずだ!」


一層鋭い瞳で、セグがノーズウェルを見る。


その瞳にも、西方隊長は動じない精神を持っていたが、セグの言葉には一理考える余地はあった。


これまで、オーリーの戦術では、後退や撤退は敗戦する、或いは敗戦した時でしか行わなかった。


守護五天の恩恵があるときには、その圧倒的な戦力に乗って前に突き進むしか、選択肢は無かったのだ。


双方、極力死者を出さずに終わる戦など、これまでの戦略に無かった。


そもそも、交戦した時点で、攻めていても兵は失うだろう。


だが、セグの言う通りに防戦するなら、確かに無駄に余計な命を失う数は減るのは確かだった。


……何とかなるか……?


「……わかりました」


ノーズウェルの答えに、セグは瞳の鋭さを和らげた。


「……っ!?それじゃ……!?」


セグの表情が少し明るくなるが、すかさずノーズウェルが続ける。


「但し!」


その声にセグの表情は再び固まった。


「時間は二時間までです!それを過ぎたら、我々は突撃し、敵の殲滅を図ります!」


息を飲むセグの喉の音などお構いなしに、ノーズウェルは続けた。


「それと、ゴブリンに関しては適度な反撃を許してもらいます。ヤツらはこの数百年、地中から出てきて略奪や侵略を繰り返している。この戦いが無くとも、オーリーとしては討伐対象となっているのだから」


ノーズウェルの意思は硬い様だ。


確かに、国内でもどれだけの罪の無い民がゴブリン達の餌食になってきたことか。


それを思えば、オーリーの国民全員の積年の恨みでもあるのは間違いなかった。


セグは、そんなノーズウェルの言葉に頷き。


「しかし、なるべく命は奪わず、捕虜として更正の機会を与えてやってください。私も、幼い頃からゴブリンの下衆な性質が嫌な方ですが、それでも尊い命ですから」


とだけ伝えると、踵を返した。


「善処しましょう」


ノーズウェルの声を背中に聞いて、セグは隊長の前から去る。


近衛の間を通り抜け、これから待ち構える”やるべき事“を思いながら、軍の中を東へと突き進むのだった。


それと同時に、ノーズウェルは伝令を三人呼び、近衛に囲まれた本陣で指示を飛ばす。


セグは、ノーズウェルを信頼して指示の内容を確認する事無く、そのまま軍を横断するのだった。


そして。


「伝令!」


セグが前衛に辿り着くと同時にノーズウェルからの伝令が前衛に指示を放つ。


「投石隊並びに特攻隊、迎撃隊は下がれ!そして、重装隊前へ!槍隊との二列横隊三部隊でローテーション!我が軍は、これより防衛へと切り替える!弓隊と術師隊は三部隊の後ろに控え、軽めの援護と負傷者の治癒、介護に当たれ!以上!」


伝令が伝令を伝い、迅速に隊列が組まれる。


ノーズウェルの思う防衛戦の、これが最良の采配なのだろう。


部隊の人数や元々の配置、交戦状況を加味した采配である。


セグは前から後退してくる迎撃隊の流れに逆らうように軍の先頭へ向かった。


そして。


「ゴッツ、リリー、マリウス、今行くぞ!……ヴォルドレイ!」


最前列に差し掛かった所で、リリーの指示通りにゴブリン達の群れの真ん中にヴォルドレイを弱めに放つ!


この程度のエナなら、ゴブリン達も死にはしないだろう。


ただ、気を失うくらいはあるかもな。


「待ってろよ、グルゴ!すぐに助けに行くからな!」


そう言って、セグは土砂降りの空から一閃の落雷を合図に、軍から飛び出して東へと走り出した!


ノーズウェルの統制のとれた指揮に背中を押され。


先ほど別れた仲間達と再び無謀な戦いに挑むべく、強い意思を持って。

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