―35―
「セグ!準備は出来たの!?」
「ああ!」
母、ネルの声に急かされ、大声で返しながらも落ち着いた手つきで最後に剣を掴む。
あの日、グルゴが用意してくれたプレゼントと言うのが、この剣だった。
例によってウチの執事をしてくれているグルゴの父、ドルコスから受け取ったのだ。
我が家は何度も言うようだが、守護五天と言えども名ばかりの公爵であり、その実は質素な平民並みの生活をしているのだが、そんな我が家にドルコスは、安い賃金で本当によく支えてくれている。
最近では「この老体を遣ってくれるだけ有り難い」等と言ってくれるが、若い頃から父に支えてくれていたのは俺でも知っていたのだ。
俺は、俺とグルゴの様に、父とドルコスの間にも何か深い縁を感じざるを得なかった。
そして、俺は俺の無二の親友からもらった剣を眺める。
両手で束と鞘を持ち、ヘソの高さに持ち上げると、グルゴの想いに馳せた。
鞘から抜き身の刀身を引き出すと、黒く仕上げられた鋼鉄の身に、両刃の磨きあげられた白光が美しく映える。
グルゴは若くして、技術者としても超一流の腕を身に付けていた。
そんな無二の親友が精魂込めて仕立て上げた剣は、この前まで一週間程の短い旅で試してみた所、これまで扱った事のある剣の中でも飛び抜けて扱いやすく、切れ味も抜群だった。
その美しい刀身も去ることながら、束の握りも俺の手のサイズに合わせて指が窪みにはまる様に出来ていて、握ったら寸分のズレも感じない。
俺の事をよく考えてくれた仕様に、思わず込み上げるものがあった。
今日、俺はこのオーリー・ヴァン・メルンで最強を決める為の剣技大会に出場する。
まずは予選からの出番となるが、いつ、強敵と対峙するかわからないから、初戦から気を抜くことはできない。
あくまで剣術を競う大会だから、真剣の使用は禁止されているのだが、グルゴはそれを知らなかった訳ではなく、以前、俺が旅に出るときに渡してくれた様に、彼の想いを込めたものを御守りの様にして欲しいと言う願いをかけたプレゼントだった。
俺は、その剣を腰に下げ、全ての準備を終えると、着替え等が入ったズタ袋を持って部屋を出た。
階段を下りて一階へ着くと、テーブルの上には既に朝食が用意されている。
「さあ、しっかり食べて、予選をちゃんと抜けるのよ?」
「ありがとう。頂きます」
ネルが気の抜けない言葉をかけている間に、俺はテーブルに着き、手を合わせて礼をした。
「はい、召し上がれ。今日はしっかりスタミナ付けて行かなきゃね!」
そう言って母が作ったのは、ウリボンのローストとスクランブルエッグ、ガーリックトマトスープにチーズトースト。
ネルの料理は息子の俺が言うのも何だが、とても美味しい。
トマトスープには、スープと言うよりポトフじゃないかと思わせるくらい、ゴロゴロと緑や黄色の大きめの野菜が入っている。
ローストも、赤身を柔らかくするために低温でじっくり時間をかけてローストしたらしく、余分な脂を落としつつも肉の味を濃縮したように味わい深い。
色とりどりの色彩が食卓を飾り、見た目にも華やかな、味も素晴らしい、バランスもよくとれた食事である。
本選は三日後からなのだが、今日からこんなに愛情を込められた朝食をもらって、尚更身がしまる思いだ。
「本当に、いつもありがとう」
思わず出た言葉だった。
「……!?……やあねぇ!何を突然?」
母は一瞬目を丸くしつつも、すぐに照れたように返す。
守護五天として忙しく、ほとんど毎日遅くまで帰らず、休みの日にも警戒体制になれば駆り出される父の代わりに、母はこの俺の面倒をほとんど見てくれていた。
その感謝の気持ちが、ふと口を突いていたのだった。
「いや、まあ、普段あまり言えなかったからさ」
俺がそう返すと、母は。
「そんな、普段言わない事をこう言うときに言わないの。なんか変な気になるじゃない」
「こう言うときに言わなかったら、言う機会も無くなるだろ?」
ネルの照れる姿に、こちらもつられて照れてしまってそう返した。
「ダメよ。セイダース家では、そう言うのは不吉を呼ぶとされているから、旅立つ前とか、何か転機の前とかにそう言うことを言うのはダメ。あなたがどうにかなったら私達が哀しむ事は、あなたも子供じゃないんだから、よく解っているでしょう?」
「大丈夫だ。俺は負けない!」
本当に心配する母の顔を見て、力強く言い放った。
しかし、セイダース家の言い伝えは俺も初めて知った。
「ええ。しっかりね」と頷くネルを見ながら強い視線を返すが、言い伝えの事が俺の内心に一抹の不安を残す。
まさか……な……。
俺はその不安を振り払い、まだ残っている朝食を口に運んだ。




