―26―
爽やかな朝を迎えた。
窓からは陽光が射し込み、部屋の調度品が昨晩の暗く沈んだ色合いから、より鮮明に彩りを放つ。
白と言うよりは黄色がかった透度の高い陽光が、ベールの様に窓から直線を描きベッドに刺さるが、その無機質的な直線美に反して、温かな空気を部屋のなかへ送り込んでいた。
「……ふぁ……ぁあ!」
大きなあくびを一つして、両手を上にあげている所へ、コツンと言う音が耳に届いた。
「……ん?」
音に気付いて手を下ろすが、何事かはわからない。
しばらくすると。
コツン。
再び同じ様な音がして聞こえた方を見やると、その方向には窓があった。
「もしかして……」
独り言の様に呟きながら、音のした窓に近付いて、ガラス越しに下を見下ろす。
するとそこには、家の庭からこちらに気付いて手を振るレティの姿があった。
俺は笑顔を返して窓を開ける。
「おはようセグ。これから東の川へ行こうかと思って。セグも一緒に行かない?」
清々しい朝に、透き通る様な長い髪を靡かせて、レティが先に挨拶してきた。
「ああ、おはようレティ。俺はまだ今起きたばかりで、ご飯も食べてないよ」
俺は、ありのままの状況を述べて少し困った。
「ご飯は私も食べてないの。川で一緒にどうかしら?」
そう言って、レティの後ろに控えたアレスが持つ箱を手で指し示す。
どうやら弁当を持ってきた様だ。
しかし、ハイキングとかで弁当食うなら普通は昼飯だろ。
それを、朝からなんて……。
等と思っていると。
「早く!セグの好きなコーヒーも持ってきてるのよ?」
そう言ってその場で二・三歩足踏みするレティの姿が、軽く地団駄を踏む子供の様に見えた。
そんなレティの姿も可愛らしくて微笑ましい。
約一ヶ月の旅を終えて家に帰ってから、早くも一週間以上が経っていた。
帰り着いた翌日にはレティに会いに行き、その日の内に約束していたレティ行き付けの喫茶店で話をしたのだが、今の様に名家のお嬢様らしからぬ素振りはその時から見るようになった。
意外にも意気投合してしまった俺とレティは、それ以来二日に一度はこうして会っている。
「……解ったよ。せめて身仕度くらいはさせてくれ」
「いいわ。十五分だけ待っててあげる」
「いいや、もうちょっとくれ。じゃないと、レティと歩く男として見合った服が選べないだろ?」
「じゃあ二十分。それ以上かかったら、明日もあのお店に付き合ってもらうからね?」
「わかった。善処するよ」
「よろしい」
そんなやり取りをして窓を閉めると、チラッと部屋の置き時計で時間を確認して、大急ぎで洗面所に向かう。
自分の部屋を出ると、廊下を挟んで向かい側の少し右に行った所に洗面所があるので、ものの数秒で洗顔を始める事ができた。
本当は、明日もあの喫茶店に付き合うくらいなら、別に俺としては一向に構わないのだが。
ただ、レティを待たせるのが申し訳なくて、早々と洗顔を済ませ、掛けてあるフェイスタオルで素早く顔を拭くと、再び急いで部屋に戻る。
実は、レティがいつ遊びに来てもいいように、服は昨日のうちからクローゼットの端に解りやすい様にまとめて掛けていたのだった。
先程述べた”二日に一度はこうして会っている“というのは、言葉のとおり、二日に一度はこうして、”レティが突然前触れもなく訪れ、お出掛けに誘われていた“のだ。
一昨日は俺が裏庭で剣術の稽古をしている時だった。
その前は日にちを空けず、つまり一昨日と二日連続で来ていて、その時は俺が朝食を摂っている時だった。
その前は一日空けて、この前までの旅の思い出をノートに記録している時だ。
いつも突然やって来ては、こうしてすぐに連れ出される。
三日前の時には、もう前もって用意しておく様にしていた。
その用意していた服を、クローゼットから全部出して一旦ベッドに広げる。
色合いなど可笑しな所がないか、最終チェックをして、それから服を着ていく。
丸襟のシャツに、チェックのベストを合わせたハンティングスタイルで身を包むと、姿見で着こなしを確認して。
「よし。これなら恥ずかしくないだろう」
誰にともなく独り言をこぼして頷いた。
最後にハンチングキャップを被って剣を腰にぶら下げ、剣の束に手を当てる。
時計を見ると、仕度に要した時間は十五分程度だった。
一応、約束した時間より少しでも早く行った方が良いだろうと思って、そのまま部屋を出て階段を降りる。
すると、降りた先のキッチンでは母のネルが。
「あらセグ、おはよう。どうしたの、そんなに急いで?」
不思議そうな顔をしてこちらに声をかけてきた。
「ああ、ごめん母さん。もう出掛けるから朝御飯はいいや。お昼も要らないと思う。じゃあ、行ってくる」
急いではいたが、親の前では慌てる等の”はしたない“姿を見せられない。
そんな姿を見せたら怒られたりして厄介だから、落ち着いた風を装いながら矢継ぎ早に言った。
「あらそう……」
母が応える間にキッチンを横切って玄関へ向かう。
すると、母も俺を見送りに手を止めてキッチンから顔を出す。
「……またあのお嬢さんかしら?」
こういう事には、母は敏感なのだ。
「……あ、ああ。まあね。遅くはならないはずだから。それじゃ」
一瞬ドキッとしたが、俺がブーツを履きながら答えると、後半は立ち上がって玄関のドアを開け、母に出発を告げる。
「気を付けてね」
母がそう言って手を振る。
「ああ。大丈夫さ」
俺はそう返して玄関を出た。
親には申し訳ないが、俺は自分でやると決めた事を譲らない。
旅も、親に止められようとも押しきって、こっそり抜け出してでも行くと決めたら行くのだ。
それをよく解ってくれているのも、やっぱり母だった。
俺は、そんな母に感謝しつつ、外で待っていたレティに「お待たせ」と声をかけるのだった。




