ミルキィ=チープ
「よぉ、ミルキィ。今回の一件はお前が取り仕切らないといけないほどなのか?」
≪救世主≫の登場により一同が息を飲み時間を問える中、俺は真っ先に言葉を吐き出した。
俺の言葉に驚いたのかその場にいる全員が、俺と≪救世主≫の二つ名を持つミルキィに視線を集める。
≪救世主≫は《五高弟》に名を連ねる存在ではある。
守護天将としての数多の実績と数々の魔獣を屠ってきたその実力に合わせて『世界最高の治癒師』『死を超える者』といった伝説がある関係上、ここ数年は大きな戦いが起こる度に、その治癒能力を期待されて呼び出されている。
今回の一件は邪神がかかわってくる案件とはいえ、相手は強大な未知の魔獣ではなく、邪神を信仰するただの人間達だ。
その戦闘能力が高いとはとても思えない。
それとも、邪神が復活することを前提に動いているのだろうか?
だとすれば、それはなぜだ?
邪神を封印する結界事態に致命的な欠陥か。もしくは年数の問題なのか?
「フフフ。心配しなくて大丈夫ですよ。今回の一件に私が参加するのは、私が作戦指揮官として全権を委譲されているだけのことですから。」
俺の心配をよそに微笑みを浮かべて答えるミルキィ。
だが、その瞳は明らかに笑っていない。
何かを隠しているのか。それとも・・・
「ああ、そうそう。皆さまには作戦についての説明の前に、これについてお聞きしたいことがあります。」
そう言ってミルキィが差し出したのは門外不出、世界最高ランク指定の機密文書であるはずの『コーフィ=チープ討伐指令』の依頼書だった。
どうしてこんなものがまだ残っているんだ。
普通なら依頼を出した後に火にかけて灰にしてしまうのが通例だろう。
俺はこのことについて神殿前にやってきていたギルドの最高権力者の3人や≪雑魚狩り≫に視線を送るが、4人とも俺が視線を送ると顔を逸らしてしまった。
あいつ何やってんだよ!!
寄りにもよってミルキィにこれは見せちゃいけないだろうが!!
先程感じた胃のネジ切れるような痛みはどうやら幻覚ではなく、俺の長年の勘が危険をあらかじめ察知して起きた現象だったのだろう。
いけない。
下手な言い訳は即見破られる。かといって真実を語ったところで・・・
「ああ、それはですね。実は・・・」
俺がそう思っていると《獅子皇帝》の連中がミルキィに説明を開始しやがった。
普通ではありえないその行為に俺も周囲も驚愕の色に染まる。
「そう。あなた達が《獅子皇帝》さん達なのですね。」
「「「「「「はい!!」」」」」」
《獅子皇帝》の連中は何がうれしいのか。
喜びに顔をほころばせている。
きっとミルキィの放つ神々しくも美しいオーラに当てられたのだろう。
その人の纏う魔力や氣は平常時にはオーラとなってその人の周りに滞在し、周囲の人に与える印象が違うらしい。
ミルキィは神々しく神聖なオーラで、俺は覇気のような人を従えるカリスマ性的なものを纏っているとコーフィが言っていた。
俺はそういうのをよくわからんが、多分コーフィは平凡な印象を周囲にあたえるオーラを纏っているのだろう。
でなければ、あんな人外の強者が普通に生活できるわけがない。
だが、まぁ・・・
なんというか・・。
そのオーラに惑わされている《獅子皇帝》の連中が可哀そうだぜ。
なにせ、こいつらはあのコーフィに手を出したんだ。
理由はどうあれ、そんなことをしてあのミルキィが黙っているはずがない。
「申し訳ありません。修業中に呼び出してしまって・・・」
「いえ、大丈夫です!」
どこか儚げな雰囲気で申し訳なさそうにするミルキィに対して《獅子皇帝》の連中は問題ないと元気に返事を返す。
先程まで神々しく輝いていたはずなのに一瞬にして乙女のような儚さを身に纏う変わり身の早さ。
それを見て人は、神々しく見えたのは噂を真に受けて自分達が神格化していただけで、実際は儚い何処にでもいる少女。という錯覚を受ける。
「良ければですが、お話の後で私が少しだけ手ほどきを行いましょうか?」
「是非お願いします!!」
あくまでも丁寧な口調と態度で問いかけるミルキィに対して、一も二もなく飛びつく馬鹿共。
これでミルキィは修業をつけるという建前の元。最大限の処罰を下すことができる。
下手をすれば、《獅子皇帝》の連中は全員が死ぬことになるだろう。
いや、それならばまだいいか。
死ぬこともできずに心を壊される可能性だってあるのだ。
コーフィが絶望を齎す存在ならば、ミルキィは狂気を振りまく存在だ。
できれば、どちらにもかかわりたくないが、話が通じる分。コーフィの方がいくらかましだと俺は思う。
いや、言葉が通じるからこそ。ミルキィの訓練は最悪と言った方がいい。
あいつらがミルキィの訓練を受けて壊れないように祈っておこう。
俺は静かに合唱して彼らの冥福を祈った。
俺が胸中で、《獅子皇帝》の連中がミルキィの毒牙にかかったことに対して冥福を祈っている間にも事態は進んでいく。
俺達は神殿の中に入り、他の守護天将達がいる広間に通された。
今回は守護天将に選ばれたリーダー格だけでなく、それ以外の連中も呼ばれているらしい。
まぁ、俺のところも俺以外が来ているので予想の範疇のことだ。
この場所に最後にやってきた俺達は空いている席に座って大人しく話が始まるのを待つ。
俺達が席に着くと、壇上に≪救世主≫が立つ。
ただそれだけで、全員に緊張感が走る。
少女と呼べるほど幼さの残る≪救世主≫だが、その実力はこの場にいる全員を圧倒する。
そんな≪救世主≫からの依頼。
おそらくは、史上最高難易度の依頼が待ち受けていることは言うまでもない。
「本日、守護天将の皆様にお集まりいただいたのは、邪神を信仰する邪教団の動きが活発になってきたためです。邪教団の目的は言うまでもなく邪神の復活。それを阻止することは、世界の平和を守ることに繋がりることは言うまでもありません。そして、それを成すのわ。守護天将に選ばれたあなた方の本分と言っていいでしょう。」
ごくごく当たり前のことを説明し、今回の招集が何のためなのかを俺達に理解させつつ、俺達に自分達の立場を理解させる。
そう俺達は守護天将。
例え、≪五高弟≫やコーフィ=チープという怪物達が世界にいるとしても、冒険者として活動し、最も早く世界の危機に直面するのは自分たちなのだ。
そのことを俺達は不幸だとは思わない。
寧ろそれこそが俺達の誇りだ。
物語に出て来る英雄のような。
世界の危機に立ち向かう勇者。
この場にいる者達が目指すのはそんな子供の夢想のような存在。
だが、この場にいる者達はそんな夢想のような存在に憧れるだけの存在ではない。
なぜならば、ここにいるのはそんな夢想の夢を叶えた英雄たちなのだ。
「今回、邪教団の動きは事前察知には成功したのですが、残念なことに相手もそのことに気づいた節があります。その証拠になるかは分かりませんが、邪教団に潜入させていた間諜が死亡しました。私共は、これで相手にこちらの情報が漏れたと判断しました。」
邪教団の動きを察知したと聞いていたが、どうやら邪教団の拠点に攻め込むわけではなさそうだ。
まぁ、攻め込むだけならば三大国家の精鋭騎士団や教会の特殊部隊を突撃させるだけで事が済む。
俺達冒険者を呼んだということはもっと他にやらせたいことがあるということだ。
「幸いなことに敵の拠点と思しき場所の目星はついていますので、その場所の奇襲をかける準備は進めています。ですが、こちらの間諜が見つかったことから、逃げられる可能性は高く、邪教団の壊滅は難しいと予想されます。」
まぁ、そうだろうな。
邪教団は邪神が初めて世に現れたとされる3000年前から存在するとされている。
その頃から現在まで滅びていないことから奴らを滅ぼすのは相当に難しいと予想できる。
「ですが、私は邪教団を滅ぼすためにある作戦の決行を決意しました。その作戦の内容とは・・・」
そう言って語り出した≪救世主≫の作戦は至極単純なものだった。
敵の拠点を攻撃すると同時に、五つある邪神を封印している大神殿の内、四つを三大国家と教会の総力を持って防衛し、残りの一つを守護天将を含む冒険者の一団で防衛する。
当然、三大国家や教会内部にも邪教団の間諜が紛れ込んでいる可能性はあるが、それよりも最も敵が入り込む可能性がある場所は冒険者で構成された最後の大神殿だ。
本来はきっちりと身元を特定した者のみを配置するところを、今回は『敵の拠点攻撃時のみ』という大義名分の元。
冒険者に関してはそこまできっかりと身元を調べない。
そうすれば、敵は必ず好機と受け取って冒険者を配備している大神殿に攻め込んでくる。
そこを叩く。というのが、≪救世主≫の作戦だ。
無論、敵の油断を誘うために、守護天将の内半分は『敵拠点の攻撃要因』という名目で大神殿の外側に配置し、邪教団に攻め込まれた後で、攻め込ませる。
「確かにそれなら成功する可能性はあるが・・・」
全ての説明を聞いた後で、俺は口を開いた。
確かに、この作戦は成功する可能性が高い。邪教団が動き出したということは、奴らも何かしらの切り札を手に入れたのだろう。
だからこそ、大神殿に封印されている邪神の復活を目論んでいるのだろう。
そんな奴らの前に、わざと隙を作るような真似をすれば奴らは喜々として動き出すだろう。
だが、この作戦は非常に危険だ。
もし、失敗すれば邪神が世に顕現することになる。
そうなれば、世界規模の災厄が降りかかることは目に見えている。
そんな危険な賭けを三大国家の王達が認めるとは思えない。
ただでさえ、現在は500年周期で現れる邪神の出現周期なのだ。
下手をすれば新しく生まれた邪神と封印された邪神のダブルブッキングだ。
そうなれば、世界は確実に滅亡する。
そのことについて、≪救世主≫はどう思っているのか。
俺はそこのところを気にして尋ねてみるのだった。