他力本願
「お義父様(コーフィ=チープ)にお任せしますわ。」
俺の質問はただの一言で完結した。
その場にいる誰もがその言葉に息を飲んだ。
作戦指揮官が、作戦が失敗した場合の対処を他所に丸投げする。
これはそれほどの暴挙である。
「それはつまり、外でコーフィが待機してるってことか? 行っちゃ悪いがあいつ1人いれば大抵の案件は片が付くぞ?」
これは戦闘以外の案件にも該当することだが、金銭的に三大国家と多数の小国を追い込み。
その圧倒的戦闘能力で軍事力が通用しないコーフィの存在はもはや、意思を持つ天災だ。
コーフィが『お願い』するだけで、大抵の問題が片付くのは、もはや世界の暗黙の了解だ。
500年周期ごとに現れる新たなる邪神の対応策も、三大国家とその周辺の上層部は『コーフィ=チープが来るまで耐える』という極めてシンプルなものだ。
邪神ではなく、邪教団などはあいつが動けば一瞬で片が付くはずの案件だ。
「嫌ですわ。成功するかどうかも怪しい作戦にお義父様の貴重なお時間はいただけませんわ。今回の作戦が失敗した場合、≪韋駄天≫が邪神復活の連絡をお義父様に伝えに行く手はずは整えておりますが、逆に言えばそれだけですわ。だって、守るべきは世界であってあなた達ではないでしょう?」
≪救世主≫はさも当然とばかりに言葉を発した。
つまりは、使い捨ての駒なのだ。
人類最高戦力たる守護天将。
そう謳われてはいるが、世界から見れば俺達レベルの奴らなど大勢いるのだ。
元《散歩に行こう》メンバーは全員が守護天将のリーダー格かエース格相当。
それ以外にも、《五高弟》の作った組織内の連中やコーフィ=チープに師事を仰いだ者達。
いや・・・
そもそもの問題として、現守護天将の実力は大したことがない。
現守護天将は全員が一時的にコーフィ=チープの指導により、新魔法術式と闘氣法を習得している。
だが、その全ては中伝レベル。
正直言って闘氣法や新魔法術式が浸透していない現代だからこそ最強の集団だ。
永い時が立ち、世界中に闘氣法と新魔法術式が浸透すれば一般的な兵士レベルにまで落ちるだろう。
だからこその、使い捨て。
《五高弟》にとって現守護天将は替えのきく駒でしかない。
必要ならば、自分達の育てたそれなりに使える駒を配置すればいいとでも思っているのだろう。
この場にいる全員が自らの存在意義を全否定されたかの如く。
辺りは静まり返った。
なんと返せばいいのかわからないのだ。
重く、冷たい空気が会場全体を支配する。この場にいる全員の顔から余裕が消え、緊張した表情を浮かべている。唯一の例外は≪救世主≫のみ。
≪救世主≫の発言にはギルドの最高幹部たちにとっても予想外だったらしく、硬い表情をしている。
存在意義を否定されているに等しいその言葉を聞かされたのにもかかわらず、否定や批判が出てこないのは、それを言っているのが自分達よりも遥かに強い存在だからだろうか。
永い沈黙が会場全体を支配する。気のせいか徐々に会場全体が暗くなってきた気がする。
先程まで神々しい光を放っていた≪救世主≫に見惚れていた《獅子皇帝》の連中も押し黙ってしまっている。おそらくはミルキィの本性に気づいたのだろう。
そうだ。あいつは人の皮をかぶった悪魔なんだ。騙されるなよお前たち!!
そんな俺の心の声に感ずいたのか。≪救世主≫が手を打ってきた。
「ですので、もし邪神が復活した場合は私が出ます。皆さんはすぐに退避してください。」
にっこりと微笑みを浮かべながら述べられたその言葉に、その場にいた全員が息を飲んだ。
一瞬、存在意義を否定され、捨て駒として扱われてからの一転した退避勧告。
おまけに、コーフィ=チープが来るまでの時間は自分が稼ぐと言わんばかりの自己犠牲精神を見せられては英雄願望旺盛なこの場にいる者達の心をガッツリと掴んだことだろう。
「「「いえ、俺達も共に戦わせてください!!」」」
≪救世主≫の人心掌握術に引っかかった哀れな者共がそんな言葉を上げる。
「本当ですか? では、この後共に訓練を行いましょう。」
「「「!! よ、よろしくお願いします!!」」」
ニッコリと優しい笑みを浮かべる≪救世主≫の表情に騙されて《獅子皇帝》の連中は一瞬息を飲んだ後、目をキラキラと輝かせて元気のいい返事を返していた。
なんと哀れな連中なのだろうか。
これから彼らはコーフィの下で味わった以上の地獄を見ることになるだろう。
下手をすれば精神や人格に多大な影響を及ぼし、これからの人生が狂う可能性が高い。
いや・・・。あいつらの影響力を考えれば、今後の世界情勢の方を気にした方がいいのだろうか・・・?
まぁ、そもそも生き残れるかどうかも怪しいから何かあった時に対処すればいいか。
どうか強い心を持って訓練に臨んで欲しい。
俺は《獅子皇帝》の冥福を祈りながら、その場を後にしようとした。
「少しよろしいでしょうか?」
先程まで話していた時と同じ穏やかな口調で背後から語り掛けて来るのは≪救世主≫だ。
なぜわざわざ背後を取るような状態で現れたのだろうか。
(嫌な予感がする。)
突如として襲ってくる悪寒は、おそらく≪救世主≫の不自然な行動に対する俺の勘が反応しているのだろう。
俺は即座に振り返ろうとして動いたのだが、その時にはすでに遅かった。
おそらくは背後を取られた瞬間に仕掛けていたのだろう。
動かそうとした足がうまく動かない。
まるで、生まれたての小鹿のように立つことがままならないように俺は一瞬、倒れそうになりながらも何とか近くにある机に手をつき、足を広げるようにして踏ん張り倒れることを阻止した。
「なんのつもり・・・」
「初めまして、ルビーさん。ガイから話は聞いているわ。とても優秀なサポーターようね。」
俺の怒気と殺気を織り交ぜた視線と言葉を完全に無視して≪救世主≫はルビーに話しかける。
そう。
俺達の仲間で回復役のルビーにだ。
「ルビーさんはサポーターで、チームの回復役と伺いました。どうでしょう。私と≪獅子皇帝≫との訓練に参加しませんか? 私。回復魔法にはそれなりに・・・」
「結構だ。」
ルビーと≪救世主≫との間に入った俺は即座に会話を断ち切って仲間を引き連れてその場を後にするために動いた。
だが、それは歩き出してたった数歩までのことだった。
歩き出したすぐ後のことだ。
ふいに全身から力が抜けて、俺は崩れ落ちるかのように地面に倒れ伏した。
突然の事態に驚きつつも、全身に力を入れるために闘氣を練る。だが、それでも俺は立つことすらままならない状態になってしまった。
いや、正確には闘氣を練ることができず、そのために力が戻ってこない。
丸で全身が鉛のように重く、力が入らない。
毒か何かかと思ったが、それにしては意識がはっきりしている。
俺はなんとか顔の向きを変えて周囲を窺う。
「やぁ、大丈夫かい?」
すると、かがんだ状態でこちらを見つめる≪雑魚狩り≫と目が合った。
≪雑魚狩り≫は心配するかのような口ぶりでこちらに話しかけて来るが、その表情はどう見てもこちらを見下している。
まるで、「動けないだろう?」と問いかけてきそうな表情だ。
おそらく俺が今陥っているこの状況は≪雑魚狩り≫が作り出したものだ。
「あぅうぅぅ」
なぜ、こんなことをするのか?
問いただそうと口を動かすも声が出てこない。
「すまないね。悪いとは思っているよ。でもね。これは必要なことなんだ。」
≪雑魚狩り≫は先ほどの表情とは打って変わって本当に申し訳なさそうな表情をする。
「君が思っているよりも、そして、私達の想像をはるかに超えて事態は深刻だ。1人でも多くの戦士が・・・ いや、1人で戦局を左右できる戦士が必要だ。」
≪雑魚狩り≫が何のことを言っているのかわからなかった。
戦力が欲しければコーフィを頼ればいい。
いったいどこからどんな敵が現れるのかは知らないが、その全てに対抗する。
屠ることの戦力が世界にはあるではないか。
そう思う俺を見て、≪雑魚狩り≫はひどく寂しそうな顔をした。
何を言うでもなく、ただただ寂しげなその瞳がとても印象的だった。
「そうできれば苦労はしないさ。」
≪雑魚狩り≫のその言葉を最後に、俺の意識は闇へと飲まれていった。
目覚めた時、俺は自分の力の中に絶望することを予感せずにはいられなかった。




