人体の解析者
地獄
死後の世界において存在するとされる。
この世のものとは思えない苦しみと悲しみと恐怖が木霊するとされる場所。
よく、酷い戦場は地獄だと言われることがあるが、それすらも生温いのではないかと感じるほどに俺達はひどい地獄の中にいた。
「どうしました? もう終わりですか?」
優しげな声とにこやかな笑顔。
先程までの会議の時と何も変わらぬ微笑と声色を携えた少女の容姿をした怪物。
それは、先程まで俺達の憧れていた≪救世主≫と称えられる同い年ぐらいの少女の姿をしていた。
否、俺達の認識は間違っていたのだ。
あれは、≪救世主≫と呼ばれる怪物が、少女の姿を取っている。
そう形容するしかないほどの圧倒的な存在だ。
闘氣も魔力も、総量は俺達とは比べるべくもない。≪雑魚狩り≫よりも上だろう。
しかし、コーフィ=チープに比べれば比較するのも馬鹿らしくなるほどに小さい。
コーフィ=チープの修業を受けていなければ、間違いなくその違いさえ理解できなかっただろうが、今の俺達にもその程度のことは理解できる。
だが、力量さを理解出来るがゆえにこの状況から抜け出すことができない。
昔の俺達ならば、がむしゃらに足掻いてどうにかしようとしたのかもしれない。
力量差も実力差も技量の差も何もかもを置き去りにして、現状の打破のために動いたのかもしれない。
「フフ♪ 余計なことを考えてると死にますよ?」
≪救世主≫の言葉を聞いて、体に闘氣と魔力を循環させる。
コーフィ=チープの下で習った上伝は結局、習得には至らなかった。
そのことを一瞬にして見抜いた≪救世主≫は自身の持つ技能によって俺達に上伝の習得を促すことにした。
(それはいい。そこまでは理解できる。だが・・・ これは・・・)
上伝習得のためとはいえ、その方法は常軌を逸していた。
「あなたはね~♪肝臓を使えるようになるといいわ。あなたは小腸が終わったから次は大腸ね。」
まるで花でも愛でるような声を発して≪救世主≫は俺達の至らぬ部位を列挙する。
服をはがされた俺達の裸体に触れ、その臓器があるである場所を指で刺し示す。
「ほら~♪早く~♪ここだよココ♪」
「ま、待ってくれ。もう少し時間を・・・」
楽しげに笑う≪救世主≫とは対照的に、指摘を受けているデビットが悲壮な顔で懇願する。
だが、無情にも≪救世主≫はその言葉を拒否するように、首を横に振った。
そのしぐさに、デビットの顔から血の気が失せ、顔面が青白く変わる。
周囲にいる仲間達も、その様子に恐怖のあまり声も出せず、震えている。
デビットのことは助けたいが、それができないほどに俺達と≪救世主≫との間には実力差が開いている。
「あ、あの・・・ どうかそれ以上は・・・」
そんな中、声を上げる者が1人いた。
ガイ・ドラグーンのパーティーメンバーの1人であるルビーさんだ。
彼女は何とか≪救世主≫止めようと地面に体を預けた状態で、声を上げている。
「他人に気を使えるだなんて、まだまだ余裕そうですね? わかりました。もう少し修業の難易度を上げましょう。」
そんな彼女を見て≪救世主≫はさらに難易度を上げると宣言すると同時に、するりとデビットからを肝臓抜き取った。
「ガ・・・ァ・・・」
デビットの口から痛みに苦しむ声が出るがそれは一瞬のことだった。
肝臓が抜き取られた次の瞬間には、デビットの傷は塞がっておりその体には何の痕もない。
外から見たのではわからないが、きっとデビットの体内も何事もなかったかのように≪救世主≫の治療術によって修復されているのだろう。
あるのはどこから出てきたのかわからない肝臓と夥しい血の跡のみ。
≪救世主≫はその肝臓をデビットに渡すと、ルビーさんの方に歩いていく。
≪救世主≫は先ほど見せた臓器の抜き取りと、ほぼ同時に発動する治療術により、俺達の闘氣術の発動に至っていない体の部位を抜き取り、先程から俺達に見せている。
そうすることで、イメージを満ちやすくするのが彼女の目的のようだ。
痛みは一瞬で、治療の跡も残らないが、この修行の恐ろしさはそんなところではない。
自分自身の臓器の重さ、感触、温もりという普通ならば一生知ることのない感覚を教え込まれることだ。
出来なければ何度でもやり直しが行われ、そのたびに何度も自身の体を作り変えられる。
まるで、人形の気に入らない部分を切り取り作り直すかのように何度も行われるこの行為に、俺達の精神は限界を迎えようとしていた。
「ァアアアアアア!!」
そんな精神を追い込まれるだけの俺達と違い、ルビーさんは肉体も限界に追い込まれていた。
彼女の肉体は既に10分の1が存在しない。
俺達と違い、回復魔法の使い手でもあるルビーさんは闘氣による回復術の修業のため抜き取られた部位を修復してもらえない。
彼女は自身の持つ魔力と闘氣を総動員して生命活動の維持を行っている状態だ。
一つ間違えれば、いつ死んでもおかしくない状態だが≪救世主≫は全くと言っていいほど彼女の様子を気にしない。
まるで、死ねばそこまでの存在でしかなかった。
という風な扱いである。
修業の完遂か死か。
二者択一の絶体絶命の状況で俺達はただただ恐怖に怯えることしかできなかった。
~ガイ・ドラグーン~
「・・・」
意識を取り戻した俺が、見たのは薄暗い石の床だった。
どうやら俺は、どこかの部屋でうつ伏せで倒れているらしい。
「・・・」
声を出そうとするが、全くというほど声は出ず、身動き一つできない。
何かで体を拘束されているのだろうかと、視線を動かすがそのような痕跡はない。
何とか動くのは首から上だけのようだ。
「お目覚めかな?」
誰かの声がして視線を頭の上の方に向けると、そこには誰かの足があった。
「おはよう。ガイ君。悪いが、君の動きは封じさせてもらったよ。」
声の主の顔は見えないが、声からしておそらくは≪雑魚狩り≫だろうと推測できる。
声が出ず、身動きができない状況では会話もできないので、せめてもの意思表示に殺気を乗せた視線を≪雑魚狩り≫の足元に送った。
「その状態で殺気を放ったところで怖くはないよ。まぁ、身動き一つできないのではそれ以外にできることはないだろうし、僕も暇だから話ぐらいはしてあげてもいいよ。」
「アァ?」
雑魚狩りがそう言うと声が出るようになった。どうやら体が動かないのも声を出せなかったのも、こいつの仕業らしい。
「声を出せるようにしてあげたのに、不満そうだね。」
「当り前だ。俺の仲間達はどこに行った? なぜ俺を襲った? いや、それよりも≪救世主≫は何をしている?」
俺の態度に不満があるのか。≪雑魚狩り≫の声のトーンが一段下がる。
だが、そんなことはお構いなしに俺は質問をぶつける。周囲にはおそらくだが俺と雑魚狩りしかいない。
「君の仲間は《獅子皇帝》の人達と一緒に≪救世主≫が鍛えてるよ。生きてれば上伝を習得し終わるんじゃないかな? 君を襲ったのは、君の妨害を防ぐため。最後の質問は最初の答えでわかるよね?」
≪雑魚狩り≫は俺の質問に冷静に答えを返す。
だが、その回答に俺はブチギレた。
「今すぐ止めさせろ! あいつの訓練がまともじゃないのはお前も知ってるだろうが!!」
怒りを乗せた怒声が木霊するが、そんなことはお構いなしに≪雑魚狩り≫は言葉を紡ぐ。
「それはできない。残念ながら予言の時が近づいてきている。今回の邪神の誕生は今までとは違う。僕達としてはできうる限りの戦力の拡充は急務だと思っている。例え、そのために犠牲が出たとしてもね。」
ゴン
≪雑魚狩り≫の放った一言に俺は怒りをぶつけて地面に頭突きを放った。
うまく闘氣が扱えないからか、頭から血が出たようだがその程度の傷は大したことじゃない。
「無駄だよ。僕はね。五高弟最弱だけど。五高弟で唯一無二のこの術によってほかの彼らと違って弱者には絶対に負けないんだ。」
≪雑魚狩り≫の技。コーフィから聞いている。
高い闘氣の操作技術と秘伝の応用により、敵の体内にある闘氣を操作することによる肉体の操作。
これにより≪雑魚狩り≫は敵対した相手の生命活動を自在に操作することが可能となる。
逆に、自身よりも強い力を持つ者には全く効果のないどころか。
操作するために相手に飛ばした闘氣を吸収されてしまうので、逆に強くしてしまうこともある諸刃の剣。
弱者に対する絶対的なアドバンテージを持つゆえの≪雑魚狩り≫という二つ名。
「この俺を雑魚扱いとは・・・ テメェ。調子に乗るなよ。」
「おや? 闘氣を拡散しだしたね。秘伝を使うつもりなのかな? この状況を打破するにはそれしかないけど。君は結局。それを扱えないんじゃなかったかな?」
俺が奴の術を破るためにより大きな力を求めて秘伝を発動する前準備にかかるのを見ながら≪雑魚狩り≫は嬉しそうな声色を上げる。
奴がその気なら俺は闘氣を扱える状態にないはずだ。
だが、体の方はあまり動かないが闘氣にはいくらか余裕がある。
どうやら、こいつの目的は俺にこの場で秘伝を体得させることらしい。
「予言だか何だか知らんが、戦力が欲しけりゃ自分で弟子でも鍛えるんだな。俺の仲間に手を出したことを後悔させてやるぜ。」
俺は有らん限りの力で闘氣を開放し、周囲に拡散。
そして、周囲にある全ての物質に闘氣を行き渡らせ開放した。
「できれば苦労はしないよ。できれば、君が後悔させてくれるほどの存在になってくれれば僕の肩の荷も少しは下りるんだけどね。」
極限まで集中していた俺には、すぐそばにいた≪雑魚狩り≫のそんな言葉は聞こえなかった。




