第8話:パイルダー・オン前夜の試行錯誤
「おっさん! この前のキング・オーク・ボアを一撃でぶっ飛ばしたあの黒い巨神、めちゃくちゃカッコよかったぜ!」
『マジンガー・ツヨシ』によるキング・オーク・ボアの撃退から数日。アストライア村の英雄としてすっかり定着したツヨシのガレージには、連日朝から晩まで村の子供たちが押しかけていた。切り株特等席に陣取る少年が、興奮冷めやらぬ様子で両手をブンブンと振り回しながら声を上げる。
「なあ、今度はさ、あの頭の上にある小さい飛行機……あれ、なんて言うんだっけ?」
「『パイルダー』だ。男のロマンの結晶にして、コクピット兼操縦システムの中枢さ」
ツヨシが油まみれの顔で得意げに胸を張ると、少年は目をキラキラさせた。
「そう、それそれ! そのパイルダーにさ、今度は僕たちも一緒に乗っけてよ!」
その無邪気で残酷な無茶振りに、ツヨシは手元に持っていたレンチをガチャンと取り落としそうになった。
「は? 一緒に乗る? お前なぁ、あれはパイロットの命を預かる神聖にして厳粛な操縦席だぞ。それに、あのバケツ型パイルダーの定員は一応『一名(+工具箱少々)』で設計してあるんだ。子どもがわらわら乗り込んだら重量バランスが完全に崩壊して、最初の合体シークエンスで空中分解大爆発コースだわ!」
「えー、ケチ臭いこと言わずにさあ! おっさんの技術力ならなんとかなるって!」
子供たちが口々に「乗せてくれ!」「窓から顔を出したい!」「そういえば、別の友達が『ゲッターロボみたいに三機に分かれて合体しようぜ!』って言ってたぞ!」と、次から次へと無責任な野次馬的リクエストを飛ばしまくる。
「な、なんだって……? ゲッターだと……?」
ツヨシの手がピタリと止まった。
頭の中に、あの赤と白と緑の三機が空中でクルクルと華麗にフォーメーションを組み、「イーグル! ジャガー! ベアー! オープン・ゲット!」と叫びながら変形・合体する名作アニメの映像が鮮やかに蘇る。
「単座式パイルダーに子どもたちを乗せるだけでなく、さらにゲッターロボ風の『三機分離・合体システム』まで要求するとは……! なんという贅沢で、なんて狂気に満ちた素晴らしいリクエストだ!」
昭和のオタクの誇りとエンジニアの魂にかけて、ここで「無理だ」と引き下がるわけにはいかない。
ツヨシの頭の中のネジが、盛大な音を立ててさらに数本ブッ飛んだ。
「……ふん。いいだろう。そこまで言うなら、見せてやろうじゃないか。大空を優雅に舞い、複数の子どもたちを安全かつスリリングに包み込みつつ、さらに三機に分裂して合体する、究極の『ゲッター風ファミリー・パイルダー計画』の神髄をな!」
こうして、第8話にして最大の難所――『乗車定員オーバーおよび多機体分離合体という名の地獄の改造計画』が、盛大に幕を開けたのだった。
まずは、ベースとなる初代パイルダーの解体から始まった。
「おいおいツヨシさんよ、ただのバケツにプロペラをガムテープで固定したような代物だったのに、今度は三機に分かれるだと? 頭がおかしくなったんじゃないのかい?」
鍛冶屋のガルドが、呆れを通り越して真顔で心配そうにガレージの隅から覗き込む。
「甘いな、おっちゃん! これまでの単座式から、広々としたボックスカー仕様にしつつ、さらにレバー一発で『空飛ぶ三機』にパーッと分裂するのさ。名付けて、『ゲッター・ファミリー・カスタム』だ!」
ツヨシが描いた新しい設計図には、中央の操縦席の周りにベンチシートが無理やり配置され、さらに左右の翼部分が「ビキビキッ」と切り離されて独立飛行する謎の機構が書き殴られていた。もちろん、安全ベルトも電子制御の自動ロックシステムもない。あるのは「気合と、そこらへんのロープと、ガルドに内緒で持ってきたバネ」だけである。
そこからの日々は、文字通りの悪戦苦闘、いや狂気の沙汰だった。
定員を増やした上に三機に分裂させようとしたものだから、全体の重量と空気抵抗のバランスが完全にバグった。「重すぎる……! このまじゃあ離陸するどころか、ガレージの床が再び奈落の底へ沈み込むぞ!」と、ツヨシは連日徹夜でエンジンのボアアップと、謎の関節パーツの溶接に挑んだ。
ある日は、出力を上げすぎてガレージ全体が激しく振動し、天井の隙間から大量のススが一斉に雪崩れ込んで、ツヨシも子供たちも一瞬で「リアル・真っ黒クロスケ」に変身した。
またある日は、分離機構のバネの強さを調整しすぎて、スイッチを入れた瞬間にパイルダーの左翼パーツだけが「ビューン!」と猛烈な勢いで勝手に飛び立ち、裏の畑で野菜を収穫していたおばちゃんの前髪をキレイに刈り取っていくという大惨事もあった。
「おっさん、これ本当に飛ぶのかよ……? なんか乗るのちょっと怖くなってきたぞ。僕ら、ただ頭の上に乗って風に当たりたかっただけなのに……」
さすがの子供たちも、連日の爆音とガレージ崩壊の危機、そして勝手に飛び回るパーツの群れを目の当たりにして、少し及び腰になり始める。
だが、ツヨシの情熱の炎はそんなことでは一ミリも消えない。
「なにを言うか! ロマンの道に危険とパーツの破損はつきものだ! 怖がるな、設計図の数値に狂いはない……はず!」(※後半はただの現場の勢いと直感である)
そして迎えた、ゲッター風ファミリー・パイルダーのテストフライト前夜。
ガレージの中央には、あちこち溶接の跡が痛々しく、かつ無駄にトランスフォームしそうなギミックを背負った「怪しげな巨大飛行艇(一応三機に割れる)」が鎮座していた。その周囲には、特製のゴーグルをつけた子どもたちが、不安とワクワクが入り混じった顔でわいわいと群がっている。
ツヨシは油まみれのツナギの裾をパタパタと払い、マグカップの熱いコーヒーを飲み干すと、ぐっと力強く拳を握りしめた。
「よし……明日はいよいよ、パイルダー・オンの常識を木っ端微塵に粉砕する記念すべき日だ。命知らずの未来のパイロットども、心して乗り込め!」
「お、おう……! なんかすごそうだから、とりあえず乗るぜ!」
ガレージの窓から差し込む夕日が、ツヨシの泥だらけの顔と、改造パイルダーのいびつなボディを眩しく照らし出す。
果たして、この無茶苦茶なゲッター風ファミリー号は大空へ羽ばたき、見事な合体を見せてくれるのか、それとも盛大にバラバラになって爆散するのか。
パイルダー・オン前夜、試行錯誤に明け暮れるガレージの夜は、まだ終わらない――。




