第7話:小さな村の、大きすぎる来訪者
「よし、ドワーフ鉄の装甲換装と、月光力炉の出力安定化チューニングはこれで完璧……っと!」
ガルドの鍛冶工房に入り浸り、連日ハンマーをカンカンと振り下ろし続けた成果が、ついに形となって現れていた。ガレージの真ん中に鎮座する『マジンガー・ツヨシ』は、以前の継ぎだらけのいびつさから一変し、漆黒のドワーフ鉄が鈍く渋い光を放つ、本格的な「鋼の城」へと見事なクラスチェンジを果たしていた。胸元のダクトからは、青白い月光力がふつふつと心地よい予熱を漂わせている。
「おっさん、これなら魔獣が来ても一撃でボコボコにできそうだな!」
切り株に腰掛けながら、干し芋をかじっていた村の少年が目を輝かせて言った。
ツヨシは油まみれのタオルで汗を拭い、フンと誇らしげに鼻を鳴らす。
「当たり前よ! こちとらガルドのおっちゃんと徹夜で各部の関節のクリアランスを入念に調整したんだ。やわな魔獣程度が来ようものなら、一歩も動かずに返り討ちにしてや――」
――ガガガガガッ! ドーンッ!!
その言葉を遮るように、村の外れの大地が突如として激しく揺れ動いた。
遠くの森の地平線から、まるで土煙の暴風のような凄まじい黒煙がモクモクと立ち上る。鳥たちが一斉にギャーギャーと鳴きながら空へ逃げ出し、村の警鐘がカンカンカンとけたたましく鳴り響いた。
「な、なんだぁ……!? 地震か!?」
村人たちがパニックになって広場へと飛び出してくる。
村の自警団の若い衆が青い顔をして走り込んできた。
「た、大変だぁ! 森の方から、前回の比じゃない、ものすごい数のオーク・ボアの群れが暴走してこっちに向かってるぞ! しかも、その先頭には見たこともないような超特大の『キング・オーク・ボア』がいるんだ!」
「なんだって……!? キングだと!?」
村中が文字通りの阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。普段でも厄介なオーク・ボアが群れをなして暴走するなど、アストライア村の歴史始まって以来の大災害である。自警団の男たちは剣を抜いたものの、足がガタガタと震えて一歩も動けない。
その時だった。
ガレージの奥から、低く重厚な起動音が響いた。
――ブォォン……ドクン、ドクン、ドクンッ!
ガレージのシャッターが自重でガタガタと揺れ、中から漆黒の巨人が、ゆっくりと、しかし圧倒的な存在感を放ちながら姿を現した。
頭部のコクピットハッチ(パイルダー)から顔を覗かせたツヨシは、ヘルメットのバイザーをカチリと押し上げ、フッと不敵な笑みを浮かべた。
「ちょうどいい。今しがた仕上がったばかりの強化装甲の、最高のテストベッド(実験場)が向こうからご馳走を運んできてくれたってわけだ!」
「お、おっさん……! あんなデカブツの群れに一人で突っ込む気か!?」
村の長老や大人たちが慌てて止めに入るが、ツヨシは「心配無用!」と軽く手を振ってパイルダーをスライドインさせた。
「行くぞ……! 男のロマンと、アストライア村の平和を見せてやる!」
ガチャン! とコクピットが完全にロックされ、マジンガー・ツヨシの目がカッと赤く光り輝いた。
ゴゴゴゴゴ……! と地響きを立てながら、村の入り口へと押し寄せてきた魔獣の群れ。
その先頭に君臨していたのは、通常の三倍はあろうかという巨体に、黄金色の巨大な牙を生やしたまさに怪物――『キング・オーク・ボア』だった。その後ろには、ヒャッハーとばかりに暴れ狂う数十頭のオーク・ボアの群れが続き、村の柵を今まさに引き裂こうと突進してきている。
「ブモオオオオッ!!」
キングが凄まじい咆哮を上げ、村めがけて突撃を仕掛けたその瞬間。
――ドシンッ!!
大地を抉るような凄まじい足音とともに、村の入り口の真ん中に『マジンガー・ツヨシ』が真っ黒な巨体をでんと横たえるように立ち塞がった。
「なっ……なんだあいつは!?」
突進してきたキング・オーク・ボアが急ブレーキを踏み、赤目をむき出しにして威嚇する。しかし、目の前にそびえ立つ鋼の巨人は、一歩も引く気配を見せない。
「ふん、野生の分際で人の村を踏み荒らそうなど、一〇万年早いわ!」
コクピットの中で、ツヨシは自作のコントロールパネルのレバーを力強く握りしめた。
「くらえ! これがガルドのおっちゃんと俺の汗と涙の結晶、新・ロケットパンチだぁっ!」
バシュッ――!!
すさまじい風切音とともに、マジンガーの右腕がゴツい鉄拳ごと勢いよく空気を引き裂いて飛び出した。
もちろん、頑丈なワイヤーで本体としっかり繋がっているため、遠くまで吹っ飛んでいくだけの安心設計である。
ドガァァァンッ!!!
凄まじい衝撃音と金属音が周囲の空気を震わせた。
飛んできたドワーフ鉄特製の鉄拳は、暴走するキング・オーク・ボアの鼻先を正確無比に直撃。あまりの重さと硬さに、巨体のキングは「ブモッ……!?」と情けない悲鳴を上げたまま、見事におしゃれに三回転半してひっくり返り、そのまま盛大に気絶して動かなくなった。
リーダーを一撃で失ったオーク・ボアの群れは、「ひ、ひえぇぇぇっ!?」とばかりに大パニックに陥った。
「お、おい、リーダーが一発でやられたぞ!」「あの黒い化け物、なんだあれは!?」
群れは戦意を完全に喪失し、仲間を置いてけぼりにしながら、一目散に森の奥へと尻尾を巻いて逃げ帰っていった。
わずか数分後のことだった。
村の入り口に静寂が戻り、そこに残されたのは、気絶して白目を剥いている巨大なキング・オーク・ボアの残骸と、オイルの匂いを微かに漂わせながら悠然と立つ『マジンガー・ツヨシ』だけだった。
一瞬の静寂のあと。
村の広場から、割れんばかりの大歓声が爆発した。
「「「うおおおおおおおお――っ!! 勝ったぁぁぁ!!」」」
「すげえええええ! あのキングを一撃だぞ!」
「おっさん、すげえよ! あんた、マジで村の守護神じゃねえか!」
村人たちが一斉にガレージの前へと駆け寄り、ロボットの足元を取り囲んで狂喜乱舞し始めた。以前は「村の厄介者」「変なガラクタを作る謎のオッサン」として冷ややかな目で見られていたのが嘘のようだ。子供たちは「ツヨシのおじさん、万歳!」と飛び跳ね、頑固者の鍛冶屋ガルドでさえ、遠くから腕を組みながら満足げにふっと鼻を鳴らして笑っていた。
コクピットのハッチを開け、ツヨシは額の油汚れを拭いながら、心地よい風に吹かれてふうと息をついた。
「ふう……危うく村の畑が全滅するところだったな。だがまあ、これできれいにドワーフ鉄の装甲の耐久テストもできたし、一石二鳥ってやつか」
空を見上げれば、異世界の青く澄み切った空がどこまでも広がっている。
「村の英雄」という、ちょっぴり気恥ずかしくも誇らしい称号を手に入れたツヨシのガレージライフは、こうして名実ともにアストライア村全体の誇り(と、さらなる大騒動の予感)を乗せて、ますます熱く加速していくのだった。




