第2話:スクラップと情熱のガレージライフ
「で、気がついたらあの巨大なイノシシ――オーク・ボアだったか? あいつを素手で投げ飛ばして、この村の外れまで担いできたってわけだ」
のどかな鳥のさえずりと、どこか牧歌的な風が吹き抜ける辺境の村――アストライア村。
その村の最も外れ、かつては農具の物置として使われていたものの、今はすっかり打ち捨てられてボロボロになっていた木造の廃屋の前に立ち、ツヨシは腕を組んで独りごちた。
あの後、手ぬぐい一枚とバスタオル姿で村の入り口に突如として現れたツヨシは、当然のように村人たちから大パニックを引き起こした。「不審者だ! いや、森の精霊の成れの果てか!?」「待て、よく見たらただの変なオッサンだ!」と大騒ぎになったものの、彼が軽自動車ほどのオーク・ボアの死骸を軽々と肩に担いでいたことで話は一変した。
「お、おい……あの魔獣を一人で狩ったのか?」
村の長老や自警団が青い顔で集まってきたが、当の本人は「いやあ、道すがらちょっとぶつかって、投げ技が決まっただけでして」と涼しい顔。結果として、村の厄介払いをしてくれた恩人として丁重に迎えられ、身につけるためのチュニック風の布や、当座の寝床としてこのボロ小屋を譲り受けることになったのである。
「よし。今日からここは、俺の『ガレージ兼・研究開発室』だ!」
ツヨシはボロボロの引き戸を力任せに開け放ち、高らかに宣言した。
中に入ると、天井からは干からびたハーブの残骸がぶら下がり、床には埃が積もり、あちこちに穴が空いている。だが、還暦を過ぎた元エンジニアのツヨシの目に映っていたのは、そんな廃墟の姿ではない。ここを拠点として、いかにして脳内の昭和ロボットアニメの夢を具現化するか、その設計図だけで頭がいっぱいだった。
「まず、現代日本ならホームセンターでいくらでもボルトやナットが手に入るが……この世界じゃそうはいかん。だが、案ずるな。素材ならいくらでもある」
ツヨシの『スクラップと情熱の日々』が幕を開けた。
翌日から、ツヨシのガレージ改造計画と素材集めがスタートした。村人たちが「あの変なオッサン、また廃材集めをしてるぞ」「村の捨てられた農具や馬車の車軸をありがたそうに拾ってるけど、あんなの鉄くずだろ」と遠巻きにヒソヒソと囁く中、ツヨシは一人、ガレージの中で泥まみれになりながらハンマーを振るっていた。
「魔法? そんな他力本願で便利なものに頼るから、人間の足腰が弱るんだ。必要なのは重力! 物理! そして確かなるギミックだろ!」
ツヨシの情熱は止まらない。
作業台の代わりにした古い木の板に、炭のかけらでガリガリと設計図を書き殴る。
描かれているのは、ずんぐりむっくりとした胴体に、妙に誇らしげな円柱形の頭部。そして背中には申し訳程度にプロペラっぽい鉄板がくっついている。
名付けて、『28号タイプ・試作一号(仮)』。
「ふむ……動力源はどうするかな。さすがに原子力の炉なんて作れるわけがないが……あのオーク・ボアの体内にあった『魔石』をうまく加工すれば、高出力の疑似エネルギー炉になるはずだ!」
現代のエンジニアリングの知識(と、子どもの頃からの膨大なアニメ的妄想)を総動員し、ツヨシは異世界の怪しい鉱物や魔獣の素材を無理やり組み合わせる。ハンマーをカンカンと叩く音と、怪しい煙がガレージの窓からモクモクと立ち上る様子は、もはやのどかな村の風景において完全に異彩を放っていた。
そんなある日の午後。
ガレージの周りを、何やら遠巻きに窺う気配があった。
そっと目をやると、物陰から数人の村の子供たちが、好奇心に目を輝かせながらこちらを覗き見している。一番年上の少年が、恐る恐る声をかけてきた。
「ねえ、おっさん……! 何やってるのそれ?」
「ん? こいつか?」
ツヨシは額の汗を拭い、ニカッと笑ってみせた。
「お前たち、ロボットって知ってるか? ガチャンガチャンと音を立てて歩き、悪を討つ、男のロマンの結晶のことだ」
「ろぼっと……? 剣と魔法なら聞いたことあるけど、それって美味しいの?」
首をかしげる子供たちに、ツヨシはふふんと鼻を鳴らした。
「美味しいどころか、お腹いっぱい夢が詰まってる代物さ。ほら、見てみろこの足首の関節パーツ。そこらへんの馬車からお払い箱になったバネを組み込んで、衝撃を完全に吸収するようにしてあるんだ」
子供たちは、油まみれの顔で熱く語るツヨシの姿に少し圧倒されつつも、足元に転がっている奇妙な鉄の塊や、見たこともない歯車に釘付けになっていた。
「すげえ……これ、本当に動くの?」
「当たり前だ。動かすために作ってんだからな」
少年が目をキラキラさせながら、「僕たちも手伝っていい!?」と言い出した。
「おお、いいぞ! じゃあそこのボルトを拾ってくれ。あ、指を挟むなよ!」
こうして、村の子供たちはいつの間にかツヨシの「ガレージの実験助手」として入り浸るようになった。
村の大人たちは「あのオッサン、子供たちを巻き込んで変なガラクタ作りばかりして……」と呆れ顔だったが、子供たちの笑い声が絶えなくなったガレージの周辺は、以前よりもずっと活気に満ちていた。
異世界の片隅、ボロボロの廃屋を改造した小さなガレージ。
そこで繰り広げられるのは、剣と魔法の世界観を完全に無視した、昭和のオタクの泥臭い試行錯誤と、温かな日常のワンシーンだった。
「よし、今日の作業はここまでだ! 明日はついに1号機の駆動テストだぞ!」
ツヨシの掛け声に、子供たちが「やったー!」と歓声を上げる。
波乱万丈で、かつてないほどコミカルなロボットビルドの日々は、こうして確かな熱を帯びながら進んでいくのだった。




