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禁死篇  作者: 丸亜沙子
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041 ククルの帰還

「アシモフ家のソフィアさまには、ずいぶんご迷惑をお掛けしましたの…」

 グレイスが軽く目を伏せると、目の辺りに影が落ちた。 


 ソフィアはズーク男爵家のビスナーがアルテミスに侵入して来たときも巻き込まれていたが、女男爵バロネスミーガンのトラブルにも巻き込まれていたらしい。

 

 ちなみに、ビスナーは秋ぐちに起きたトラブルで貴族の身分を剥奪(はくだつ)され、ズーク男爵家から無一文で放り出された。ズーク男爵家も家の存続が危ぶまれたのだが、権力者に泣きついて根回しをしたようで、なんとか家名を残すことができた。


(散々ビスナーを庇ってきたズークなど、お取り潰しでいいだろう!)とサイラスは思っていたが、ビスナーの兄たちはビスナーに苦しめられた人たちだったようで、意外と同情が集まったのだ。


 さらに、身分剥奪で平民になったビスナーは女性を監禁した罪で冬になってから再逮捕された。


 グレイスとの婚約に絡んで、ヤツは商業ギルドの窓口で働いている女性を拉致監禁していた。ビスナーはどこからどう見ても不良貴族なので、まともなお嬢さんはビスナーと婚約したいはずがない。もちろんグレイスだって、ビスナーなんかお断りなのだ! 


「俺だって、金持ちの娘が簡単に貧乏貴族と婚約したがらないのは知っている。だから、ギルドの窓口係を拉致した。求婚却下の書類を出さなきゃ、平民は貴族との婚約話を断れない!」


 ビスナーはそう供述したらしい。……クズ過ぎる。


 アルテミス商会が求婚却下するための書類をギルドに提出できないように、なんとビスナーは窓口係まで監禁していたのだ。愚鈍そうに見えるビスナーだが、悪知恵だけは回るタイプのようだ。


(ビスナーは貴族とは思えないようなチンピラだな…)


 サイラスはビスナーの巨漢と、ゴツゴツした石のような顔を思い浮かべる。ジャガイモ顔とでもいうんだろうか。一応、同じ低位貴族としてビスナーのことは見知っている。

 

 貴族学院時代から、弱い者いじめするビスナーをオリバーが良く思っていなかったので、サイラスも積極的にお近づきになりたいと思ったことはないが。


「ビスナーはもう罪人ですから、瞳を登録してアルテミスに侵入できないようにしてあります。逆恨(さかうら)みで報復行動でもされたら厄介ですから」


 リヒトがきっぱりと言う。たしかにビスナーのような自己中心的な人間は、自分が悪いことをしても他人を逆恨みしそうだ。アルテミスが後厄に備えておくことは大切だろう。サイラスもリヒトに大いに同感だ。


「新年のお買い物でいらしたのに、アルテミスの内輪のお話ばかりでごめんなさい…。本日はフランベのご商談でしょう?」

 グレイスが少し苦笑しながら言う。


「はい。新年のお菓子、フランベを孤児院用に用意したいです」

「今年はいかほどでしょう?」


 グレイスは「リヒト」と声をかけ、赤毛の守り役からメモ帳のようなものを受け取る。昨年の発注数を控えてあるようだ。


「残念ながら、今年は孤児が増えております。昨年よりも多く必要です」


 孤児が増えるということは、ミニヨン国内の景気が悪いということだ。親は一生懸命に子育てをするのだろうが、様々な理由で子供を育てられなくなる。


 病気や失職など、理由はいろいろあるのだろうが、しわ寄せは弱い立場の子供たちに来ることが多い。そして、孤児が増えるのだ。


「そうですか…迷い子(まよいご)の数はそんなに増えておりますか」

 グレイスは少し悲しそうな顔をして、「フランベの数はどれくらい増やしましょうか?」と改めて訊いてくる。


 ミニヨンでは孤児のことを捨て子とは呼ばずに、迷い子(まよいご)と呼ぶ。いつかは家族が迎えに来て、家族そろって仲良く暮らせるはずだ。捨てられたんじゃない。ほんの一時、家族とはぐれて迷い子になっただけなんだ。


 そういう考えで、昔から「迷い子」と呼ぶらしい。それはなかなか素敵な考え方かもしれない………だけど。


「僕は捨て子です。サイラスさま」


 タママは明るくそう言って、ゴソゴソと服を脱いで、自分の背中を見せてくれたことがあった。タママの背中は(あざ)だらけ、傷だらけだった。サイラスがこの世界に来て八ケ月弱、タママが小姓になってもう七ケ月は経っただろうか。


 タママが背中の傷を見せてくれたのは、サイラスの小姓になってしばらくしてからだった。


「この傷は僕が迷い子じゃなくて、捨て子の(しるし)なんです。だから、消えないんです」


 タママは自分の体の傷を、自分なりに解釈して納得しているように見えた。


「僕の親は、僕を育てたいなんてこれっぽっちも思っていませんでした。毎日蹴られて、ぶたれて、何度も何度も捨てられたんです。僕はもう殴られるのは嫌です。もう一生分殴られたし、蹴られたんです。……だから、あいつらが僕を迎えに来ても、もう僕を返さないでください」


 ミニヨンでは孤児を引き取る善意の人に対して、子供を育てるための「お支度金」という補助金が支給されるのだ。


 お支度金はその日暮らしの貧乏人にとって、魅力的な「まとまったカネ」である。子供のために設けられたこの制度を、自分たちの生活のために悪用する人間もいるのだ。


 タママの親はこのお支度金を目当てに、タママを孤児院から自宅に連れ帰り、しばらくするとまた孤児院に捨てに来るということを繰り返した。タママの両親のしていることは詐欺に近いのだが、タママやタママの弟妹たちを気の毒に思って、ずっと目溢(めこぼ)しされてきたのだ。


「僕は捨て子です。だから、僕を返さないでください」


 タママがはっきりと両親を拒絶したとき、サイラスはなんと(こた)えていいのか、言葉に詰まってしまった。タママがあまりにも可哀想で…。


「僕は迷い子じゃない。だからもう帰りません、サイラスさま」


 タママの態度は淡々としていて、その声音はまるで天気の話でもしているようだった。彼は長いことひどい扱いを受けて、両親の愛情をすっかり諦めてしまったように見えた。


 サイラスは迷い子という言葉を聞くと、この時のタママを思い出してしまう。それで胸が痛むので、つい「孤児」という言葉を使ってしまうのだが、彼らにとってどの言葉を使うのが正解なのか、今でも答えはわかっていない。


(…多分、答えなんてひとつじゃないんだろうな) 


 しかし今日のタママは、ミルクティーのおいしさに酔ったようになって、幸せそうにしている。雪道を10キロ歩いた後の温かい飲み物だから、夢心地なのだろう。


「グレイスさまは、いつもこんな素敵なものを飲んでいるんですか? 僕はこんなおいしいものは初めて飲みました!」

「あら、喜んでもらえて良かったです」


 グレイスとタママは顔を見合わせて、にっこり笑っている。


「このお菓子も、ちょっと苦いけどおいしいです! お金持ちのお菓子って感じです!」


(お金持ちのお菓子って何だよ)と、サイラスはタママの発言に心の中で突っ込みを入れて苦笑する。ダメだ、タママは完全に舞い上がっている。ミルクティーとグレイスに舞い上がっている! 


 オプスキュリテがフランベの単価が書かれたカードを机に載せる。美しい筆跡で、なかなかのお値段が記されていた。


「ありがとう、オプスキュリテ。お客様に新しいお茶を入れてもらえる?」

「かしこまりました」


「フランベはお正月の縁起物ですから、孤児院の子供たちにサービスいたしましょう」

 ありがたいことに、グレイスの方から値引きを言い出してくれる。グレイスさまは慈悲深いな! 


〈グレイスも人が()い。わざわざこちらから値引きしてやるとは…〉

《こんな者たちにまで、グレイスは慈悲深いことだ》

 リヒトとオプスキュリテがそっと目を合わせて、苦笑している。


〈孤児が増えるのは我らのせいでもあるまいに。そもそも、人間は簡単に子を捨てすぎる。おい、聞いているか、水色頭!〉


 リヒトがサイラスに【声】を掛けてくる。鍛錬によって霊力が上がるのは嬉しい反面、聞きたくないもの、見たくないものまで視えるようになってしまう。


 春の花祭りの買い物の時は、こんなふうにリヒトに話しかけられたりしなかったのだ。エッグハントのために鍛錬を重ねた成果が、妙な方向に花開いてしまった…。


「今年は花火も少し欲しいのですが…」

「花火ですか? 昨年までは、花火のご注文はなかったようですが?」


 サイラスの言葉にリヒトが少し眉を上げる。リヒトに「おい、まだ(たか)る気か?」と思われていたらイヤだな。


 ミニヨンでは新年に花火を上げる。爆竹のように音だけ楽しむものではなく、日が暮れてから音と光を楽しむものだ。


「今までは、アトス寺院では花火まで手が回らなかったようで。今年から実家の兄が、花火を少し融通してくれると言うのです。それで少しばかり買い足したいと思いまして」


 グレイスは軽くうなずく。

「サイラス様も御存じのように、お正月の花火は縁起物でございます。花火の色によって、健康・金運・家内安全などいろいろな意味がございます」


 知っている。花火の色によって、お値段もかなり違うのだ。


 ミニヨンの花火は日本の花火と違って、魔石と霊力を込めて造られている。花火を打ち上げるのにも、霊力が必要だ。貴族の家ではお正月に花火を上げて、一年の幸運を願う。


 金運を上げるための極彩色の花火はとても高い。ドイル家の正月に、極彩色の花火が上がったことは一度もない。毎年シオドアが選ぶのは、健康を願う緑色の花火(比較的安価)だった。


「多分、オリバーが融通してくれる花火は健康運を願う緑のものだと思います。ですから…」


 オプスキュリテが置いてくれた花火の価格表を見ながら相談する。

「タママ、アトス寺院で上げる花火はどれがいいかな?」

「うーん、そうですねぇ…」


 ここはお財布との相談だ。サイラスとタママはじっくりと、花火の値段と効用を見比べる。


「職業運を上げる黄色はどうでしょう? 孤児は信用がないので、なかなかお仕事にありつけません。僕はサイラスさまに小姓に取り立ててもらえて、とても感謝しています!」


 さりげなく僕への感謝を表明するタママに感動する。タママは本当に素直でいい子だ。しかも、黄色の花火は緑の花火と同じ価格(比較的安価)である。


 ふむ、これなら妥当だな! 


 僕たちは黄色の花火を選んで、グレイスはなんと花火を2割も値引きしてくれた。なかなか良い買い物ができたのではないだろうか? 


「サイラスさま、この『特注』って何でしょうか?」

「あぁ、特注花火のことか?」

「…………」


 サイラスとタママは同時に見えない悲鳴をあげる。目玉が飛び出しそうになって、ふたりで思わず抱き合いそうになった。


 高いっ! ありえないくらい高い! なんだ、この値段は? 


 正月に打ち上げられる花火は、魔力の込められた縁起物である。その効用によって花火に込められる魔力量や魔石の質が違うらしく、かなりの価格差がある。まさに〈ピンからキリまで〉の世界なのだ。


 裕福な貴族や豪商の中には、花火をわざわざ特注する強者(つわもの)もいる。しかし、特注花火の値段は既製品とヒト桁も違うのか? 恐ろしい。こんなものを注文する貴族は、ドイル家の僕らとまったく別世界の人間だよ! 

 

 サイラスとタママが特注花火に恐れをなしていると、

〈おい、水色頭。霊力があるのだから、花火くらい自分で作ればよいではないか?〉

 リヒトがサイラスのことをジロジロ見つめてくる。


 リヒトさん、【声】を掛けないでもらえますか? 僕はしがない人間なんで、言葉でコミュニケーションを取りたいなぁ。


 サイラスが困っていると、

《貧乏そうだから、魔石が購入できないのだろう。花火は霊力だけでは作れないからな、気の毒に…》

 オプスキュリテは僕をフォローしているのか、バカにしているのか…。


〈しかし花火を買うより、魔石を買う方がずっと安いだろう?〉

《…それはどんな効用の花火を作るかによる。リヒトはサイラスがお気に入りなら、コレに魔力たっぷりの花火の作り方を教えてやればよい》


 オプスキュリテはフランベと正月花火の発注書をカリカリ書きながら、リヒトの【声】を聞き流している。…嫌味なくらいきれいな筆跡だな。


 そんな【会話】が繰り広げられているうちに、アルテミスの表が急に騒がしくなった。


「お待ちください! ご予約がない方は中に入れません!」

「今、確認を取りますので!」

「お待ちくださいとお願いしておりますのに…」


 メイドと執事の高い声がこちらにまで聞こえて、エントランス付近で揉めている様子が伺える。


 さっきストーカー対策やセキュリティの話題になっていたので、「また侵入者か?」とサイラスは身構えた。小柄なメイドがひとり、足音もなく走って来てドアを開けた。


「…ドイル男爵家のサイラス様。サイラス様の小姓だという男性が、エントランスでお待ちなのですが、アルテミスでは登録のない方なのです…」


 目がビー玉のように大きなメイドが、じっとサイラスを見つめる。その瞳が一瞬糸のように細くなった。


「…ククルカン様と名乗っています」

「ククルカン? あいつ、今頃になってやって来たのか?」

 サイラスは思わずガタッと椅子から立ち上がった。


 エントランスにいたのは、間違いなくククルカンだった。床に躓いて大人しく(こうべ)()れるククルの姿に、サイラスは少し苛立ちを感じる。


(今さら従順なふりをしたって、もう騙されないからな!) 


「サイラス様っ! マスター!」

 ククルが顔を上げると、(すが)りつくような目つきでサイラスに声を掛けてくる。


「ククル、僕はお前に二日で必ず帰ってくるようにと命じたよな?」

 サイラスは厳しい声を出す。ククルのせいで、タママはひどい目に遭ったんだぞ! 


「ち、違うのです、サイラス様! わたくしは確かにお約束の二日で戻って参りました! ささいな行き違いがあっただけなのです!」

「ささいな行き違いって、何だよ?」


 まさか、ミニヨンとジパングではかなりの時差でもあるのか? 日付変更線があるとか…? 


「で、ですから…一日は24時間で……つまり…」

 ククルがあやふやな説明を始める。こいつは何が言いたいんだろう? 


「………ククル、一日は24時間だよな?」

「はい、その通りです。マスター!」


「それじゃ、二日は何時間になるでしょう?」

「…ふ、二日は、68時間…でしょうか?」


 そうだった、ククルカンは圧倒的に算数ができないヤツだった。ククルの頭の中では六対四は引き分けで、24足す24は68になるんだな。


「そ、そうか。…うん、ちょっと行き違いがあったみたいだな?」

「ククル、算数のお勉強いっしょにがんばりましょう~」


 僕とタママは乾いた笑いを浮かべながらも、ククルを許すことにした。ククルカンはまだまだこれからなんだ。算数を勉強して、立派な小姓になるんだぞ、ククル!  

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