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禁死篇  作者: 丸亜沙子
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037 王家の決断

 ミニヨンの冬は唐突にやってくる。


 首都・ドトールで初雪を観測すると、その日からミニヨンでは〈冬が始まった〉とカウントされる。ドトールはかつて大きな市場と公共競技場のあった場所で、現在は王城と貴族街があり、ミニヨンで一番栄えているエリアである。


 ドトールはもともと「医者」を意味するのだが、かつて公共競技場でカネを賭けた闘技が行われた時代に、医者が多く住んでいたので地名になったと言われている。

 闘技に参加する者にも、賭けをする観客にも怪我人が多かったらしい。(カネが絡むと、人はどうしても争うものだ)


 初雪が降った次の日に、アルテミスからの使いがやってきてフェンリルの毛皮で作ったコートと、新品の(そり)をアシモフ家に納品していった。


 アルテミスからやって来たのがリヒトだったので、イサキオスは喜んで自室に招いておしゃべりをした。


「フェンリルの毛皮は、イサキオス様からの贈り物である旨を添えて、ドイル家とアトス寺院にもお届けしておきます」

 

 アルテミスから来たリヒトと執事のひとりは、ソファに座ることを固辞したが、タニタは構わずお茶を淹れてテーブルにお菓子を並べる。


「フェンリルを狩ったのはサイラスとタニタだから、私が今回支払ったのは加工費だけだ。私からの贈り物の毛皮といっても良いのかな? 実入りが少ないわりに、君たちには手間を掛けて申し訳ないね」


 ドイル家とアルテミスは普段付き合いがないので、贈り物の配送も手間だろう。イサキオスはそんなふうに思ったようだ。


「君はぶどうが好きなんだろう? アウソニアのユウキ様が、品種改良した新しいぶどうを届けてくれてね。良かったら味見をして行かないか?」

「…品種改良したぶどう、ですか?」


 タニタが美しい青いガラスの器に盛ったぶどうをテーブルに置く。リヒトも興味を持ったらしく、執事共々ようやくソファに腰を下ろした。


 サイラスの叔父であるユウキは、霊力を使って様々な農作物を品種改良している。頭の中でイメージした果物や野菜を、霊力を駆使して生み出しているらしい。


「ユウキ様は不思議な植物をたくさん生み出しているようだ。素晴らしい発想力だ。…あの方は、一種の天才だろうね」


 イサキオスはしきりに感心している。


 そうして品種改良された品々は、アウソニアではかなり人気があるらしいが、ミニヨンではまだ販売されていない。


「このぶどうは種がないぶどうで、食べやすいのでアウソニアでは大人気らしい。まだミニヨンでは知られていないので、広報から販売まで力を貸して欲しいと言われている」


 リヒトと執事は新種のぶどうを口に含んで、驚いたように顔を見合わせる。

「甘い! しかも、種がないぶどうだと?」

 リヒトは〈本当に種がないのか?〉と疑いながら、パクパク口に運んでいる。…うむ、たしかに種がないっ! 


瑞々(みずみず)しいです! すごくおいしいですね」

 執事もびっくりして、口に運んでいる。


 イサキオスもうなずく。甘くて瑞々しく、種がなくて食べやすい。これならミニヨンでもきっと人気が出るだろう。


 いくらミニヨン出身でも、他国の貴族がミニヨンで自由に物を販売するのは簡単ではない。ミニヨン国内で(権力に近い)協力者が必要不可欠だ。


 オリバーの友人ということで、ユウキ様は私に白羽の矢を立ててくれたようだ。アシモフ家にとっても悪い話ではない。いや、確実に良い話だな。


「どうだ? 気に入ったら、ワサビやノブコ(果実)と一緒にアルテミスの販路を使ってミニヨンでの販売計画を立ててくれないか?」


「これはアウソニアで栽培して、ミニヨンで販売するのでしょう? ミニヨンは交通網が発達していないので、農作物の運搬に時間が掛かるのです。加工品ではなく生の農作物の場合、かなりのロスが生まれます。保険を掛けることもできますが、それもコストが掛かりますよ」


 アウソニアの農作物を販売したいのはわかるが、ミニヨンのような交通事情の国では加工品以外はなかなか難しい。このあたりをクリアしなければならないな…。


「苗の販売はどうなのですか?」

「ノブコは温暖な土地でないと栽培が難しいようだ。このぶどうは、ノブコよりはミニヨンの土地に適合しそうだな。ワサビは水質が重要なようで、栽培地を選ぶそうだよ。ソフィアは植物好きなので、ミニヨン国内で適合地を見つけられると思う」


 イサキオスはじつに楽しそうに言う。問題を解決するために、チャレンジするのが楽しいのだろう。


「それぞれ、発売時期は一番価格の安定する旬の時期になるようにしようか。あまり高価すぎると敬遠されかねんし、大勢の人に食べて欲しいからな」


 イサキオスが意見を述べていると、ドアがトンと一回ノックされてソフィアの小姓が現れる。取次に立ったタニタが「えっ? ククルカンが?」と声を高くする。


「イサキオス様、サイラス様とククルカンが…」

「あいつは調伏されて、サイラスの小姓になっただろう?」


 サイラスが翼竜に変化(へんげ)したククルカンに立ち乗りして、空から現れたという。「ほぅ?」とイサキオスは目を丸くした。ククルカンがアシモフ家にいるヴィンセントに会いたがっているらしい。


「ククルカンはヴィンセントが空を飛ぶときに手ほどきができると言っているようです。そのために、今からコミュニケーションを持ちたいと主張しています」


 ソフィアの小姓が困ったような声を出す。

「いいだろう、ヴィンセントに会わせてやろう。サイラスたちをここに通してくれ」


イサキオスは少し笑って、リヒトに言う。

「あちらに毛皮を運ぶ手間が省けるのではないか? サイラスに持って行かせたらいいだろう?」

「それは助かります」


 サイラスに伴われたククルカンが現れると、リヒトは笑いを(こら)えるのに苦労した。ククルカンがサイラスに調伏されて、ククルなどと軽々しく呼ばれているのは苦笑を禁じ得ない。


〈ソフィアさまに懸想したばかりに、無様なことになっているな。ククルカン…〉


 しかも、今日のククルカンは妙に態度がおとなしい。サイラスに対する態度がへりくだっている。


〈まるで本物の小姓のようではないか? どうした、ククルカン?〉

 心の中でくすくす笑いながら、リヒトはククルカンを観察する。


「イサキオス様、本当にフェンリルで毛皮を作られたんですね! しかも、僕とオリバーの分まで?」

「なんだ、本気にしていなかったのか?」

「僕たち、毛皮のコートを作るのさえ初めてなんです。まさかアルテミス製の毛皮のコートを着ることができるなんて!」


 サイラスはまったく貴族らしくないことを、平気で笑いながら話している。イサキオスのような高位貴族相手に、貧乏丸出しの態度で平気なサイラスには妙に感心してしまう。


〈人間というのは、身分の上下やカネのあるなしにこだわるヤツばかりだが…。こいつはある意味、大物なのか?〉


 サイラスとイサキオスのやり取りを見ながら、リヒトはますますククルカンに違和感を感じてきた。このあいだまでとは何かが違う…こやつ、もしやサイラスに隷属している? 


〈そんなバカな? どう見ても、ククルカンの霊力はサイラスよりも強いだろう…? サイラスがククルカンを隷属させられるはずがない…〉


「こちらの荷物をお運びすればよろしいのですか?」

 ククルカンの礼儀正しい態度を見て、〈サイラスはどんな手段を使ったんだ?〉とリヒトは不思議に思う。


 ククルカンは神を自称しているが、リヒトやオプスキュリテと同じ存在だ。リヒトは獅子の化身で、オプスキュリテは一角獣の化身だ。これは獣人ではない。この世界には獣人は存在しないのだが、自分の体を人に変化できる存在はいる。


 リヒトは自分を神だと思ったことはない。何故なら、信仰を向けられたことがないからだ。ククルカンは自分を神だと自称している。おそらく、ククルカンはかつて人間から信仰を向けられたことがあるのだろう。


〈信じる者がいなければ、神になることはないからな〉


 リヒトとオプスキュリテはご神木のある「彼の地(かのち)」に住んでいたので、人間と共存した期間は長くない。ククルカンは人の世に長く住んでいる化身なので、信仰の対象になったようだ。


「私は東の地に住んでいた。今はもうなくなった国なのだが…。遺跡のピラミッドは残っている」


 ククルカンは以前そんなことを言っていた。……ピラミッドというのが、神の祭壇だとも言っていたな。神の祭壇というのは、ご神木のための魔法陣みたいなものだろうか? 見たことはないので何とも言えないが…。


〈サイラスがククルカンを隷属させたのだとしたら、なかなか面白いな…〉

 リヒトは顎に手をそえて、そっと笑った。


 ★


 ミニヨンの王城で、陛下と呼ばれる王はトントンと机を指で弾いていた。別にイライラしているわけではない。ただの癖だ。


「アシモフ家が翼竜を手に入れたという話は聞き及んでいたが、翼竜をミニヨン国内で増やすことなど本当にできるのか?」


 提出された書類に目を通しながら、私はイサキオスに質問した。イサキオスはドイル男爵家のお世継ぎと次男坊と一緒に、翼竜を使った事業の立ち上げを申請している。


「翼竜を増やせるかどうかは、実際にやってみなければわかりません。しかし、翼竜を利用した事業はどうあっても推進します。率直に申し上げて、ミニヨンの交通事情はよろしくありません。陸路は整備が行き届いているとは言い難く、海のないミニヨンでは海上交通も利用できません。河川を利用した水上交通は、あるにはあるものの、ごく一部の地域を除いてほとんど機能しておりません…」


 イサキオスがずらずら述べることは、ミニヨン国王としてどれも耳に痛いことばかりだ。国王として当然手を打たなければならないことを、手つかずで放置してきたとイサキオスに指摘されている気分になる。


「ふむ…」

「予算をつけていただけますね? 叔父上」


 イサキオスがダメ押しの一言を浴びせる。こいつは、カードゲームでもボードゲームでも「相手が詰んでいる」時にこういう態度に出る。イサキオスが私を叔父上呼ばわりするのは、私がイサキオスに完敗する予兆だ。


「つい先だっても、お前の趣味の昆虫公園に予算をつけてやったばかりだぞ?」

「あぁ、【イサキオスの箱庭】ですか! 叔父上、あそこは『昆虫公園』ではなく、自然公園です。ミニヨンの領民に開放しますから、税金を使っても何ら問題ないでしょう」


 イサキオスはコーヒーをゆっくり口に運ぶと、今度は

「…ふむ、アルテミスで飲むコーヒーの方が旨いな」

 とつぶやく。


「アルテミスのコーヒーはそんなに旨いのか?」

 国王が思わず訊くと、イサキオスは「アルテミスは珍しい茶菓や、新しいものが多いのです。思いがけず勉強になることがあるので、私はわざわざアルテミスに足を運ぶようにしています。城ではここの小姓がおざなりに淹れるモノしか飲めないではありませんか」と返してくる。


 なるほど。イサキオスは珍しいものが好きなので、高位貴族のくせにわざわざアルテミスまで足を運ぶのか。


「まぁ、ミニヨン国王が軽々しく外歩きできるはずはありませんが…」

 イサキオスは言う。

「しかし、外遊はもう少ししても良いのではありませんか?」

「…そうだな」


「陛下はアウソニアに行かれたことはありますか?」

 イサキオスは今度は礼儀正しく「陛下」と呼んで質問してくる。


「若い頃に二度だけ行ったことがある。…生まれて初めて海を見たな!」

「私は寒いのが苦手なので、冬になるとアウソニアに静養に行くのですが、ミニヨンよりもはるかに便利な国です」


 イサキオスは相手がミニヨン国王でもまったく忖度がない。アウソニアはミニヨンよりもはるかに便利で進んだ国だ、ミニヨンは見習うべきことが多いと事あるごとに進言してくる。


 成人してから、イサキオスは積極的に国王の仕事を手伝うようになった。本来ならば、お世継ぎである息子が仕事の補佐をするべきなのだろうが、あいつはいろいろとアレなので…。何というか……つまり、アレなのだ。


 ミニヨン国王として、私は今年在位十九年になる。大国に囲まれた小国の王として、ミニヨン国王には目に見えない苦労が多々あるのだ。しかしそれ以上に、私が近頃気にかけているのが後継者問題だ。


 私はまだ若いし、気力も充実している。まだまだ王位を譲るようなことは起きないが、しかし……。


「…あいつは、いつ結婚するのだ?」


 私にはお世継ぎの一人息子がいる。今年二十一で、年が明ければ二十二になる。お世継ぎとしては、もうそろそろ結婚して欲しい。


 執政はいくらでも補佐を置けるが、子供まで他人に用意してもらうわけにはいかんのだ! 王家の世継ぎとして、子供のひとりも儲けてくれなければマズイ。


 身分が高いだけに、誰も本人に苦言を呈さないのだろうが、あいつがアシモフ家の婚約者と結婚できる可能性は低いだろう。ソフィアには大国アウソニアから婚約話が連日山のように持ち込まれている。

 

「父親の目から見ても、あいつはいささか…アレ…だからな。それに比べて、アシモフの人間は羨ましいくらいに優秀だ。」


 どう考えても、ソフィアがアレ…と結婚を望んでいるとは思えない…。せめて、婚約者らしくまともな振る舞いができていれば、まだ何とかなったかもしれないが…。


 絶望的な気分だ。


 アシモフに膨大な「違約金」を支払って、こちらから婚約解消をするしかあるまい。アレはまったく理解していないが、王家とアシモフの間には膨大な結婚契約書が交わされているのだ。


 その中には、「アシモフ家から婚約解消を申し出た場合」の項目も、当然ある。あるが、それは禁じ手なのだ。禁じ手だから、「ない」ことになっている。

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