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禁死篇  作者: 丸亜沙子
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036 ククルを縛る

 霊力の足りない主人ではあるけれど、サイラスはククルカンを掌握(しょうあく)した主人のはずだ。それなのに、ククルカンはテーブルで頬杖をついたまま、大きな欠伸(あくび)をひとつ。怠惰な雰囲気で足を組み直している。…主人の前でこの態度は如何(いかが)なものだろう? 


「マスター! マスター!」


 ふてぶてしい態度でククルカンに話しかけられると、「あれ? 僕って喫茶店のマスターだったっけ?」と錯覚しそうになる。錯覚したまま、サイラスはふらふらと食後のコーヒーを自ら二杯分も淹れてしまった。


「おい、ククル! 僕の方が主人なんだぞ? お茶は本来ククルが淹れるんだよ?」

「あぁ、すまんな」

 

 ククルは大してすまないとも思っていないような態度で、サイラスの淹れたコーヒーを(すす)り始める。


(え、もしかして僕、ククルの霊力で操られていないか?) 


「サイラスさま、ククルを甘やかしちゃダメですよ~」

 タママはシュガーポットをテーブルに並べたり、ミルクピッチャーを用意したりと、まめまめしく給仕をしてくれる。先輩のタママが給仕をしているのに、ククルは平気でコーヒーを飲みながら新聞まで読んでいる。


「ククル、算数は苦手なのに新聞は読めるんだぁ?」

 ミッチがククルに容赦ない言葉を投げかける。


「いいか、私は釣銭を受け取らない主義なので、細かい計算を覚える機会がなかっただけだ。教育が足りていないわけではない。…わかったな?」

 ククルはジロリとミッチを(にら)んだ。ミッチは「ひっ!」と声を出す。「ククル、怖~い!」と肩をすくめる。


「おい、ミッチを(いじ)めるなって、何度も言ってるだろ?」

 サイラスは思わず不機嫌な声を出す。ククルはちっともサイラスの言うことを聞かない。


「こいつはオプスキュリテのお気に入りだろう? お前が(かば)ってやらんでもいいだろう?」


 ククルはふんっと鼻を鳴らす。これが主人に対する態度なのか? 


 どうにもククルとは話が嚙み合わない。それどころか、サイラスはククルの霊力によって、「いいように使われている疑惑」さえある。コレは非常にマズイ。


 ククルの慈悲によって命を奪われずにいて、ククルの霊力によって操られているサイラス…? このままの状態が続くのはどう考えても危険だ。ククル自身も言っていたじゃないか。「私はお前の死ぬのを待ってやるが、すべての者がそうするとは限らん」


 つまり、ククルだっていつ何時(なんどき)、気が変わるかわからないんだ。何とかククルを霊力で縛り直さないと。ククルの気が変わって、「やっぱりお前の死ぬまで待つのはイヤだ」ってな具合に、あっさり命を奪われる可能性もある。


(楽に霊力が急成長するはずがないし……。ここで僕が頼れるのは…)


「ということで、私が代打で呼び出されたのか?」


 サイラスの片割れ、永遠の相棒・ユウキ叔父上をアウソニアから強引に呼び出したのだ。ユウキは翼竜に乗って、はるばるアウソニアからやってきた。従って、機嫌はあまり良くない。


「真名で縛っているハズなのに、僕の霊力が不足しているせいで全然言うことを聞かないんだ! それどころか、こっちが操られている感じさえあって…」

「ほぅ?」


 ユウキは短髪の黒髪を片手でくしゃっとさせて、ククルをじっと見つめる。


「私はとても忙しいので、普段なら怒るところだが…。ふぅん…」

 ククルカンを見つめるユウキの黒い瞳がギラギラしてくる。どうやら獲物のククルカンがお気に召したらしい。良かった! 


 ユウキは錫杖を取り出すと、シャランシャランと軽快に打ち鳴らし始める。錫杖の音が鳴り始めると、ククルカンはその場にピン留めされたようにぴくりとも動かなくなった。


「錫杖の音は、相手を金縛りにするために鳴らすこともある。これは相手の霊力が大きい場合は必須だ(反撃を防ぐ)」

 ユウキが僕に懇切丁寧に解説する。


「新しい獲物だな…。久しぶりに大物だ」

 ユウキが上機嫌で錫杖をくるりくるりと回し始める。


「私にとってもなかなか良い獲物だから、勘弁してやるよ、サイラス」

 ユウキはまるで舞うように、錫杖をクルリと回して綺麗な型を作った。ユウキの全身から立ち上る青いエネルギーの流れが見える。


 ユウキの錫杖の遊環の部分が青い光に包まれる。それから、遊環のうちのふたつがキラキラと強く光り始めると、ぼんやりと影が揺らめいていった。


 左右に揺れている影が、ゆっくりと人形(ひとがた)に変化していく。現れたのは、ゆうきの母と姉のさやかの姿だった。その立ち姿は、まるで立体映像だ。


 ふたりとも菩薩のような微笑みを浮かべながら、ゆらゆら揺れている。体が半透明に透き通っていて、到底生身の人間とは思えない。


 ふたりはゆったり笑いながら、「お前の名前を告げようか?」とククルカンに話しかける。しかし、その声は女性の声とは程遠い。声だけが太くて低い男性の声なのだ。


「お前の名前を告げようか? 正しい名前を告げたなら、お前は死ぬまで私に仕えよ」

 今度は高くて優しい女性の声が問いかける。


「お前の名前を告げようか?」

 外見はゆうきの母と姉の姿だが、低い男性の声と高い女性の声で、何度も繰り返される問答。


 ふたりは優しく微笑みながら、「お前の名前を告げようか? 是か非か? (こた)えよ!」と(うた)うように繰り返す。


 ククルカンは金縛りにあったように、まったく動けないでいる。ゆうきの母と姉の姿は大きくなったり小さくなったり、ユウキが錫杖をシャランシャランと振り回すのに合わせて、大小と形を変えてキラキラ光りながら動き回っている。


 ククルカンを真ん中に取り込みながら、ゆうきの母と姉は「お前の名前を告げようか?」と言いながら、シャランシャランと錫杖の音に合わせて練り歩く。


 まるで盆供養に使われる燈籠(とうろう)のようだ。青白く光りながら、ククルカンの周囲をくるりくるりと流れるように回っていく。


「お前の名前を告げようか?」

 何度目かの問いに、ククルカンはついに声を絞り出した。

()…」


 その瞬間、ゆうきの姉・さやかは慈悲深い顔で言った。

「お前の真名はケツァルコアトル、生贄を望まなかった神・ケツァルコアトル。お前の真名が正しければ、私に従え」


 ククルカンはふたりにうなずいた。

「私の真名はケツァルコアトル。生贄を望まない神だ…。私はお前に従おう」


 ユウキは錫杖をくるりくるりと回しながら、宣言する。

「ケツァルコアトル、真名によってお前を縛る。私が望むことがお前の望み、私のいる場所がお前の居場所。私の命が尽きるまで、私の霊力でお前を縛る。私に従うか?」


 ククルカンは従順に跪いて、丁寧に応える。

「我が主よ、あなたの望みが私の望み。あなたのいる場所が私の居場所だ。私の命の尽きるまで、あなたに従うと誓おう」


 ユウキは満足そうににっこり笑うと、くるりと舞うような動きで錫杖を大きく振り抜いた。


 ククルカンはユウキの霊力に縛られ、足元にひれ伏さんばかりになっている。ユウキの錫杖から金色の光が(あふ)れ出て、ククルカンの体を包み込んでいた。その金色の光がククルカンの頭の部分で金環に変化して、ユウキの錫杖に新しい遊環がひとつ増えたのがわかった。


 ククルカンはユウキによって調伏され、ユウキの錫杖に遊環が付け加えられたのだ。


「我が主よ! 真名によって繋がれた私のご主人様。終生あなたにお仕えします」

 ククルは躊躇なくユウキの足元に躓いて、目をキラキラさせている。


 おぉ、何だこのククルの従順さは! サイラスは自分とユウキに対するククルの態度がまったく違うことに、強いショックを受けていた。


 ククルはまるで忠犬のように、ユウキに従っているのだ。サイラスに自分のコーヒーまで淹れさせていた男とは思えない! 


「いちおう、僕とユウキは同一人物のはず…」

 ククルは神様を自称しているくせに、僕とユウキが同一人物だってわからないのか? もう少し、もう少しだけ僕にも礼儀正しくしてくれっ! 


 サイラスは少し不満を感じつつ、ククルに殺されたり霊力で操られる心配が消えたのは良かったな…と胸を撫で下ろす。


 しかし、ユウキがククルに「サイラスに小姓として仕えろ」と言うと、ククルは盛大にゴネ始めた。


「ユウキ様っ、私はあなた様のお側近くでお仕えしたいのですっ!」

「いや、気持ちはありがたいんだけど。サイラスは小姓が少ないから、とりあえずサイラスに仕えてやってくれる?」


 ククルは涙目になりながら「…うぅ、主に従います」と声を絞り出す。ククルは飼い主に捨てられた子犬のようにしょげている。


 サイラスは(僕は全然悪くないのに、何だか罪悪感を感じるなぁ…)と困った気分になった。ユウキじゃなくて、僕に仕えるのがそこまで悲しいことなのか? 泣くなよ、ククル。涙を拭くんだ! 


「ククル、僕とユウキはほぼ同一人物だから、僕にもちゃんと従ってね?」

「……わかりました」

 ちょっと間が空いたのが気になるけど、ククルも納得したみたいだから、まぁいいか。


「今後ユウキ様のことは『あるじ』、サイラス様のことは『マスター』とお呼びします」

 ククルは僕にそう言った。あ、やっぱり僕は「マスター」のままなんだね?  

まぁ、僕にコーヒーを淹れさせないならそれでいいんだけど。 


「ふたりの主人に仕えても問題はないのか?」

 ユウキがククルに質問する。


「おふたりは特別ですね。魂が同じなので…。私から見ると、完全に同一人物というわけではないのですが…」

 ククルも少し考えながら慎重に答える。


「昔、私が人々に神と呼ばれた時代がありました…」


 同じ時を刻んで生まれてくる子供たちがいました。その時代、双子は不吉とされていたのです。獣のように生まれたから、獣のような心に育つと言われたのです。


 そこで、両者を戦わせて敗者を生贄にしました。勝者には善が宿り、敗者には悪が宿ると考えられたので、悪を取り除くことにしたのでした。


「私から見ると、おふたりは一卵性の双子の兄弟のようなものです。しかし、ユウキ様の方が圧倒的にお強く、サイラス様の方が弱い! 圧倒的に弱いっ!」


 ククルの情け容赦もない言いざまに、ユウキは「おい、サイラス。こいつの言うことは気にするなよ?」と声を掛けてくれる。僕とユウキは霊力が不均衡な双子ってわけですね? 


「ククル、サイラスを守れ。私の命令だ」

 ユウキがククルカンに命じる。


「我が主よ、あなたの命に従い、か弱いマスターを守護します!」

 ククルカンはユウキにしっぽを振りながら(人間に変化しているので、しっぽはないが)嬉しそうに応える。


 う~む、ここまではっきりとユウキとの〈格の違い〉を見せつけられるとは…。最近は僕の霊力もだいぶ上がって来たと思っていたけれど、「まだまだ」レベルなんだなぁ。


「これはがんばってレベルをあげないと…。僕だって、がんばればユウキと同じレベルまで霊力が上げられるはずなんだから!」

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