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禁死篇  作者: 丸亜沙子
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33/43

033 マナ

 アシモフ公爵とは初対面ではない。イサキオスの卒業パーティーで、緊張しながら挨拶した記憶がある。しかし、サイラスとゆうきの意識が融合して『ニュー・バージョンの僕』になってからは初めて会うことになる。だから何だと言われると困るけれど…。


「久しぶりだね。オリバー、サイラス」

 アシモフ公爵はイサキオスそっくりの長身痩躯だ。ひょろりと長い手足をして、口元に上品に(ひげ)(たくわ)えている。


 一方公爵夫人の方は外からお嫁にきた女性なので、びっくりするほどアシモフらしくない。アシモフ特有の長い手足ではないし、目も切れ長ではなくぱっちりと大きく、髪も艶やかで明るい茶色だ。彼女はニコニコ微笑みながら、控えめな態度でアシモフ公爵に寄り添っている。


「お久しぶりです、アシモフ公爵、アシモフ公爵夫人。本日は夕食をご一緒できて光栄です」


 オリバーとふたりで片足を後ろに引いて挨拶する。アシモフ公爵は一見すると「イサキオスの将来図」という雰囲気で、知的な青い目を瞬かせながら、

「今日はソフィアの求婚者である、ククルカン様もご一緒させていただくよ」

と一堂に紹介するような態度を見せる。


 控えの間ではオリバーとサイラスに冷ややかな態度を取ったククルカンだが、今度はにっこりと微笑みながら「よろしくお願いいたします」と優し気に声を掛けてくる。


(…なんだ、こいつ。ソフィアさまの前だと態度豹変だな?)


 サイラスはちょっとムッとする。ククルカンが控えの間から消えると、肌のぴりぴりする感覚が消え去った。ところが、今はまた皮膚のぴりぴり感がハッキリと戻ってきている。


 つまりこの「ぴりぴりする感覚」は、ククルカンに対するものだ。サイラスは自分の霊感がククルカンに反応しているのだと思う。


(…こいつは要注意人物だな)

 サイラスは自分の錫杖を目で確認する。


 ふと隣に座るオリバーが、鞘に入った自分の剣を目で確認しているのに気がついた。オリバーもちゃんとククルカンを警戒しているのだ。


(…理由はわからないけど、ククルカンは僕たちに悪意を持っている)


「イサキオスとソフィアと一緒に、この夏はエッグハントに出かけたそうだね?」


 秋野菜を使った前菜を口に運びながら、アシモフ公爵がオリバーに話しかける。イサキオスたちが翼竜の卵を手に入れ、翼竜を無事孵化(ふか)させたことはもう知っているはずだ。オリバーは落ち着いた口調で応える。


「イサキオス様がアウソニアにお詳しくて、僕らはとても助けられました」

「イサキオス兄様のお勧めのお店で、わたくしたちお食事を楽しみましたの」


 ソフィアも同意する。ソフィアが話しただけで、ククルカンはにっこりと笑って「アウソニアの夏は素晴らしいですよね!」と会話に加わってくる。


「ほぉ? ククルカン様はアウソニアに滞在なさったことがおありですか?」

 イサキオスが少し意外そうに質問する。

「えぇ、ずいぶん長いこと住んでおりました。わたくしは温かい陽気の方が肌に合うのです」


 ククルカンの話に、リヒトは半笑いの表情を浮かべ、オプスキュリテは無表情を決め込んでいる。グレイスは興味深そうに、アウソニアの話に聞き入っている。


「ククルカン様はジパングのご出身なのでしょう? ジパングという国は温暖な気候なのですか?」


 ソフィアがさらに質問する。ククルカンはソフィアに話しかけられたのが嬉しいのか、「もちろん、温暖な気候です。我がジパングは、素晴らしく過ごしやすい国です!」と強く太鼓判を押す。


「わたくし、植物に興味があるのです。ジパングではどんな植物が自生しているのでしょう?」

 具だくさんのスープをスプーンで(すく)いながら、ソフィアが尋ねる。ククルカンは答えに窮したようだった。


「しょ、植物ですか…」

 何故かサイラスの表情を伺いながら、ククルカンは探るように答える。

「わたくしは下々のものには詳しくないのですが……薔薇などは、大変好まれておりました」


 サイラスのテーブルにメインの仔牛のフィレが運ばれてきた。ミニヨンには海がないので、魚料理はほとんど供されない。川魚はあるが小骨が多いので、つくだ煮のように崩して原型を留めない状態まで加工されている。


(……ジパングで人気の植物が、バラ? あの、薔薇…?)


 この答えで、サイラスのククルカンに対する興味はほとんど消え失せてしまった。ククルカンの言う「ジパング」がサイラスの思う日本ではないか、あるいはククルカンがジパング(ニッポン)出身だというのは真っ赤な嘘か、どちらかだろう。


 薔薇は中国原産の品種があるので、日本にも古来から存在する。しかし、ここであえて薔薇の答えを出すのはどうだろう。日本固有の植物がいくつもあるのに、薔薇の名を上げるのは不自然すぎる。


(なんだ、期待して損したな…)


 ククルカンの言うジパングは、きっと日本ではない。おそらくククルカンは日本を知らないのだ。


 サイラスは丁寧にナイフとフォークを使いながら、ゆっくりと仔牛のフィレを味わう。さすがアシモフ家のシェフだな。どの料理も洗練されていて、とてもおいしい。


「ジパングは黄金の島だというのは、どういう意味でしょう?」

 イサキオスは仔牛のフィレをきれいに切り分けながら言う。ククルカンは軽く肩を(すく)める。


「昔からそう言われているのです。我がジパングでは、金をたくさん産出するので…。先ほど、求婚誓約書を作りましたね? わたくしはソフィアさまの愛が得られると確信しておりますが、仮にそうならなくても、何も返金は求めません」


 ククルカンは皆の前で堂々と宣言した。派手な服装と同様に、自信満々の態度だ。ソフィアはそれを聞いて、目を丸くする。


「まぁ、求婚誓約書で返金を求める男性なんていらっしゃるの? わたくし、求婚誓約書というのは、そもそも返金を求めないために書くものだと思っておりましたわ」


 ソフィアの言葉にリヒトが吹き出しそうなのを(こら)えて、ククルカンを見る。心の中で爆笑しているだろう。


 ソフィアはさすが生粋のお嬢様である。「求婚の贈り物をお返しするなんて?」とキョトンとしている。


 ソフィアの言葉に、イサキオスが苦笑しながら応える。

「ソフィア、たいていの求婚者は『求婚の贈り物』を返してくれとは言わないものだが、それはドレスや化粧品などの贈り物が多いからだ。ククルカン様のように、高価な宝石や純金を送ってくださる方もいらっしゃるから、きちんと契約を結ぶに越したことはないのだよ。こちらとしても、別にカネ目当てではないのだから、お互いの誠意の問題だ」


「そうなのですね…。ククルカン様は、周囲が驚くような高価な贈り物をしていても、わたくしに贈り物を返せとはおっしゃらないのですか?」


 ソフィアが小首をかしげる。ククルカンは大きくうなずきながら言う。

「わたくしは特に金銭に困っておりません。イサキオス様やソフィアさまと同じです。わたくしは自分のソフィアさまへの愛情を知って欲しいのです」


 ソフィアとイサキオスは戸惑ったような顔をしている。イサキオスは

「…ククルカン様はアウソニアに長く住んでいらしたそうですが、ソフィアをどちらで見初めたのでしょう? もしや、アウソニアでお会いしておりますか?」

 と慎重に訊いている。


 アウソニアのクリスティ公爵家で、ククルカンを見かけた記憶がない。相手が王族ならば、ユウキやシャーロッテが必ず紹介してくるはずだ。実際、クリスティ家でたくさんの高位貴族を紹介された。ソフィアはたくさんの貴族にダンスを申し込まれて、タニタが(さば)ききれなかったくらいだ。


 ユウキもシャーロッテもイサキオスとソフィアに好意的で、大国アウソニアの高位貴族を積極的に紹介してくれた。イサキオスもソフィアも全員の名前と顔を記憶した。ふたりとも、記憶することが苦にならないタチなのだ。


(ククルカンを見た記憶がない…。ソフィア自身も会っていないと言っている。しかし、ククルカンは高価な宝石や金塊を持って自ら求婚に来ている。おかしい…。どこでこの男に出会ったのだろう?)


「…ええ、アウソニアでお会いしたのですよ」

 ククルカンはひっそりと笑う。イサキオスとソフィアは思わず顔を見合わせた。


 テーブルにはぶどうのジュレとアイスクリームが配られ始める。これはサイラスの好きなメニューである。


「叔父上の…クリスティ公爵家でお会いしていますか?」

 思わずサイラスが質問すると、ククルカンは「いいえ」と冷ややかに答えてくる。クリスティ公爵家でないならば、どこで会っているのだろう? 


「おいしいデザートですね。僕はぶどうのジュレとアイスクリームが大好きなんです」

 サイラスが同じくぶどう好きのリヒトをチラッと見ながら言う。リヒトは同意するように、軽くうなずく。


「秋らしいメニューですね」

 グレイスも好みに合ったらしい。瞳がキラキラしている。


 みんながデザートを食べ終わったタイミングで、ソフィアが声を掛ける。


「せっかくお集まりいただいたので、この後わたくしが音楽を披露させていただきますね。皆さまはお茶とお菓子を召し上がりながら、笛をお聴きくださいな」


 ソフィアはそう断ると、小姓たちと一緒に席を外した。おそらく、演奏のために身支度をしていたのだろう。軽く髪を整え、化粧を直してから銀色の笛を手に戻ってくる。


 季節が巡っているので、今日はあの夏の日のサマードレスではなかった。ソフィアは落ち着いた秋色のドレスに身を包んでいる。


 ソフィアは椅子に掛けずに立ったまま、ゆったりと笛を吹き始めた。それはアウソニアの船で奏でた懐かしい曲だった。サイラスとオリバーは夏休みのエッグハントを思い出しながら、ソフィアの笛の音を楽しむ。


 リヒトとオプスキュリテも感心したように聴き入っていた。特にリヒトは自身も笛を吹くので、ソフィアの腕前の凄さがわかるらしく、感服した様子で見入っている。


「…素晴らしい…」

 ククルカンは金色の目を輝かせながら、恍惚とした表情を浮かべていた。

「まさか、ここでまたこの曲を聴けるとは…」


 ククルカンの目が異様にギラギラして、笛を奏でるソフィアに魂まで吸い込まれそうになっている。


 ソフィアは笛を吹きながら、注意深くククルカンを見つめていた。何度も首を傾げながら、ククルカンを見やっては笛を吹き続ける。やがて曲が終わると、ソフィアはククルカンにこう言った。


「……ククルカン様、わたくし、どこであなたにお会いしたか(ようや)く思い出しましたわ」

「どこで…?」

 反射的に訊き返したククルカンに、ソフィアがきっぱりと応える。


「…あのイサキオスの船で。ククルカン、あなたはあの時の翼竜ですね? あなたの金色の目に見覚えがあります」


 ソフィアの言葉に、ククルカンは喜びとも悲鳴ともつかない高い声を上げた。アウソニアの海上で聞いた、オス翼竜の「アーー、ウーー」という叫び声に少しだけ似ていたかもしれない。


「素晴らしい、ソフィアさま! あなたは本当に素晴らしい!」

 ククルカンの声は感動に打ち震えている。


 イサキオスはその瞬間に立ち上がって叫んだ。

「おい、お前は妻子持ちだろう? 私は兄として許さんぞ! どういうつもりだ!」

「イサキオス様、わたくしはあの暴力女とは正式に別れました。今はわたくしは独り身です!」

 イサキオスに少しでも好意を持って欲しいのか、ククルカンは懇願口調だ。


 サイラスとオリバーはソフィアを庇うように割って入った。オリバーはすでに鞘から剣を抜いている。

「何がジパングの王族だ! この(かた)り者が!」


 サイラスはくるりくるりと錫杖を回しながら、周囲の人間に身体シールドを張り始める。今日は補助してくれるメイジ―がいないのに、守らなければいけない人数はやたらと多い。完全にこちらが不利だ。泣きたいっ! 


「ソフィアさま、あなたと一緒になるために、あの暴力女と別れたのです!」

「はぁ? どう見ても相手から捨てられていただろ? メスの翼竜は、本気でお前に襲いかかっていたじゃないか! お前が彼女に捨てられたんだ!」


 サイラスは思わず言い返す。卵を見捨てる親なんか、捨てられて当然だろ! ふざけるな! いい加減にしろよっ! 


「うるさい! ソフィアさまは私のものだ! 邪魔するなっ!」

「子供を守らないクズ親のくせに、ソフィアさまに近づくな! このストーカー!」


「おのれ、卵を盗んでおきながらその言いぐさ…」

 ククルカンはサイラスとオリバーに対する憎悪を隠そうともしなくなった。


 ククルカンとサイラスはまるで子供の喧嘩のように言い合いをしながらも、お互いにぴりぴりと霊力を高めていく。ふざけた言い合いのように見えるが、これでも霊力のぶつかり合いの前哨戦だ。


 僕とククルカン、霊力の強い方が勝つ。だけど、僕はこの場にいる他の人たちも守らないといけないんだ…。


(…イヤ、本当にそうなのか?)

 サイラスはリヒトとオプスキュリテをチラッと見やる。リヒトとオプスキュリテが霊力を持っているのは間違いない。


 リヒトと目が合った瞬間、ヤツの口角が少しだけ上がった。


 わかった! 僕は自分とオリバーだけ守ればいいんだ。それ以外の人間は、リヒトとオプスキュリテが守ってくれる…はず。


 カッカラの霊力を最大限まで高める。くるりくるりと回しながら、両手に握っている錫杖の、遊環(ゆかん)のあたりが青白く発光してくるのがわかった。


「ひぃふぅみぃ、よぅいつむぅ、ななやここの、とぅ!」


 サイラスはククルカンに向けて、錫杖を思いきり振り抜いた。ところが、ククルカンは少しよろめいただけで、大したダメージを受けずにそのまま立っている。


(ダメか、僕よりもククルカンの霊力の方が強いのか?) 


「サイラス、時間を稼ぐから、霊力を溜めてもう一度打ち込むんだ! 何度でも!」


 オリバーがそう言って、ポーンと高く跳ねてククルカンに切りつけて行った。さすがオリバーの剣技はとても綺麗だ。霊力のない人間のジャンプだとは思えない。


「…ほぉ(人間にしては、がんばっている)」

 リヒトも感心した声を出している。ククルカンが霊力で跳ね返しても、クルリと空中で体勢を整えて、オリバーは難なく着地する。まるで体操の選手みたいだ。


「ふん、人間でも優れた者はいるな…。そういう優れた人間は神々に愛されて、古来より神の子を産んだりしてきたのだ。ソフィアさまにも、私の子を産んでもらおうっ!」


 うわぁ、王族の次は神を自称するつもりか…? サイラスは霊力を溜めながら、うんざりした気分でククルカンの話を聞いていた。


(ククルカンは神でも何でもないだろう?)


 あっ、ククルカンはアステカの神か? でも、ククルカンって女神だったよな? そうだ、ククルカンは女神で、ケツァルコアトルが男神だろう? サイラスはゲームやアニメの知識を総動員して考えてみる。 


 ぴりぴりと錫杖に霊力が溜まっていく。


(…ケツァルコアトルは、翼竜の名前だ)


「ククルカン、お前はケツァルコアトルって名…」


 サイラスがそう話しかけた途端に、ククルカンの体に黄金の大蛇が(から)みついた。黄金の蛇は頭が八つもある。ガッチリと金色の蛇に絡めとられて、ククルカンは身動きが取れなくなっている。


 やがて金色の蛇は大きな金環に変化して、ククルカンの頭の部分に(はま)った。同時に、サイラスの錫杖にシャランとひとつ新しい遊環が嵌る。


「あれ…新しい遊環が増えた?」

「お…」


 サイラスとククルカンが思わず見つめ合う。

「コレって……」


 リヒトが爆笑しながら、「霊力を持つ者に真名(まな)を呼ばれると、相手に支配されることになるのだ」と言う。


 つまり、ククルカンは僕に支配されたってこと? ふ~ん。


「君のことはククル、って呼ぶことにするよ。僕の小姓にしてあげるから、がんばって働いて!」 

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