030 ジパングから来た男
けばけばしい冠を頭に載せて、その不思議な男はアシモフにやってきた。立派な二頭立ての四輪馬車から降り立ったので、カネに困っている風ではない。
「私はククルカンという。ここよりはるか東国の王族だ。…ソフィア嬢に求婚したい」
男は長身で、明るい緑色の髪を綺麗に高く束ねている。瞳の色は不思議な金色をしていて、顔は美しく整っているものの、どこか異国情緒のある顔立ちだ。
(…綺麗な顔立ちだが、たしかにミニヨンの者ではないな)
服装も髪型も、ミニヨンの流行とは違ったものを身につけている。しかし、さすがに王族というのは眉唾物ではないか。王族がひとりで伴もつけずに求婚に来るものか?
ククルカンと名乗った男は自分が値踏みされているのがわかっているようで、門番に対しても愛想良く微笑んで見せた。
門番はチラチラと男の風体を見やると、(中に通すべきか、それとも追い払うべきか…?)を思案する。服装はごく上等に見えるし、髪も爪も清潔に保たれている。身分が本物かどうかはわからないが、そこまでは門番である自分の負う責任ではあるまい…。
近頃、ソフィア姫さまへの求婚が非常に増えている。連日求婚の申し込みと贈り物が届くのだが、実はソフィアさまにはすでに婚約者がいるのだ。それにも関わらず、みなが熱心に求婚してくる。
(…まぁ、及第点か?)
門番はククルカンを通してやろうと思いながら、声を掛ける。
「ふむ…ソフィアさまに求婚を?」
「あぁ、ソフィアさまほどの姫君は他にはいないからな! そう思わないか?」
ククルカンは、門番にサッと銀貨を一枚握らせる。(銀貨一枚は日本円で約一万円である!)
「どうぞ、お通りください!」
ダメ押しの銀貨を握らされた門番は、サッとククルカンを通した。(門番に銀貨を握らせるほどの金持ちならば、通しても問題ないだろう…)と、考えたかどうかは知らないが。
ククルカンは銀貨を方々でばら撒きながら、着々とアシモフ家の奥へと進んで行った。
「……ソフィアに求婚?」
イサキオスは首を傾げながら、ククルカンと向き合った。今月に入ってから、ソフィアに求婚してくる貴族はこれで何人目だったか? もうソフィアへの求婚に驚くこともなくなり、感覚が麻痺してきた。
オリバーたちとアウソニアで夏季休暇を過ごしてからというもの、ソフィアには毎日のように求婚話が持ち込まれている。サイラスからの情報によると、アウソニアでは「ミニヨンの美姫」として新聞でソフィアの特集記事まで掲載されているそうだ。
ミニヨンは片田舎の小国なので、新聞は週に二~三回しか発行されない。その分、何か大きな事件が起きると号外が出される。しかし、大国アウソニアでは新聞は毎日発行される。部数も多く、社交欄なども充実している。
「ただの号外ではなくて、ソフィアさまの特集記事が組まれているそうです! すごい人気ですね! ユウキ叔父とシャーロッテさまも興奮していました」
サイラスは手放しで喜んでくれていたが、ソフィアの人気は過熱しすぎていないか? 情報を上手くコントロールして、こちらの望む結果に着地しなければ意味がない。
(まさか、このようなことになるとはなぁ…)
ソファに座ったイサキオスは、溜息交じりに目の前のククルカンをじっと見つめる。…何やらずいぶん派手な身なりだが、この男もアウソニアの者なのか?
ククルカンという男は、床に擦りそうなほど丈の長いコートを羽織り、さらに派手な赤い色の帯を高い位置で結んでいる。彼が身に着けているものは、どれもミニヨンでは見かけないものだ。
「もしや、あなた様もアウソニアのご貴族でしょうか?」
イサキオスの言葉に、ククルカンは微笑みながら答える。
「いいえ。…私はジパングという東の国から参りました」
「……じぱんぐ?」
イサキオスは驚いた。じぱんぐとは何だ? そんな奇妙な国の名前は、今まで聞いたこともない。……この男はどこから来たのだ?
そもそも、この男は「どこでソフィアを見初めた」のだ? 求婚するほどソフィアのことが好きならば、どこかでアシモフと接点がなければおかしいではないか!
「じぱんぐ…ですか」
イサキオスは改めて、ククルカンを頭の先からつま先まで眺めまわした。
「ジパング……ですか?」
リヒトとオプスキュリテはふたりで目を交わし合う。ジパングというのは、ニッポンの古い呼び方だろう?
「君たちは知っているかね? ジパングという東の国を…?」
イサキオスは青い顔をして、困り切ったようにうめき声を出す。
「ジパングから来たという王族が、妹のソフィアに求婚してきたのだ」
しかし、アシモフ家の者たちは誰もジパングなどという国は知らない。男は自分を王族だと名乗っているが、そもそもまったく知らない国の王族など、誰が信用できるというのだ?
「ほぅ、求婚ですか。それは…」
リヒトは丁寧にコーヒーを淹れて、イサキオスの前に置く。イサキオスは紅茶ならばたっぷりのジャム入り、コーヒーはブラックが好みだ。
「相手が本物の王族ならば、めでたいことかもしれないが。しかし、どうにもその男が胡散臭いのだ…」
イサキオスはテーブルに大きな宝石箱をポンと置いた。そしてもうひとつ、大きな皮袋も置く。
「その男が求婚の印にと、これを渡してきたのだ」
リヒトが「拝見します」と断ってから、宝石箱を開ける。大きな青い宝石が入っていた。鶏の卵ほどのサイズがある。もし本物ならば、恐ろしい価値があるだろう。
「こ、これは…サファイアでしょうか?」
リヒトとオプスキュリテが驚いていると、イサキオスは「皮袋の方も見てくれ」と催促してくる。
大きな革袋を開くと、中身は金の塊だった。ずっしりと重い。
「これは……純金ですか?」
「ジパングは黄金の島なのだと、あいつは言うのだ」
イサキオスはコーヒーをひとくち飲むと、「おぉ、素晴らしい香りだな! 君の淹れるコーヒーは、実に薫り高い!」とリヒトに向かって笑いかけてから、話が本筋からズレたことに気がついて続ける。
「あの男は、この青い宝石に金塊を使って、細工をして欲しいと言っている。ソフィアにネックレスを贈りたいんだそうだ。ソフィアの瞳の色に合わせた宝石を贈りたいと言ってな」
イサキオスは身振り手振りを交えながら、ククルカンの話を伝える。
「あ、あのイサキオス様…」
おずおずとグレイスが割って入る。彼女は申し訳なさそうな口調で確認する。
「わたくし、貴族の皆さまのご都合に詳しいわけではございませんが……その、ソフィアさまのご婚約者様は、たしか…」
イサキオスはうなずきながら、「あぁ、ソフィアの婚約者は王室のお世継ぎ様だ。私とソフィアの従兄でね」と応える。
「あの、よろしいのですか?」
「なにがだね?」
「婚約者様は、その……」
殿下は 婚約者として、他の男性がソフィアに求婚することを快く思ってはいないだろう。グレイスはそれを心配している。
「あぁ、確かにソフィアの婚約者はデンカだが、今までこれといって何もなかったからな! ソフィアはヤツからダンスに誘われたこともないんだ! だから、特に気にもしていないだろう。不都合があれば、さすがに何か言ってくるんじゃないか?」
イサキオスはまったく気にしていない様子だ。むしろ、ソフィアが王子殿下に迷惑を掛けられている、という表情をしていた。
正直に言おう。アシモフ公爵家のイサキオスは、相当な変わり者だ。しかし、いくらなんでも高位貴族なのだから、貴族社会における婚約の意味ぐらいは理解しているはずだ。多分……。
グレイスは(イサキオス様にこれ以上アレコレ申し上げる勇気はありません…)と思いながら、仕事に邁進することにする。
「それでは、とりあえず宝石と金塊を鑑定してから、お引き受けするかどうかをお決めしましょう。なにせ、ジパング…とかいう見知らぬ国から来た男性なのでしょう?」
グレイスはそういうと、さっそく鑑定士を呼んだ。宝石や金塊を加工のために持ち込むお客様はそれほど珍しくないので、鑑定をできる人間を雇い入れている。
しかし、リヒトもオプスキュリテも鑑定前から「本物だ」ということはわかっていた。気になるのは、ククルカンと名乗る男は何者なのか、ということだけだ。
「まさか、こんな大きなサファイアが本物だなんて! 驚きましたわ!」
グレイスは興奮している。今までにアルテミスに持ち込まれた宝石の中でも、段違いに高価なものだろう。鑑定士の話によると、色も輝きも透明度も最高級のサファイアで、インクルージョンも問題ないという。
「しかしなぁ、こんな大きさのサファイアでは肩や首が凝るだろう? ネックレス以外のものに加工した方が良くないかね? ああ見えても、ソフィアはか弱い女性なのだ」
イサキオスはとても現実的な発言をしている。
「肝心のソフィアさまは、何とおっしゃっているのですか?」
リヒトが質問する。まさかネックレスは希望していないだろうが、希望の装飾品があるのではないか?
「ソフィアはご神木の研究の方が大切らしくて、ククルカンのサファイアにはまったく興味がないな! 全部売って研究費にしろと言っていたが、さすがにそれはマズイだろう」
イサキオスは中年の小姓に目で合図をする。頷いた小姓が巻物状になった茶色い厚紙をテーブル上に広げる。
「サイラスが、このようなものを作ったらどうかと提案してきたのだ」
「…オルゴールを内蔵したオートマタというものだそうです」
小姓のタニタが言い添える。ディスクオルゴールならば、アルテミスでも過去に注文を受けて職人に作らせたことがある。
「サイラスが言うには、ソフィアが笛で演奏するオリジナル曲を、オルゴールで再生できるようにしたらどうかと…。職人に相談できるだろうか?」
グレイスが設計図を覗き込むと、ソフィアをモデルにした人形が笛を吹くイラストが描かれていて、サイズや材質が細かく書き込まれている。人形が座った椅子の背にアシモフの紋章が刻まれ、青いサファイアが埋め込まれ、金の装飾が細かく入るらしい。
ソフィアをモデルにした人形は白いサマードレスを着ている。どうやらイラストを描いたのはサイラスのようだ。
「これは、アルテミスで作った白いサマードレスですね!」
「あぁ、エッグハントに行く前に作ってもらったものだ」
「あのサマードレスでしたら、デザイン画が保管されております」
オプスキュリテが応える。
「ところで、ソフィアさまに求婚したククルカンという男性は…ミニヨンの者ではないのですよね? ホテルかどこかに滞在しているのでしょうか?」
リヒトが疑問を呈する。
「君はククルカンに興味があるのかい?」
クルッとリヒトの方を向いて、イサキオスが話しかける。
「実は、サイラスとオリバーがククルカンに会ってみたいというので、今日の夕食会に皆を招いているのだ。サイラスが『ジパング』という国にひどく興味を持ってね。…良かったら君たちも来ないか?」
まるで友達を夕食に招くような気楽さでイサキオスが言う。
グレイスはおたおたする。高位貴族に招かれたら、平民側に断る選択肢はほぼない。しかも、アシモフ家はアルテミスのお得意様だ。
さらに、リヒトとオプスキュリテの瞳が爛々と輝いている。ふたりともククルカンに会ってみたいのだろう。
「今日の夕食はオリバーの好きな仔牛のフィレステーキと、サイラスの好きなぶどうのジュレとアイスクリームをデザートにリクエストしている。今から君たちの好きな食材を揃えるのは無理だろうが、苦手な食材を教えてくれたら、他のものに差し替えるよう伝えよう」
イサキオスは寛大に微笑んだ。




