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禁死篇  作者: 丸亜沙子
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029 髪を切る理由

 最近オプスキュリテは町外れのアトス寺院に、ミッチという少女を訪ねて行くらしい。オプスキュリテが寺院にのこのこ出かけるなどと、不思議なこともあるものだ。


 リヒトは首を(ひね)る。…オプスキュリテめ、何をこそこそしている?


「おい、オプスキュリテ。お前は近頃ずいぶん信心深くなったのか?」

「……私が?」

 オプスキュリテはきょとんとした表情になる。ゆるく三つ編みにした銀髪を、軽く()する。


「お前が休みごとに、寺院に詣でていると聞いてな」

「ああ…」

 オプスキュリテは小さく頷く。《なんだ、そんなことか》という顔をしている。


「信心のためではない」

「それなら、何をしにアトス寺院になど出かけるのだ?」

 リヒトはズバリと質問する。オプスキュリテはリヒトをチラッと見ると、すぐに目をそらした。


「娼婦街で働いていた、ミッチという子供がいただろう?」

「あぁ」

「私がミッチをアトス寺院に返したのだ」

 オプスキュリテは自分の言葉に何度か頷いている。


「お前が? ……まさか身請けしたのか?」


 身請けというのは、カネを積んで娼婦の身柄を買い戻すことをいう。たいていの娼婦は、多額の借金を背負って働いている。その借金を清算するのが「身請け」だ。


「…私が人間のカネなど持っているはずがないだろう?」

 オプスキュリテは横目でリヒトを睨む。カネがないことを、ここまで堂々と宣言されても困るが…。


「だよな?」

 リヒトは納得する。


「ミッチは騙されて、無理やり働かされていたんだ。だから、私が少しばかりミッチのために魔力を使ってもまったく問題ない。私がミッチを孤児院に戻しても、誰も文句はないはずだ」

 オプスキュリテはすまし顔で断じる。ミッチを騙した人間を、決して許していない顔つきだ。


「あの娼婦館のやつらの記憶を消してあるから、ミッチの身は安全だ」

 オプスキュリテの言葉に、リヒトは疑問を感じて訊く。

「しかし、本人の記憶はどうなっている? ミッチの記憶も消したのか?」


「…いや、ミッチの記憶は消していない」

 オプスキュリテは首を横に振る。


 ズーク男爵家のビスナーという男が、アルテミス商会のグレイスに求婚してきた。オプスキュリテたちはそれを防ごうと、証拠集めに奔走したのだ。そんな時に、ビスナーがアルテミスに乗り込んでくる事件が起こった。


「グレイスに求婚の贈り物だ」と意気揚々とビスナーが持参したのは、『娼婦の口紅』と呼ばれる赤い口紅だった。赤い口紅を一般女性に贈るなど、相手に対する侮辱になる。ましてや求婚相手に贈るなど、ありえない愚行だ。あの時、ビスナーは「俺は赤い口紅なんて用意してない!」と騒いでいたな。


 ビスナーが用意した贈り物の口紅と、『娼婦の口紅』をすり替えたのはミッチなのだ。オプスキュリテはアレを見た時、すぐにミッチの仕業だと気がついた。


 ミッチなりにグレイスを助けようとして、口紅をすり替えたのだろう。赤い口紅なんかを求婚者に持って行ったら、どうなるかはわかり切っている。破談になるに決まっているのだ。

 

「…ミッチはいい子なんだ」

 オプスキュリテは頷く。

「それで、お前は時々あの子の様子を見に、アトス寺院に顔を出しているのか。…ずいぶん面倒見がいいことだな!」

 リヒトの言葉に、オプスキュリテはコクリと頷いた。


「ミッチは十二にしてはガリガリで痩せている。孤児院育ちだから、栄養状態が良くないのではないか? アトス寺院はカネがないと、いつもサイラスが嘆いているだろう?」


 オプスキュリテが気づかわしげに言う。こいつは本当に繊細だ。ユニコーンは面倒くさい。

「だから、休みにミッチのところに行ってふたりでお茶をするのだ」


 ユニコーンと少女のお茶会か。まるでメルヘンだな…。オプスキュリテとミッチが菓子をつまみながらガーデンパーティーする絵面(えづら)を想像して、リヒトは小さく溜息をつく。


「あのアトス寺院にはサイラスがいただろう?」

「あぁ、そうだったな。一度も見かけないが…」

「ミッチのことを頼んでおいたらどうだ? サイラスなら力になってくれるだろう」


「…ミッチが娼婦街で働いていたことを話すのか?」

 オプスキュリテは《絶対に反対だ、そんなことはしたくない》という目つきをしている。そんなに睨まなくてもいいだろう? 


「そこまで話さなくてもいいだろう? 知り合いだから、気に掛けてやってくれと言えばいいんじゃないか?」

「……リヒトはずいぶんサイラスを信用しているな。私はまだそこまでサイラスを信用していない」


 オプスキュリテが用心深い目つきをしている。こういう目つきをしている時には、リヒトの意見など絶対に聞き入れない。



 次の休みの日に、オプスキュリテはサンドイッチとスコーンの詰まったバスケットを持って出かけた。アルテミスを出る時には徒歩だが、どうせ途中で「飛ぶ」ので、辻馬車は拾わなかった。


 オプスキュリテやリヒトは身体能力が異様に高い。体の作りが、人間とは根本的に違うのだと思う。町外れのアトス寺院まで、辻馬車を遣わずに「ほんの一瞬」で移動できる。


 ミッチと落ち合うのはたいてい中庭だ。花を眺めながら、ふたりでゆっくりお茶をする。隣国から珍しい紅茶が入ってきたので、今日はその茶葉を試そうと思っている。乾燥させたレモンとオレンジの皮が茶葉にブレンドされていて、何とも良い香りがするのだ。


 ミニヨンではまだこのような紅茶は発売していない。ミッチが喜んでくれるといいのだが…。


「オプスキュリテ…」

 ミッチが軽く手を振りながらやってくる。今日も真っ白いエプロンをしている。パリッと糊がきいていて、清潔な雰囲気だ。孤児院の子供たちは庭を掃いたり寺院を清めたり、掃除が大切な仕事なのだとミッチは話していた。


「水仕事もあるから、寒い時期は本当にイヤになっちゃうんだけど。でも、今は秋だからいい季節だね!」

 中庭に咲く黄色い花を眺めながら、ミッチは明るくそう言った。新しい茶葉は予想していたとおり、爽やかで気持ちの良い香りをさせている。


「幸せな気分になるお茶だね!」

 ミッチはそんな風に表現した。オプスキュリテはミッチと向かい合ってお茶をしながら、おやっ? と思った。


 ミッチの美しい赤毛が短く切り揃えられている。もちろん、短い髪も美しいが、長い髪を綺麗に結っていたのにどうしたのだろう? オプスキュリテは怪訝(けげん)に思って「髪を切ったのか?」と訊いてみる。


 ミッチは笑いながら「うん、そうだね」と応える。この話題はこれで終わり、ふたりはゆったりとお茶会を過ごした。いつものふたりのお茶会と変わらない。ミッチは幸せそうだったし、何もおかしなことはないはずだ……。


 何もおかしなことは…。


 オプスキュリテはアルテミスのリビングでソファに沈み込んで考えていた。何かがおかしい気がする…。でも、私にはそれが何だかわからない…。


 オプスキュリテは頬杖をついて考える。……まったくわからん。


「おい、今度は何を考え込んでいるんだ?」

 揶揄(からか)うような口調で、リヒトが話しかけてきた。ガラスの器に盛ったぶどうを片手にしている。リヒトの好物だ。


「ミッチが髪を切ったのだ」

「……あぁ、それで?」

 リヒトはムシャムシャとぶどうを食べ始める。〈髪の毛くらい、誰でも切るだろう?〉と思っていそうだ。


「イヤ、それだけだが……」

 少しためらってから、オプスキュリテはリヒトの方に向き直る。私にはわからない。少しくらい笑われても、リヒトに訊いて教えてもらった方が近道だ。


「…それだけだが、なんだかおかしい気がするのだ」

 人間のことは私よりリヒトの方が詳しい。リヒト、教えてくれ。


「……なぁ、どう思う?」

 リヒトはクルリと振り返って、後ろに控えている大きな瞳のメイドに尋ねた。彼女はリヒトから「ネコ目」とニックネームで呼ばれている。


「孤児院の女の子が、髪を切ったというお話ですか?」

 猫のような大きな目のメイドは、大真面目に応える。リヒトが頷きながら、

「オプスキュリテの茶飲み友達だから、ちゃんと考えてやってくれ!」

 と言う。彼女は少し考えてから、そっと小声で答える。


「孤児院では、髪の毛を売るのですよ。オプスキュリテ様」

「……髪を売る?」

「はい。多分その女の子も、髪を売ったのだと思います。孤児院は、いつも予算がギリギリです。子供たちは食費を捻出するために、ある程度髪が伸びると自分たちの髪を売るのです」


 思いがけない答えに、オプスキュリテは驚く。

「……それは、ミッチは本当は髪の毛を切りたくなかったということか?」


「ミッチという少女が、どう思っていたかはわかりません。でも、孤児院で生きていくためには、外の世界といろいろ違うことがあるようです。仕方のないことでしょう」

 ネコ目はビー玉のように大きな目を糸のように細めた。


「とても美しい髪だったのに。リヒトよりも少し明るい赤毛で…」

 オプスキュリテは思わず文句をいってしまう。


「オプスキュリテ、髪はまた伸びるぞ!」

 取りなすようにリヒトが言うが、オプスキュリテは

「伸びたら、また切られてしまうのではないか?」

 ムスッと不機嫌な顔をしている。


「……短い髪の毛でも、上手くまとめてリボンで隠せば、結っているように見えるかと思います。リボンをプレゼントしてみたらいかがでしょう?」

「…ふむ」

 オプスキュリテはとりあえず相槌(あいづち)を打つ。


「ミッチは赤毛だろう? 似合う色を考えてみろ! 瞳の色も考慮しろよ?」

 リヒトの言葉に、オプスキュリテはブツブツ言い始める。

「赤毛と言っても、ミッチの髪の色はリヒトの赤毛とは色が違う。もっと明るいし、光の加減で金色に見えるのだ。瞳の色も、青く見えたり水色に見えたりと複雑だ…」


「……そ、そうか」

 やはりユニコーンは理解できない。オプスキュリテのこだわりが理解できないリヒトは苦笑している。


「オプスキュリテ様は、ずいぶんと孤児院の少女がお気に入りのようですね?」

 ネコ目がクスクス笑いながら、リヒトに目配せしている。その瞳孔が妙に大きく見開かれている。……彼女はどう見ても人間ではあるまい。リヒトと仲が良いことから考えて、おそらくキャット・シーではないか。


 ふたりともネコ科同士だから、相通ずるものがあるのだろう…。オプスキュリテはミッチにプレゼントするリボンを頭の中であれこれ検討しながら、新しく入れ替えて貰った紅茶を(すす)った。


「…そういえば」


 サイラスがアウソニアの土産に、孤児院の子供たちに貝殻を配ったらしい。ミッチも白い貝殻を貰って、「ペンダントにしたいなぁ~」と言っていた。小さな貝殻を、まるで宝物のように大切にしている。


 何とか綺麗に加工してやりたい。白い貝殻に、ミッチの瞳の色に合わせて、青と水色のビーズを使ってネックレスにしようか。それとも、赤毛に合わせて赤とオレンジ色のビーズでもいい。


 スケッチブックに、デザイン画をいろいろと描いてみる。何種類も描いてみて、我ながら可愛いデザインができたと思う。…さっそく職人に発注しよう。


《…ちょっと待て。その前に、リヒトにも意見を聞いてみるか?》

 しかし、またリヒトに何やら笑われそうな気もする…。どうするか? 迷っていると、目ざといリヒトが「どうした?」と声を掛けてくる。


「サイラスが夏休みの土産を孤児院で配ったそうだ。海で拾った貝殻だ」

「へぇ、ミニヨンには海がないから、子供たちはうれしいだろう」


「…それで、ミッチはペンダントを作りたがっている」

 オプスキュリテは自分のデザインスケッチを見せる。

「ほぉ、青と水色のビーズか。…いいんじゃないか?」


 リヒトに褒められて、オプスキュリテは少しほっとする。

「そうか。このデザインで大丈夫か…」

「これならミッチに似合うだろう。可愛いものができそうだな!」


 リヒトがそういうのだから、間違いないだろう。きっとミッチに似合う可愛いものができる。あとはミッチに似合うリボンを選んでやろう。

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