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禁死篇  作者: 丸亜沙子
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003 僕の叔父さん

 明日はいよいよ叔父上がやってくる日だ。


 サイラスが叔父上と別れたのは七~八歳くらい…それくらいの年齢になれば、叔父上の顔くらい覚えているハズだ。


(だけど、僕はまったく覚えていなかった。あんな顔……。ゆうきにそっくりの…)


 考えてみれば、叔父上の顔を覚えていないサイラスの記憶って不自然じゃないか? ちゃんと記憶がダウンロードできていない部分があるんじゃ…?


 サイラスは週末はできるだけ実家ドイルで過ごすようにしている。でも正直なところ、アトス寺院や寮で過ごす時間の方が圧倒的に気楽だ。

 サイラスを知っている者が少ないので、あまり気負わずにすむから…。


(今の僕はなんだか、サイラスになりすましてる偽者みたいな気分になるんだよ……)


 サイラスがしょぼくれた気分でソファで考えこんでいると、気のいいノラがお茶を入れて、そっとテーブルに置いてくれた。


 ありがとうね、ノラ。


 ★


 そして、翌日…。


 シオドアは朝からそわそわしていたし、お料理係兼下働きのノラは雑巾を片手にがんばって部屋を磨きあげていた。


 部屋の狭さや古さはどうしようもないが、がんばってきれいにするぞという心意気がひしひしと感じられる。


「坊ちゃまはクリスティ家で立派なお屋敷に住んでいらっしゃるでしょうから、ドイルのおうちもピカピカに磨きあげないと!」


 ……クリスティ公爵のお屋敷に対抗しようと、叔父上の訪問直前までがんばるノラは健気(けなげ)だと思う。それが無謀な努力でも…。


「坊ちゃまたち、お待ちかねの叔父さまがご到着ですよ‼」

 そろそろ昼食になるかという時分どき、ノラが大声で呼ばわった。いつの間にか、ノラはパリッとした新しいエプロンに着替えている。


 食事時によその家を訪問するのは良くないことだと、日本では習ったけど…。きっとここでは文化が違うのだろう。


 馬の(いなな)きがするので、馬車が門に着いたのはわかっていた。

「サイラス、叔父上の荷運びを手伝おう!」

「はい!」


 オリバーとサイラスはふたりでエントランスに移動する。叔父上の連れてきた小姓たちがすでに馬車から降りて荷物を運んでいた。

 叔父上の小姓は思ったよりもかなり多かった。どうやら荷運びの人手は充分に足りているようだ。


 遠方からの長旅なので、二頭立ての大型馬車を二台も仕立てている。豪華にも両方とも四輪馬車だ。ちなみにサイラスたちが先日成人式で使ったのは、馬一頭が引く二輪馬車である。

 

「叔父上!」

 馬車から降りてきた大柄な男性に、オリバーが声を掛ける。

「オリバー、サイラス、久しぶりだな!」


 短髪に切り揃えた黒髪に黒い目、そして長身の体躯(たいく)。少し日焼けした浅黒い肌。


 そして、どことなく見覚えのある顔。どことなく見覚えのある……。どことなく? イヤ、はっきり覚えている顔だ!


(やっぱり僕だ! 前世のゆうきだ!)


「やぁ、サイラス。大きくなったな!」


 サイラスは思わず「ひっ!」と声をあげてしまった。その男はサイラスを見てニヤッと笑う。こちらは言葉を探してアワアワする。


「ユウキ、遅かったな!」

「兄上、お久しゅうございます!」

 奥から出てきたシオドアが叔父上に声を掛けている。


(嘘だろ、名前もユウキか? まるっきり僕じゃないかよ!)


 まるで前世の僕が、少しだけ年を重ねたような外見だ。ユウキはせいぜい二十台後半から三十代前半くらいだろう。


(なんだか薄気味悪いな…)


「ユウキ、お前の部屋はそのままにしてある。滞在中は自由に使ってくれ」

「兄上、お心遣いありがとうございます。サイラス、申し訳ないが私の荷物をひとつ部屋まで運んでくれないか?」

「…はい」


 サイラスはユウキに手渡された細長い包みを抱えて、彼の後ろに付き従う。

オリバーがユウキたちに「叔父上、荷物を部屋に置いたら、みんなで昼食を頂きましょう!」と声を掛ける。


 ユウキは了解するように軽く手を上げた。


 少し照明の暗い廊下をふたりでセカセカ歩きながら、ユウキが言う。


「サイラス…」

「は、はい」

「お前はこっちに来てどれくらいだ?」

「……こっちに来て?」


 どういう意味?


「だから。……日本で死んでから、どれくらいだ?」

 ユウキはサイラスを振り返って、小声で訊く。


(……日本で死んでから……? それを知っているということは…)


 サイラスはごくっと唾を飲み込む。ユウキはサイラスと一緒に自室に入ると、サッと内鍵を掛けた。秘密厳守。


「ユウキ、もしかして君は…」

「サイラス。手短に説明すると、私はお前だ。…言っている意味はわかるだろう? どうやら、私たちの魂はふたつに分裂したらしい。……お前はこっちの世界にいつ来た?」


 ユウキはサイラスの肩を軽く掴んだ。


「ひと月くらい前に」

「……覚えているか? 向こうで私たちが死んだのは、クリスマス前だった。事故に遭った時、『救急車が来る、がんばれ』って声を掛けて励ましてくれる人たちがいて、どこからかクリスマスソングが流れていた……。あれは成人式の前だ。季節は冬だ」

「もちろん、覚えてる!」


 僕はユウキにきっぱり答える。僕にとっては、ほんのひと月前のことだ。忘れるはずがない! ユウキは軽く頷く。


「冬に死んだのに、こちらで目覚めた時には春だった。そうだな?」


 言われてみれば、その通りだ。僕は冬に死んで、春に目覚めた。気にもしていなかったけど、それって重要なことなのか?


「私が目覚めたのは、三十年前の冬だ。ユウキの記憶を持ったまま、赤ん坊に生まれ変わった」


 ユウキはサイラスに運ばせた細長い包みを手早く開け始める。風呂敷のような布包みの中に、さらに和紙のような強度のある紙で包まれた長方形の箱が出てくる。

 ユウキが箱を開けると、中には錫杖が入っていた。使い込まれた感じのものだ。


「サイラス、よく見ていなさい」


 ユウキはカッカラをシャランと揺らす。錫杖の頭の部分に(はま)っている輪っかを「ゆかん」を呼ぶ。遊環(ゆかん)が揺れて、美しい独特の音色を出す。


 錫杖を扱う錫杖術のようなものがあるのだろうか? ユウキはまるで舞うように、錫杖をクルリと回して綺麗な型を作った。

 彼の体から立ち上る青いエネルギーの流れが見える。


「…あ?」


 ユウキの錫杖の遊環の部分が青い光に包まれる。そして、遊環のうちのふたつだけがさらにキラキラ強く光り始めると、ぼんやりと影が揺らめく。


 ユラユラ揺れている影が、ゆっくりと人形 (ひとがた)に変化していく。


「……お、母さん?」


 サイラスは思わず声を上げてしまう。母だ。微笑みながらこちらを見ている姿は、まるで立体映像だった。そして、もうひとり…。


「さやか?」

 姉のさやかの姿もあった。ふたりとも静かに微笑みながら、こちらをじっと見ている。半透明に透き通っていてとても生身の人間とは思えないが、たしかにふたりの姿だった。


「お母さん! さやか!」


 サイラスは叫んだ。ユウキのカッカラにはたくさんの遊環が嵌っている。その中のひとつが母で、ひとつが姉のさやかなのだ。


 ユウキがキラキラ光るカッカラを振り回すと、母とさやかの姿が揺らめきながら大きくなったり小さくなったりする。


 やがて「母の加護、姉の慈悲」と唱えてユウキが錫杖をシャランと振ると、ふたりの姿は静かに消えていった。


「サイラス、私はふた月は滞在するから、滞在中にお前に錫杖術を教えよう。お前にはじきに必要になる。私もそうだったから…」


 ユウキは有無をいわせずにそう言って、サイラスを見た。


 錫杖術を教えてもらえるのはありがたいが、じきに必要になるというのはどういう意味だろう? たくさんの疑問が湧いてくる。


「どうして、お母さんとさやかが…?」

「お前のカッカラについている遊環はまだ二つだけだろう?」

 ユウキ叔父は腕組みしたまま、僕の質問は軽く流す。


 たしかに、サイラスの錫杖には遊環が二つしかついていない。ユウキは僕のことにずいぶん詳しいみたいだ。


「霊力が増すと遊環も増えていく。私も最初は二つきりだった。母と姉のご加護しかなかったからな。……あれは当然母でも姉でもないが、私を守ろうとするふたりの気持ちが、こちらの世界で具現化しているものなんだ」


(…どういうこと? なんだか、わかったようなわからないような…)


 言うまでもないことだがと前置きして、ユウキは「前世の記憶については他言無用だぞ?」とサイラスに釘を刺す。


「お前の家族は良い者たちだが、この世界には前世や生まれ変わりという概念がないからな。…兄上やオリバーに無駄な心配をかけるなよ?」

 ユウキはきっぱりと言い切る。


(まぁ、僕だって前世の話なんてするつもりはないんだけどね? 頭がおかしいヤツだと思われたくないし…。ブツブツ…)


「そういえば、アトス寺院で小姓をつけるんだろう?」

「あ、まだ誰にするか決めてなくてさ…」

「タママがいい、タママにしなさい!」


 えっ、ユウキ、僕の小姓まで選ぶつもり? 前世の僕って、こんな強引なヤツだったか? もっとフレンドリーで優しいゆうきくんだったよね? いつの間にこんな強キャラになったんだよ!


「アレは心がきれいだから、サイラスに合っている」

「…えーと、ユウキはタママを知ってるの?」

「アトス寺院で働いていたからな! タママは当時二歳くらいだったか?」


 赤ん坊なんて、たいてい素直で心がきれいなモンだろうーが! 他人(ひと)の小姓を適当に選ぶなよ。


「あのさ、小姓は力仕事も多いから、体格のいい子を選びなさいって主事に言われたんだけど…」

「そうか、タママはきっと小柄に育っているだろうな。…まぁ、お前も小柄だし問題ないよな?」

「………」


「タママは訳ありの子で、寺院と親元を行ったり来たりさせられていた子供だ。日本の言葉でいうと、育児放棄に近いんだよ」


 訳ありの子をわざわざ小姓に選ばなくても…と思ったが、ユウキの強い推薦で僕の小姓はタママに決まりそうだ。


「タママのことはずっと気がかりだったんだ。お前だって、事情を知ったらタママを小姓にしたくなるはずだ。…俺たちは同一人物だからな!」


 ユウキは眉を上げて話題を変える。


「アトス寺院は『アルテミス』が御用達だったな? もう買い物には行ったか?」

「来月が花祭りだから、買い物に行く予定だよ」

「花祭りか、懐かしいな。隣国アウソニアはこちらと気候が違うから、こっちのような大掛かりな花祭りがないんだ」


 僕はサイラスの地理の知識を引っぱり出す。叔父上の婿入りした国はここよりも温暖で、この時期にはレモン祭りや海の神に捧げる祭りがあるはずだ。


「グレイス嬢とは仲良くしておきなさい」

「……グレイス嬢?」

 はて? 誰だっけ。

「アルテミスの看板娘だ」


 そこまで言ってから、ユウキは部屋に飾られている結婚記念の絵姿に目をやる。


「……飾ったのか? これを」

 そこには金髪の美しい女性と並んでいるユウキの姿があった。ふたりはにっこり微笑んでいる。


「はぁ…。これを飾るのはやめてほしいと言っているのに。シオドアも懲りないな!」

「ユウキ、金髪美人と結婚できたんだね?」


 思わずサイラスが言うと、ユウキは少しだけ胸を張って言う。

「まぁな。実物のシャーロッテの方がこの絵姿よりもずっときれいだよ! だから私はこの絵があまり好きじゃないんだ!」


 えっ…そういう理由? 恥ずかしいとかじゃなくて? ユウキって、本当に僕なのかな? 日本にいた頃と性格が違いすぎないか? きっと恥じらいとか謙譲とか、ゆうきの中の素晴らしい部分は全部僕の方にきちゃったのかもしれないな…。



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