004 ミニヨンの花祭り
サイラスが暮らす国は、四方をぐるりと大国に囲まれた小国で、領土の狭さそのままにミニヨンと呼ばれている。
ミニヨンとは「小さい・可愛らしい」の意味で、いちおう美称である。しかし、小国であることを暗に揶揄する国名だった。
「ミニヨン(小さい国)と呼ばれる我が国で、唯一自慢できるのが花祭りだからなぁ~」
居間でくつろぎながら、オリバーが自嘲気味に笑う。
「花祭りの時期だけは、観光客もたくさん来るよね!」
サイラスもオリバーに同意して笑う。
「いよいよ花祭りが始まるか~」
サイラスの成人祝いで帰省して、滞在中の叔父・ユウキも花祭りを楽しみにしている様子だ。
ミニヨンは日本の北海道くらいの気候だろうか。厳しい冬のあとにくる優しい春は、ミニヨンの人びとには特別の意味を持つ。だから、花祭りは昔から重要な祭りである。
「花祭りにはシャーロッテも来るんだ、ふたりにも改めてシャーロッテを紹介しよう」
ユウキはニコニコしている。
(ほぉ~? 愛妻家なんだなぁ…)
サイラスはニンマリする。なにせユウキは僕の分身みたいなものだ。幸せになってくれよ!
「あの……シャーロッテさまもドイル家で寝起きなさるんでしょうか?」
ノラがおずおずと尋ねる。
公爵家のシャーロッテならば、従者の数もさぞ多いだろう。ノラは客用ベッドの数を心配しているようだ。
「いや。シャーロッテたちは大人数で来るので、ここでは手狭になる。シャーロッテがいる間は、私もホテルに移る予定だ。彼女たちだけホテルに宿泊させるわけにはいかないよ。何か間違いが起きてからでは遅い」
「ミニヨン国内の犯罪のほぼすべてが、花祭りの期間に起きるという者もいるからな…」
「誇張されているとはいえ、あながち間違いでもありませんよ、父上。カーニバルの間は恐ろしく治安が悪くなりますから!」
シオドアは溜息をつき、オリバーも相槌を打つ。
例年、花祭りの時期はスリや置引きが増える。酔っぱらい同士の喧嘩も起きる。さらに、裕福な婦女子を連れ去るような不埒な誘拐事件も起きる。金品目的の誘拐と、女性そのものが目的の誘拐、両方が起きるのだ。
「シャーロッテさまのような、人目につく美女は狙われやすいでしょう」
「……シャーロッテさまに何かあったら、隣国と国際問題に発展しかねん。彼女はお隣の高位貴族だからな」
父とオリバーが気を揉んでいる。ミニヨンの「お隣」は、どちらを向いても大国揃いだ。ミニヨンは常に隣国に気を遣いながら生きている。
★
ユウキのもとに日に何度も、シャーロッテから便りが届く。シャーロッテの手紙は手乗りサイズの可愛い小鹿が運んでくる。
もちろん、本物の小鹿ではない。魔法によって使役される使い魔だ。全身金色の小鹿で、金粉を振りまきながら歩く。
「ユウキ、わたくし空から行くことにします。陸路はとても混んでいるんですもの。……年に一度の花祭りですから、仕方がありませんね!」
メッセージを伝えると、金色の小鹿は青い光と共にフワッと消えていく。
「……空から来るって? 護衛付きの馬車じゃないのか?」
ユウキは返事を送ろうと、紙でできた依り代にフッと息を吹きかける。
魔術具は霊力のない人間でも便利に使える。一方依り代は、自分の霊力を与えて魔法によって使役する。
「シャーロッテ、君はもしかしてヨクリュウを……」
ユウキは依り代に向かってメッセージを囁く。
外でざざざーっと風が強く吹いた。天気が少し翳ったかと思った瞬間、外からノラの甲高い悲鳴が聞こえる。
「きゃーーーー‼ ●×△●×△ーーー‼ きゃーーー‼」
何を叫んでいるのかまったく意味不明だが、金切り声という言葉がぴったりだった。ノラは玄関のドアをバタンと手荒く開けると、ダダダダッとすごい勢いで廊下を走ってくる。
「ユウキ様っ‼ オリバー様っ‼」
「どうかした、ノラ?」
ソファに座っていたオリバーが急いで立ち上がる。ノラは涙目になっている。
「魔獣の群れがっ! 空から魔獣の群れが来ます‼」
サイラス、オリバーの二人は居間から外に走った。ドアの近くにいたサイラスが真っ先に外へ飛び出す。
ドイル家の上空を、尾の長い…始祖鳥のような怪鳥がぐるぐると輪を描くように飛んでいる。
(コレが魔獣⁉ 尾が長い……怪鳥だ!)
サイラスとオリバーは呆気にとられて上空を見上げている。
怪鳥はぐるぐると輪を描きながら、少しずつ高度を下げてくる。目が慣れてくると、それが鳥ではなく翼竜だとわかる。鳥とは明らかに足が違う。
(うわぁ~、まさか翼竜を目にするとは! もっと近くで見たい! ファンタジー世界みたい…)
正直、恐怖感と同時にワクワク感が拭えない! 僕は恐竜が好きなんだ。
奥の自室からユウキが走って出てきた。
「……シャーロッテ⁉ おい、シャーロッテか⁉」
ユウキが空に向かって強く手を振る。
大きく翼を広げた翼竜にハミと鐙と手綱がついていて、それぞれに人間が立ち乗りしている。手を振るユウキの姿を認めると、翼竜の集団は降下するスピードを上げた。
あと数メートルで地上に着くというところで、一人の女性が呪文のようなものを唱えながら、地面に魔石をいくつか投げつける。
魔石がキラキラ光りながら地面に落ちると、あっという間に光が広がり、その光の中からシュルシュルと芽のようなものが伸びてきて、恐ろしいスピードで膨らんでいく。
(うわ、ジャックと豆の木みたい?)
魔石のひとつは大きな厩舎になり、残りの魔石はひとつに連なって膨らんで、立派な邸宅が出来上がっていった。
「シャーロッテ!」
「ユウキ様っ!」
緑色の翼竜から、ひらりと飛び降りた金髪の女性。彼女はガシッと力強くユウキに抱きついた。
麦の穂のような豊かな金髪を、丁寧に結いあげている。翼竜に乗るのに髪が邪魔だからだろう。
薄い空色の瞳で、二十代前半くらいに見える美女である。異世界に来てから見た女性の中で、最高クラスに美しいかもしれない。
「ひどい混雑で馬車ではとても進めません。ホテルの予約もどこもいっぱいでしたわ。わたくしもう面倒になってしまって、空いている土地に魔術具でお屋敷を建てたらいいと思いましたの。少しのあいだ土地を貸して下さいませ。帰るときには元に戻しておきます」
「……なるほど」
ユウキは苦笑している。
(へぇ~、この女性がユウキの……。すっごい美人!)
サイラスはオリバーに倣って、片足を後ろに引いてカーテシーに似た礼をとる。彼女はオリバーと僕を見ると、笑顔になった。
「あなたたち、オリバーとサイラスですね?」
「はい、シャーロッテさま」
「ここでは何だから、中に入りましょうか?」
シャーロッテはさっき魔石で出来あがったばかりの邸宅を手で示した。そして、自分が乗ってきた翼竜を厩舎に入れるように指示を出すと、サッサと歩き出す。
「お茶を入れてちょうだい」
「ただ今すぐに…」
シャーロッテの小姓たちはテキパキと動き始める。
ほんの数分前に出現したばかりの邸内には、豪華な家具と調度品が置かれ、まるで何年も前からそこに存在したかのように思えた。
(…まるで化け物屋敷みたいだな)
「わたくしの旅行用のおうちです。据付の家具もついていて、とても便利なんですよ!」
まるでサイラスの心の声が聞こえたように、サイラスの方に向き合ってシャーロッテがそう言う。
(キャンプ用のテントみたいなものかな? …ずいぶん豪華なテントだけど)
オリバーとサイラスはお茶とお菓子を勧められて、茶器を手に取った。ドイル家では馴染みのない銀食器に、見たことのないお菓子が盛られている。
何の果物か知らないが、アップルパイに似たパイ、おそらくベリー系のタルト、野菜と肉を挟んだサンドイッチのようなパン。
何の肉を使っているのかは不明。リアル謎肉だ。そして、クリームを添えられたスコーンっぽいお菓子もあった。
隣に座っているオリバーが、お茶をひとくち飲んで満足そうに溜息をつく。サイラスもオリバーに続いてお茶を飲んだ。
…とても良い茶葉を使っている。
シャーロッテへの好感度が跳ね上がった。やはり、おいしい茶葉は重要だろう。英国人ほどではないが、前世日本人のサイラスもお茶にはそこそこうるさい。
シャーロッテは興味深そうに、ユウキとサイラスをじっと見比べていた。
「ユウキ、あなたとサイラスはずいぶん似ているのですね? 甥っ子というより、まるで双子みたいだわ…」
ユウキはフッと笑って、サイラスを見やる。
「……どうだサイラス、シャーロッテは面白い女性だろう?」
サイラスとユウキの外見はまったく似ていない。サイラスは中肉中背で、髪の色は水色、目の色はエメラルドグリーンだ。
対してユウキは、大柄で筋肉質。髪も目も黒く、日本人にしては肌はやや浅黒い。それを双子みたいだと言う彼女には、何がどう見えているのだろう?
「シャーロッテさまには、叔父上と僕が似ているように見えるのですか?」
サイラスはちょっと肩をすくめる。
「……そうですね、わたくしは他の方とは少し物の見え方が違うかもしれません」
シャーロッテは小首を傾げると、薄い空色の瞳でじっとサイラスを見つめる。
「わたくしの家はもともと巫女の家系です。男子が生まれても、長女に婿をとって家を継がせてきました。そういうしきたりなのです。巫女の能力は、残念ながら女児にしか引き継がれませんから。……わたくしの父も婿養子ですわ」
シャーロッテは公爵家だと聞いてはいたが、男子ではなく長女とその婿が公爵家を継ぐのだという。女系継承の家であることにびっくりする。
ということは、ユウキは将来、公爵様になるのか? ものすごい出世ではないか!
「クリスティ家の婿になるには、霊力が必要なのです。誰でも良いというわけではありません。ですから、わたくしたちは自分で結婚相手を見つけなくてはなりませんの。…その、霊力は視える者にしか視えませんでしょう? 自分で探さざるを得ないのです」
「それでは、シャーロッテさまが叔父上との結婚をお決めになったんですか?」
オリバーが興味津々という感じで質問する。ユウキとの馴れ初めが知りたいらしい。僕もユウキの恋愛話には興味があるので、「オリバー、いいぞ!」と心の中で応援する。
「当時、わたくしは十六歳でした。そろそろ本格的に婿探しを始めなければならないと思っていた矢先、この国の花祭りでユウキ様を見つけました。ユウキ様は霊力で光り輝いていて、わたくしは『この方こそわたくしの探し求めていた夫!』と確信いたしましたの」
「花祭りで? おふたりの出会いは花祭りだったのですか? とてもロマンチックですね!」
オリバーが感動している。ユウキは「いや……まだ出会ってはいないんだが…」と微妙に口ごもる。
「わたくしはさっそく、手の者にユウキ様の身辺を調べさせ、どなたか女人の影でも散らつこうものなら、金品を積んでも、暴力を行使しても構わないので早急に対処せよと申しつけまして……」
シャーロッテが頬を赤らめ、瞳をキラキラさせながら語る馴れ初めの物語はかなり微妙なものだった。
(この人、すごい美女だけど、もしかしてちょっと変わってる?)
「……というわけで、全身全霊をかけてユウキ様を我がクリスティ家にお迎えしたわけです。わたくしの結婚申し込みを快くお受けくださったドイル男爵には、心より感謝しております」
うーーん、父上も(いろいろ)驚いたろうな。
とは言え、相手が公爵家では簡単にお断りもできないだろう。シャーロッテの話によると、隣国では男性祭司の血筋が王家であり、女性巫女の血筋がクリスティ公爵家になるらしい。
シャーロッテのクリスティ家は、かなりの名門なワケだ! これは逆玉不可避。
王家とクリスティ家は長年に亘って、互いに嫁取りや婿入りを繰り返してきたのだが、やがて血が濃すぎることが問題になったそうだ。
「長年両家で婚姻を繰り返した結果、王家もクリスティ家も霊力が弱まり、体が弱い子供が生まれてくることがわかったのです。それで、王家と巫女の家の結婚は制限を受けることになりました」
その結果、新しい血を求めて、他国で霊力の高い人間を探すようになったらしい。
「そういうわけですので、今回わたくしは花祭りに来るのをとても楽しみにしておりました。久しぶりの花祭りで、ミニヨンはわたくしの思い出の場所ですから!」
サイラスは「……なんか、聞かなきゃ良かった?」と思っていたが、オリバーはシャーロッテの話がそれなりに楽しかったらしい。
「叔父上が結婚なさった当時、僕はまだ十歳でしたので、叔父上が遠くに行ってしまうのが寂しくて不満だったのです。子供は式にも参加できずに、お別れだけが悲しかった思い出なのです」
オリバーはちょっと恥ずかしそうに告白する。
「子供だったのです。叔父上をお祝いする気持ちも持てないなんて、恥ずかしいことです……」
「まぁ……」
シャーロッテが同情するように目を瞬かせる。
「ですから、今回シャーロッテさまにこういうお話を聞かせていただけて、何だかうれしく思います」
「大好きな叔父様を隣国に取られてしまったと思われたかもしれませんが、そうではありません。オリバー、あなたは何も失っていません。むしろ、わたくしという新しい家族を得たのですよ」
シャーロッテは僕の方にも顔を向ける。薄い空色の瞳で僕をじっと見つめる。
「……サイラス、あなたは」
彼女の瞳がふっと翳る。
「どんなに遠くに離れていても、あなたは家族と別れてはいないのですよ。いつも一緒なのです。サイラス、そのことを忘れないでいて…。わたくしにはあなたを守る家族の姿が視えます。彼女たちの祈りが聞こえます。……何も失われていません」
(……彼女たちの祈りが……)
シャーロッテの瞳はとても美しく哀しく、慈愛に満ちていた。そして、サイラスは彼女が〈本物の巫女〉であることを知った。
天然だけど、彼女は本物だ!




