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禁死篇  作者: 丸亜沙子
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025 虚栄心

 …午後も雨天なり。


 アルテミス商会は王室御用達のデパートだ。とはいえ、王族は他の貴族のようにアルテミスに商談にやってきたりしない。グレイスたちが王城に出かけて、御用伺いをするのだ。


 二頭立ての馬車に揺られながら、リヒトは〈あぁ、面倒くさい〉と思っていた。

〈こんな雨の中を、王城まで出かけて行くなどと…〉


 大きな雨粒が、馬車の窓をどんどん横向きに流れていく。手綱(たづな)を握る御者も、「こんな日の外出はたまらねぇ!」と馬を速く走らせているのだろう。真面目くさって隣に座っているオプスキュリテも、本心では面倒がっているだろう。


〈あぁ、面倒くさい…〉


 アルテミスが御用伺いをするのは、王族・高位貴族に限られる。下位貴族まではとても手が回らない。アシモフ家などは公爵でも、平気でアルテミスまで商談にやってくる。アシモフはもともと男爵の家柄だったためかもしれない。


「…殿下のお呼び出しは、どういった内容なのでしょう?」

 グレイスは不安そうな顔をしている。


 ここだけの話だが、ミニヨンの王族は貧乏である。働かずに税金だけで暮らしているのに、生活が豊かなはずがない。ミニヨンは小国で、農業とわずかな商業のみで成り立っている。交通網は発達しておらず、機械化もさほど進んでいない。周辺の大国から大きく後れを取っている国だ。


〈たいして購買力はないのに、虚栄心は高いお方だからな、殿下は…〉 


 本音を言えば、別に王室御用達などにならなくても構わない。そんなものにならなくとも、アルテミス商会は充分儲かっている。


 リヒトもオプスキュリテも地味なグレーの服を身に着けていた。ふたりは儀礼的に躓いて、頭を下げたまま無言でいる。グレイスはふたりの真ん中に立って、ドレスの裾を軽くつまんで挨拶した。


「殿下、御前に。お召しにより参上いたしました。アルテミス商会でございます」


 短く切り揃えられた茶色い髪に茶色の瞳。殿下はアシモフ家のイサキオスとソフィアの従兄らしいが、容姿はまったく似ていない。アシモフ兄妹が切れ長の瞳なのに対して、殿下は丸いどんぐりのような目をして、眉も太い。


「…船を造ったんだって?」

 殿下は唐突に言う。


 リヒトは心の中でチッと舌打ちする。

〈こちらにわかるように話してくれ!〉 


 殿下の隣に立っている小姓が、補足するように言う。

「アシモフ公爵家のイサキオス様が、アルテミス商会で素晴らしい大型船を造られたと聞き及んでおります」


「イサキオス様からご注文をいただいて、大型船をお造りしたことは間違いございません」

 グレイスが答える。


「光っているのか?」

 殿下は足を組んで、足先をぶらぶらさせながら質問する。グレイスは困った顔になって、小姓の方を伺い見る。


「アシモフ家の船が、虹色に輝いていると噂する者がおります。それは事実でしょうか?」

 小姓が説明を加える。


 グレイスは一瞬答えに詰まった。ここは正直に「はい」と答えるべきなのか、それとも答えを濁すべきなのか。たとえ答えを濁したところで、船が輝いていることは一目瞭然なのだけれど…。


「……特別な素材を使っておりますので、虹色に見えるかと存じます」

 グレイスは冷や汗を掻きながら答える。


 殿下は足先をぶらぶらさせたまま、「ほぅ」と感心してみせる。それから小姓の方を見て、「やっぱり本当だったな。イサキオスが虹色の船を手に入れたんだ!」と言う。殿下は今年二十一になるはずだが、話す口調は少年のようだ。


「欲しい」

 殿下の言葉に、隣に立った小姓がすかさず注釈を加える。

「イサキオス様の注文した船と()()()()の船を、殿下はご所望です」


 リヒトとオプスキュリテはじりじりした気分で、殿下とグレイスのやり取りを聞いている。殿下は権威主義の塊で、平民であるリヒトたちに直答(じきとう)を許さない。やり取りをするのは女主人であるグレイスだけで、しかも毎回立ったまま、尋問のように商談をさせられる。


〈勝手に王室御用達に指定しておいて、この扱いは何なんだ! くそっ!〉 


 リヒトもオプスキュリテも不愉快に思うが、殿下との商談中はひたすら耐えるしかない。しかも、【イサキオス号】に使ったご神木(の枝)は六十年に一度しか手に入らない。つまり殿下の要求は、どう考えても無理な注文なのだ。


 建材がないので無理です、六十年は作れません。……これで大人しく引き下がってくれるはずはない。無理やりでも作れと命じるだろうな。

 

〈どうしたらいい…この高慢野郎の要求を〉


 リヒトがハラハラしながらグレイスの心配をしていると、シャランシャランと鈴の音が鳴って

「アシモフ公爵家のお世継ぎ様がお出ましでございます」

 別の小姓が取り次いでくる。


 ツカツカという靴音と共に、イサキオスとサイラスのふたりが現れた。イサキオスは普段のざんばら頭と打って変わって、きれいに櫛解(くしと)かれたプラチナブロンドに、白い上品な服を纏っている。サイラスは青い地味な服を身に着けて、グレイスたちの姿に「あれっ?」と驚いたような表情をしている。


「デンカ、お召しにより参上いたしました。アシモフ公爵家のイサキオスです。こちらは友人のサイラスです」

「ドイル男爵家のサイラスです」


 ふたりは軽く足を後ろに引いて、カーテシーに似た挨拶をする。殿下は軽く目を見張ると「…ドイル? お前の小姓じゃないのか?」と訊く。イサキオスの眉がピクリと上がる。目が軽蔑で針のように細くなった。


「デンカ、彼は私の友人です。デンカの卒業パーティで、ソフィアとダンスを踊ったドイル男爵家のお世継ぎ様・オリバーの弟です」

 イサキオスの言葉に、殿下の目が少し泳ぐ。


「あぁ…そのようなことがあったかな…」

「ご記憶いただいていたようで、なによりです」

 イサキオスはグレイスたちをチラッと見やり「…もしや、アルテミス商会と御商談中でしょうか?」と訊く。


 イサキオスもサイラスも、立ったままのグレイスと躓いて頭を下げたままのリヒトとオプスキュリテを不思議そうに見つめる。やがてイサキオスの眉間に皺が寄り、こめかみがピクリと動く。


 イサキオスはクルッと殿下の小姓に向き直り、

「商談中なのに、なぜテーブルと椅子を用意しないのかね? これではデンカが女性を立たせたままで、商談していると言われるではないか! 商談相手にお茶もお出ししないと、周囲に笑われるではないか! デンカが女性へのマナーに欠けた人間だと、世間に誤解されるではないか!」

 立て板に水でずらずら文句を並べ立てる。


 小姓に向けた言葉のようで、これはすべて殿下に向けられた言葉なのだ。


 殿下はハッとして、「テーブルと椅子だ。それからお茶だ!」小姓たちに命じる。慌ただしく小姓たちが動いて、全員が大きなテーブルに着席し、それぞれの席に紅茶が配られる。


 イサキオスは紅茶のカップにたっぷりとジャムを落としながら、「デンカ、本日はどういったご用件でしょう?」と声を掛ける。


「アシモフ家では船を造ったそうだが…」

「あぁ、あれはアシモフ家の家宝ですので、いくらデンカでもお譲りできません」

 イサキオスがあっさり断る。殿下は一瞬ムッとした表情になるが、笑顔で取り繕う。


「そうではない、私もアルテミスに注文したのだ! アレと()()()()の船をな!」

 殿下は勝ち誇ったような声を出す。イサキオスは「ほぉ…」とつぶやく。


 イサキオスは今日も孤児院に翼竜の卵を【視察】に出かけていた。雨にも負けず、泥んこになって子供たちと楽しく過ごしていたのに、殿下の〈くだらない自慢話〉のために王城に呼びつけられたのか?


(…しかし、デンカはずいぶんアシモフのことに詳しいな。やはり、諜報目的の使い魔か探偵辺りが我が家に入り込んでいるのか…?)


 霊力のある者は諜報で使い魔を使役するが、霊力のない者は探偵を雇ったりもする。どうやら殿下はアシモフ家を常時見張っているようだ。


 イサキオスは「ふむ…」と考えながら、殿下の小姓に「きみ、クッキーかスコーンはないかね? そろそろお茶の時間ではないか。サンドイッチくらいはお出ししなさい」と指示する。


 それから殿下に向かって

「契約書はもう交わされたのですか? デンカのような身分の高い方はご存じないかもしれませんが、あのような家宝級のものを発注するには、契約書が大切なのです」

 と注意する。


「私は子供ではない。…今から契約書を作る」

 殿下は少し苛立った声を出す。イサキオスにあれこれ指図されるのが気に入らないらしい。


「ご存じだと思いますが、あのような高価なものほど手付金が大きくなるのです」

「…知っている。半金くらいか?」

 殿下は少し目が泳いでいる。グレイスが慌てて「いえ、そこまでは…」と否定するが、イサキオスが笑顔でグレイスを(さえぎ)る。


「デンカ、アシモフ家よりもすべてにおいて()()()()でなくてはなりません。手付金もしかり」

「もちろんだ。アシモフより上でないと、母上…。イヤ、とにかく半金払おう!」

 殿下は「半金払う」と声を強くする。


 リヒトとオプスキュリテは〈ご神木が手に入るのは、どんなに早くても六十年後です〉ということを伝えたくて、ふたりで【相談】していた。なにせ、平民というだけで殿下と会話が許されないのだ。


〈殿下は話が通じなそうだ。サイラスは身分が低すぎる。この中で一番まともに話が通じそうなのは、やはりイサキオスだろう〉

 リヒトはオプスキュリテに【声】で話しかける。


《しかし、どうやってイサキオスに伝えるのだ? イサキオスは霊力はないだろう?》

〈サイラスは霊力があるから、我々の【声】が聞き取れるのではないか?〉


 ふたりがそんな【相談】を繰り広げていると、突然イサキオスが話しかけてきた。

「リヒト、オプスキュリテ。君たちから頂いた贈り物に、ソフィアは大変喜んでいた。私からも礼を言おう」

 サイラスが「えっ、ソフィアさまに? ふたりはどんな贈り物をしたんですか?」と興味深そうに訊く。


 オプスキュリテはここぞとばかりに応える。

「ご神木です。イサキオス様の船を造った後に、少しご神木の枝が余りましたので、研究用にお贈りしました」

 

 リヒトも続く。イサキオスとサイラスは普通の会話を許してくれるのだから、必要なことを今言っておかないと大変だ。


「イサキオス様、ご神木はとても貴重なもので、なかなか手に入らないのです。殿下の船を造るにも、まずはご神木を手に入れてからとなります…」

「あぁ、そうだったな」


 イサキオスは頷いて、

「デンカ、ご神木はとても貴重で、手に入りにくい建材なのです。ですが、それを使って造るからこそ、家宝となるような船が出来上がるのですよ。工期は定めず、出来上がり次第の納品でよろしいでしょうか?」

 とお伺いを立てる。


「工期を定めず? しかし、すぐに欲しいのだ」

「しかし、ご神木がなければ無理でしょう。デンカ、そういうのは『ない物ねだり』と言うのです」


 アルテミスの三人は固唾(かたず)をのんで殿下の答えを待っている。もはやイサキオス抜きで、殿下と船の契約を結びたくない。ご神木は六十年後まで手に入らないのに、無理難題を押しつけられるのは御免だ。


「デンカ、船の契約を〈諦める〉か、あるいは〈工期を定めず、催促なし〉で契約するかお選びください! 他の選択肢はございません!」


 イサキオスはぴしりと厳しく言う。ニ択から選べ。殿下の方が三つほど年上のはずだが、立場が完全に逆転している。


「…契約する」

 殿下は答える。どうしても船が欲しいのだろう。イサキオスは軽く頷くと、グレイスに向かって言う。


「工期を定めず、催促なしで契約書を作ってください。…手付金は半金でよろしいでしょう」

「よ、よろしいのですか?」


 グレイスはあわあわしている。〈工期を定めず、催促なし〉では、相手が悪徳業者だったら手付金を貰って仕事をしないで終わるケースが出そうではないか。アルテミスはそんな不誠実な店ではないが…。


「デンカ、よろしいのですね? 契約書を作りますよ?」

「うむ」


 オプスキュリテが丁寧な手跡で契約書を書き始める。イサキオスは小姓に

「コーヒーを淹れてくれないか? サイラス、きみもコーヒーにするかい?」

 と声を掛ける。それからグレイスが十一歳の少女なことに思い当って、

「グレイス、きみは紅茶か果汁を頂くかい?」

 と言う。


 知らない人間が見たら、殿下ではなくイサキオスが王宮の(あるじ)と思うだろう。


 グレイスが「ありがとうございます、紅茶を頂きます」とイサキオスににっこり微笑む。イサキオスの隣に座ったサイラスが

「グレイスさま、僕たち夏休みにアウソニアの海で貝殻を拾ったんです。今度アルテミスに行くときに、お土産に持って行きますね!」

 と声を掛けた。


「サイラス様も【イサキオス号】にお乗りになりました?」

「ええ、海上でスコールが来ても全然平気でした。甲板があっと言う間に乾くんですよ。魔法みたいです。あの船は素晴らしいです!」


「甲板が乾く?」

 サイラスの言葉に、殿下が興味を示す。

「…まことか?」

 茶色い目がキラキラしている。


「イサキオス、虹色に輝く船だそうだな?」

「虹色というか、金色というか…。まぁ、輝いております」

 イサキオスはニヤリと笑う。


「あのような魔力の籠った船は、百年待っても手に入れたい一品でございましょう」

「そうか。百年待っても手に入れたい一品か」

 殿下はイサキオスの言葉に何度も頷く。


 リヒトとオプスキュリテは〈どうやら百年待って貰えそうだ、良かった良かった…〉と胸を撫でおろした。

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