023 孵化
「サイラスさま~! コレ、本当に土に埋めるんですか~?」
タママが翼竜の卵を両手に抱えて、サイラスに質問してくる。孤児院の子供たち総出で、泥んこ遊びのように土を掻きまわしている。
「本当に埋めちゃうの? 大きいタマゴなのにもったいないね!」
「これ、オムレツにしたらいいのに~!」
食い意地の張った子供たちが、がっかりした声を上げる。
翼竜の卵を孵化させるには、まず卵を温めないといけない。こっちの世界の翼竜は、親が巣の中で温める「抱え込み型」で孵化をする。これは鳥と同じ孵化の仕方だ。
しかし、サイラスたちが卵を盗んだために、この抱え込み型孵化はできなくなった。ミニヨンには翼竜は生息していないので、自力で孵化してもらうしかない。
孵化の方法はいろいろあるが、アウソニアに比べてミニヨンは寒冷地なので太陽光を活用するのではなく、土中に入れて地中熱によって孵化させる方法を採用する。アウソニアだったら海岸の砂に埋めて、太陽光で温めて孵化させるところだ。
「サイラス、翼竜の卵を土に埋めるのは、これくらいの場所で良いのかね?」
麦わら帽子を被ったイサキオスが話しかけてくる。高位貴族のイサキオスが、アトス寺院併設の孤児院に【視察】に訪れているのは、翼竜の卵を孵化させるためだ。
「晩夏といえど、日差しがきついな。タニタ、子供たちに果汁飲料を配りなさい。私にも炭酸割り果汁を一杯くれ」
「かしこまりました」
タニタは今回もまめまめしく動いて、大活躍をしている。
「完全に土に埋めてしまうと、翼竜の赤ちゃんが外に出られなくなりますから、土で囲み込んで上に草を敷き詰めて発酵させましょう!」
サイラスはイサキオスに丁寧に説明して、作業を進めていく。これで(理論上は)上手く孵化させられる……はずなんだが、翼竜の卵を孵化させるなんて、サイラスも初めてのことなのだ。
(アウソニアまで遠征して手に入れた卵だから、絶対に失敗したくないっ! 頼むよ、神様!)
イサキオスとサイラスは主事も招いて、子供たちと一緒にお茶の時間にする。どろんこ作業をした後なので、「手をきれいに洗うように! 爪の間もブラシを使ってきれいに!」と子供たちに何度も声を掛ける。
公爵のお世継ぎ様であるイサキオスの前で、子供たちはマナーを気にしている様子だ。イサキオスはそんなのどこ吹く風で「翼竜の卵は孵化まで、一年近く掛かることもあるらしいね?」とサイラスに話しかける。
「…一年ですか。あの翼竜がいつ卵を産んだのか、僕たちには正確にわかりませんから、卵がいつ孵化するか見当もつきませんね?」
サイラスがイサキオスに応える。それから、子供たちがお菓子を食べやすいように、真っ先にスコーンを手に取って見せる。
サイラスがスコーンを手にしたので安心したのか、子供たちもパイやクッキーに素早く手を伸ばしている。やはり食い意地には勝てないようだ。
タニタがイサキオスの紅茶にいそいそとジャムを落としながら言う。
「ハンターの話では、翼竜の産卵は春か秋だそうですよ。ですから、今年の春仔なら来年の春には孵化、もし秋仔ならば今年の秋に孵化かもしれません」
今は夏の終わりなので、春か秋の産卵ならば確かに秋に孵化の可能性がある!
「えっ、もしかして今年の秋?」
サイラスは希望に目を輝かせる。少しでも早く翼竜が欲しいのだ。
「秋に孵化すれば良いがなぁ~」
イサキオスも期待するような表情になっている。それから、主事に向かって
「君はユウキ様の知人だそうだね? 今回、アウソニアでユウキ様のお世話になったときに、そういう話を聞いたよ」と話しかける。
主事は高位貴族に直接話かけられると思わなかったらしく、紅茶のカップを持っている手がわなわなと震えている。
「は、はい。さようでございます」
主事は緊張しつつ、きちきちと答える。真面目な性格なのだ。
「優秀な方だよね、ユウキ様は」
「えぇ、アトス寺院にいらっしゃる頃から、本当に優秀でお優しい方でした」
「ユウキ様には今年五歳になる男の子がいて、私の妹のソフィアと縁談の話まであるのだよ!」
「なんとっ? 素晴らしいお話ですね!」
何故か主事まで目を輝かせている。
ソフィアはサイラスとひとつ違いの十六なので、かなりの年齢差だ。あまり現実的な話じゃないよ? サイラスは苦笑しながら、タニタの淹れてくれた紅茶をガブリと飲む。
本来ならサイラスの給仕はタママの仕事なのだが、イサキオスが「タニタがいるのだから、君は他の子供たちと一緒にお菓子を食べていなさい。べつに構わんよ」と免除してくれた。実際、イサキオスは高位貴族なので、お付きの小姓がたくさんいる。
「ユウキ様は素晴らしい方だし、シャーロッテ様も愉快な方なので、私は悪い話ではないと思うのだ」
いやいや、マズイだろう? サイラスはやんわりと指摘してみる。
「イサキオス様、ソフィアさまは、そもそも婚約者がいらっしゃいますよね?」
ソフィアの婚約者は、なんとミニヨン王家のお世継ぎ様だ。ミニヨンでは王と王妃は「陛下」と呼ばれ、長男であるお世継ぎ様は「殿下」と呼ばれる。生きている間に、ミニヨン国民から直に名前を呼ばれることはない。リアルに【名前を呼んではいけない貴人たち】なのだ。
それくらい超ド偉い方と生まれながらに婚約しているのに、イサキオスはユウキの五歳の息子との縁談を「悪い話ではない」と笑っている。さすがにおかしいだろう!
「サイラス、君はデンカに会ったことはあるかい?」
「えっ? 殿下ですか? 僕は歳が離れていますから、貴族学院でご一緒しておりません」
殿下は今年、二十一歳ではないか? サイラスとは六つ違いなので、学校で一緒になることはなかった。下位貴族からしたら文字通りの雲上人なので、顔も遠くからしか拝見したことがない。
「イサキオス様は殿下とは従兄同士なので、仲がよろしいのですか?」
「イヤ、全然。まったく。…これっぽっちも仲がよろしくないな」
イサキオスはこれ以上ないほどの完全否定をする。彼は少し考えると、ぽつりぽつりと話始める。
あれは私が貴族学院の三年の時だった。デンカはその年が卒業年次で、ミニヨン王家のお世継ぎ様であるから、ずいぶんと派手な卒業パーティを開いたのだ。…デンカは派手好きだからね。
もちろん、私もソフィアも招待された。オリバーも招待されていた。実を言うと、オリバーのような男爵家の人間はあまり招待されないのだが、オリバーは運動神経がずば抜けていて、学内のスポーツチームにたくさん所属していたので、そういう関係で招待されたのだ。
デンカはひとりっ子で、お世継ぎ様で、並ぶもののない人間だったので、とにかく大切に庇護されて育てられたのだ。……小姓や側近たちの手によって。ところが、これが間違いのもとだった。
デンカはそれはもう…何というか…まぁ、アレだったのだ。アレだよ。
「アレ、ですか…?」
サイラスは首を傾げる。アレってなんだ?
「いくら従兄でも、さすがにその先は言えんよ。察してくれ!」
イサキオスは手をブンブン振る。激しい手の振り方だ。
デンカと同級生の姫君たちがたくさんダンスを踊っていたので、私はデンカに「ソフィアとも一曲踊ってやってください」とお願いしたのだ。ソフィアはデンカの婚約者なのだからね。ダンスくらい踊っても罰は当たるまい。
ところが、デンカは笑いながら言ったんだ。「いやだよ、あんなブス」と…。
「えっ!」
サイラスは口をパクパクさせた。殿下って、そういう感じの人ですかっ? 自分の婚約者に掛ける言葉ではないだろう。しかも、ソフィアはまだ貴族学院の低学年だろう?
「…クズだろう? その時、オリバーが侮辱されたソフィアをサッとダンスに誘ってくれたんだよ。オリバーは本当に優しい、いいやつなんだ」
へぇ~。イサキオスがオリバーびいきなのは、ちゃんと理由があるんだなぁ。
「…王妃陛下は、私たちの叔母上だと知っていたかな?」
イサキオスは面白くもなさそうに淡々と続ける。
叔母はアシモフ家から嫁いだ人で、我々の父上の妹だ。まぁ、アシモフの血が濃い変わり者だ。なにせ頭の良い人でね。それだけに、頭の良くないおかしな輩が嫌いなんだよ。
そして彼女は、ソフィアが殊のほかお気に入りなんだ。昔から娘が欲しかったらしいからね。
彼女はその卒業パーティ以来、自分の息子と揉めるようになってしまった。たびたびこぼしているよ、「息子の愚かさは許しがたい!」と。
デンカは卒業時に記念の懐中時計も貰えなかったしなぁ…。ほら、貴族学院の卒業式で、成績優秀者に下賜されるものだよ。あれは主席卒業すれば貰えるのだ。
叔母にしてみれば、「懐中時計など、貰うのが当たり前」なんだ。アシモフの人間はみんな、貴族学院の卒業記念に懐中時計を授与されているからね。
ご先祖様で双子の兄弟がいたんだが、そのふたりさえも(同点受賞で)懐中時計をふたりで分け合ったんだよ。叔母にしてみたら、アシモフの血が入っている息子が懐中時計さえ受け取れないのが信じられないんだ。あまりにも不甲斐なく見えるんだろう。
「私は平和主義者だから、あまり揉めたくないのだがなぁ…」
イサキオスは溜息をつく。
「しかしカビ男爵のお陰で、アシモフの長女は王家のお世継ぎ様と婚約しなければならないんだよ。こちらからはお断りできないらしい」
「そ、そうなのですか?」
イサキオスは針のように目を細める。何だか悪人のような顔だ。
「……抜け道がないわけではない。ミニヨン王家よりも権力のある者がソフィアに求婚すれば良い。今までは、そんなことはとても無理だと思っていたのだが……」
…なるほど。ソフィアさま側からは婚約破棄できないんだな。殿下の方から、婚約破棄をしてくれるように持って行く必要があるんだね。
「ソフィアの容姿を侮辱して、ダンスすら踊りたがらなかったのだ。婚約者の価値もないだろう? デンカもさっさと見切りをつけて婚約破棄してくれればいいのだが…」
イサキオスは顎に手をそえて、じっくりと考える。…何とか上手い方法を考えたいものだ。…手はあるはずなんだから。




