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禁死篇  作者: 丸亜沙子
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021 夏休みの冒険②

 (ゆうき)が日本にいたころ、翼竜は爬虫類に分類されていた。新しく化石が発掘されることで、いろいろ解釈が変わることがあるから、今頃は新しい学説が生まれているかもしれない。


 一方こちらの世界の翼竜は、恒温動物で魔魚を主食とする魔獣だ。魔魚は魚ではなくて、クジラやイルカに近い。つまり、こちらの翼竜は肉食獣なんだ。


 エッグハントをする上で、「翼竜が肉食獣」だということは大きなポイントになる。ハンターは命懸けで卵を狩る。だからこそ、翼竜と翼竜の卵はとても高額で取引される。


 ユウキ曰く、「翼竜はポルシェ(高級外車)くらいの値段」だそうだ。…さすがに驚いちゃうね。


 ユウキが「タママの代わりに」と小姓のメイジ―をサイラスに貸し出してくれた。メイジ―は霊力を持っていて、即戦力になりそうな人物だ。


「メイジ―、アウソニアにいる間、お世話になります」

 サイラスは軽くお辞儀する。メイジ―は慌てて、サイラスに躓いた。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。我が(あるじ)・ユウキ様にお仕えするように、サイラス様にお仕えいたします」


 うわぁ、礼儀正しい。さすが大国アウソニアの公爵家に仕えるだけあるなぁ~。メイジ―は僕たちとそれほど年齢が変わらなそうだけど…。


「メイジ―はいくつなの?」

 さっそくオリバーが訊く。

「私は今年二十二になります」


「私は今年十八で、サイラスは十五歳なんだ。僕らと年が近いから、仲良くしてね!」

 オリバーはニコニコしながら気さくに言うけれど、メイジ―はキョトキョトと目が泳いでいる。さすがにお世継ぎ様の「仲良くしてね!」には驚くだろう。


「メイジ―は霊力が強そうだけど。もし翼竜と直接戦うようなことがあれば、全員に身体シールドを張る必要があって、僕一人の力じゃ霊力が足りないかもしれなくてさ…」


 サイラスが霊力の補助をお願いしようとすると、

「もちろん、お手伝いさせてください!」

 メイジ―が(お任せください!)という顔つきで食い気味に返事をする。


「僕らの中じゃ、サイラスしか霊力がないんだ。私も少しくらい霊力が欲しかったな! 叔父上とサイラスが羨ましいよ」

「タニタさんなんか、狩りの凄腕だよ! 有能さと霊力はそれほど関係ないよ」


 オリバーが珍しくぼやいているので、サイラスはオリバーを慰めた。霊力があるに越したことはないが、タニタのように器用な人間を見ると、世の中それだけではないということがわかる。実際、オリバーの剣の腕は大したものなんだから!

 

 タニタが仕入れてきたハンター情報をもとに、サイラスたちはエッグハント計画を立てた。みんなで魔魚を大量に釣り上げては、石を(くく)り付けて丁寧に甲板に並べる。


「さぁ、翼竜さんたち。おいしいご飯をお食べなさいな!」

 ソフィアが上機嫌で声を掛けるが、巣の中の翼竜は無視している。


 せっかく甲板に魔魚を放置しても、翼竜は警戒してなかなか手を出して来ない。そればかりか、オスとメスが交代で巣を離れて、遠くまで餌を探しに行くようになっていた。……これでは魔魚の罠が不発に終わりそうだ!


 サイラスたちは連日、イサキオス号の中でご馳走を食べては釣りをして、バカンスを楽しむ害意のない人間として振舞っている。


「魔魚の罠には引っかからんか…。別の作戦が必要かもしれんな」


 イサキオスは軽く頭を振る。まぁ、食事はおいしいし、船上でオリバーたちと過ごす時間は楽しいので悪くはないが…。


 タニタはオカリナで素朴な曲を吹いたり、ソフィアは銀色の笛で美しい曲を奏でたり、小さな手風琴を演奏したりした。


 サイラスも何か披露したかったけれど、(そら)で演奏できそうなのが日本で覚えた学校唱歌くらいだったので、(う~ん、どうだろう?)と思いとどまる。


「ソフィア様、ずいぶん楽器がお上手なんですね!」

 サイラスはソフィアの多才さに驚いた。


「わたくし、植物の次くらいに楽器の演奏が大好きですのよ。子供の頃から、音楽はいろいろ習いました」

 ソフィアがにっこり笑いながら答える。銀色の笛を両手に持ち、いかにも南国らしい、ゆるやかなサマードレスを纏っている。


「そういえば、ソフィアの家庭教師が、お前を本格的に音楽の道に進ませてはどうかと父上に進言したことがあったな…」

 イサキオスが懐かしそうに目を細めた。片手にソーダで割ったオレンジ果汁を持っている。


「あぁ、そういうこともございましたね」

 ソフィアも目を細める。


「へぇ、よほど才能があったんですね!」

 オリバーが合いの手を入れる。イサキオスが苦笑いを浮かべながら返す。


「その後すぐに、その家庭教師はクビになったのだ。ソフィアに良かれと思って進言したのだろうに。父上の考えでは、ソフィアを音楽の道になどとんでもない、と。……そうだったな、ソフィア?」


 ソフィアもうなずく。顔から表情がきれいに消えている。

「優しい先生でしたのに…。わたくしの音楽の才能を、ずいぶん高く買ってくださって…。でも、アシモフの人間は研究の道に進むことが奨励されますから」


 イサキオスは「音楽だとて、人の役に立つものだと私は思うのだがな。父上はいつも、『世の中の役に立つ人間になれ』と口うるさくおっしゃるが…」不満顔でつぶやく。


 ソフィアは黙って銀色の笛を唇にあてると、爽やかな夏の空に相応しいような一曲を奏でる。それは今日のような夏の日にぴったりの曲だった。


 青い空にゆったりと流れていく雲のような、あるいはその雲を押し流す夏の風のような曲。


 ソフィアの奏でる曲を聴くと、夏の草原を吹き抜けていく風を感じ、夏草の香りを感じ、草の上で鳴く小さな虫たちの存在を感じる。


 サイラスは頭の中に〈夏の風景〉がぽっかりと思い浮かぶような、不思議な感動に浸った。植物マニアのソフィアが「植物の次くらいに」大好きというだけあって、驚くような音楽の才能だと思う。


 サイラスたちがソフィアの笛を楽しんでいると、頭の上からバサッと大きな羽音が起きた。そして、アーーともウーーとも言えない奇妙な鳴き声が…。


「…えっ?」


 それは間違いなく、翼竜の巣の方角から聞こえてきた。サイラスたちはイサキオス号に乗って、翼竜の巣の間近で錨を下ろして停泊している。イサキオス号が停泊している崖の真上に、翼竜の巣が築かれているのだ。


「まさか…?」

 タニタが遠見用のスコープを伸ばして、翼竜の巣を伺う。目を細めて巣の翼竜をじっと確認する。


「イサキオス様、オリバー様。…巣に残っているのはメスの翼竜でしょうか? それとも、オスの翼竜でしょうか?」


 今日もイサキオス号で魔魚を次々と釣り上げてしまうので、餌が足りなくなっているのだろう。翼竜は交代で餌を探しに出かけていて、卵を守っている翼竜は一頭だけになっている。


「あれはオスでしょう。メスとは少しだけ色が違いますね」

 オリバーが答える。オスの翼竜が緑っぽいのに対して、メスの翼竜は少しだけ赤茶がかっている。


「そうだな、あれはオスだろう。タニタ、どうかしたか?」

「今のオスの行動は…もしや求愛行動では?」

 タニタがイサキオスをじっと見つめる。


「求愛行動…? 翼竜のオスが?」

 イサキオスは口をあんぐりさせる。


(それはつまり、翼竜がソフィアに求愛したということか? し、しかしあの翼竜は、既婚で子持ち(卵)ではないか? イヤ、それ以前に人間でさえないが…)


「ソフィアさま、何でもいいので続けてください! お願いします!」

 タニタがソフィアに言う。ソフィアはそのまま、(あら)たに別の曲を吹き始める。


 すると、オスの翼竜がまたもやバサッと羽音をたてる。そしてまた、あの奇妙な鳴き声。翼竜がメスの関心を引こうと、求愛行動を起こしているのだ。


「おい、あいつは既婚者だろう? いくらソフィアがモテないからといって、失礼にも程がある! 私は看過できんぞ?」


 イサキオスが文句を言い始める。タニタが「イサキオス様、今はそういう場合ではありませんっ!」と(さえぎ)って、イサキオスの暴走を止める。


 ソフィアはチラッとイサキオスを見やると、銀色の笛を吹き続ける。曲調は物悲しい美しい調べだ。バサッ、バサッという羽音が何度も聞こえ、オスの翼竜の「アーー、ウーー」という切ない(?)鳴き声が周辺に響いている。


「イ、イサキオス様!」

 サイラスは上擦(うわず)った声を出す。オスの翼竜が巣を離れて、ふわりと風に乗るとイサキオス号目がけて飛んでくるのだ。


(今なら、巣の中には卵を守る翼竜がいない状態だ! まさかこんなことが起こるとは?)


「サイラス! ソフィアさまを囲んで守るぞ!」

 オリバーが剣を片手に、声を掛けてくる。ハッとして、サイラスも錫杖を取り出すと、ソフィアを背中に(かば)うようにして立つ。


 メイジ―もサイラスと同じようにソフィアを囲むと、腰の剣を抜いた。

「メイジ―、全員に身体シールドを張るぞ! 僕の補助をお願い!」

 サイラスはメイジ―に声を掛ける。メイジ―はうなずくと、サイラスの霊力に自分の霊力を同調させていく。


 翼竜はグライダーのように風に乗って、バサリとイサキオス号に降り立った。そして、船に放置されている魔魚を頭から飲み込み始める。…まるで飼いならされた翼竜のようだ。


「なんだ、この翼竜は! ガツガツ魔魚を食べ始めたが、どういうつもりだ? 自分の卵も守らずに、育児放棄ではないかっ!」


 イサキオスは忌々しそうに声を張り上げる。ソフィアはまたチラッとイサキオスを見ると、イヤイヤというように頭を振りながら笛を吹き続ける。


 サイラスはタニタがひとりで船から離れると、翼竜の巣を目指して恐ろしい速さで崖を登っていくのを目の端に入れた。


(よし、タニタはこの(すき)を突いて、翼竜の卵を盗むつもりだ! …いいぞ!)


 タニタはすでに崖の半分近くを登り終えている。何という早業だ。タニタが優秀すぎる! あともう一息じゃないか? 


「…サイラス様、翼竜が急に魔魚を飲み込み始めたのは、もしかしてソフィアさまへの従順を表しているのではありませんか? 先ほどまでは、翼竜は魔魚に見向きもしていませんでした」


 メイジ―が剣を構えたまま、横に立っているサイラスに声を掛けてくる。

「そ、そうなのかな?」


「クリスティ家でも翼竜を飼っております。しかし、翼竜は神経質な生き物ですから、誰からでも餌を食べるわけではありません」


 メイジ―は言う。人間に飼い慣らされた翼竜でも、誰からでも平気で餌を食べるわけではない。自分が馴れた人間、信用できると思った人間からしか餌を食べないのだ。


「クリスティでも、翼竜に餌を与えることができる者は限られておりました。翼竜はプライドが高いというか、好みがうるさいのです。自分の嫌いな人間からは決して餌を受けません」


 このオスの翼竜が「魔魚を飲み込んで見せている」のは、ソフィアへの従順と好意を示しているのだろうか?


 ソフィアは銀色の笛を吹きつつ、じりじりと魔魚に近づいて行く。オリバーたちもソフィアを守るようにじりじりと動く。甲板に並んだ魔魚には、大きな石が(くく)り付けられている。ソフィアは魔魚の尾を軽く摘まむようにして、翼竜の前に示した。


 ソフィアは(さぁ、お食べなさいな)というように、魔魚を摘まんで微笑んでみせる。翼竜は素直に首を下げると、大人しく魔魚を飲み込んだ。ソフィアは(いい子、いい子)と翼竜の鼻先を軽く撫でてから、次から次に魔魚の尾を掴んで食べさせていく。


 ソフィアは笛を吹き続けながら、器用に魔魚を飲み込ませていく。笛の音に酔ったような翼竜を見ながら、サイラスたちは(ソフィアさま、どんどん魔魚を食べさせてください!)と心の中で煽る。


 その時、イサキオス号の上空から「ウウーーーー! アーー!」と威嚇するような鳴き声が起きた。サイラスは驚いて上空を見上げる。戻って来たメスの翼竜が、船の上空をぐるりと旋回していく。


「メスが帰ってきましたっ! サイラス様!」

 メイジ―が悲鳴のような声を上げた。せっかくオスに石を飲ませたのに、メスの翼竜が戻ってきた! これでは元も子もない。


(まずい! メスの翼竜が巣に戻るぞ! タニタはどこだ…?)


 サイラスは焦って巣を見上げる。ところが、巣の上を大きく一回旋回したメスの翼竜は、興奮した様子でイサキオス号の上に突っ込んできた。


「わぁ⁉」

「なんだ?」 

 

 メスの翼竜は怒り狂って、オスの体の上に急降下してきた。バシッ、バシッと激しく羽(?)をぶつけ、メスの大きな口がオスの翼竜の体をそのまま飲み込みそうな勢いだ。


 サイラスは錫杖を体の前でぐるぐる回しながら、「身体シールド最大! 拡大っ!」と叫ぶ。オリバーはソフィアを抱え込むようにして、サイラスとメイジ―の後ろに非難する。


「早く、イサキオス兄様っ!」

「イサキオス、こっちに!」


 ソフィアとオリバーが叫んで、イサキオスも必死にサイラスの背後に隠れる。

「な、なんだ、これは⁉ 夫婦喧嘩か!」


 翼竜のメスは狂ったようにオスを攻撃している。自分の羽が破けるのさえ気にならないのか、バシッ、バシッと恐ろしい勢いでオスを殴りつけている。イサキオスの言うとおり、まるで夫婦喧嘩のように見える。


 ……何故、メスの翼竜はここまで気が立っているのか? 


 その理由はすぐにわかった。タニタがいつの間にか船に戻ってきて、彼が背負った皮袋が異様に大きく膨らんでいたからだ。皮袋には、きっと翼竜の卵が入っているに違いない。


(タニタが卵を盗ったんだっ! だから、メスは巣には戻らずにオスと喧嘩を始めたんだ!)


 サイラスはメイジ―に声を掛ける。


「メイジ―、霊力を同調して! 翼竜を攻撃するよ!」

「わかりました!」


 メイジ―もタニタの背中の皮袋に気がついたようだ。翼竜の卵を手に入れたことがわかって、うれしそうな顔で肯いている。


 サイラスは錫杖をくるりくるりと回しながら、カッカラに霊力を流していく。今日はメイジーも同調しているので、自分だけの時よりもはるかに霊力が大きい。


 カッカラの霊力を最大限まで高める。両手に握っている錫杖の、遊環(ゆかん)のあたりがピリピリと青く発光してくるのがわかった。


(魔よ、退け! 翼竜たち、君たちの命までは取らないよ。さぁ、この船から出ていけ!)


「ひぃふぅみぃ、よぅいつむぅ、ななやここの、とぅ!」

 サイラスは錫杖を思いきり振り抜いた。

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