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禁死篇  作者: 丸亜沙子
20/22

020 夏休みの冒険

 タママは朝食の皿洗い終えてから、石板を使って書き取りの練習を始めた。反古紙(ほごがみ)を使ってもいいが、紙はお使いの時にみんながメモとして利用する。だから、タママはほとんど石板と石筆を使う。


 孤児院では節約が当たり前になっていて、捨てるような野菜の皮だってキレイに洗ってピクルスにする。ドイル家で食事をするときに、お皿のソースをパンにつけて食べていたら「おっ、タママ、お行儀がいいね!」とオリバーに褒められた。だけど、あれは孤児院ではみんなやっている。

 

「ソースまで綺麗に食べるのは、お料理を作ってくれた人への感謝だ」

 オリバーはそう言っていたが、タママは孤児院の予算の都合でソースまで残さずキレイに食べている。


 主事は孤児院の子供たちに「簡単な計算くらいはできるように勉強しなさい。基本的な読み書きくらいはできるように練習しなさい」と口うるさく言い聞かせている。


 サイラスの小姓になる前は、タママはそれほど熱心に勉強に取り組めなかった。でも、今は違う。自分が簡単な計算もできなかったり、文章も読めなかったりすると、主人であるサイラスに恥を掻かせることになる。


(だから、がんばって勉強をするんだ!)


 サイラスの小姓になってから、タママの勉強熱には火がついた。ちょっとでも暇な時間があると、タママは石板に自分の名前を書いた。それから、サイラスの名前、オリバーの名前、シオドアの名前。露店でよく使う単語の書き取りもした。


 サイラスはオリバーの友人たちと一緒に、隣国アウソニアに出かけている。サイラスは貴族なので、三週間の夏季休暇をもらえるのだ。本来なら、タママもサイラスの夏休みに同行できるはずなのだが、孤児であるタママは国外に出ることができない。


「…アウソニアって、どんなところかな?」


 ミニヨン以外の国なんて、タママには想像もつかない。この世界にはたくさんの国があって、それぞれに王様やお貴族様が住んでいるらしい。そして、ミニヨンとは少しずつ違った文化や風習、食べ物などがあるのだ。


 オリバーは笑いながら言っていた。

「アウソニアはミニヨンよりも暖かい国だよ! 海があって、風光明媚なところだ」


 ふうこうめいび…。サイラスは「自然がとても美しいこと」をそう言うんだと教えてくれた。サイラスは海がどんな感じかを話してくれた。大きくて、水色で「湖と違って、波があるんだ」という。


 波というのは、水が勝手に動くのだという。岸に向かって水が押し寄せたかと思うと、今度は海に向かって水が引いていく。その繰り返しが延々と…たゆまなく続くらしい。


「う、海の魔法ですか?」

 タママがびっくりすると、サイラスはちょっと考えて言う。

「魔法かぁ…。たしかに、自然の魔法かもしれないね」


 タママはサイラスの水色の髪や笑顔を思い浮かべる。まだ三日ほどしか離れていないのに、ずいぶん会っていない気がした。


「…サイラスさま、早く帰ってこないかなぁ」

 タママは頬杖をついて、思わずつぶやいてしまう。いつも一緒にいる人が、傍にいないだけでこんなにも寂しい。


 サイラスがいれば、石板で書き取りするタママを「お勉強がんばっているね!」と応援してくれる。タママの知らない言葉はすぐに教えてくれるし、新しいことを覚えるとすごく褒めてくれるのに…。


 ミッチがあれほど「いいなぁ~、タママ」と羨ましがっていた気持ちが、今になってわかった。サイラスの小姓であることが、どれほど誇らしいことか、自分はよくわかっていなかった。


「はぁ…ミッチがいたらいいのに。ミッチがいなくなって、サイラスさまもアウソニアに行っちゃって……」 


 ミッチはある日突然、孤児院から掻き消すようにいなくなってしまった。主事とサイラスはとても心配して、何日も孤児院の周辺を探し回ってくれた。だけど、ダメだった。ミッチはどこかに消えてしまった。


「もう会えないのかな…」

 タママはそう思ったが、サイラスの意見は違うようだ。


「…ミッチが帰って来た時のために、彼女はしばらくドイルにお手伝いに行っていることにしておこう」


 彼はそう言ったのだ。サイラスが何故そう言ったのか、タママにはわからない。…もしかして、悲しんでいるタママを慰めようとしてくれたのだろうか?


 ★


 サイラスたちは大きな地図を机に広げる。タニタがあらかじめ用意してくれたアウソニアの地図だ。隣には我が国ミニヨンも〈ちんまり〉と描かれている。


 翼竜は絶海の孤島に巣を作る。そして、夫婦つがいで協力して子育てをする。どこの島をターゲットにするか、これは意外と重要だ。


「まず翼竜の巣がありそうな孤島をピックアップしよう!」

「アウソニアって、意外と島が多いね~」

 サイラスの言葉に、「有人島は除外して良いはずですわ、サイラス様」とソフィアがお姉さんらしく声を掛ける。


「無人島だけなら、数は絞られるな」

「あとは目視で調べられます。翼竜は大きいので、隠れようがありませんから」

 イサキオスとタニタがやり取りをする。


「翼竜の子育ては徹底しています。寝る時でさえ、夫婦が交代で卵を守ります。寝込みを狙って卵を盗むことは難しそうです」


「ふむ。それではプロのハンターたちは、どうやって盗むのかね?」

 タニタの言葉に、イサキオスが疑問を口にする。


 イサキオスはオレンジ色の果汁が入ったグラスを手にしている。イサキオスの服装はミニヨンで暮らしている時とは打って変わって、頭には麦わら帽子を被り、白いシャツに短パン姿である。


「まずハンターたちは、翼竜の警戒心を解くことから始めるそうです」

 翼竜はとても神経質な生き物で、知らない動物が近寄るとそれだけでピリピリ警戒する。


「僕たち、大型船で近寄るんですよね? 絶対警戒されると思うけどなぁ…」

 サイラスは不安そうに言う。サイラスも麦わら帽子を被って、青いシャツに足首の出たボトムスを履いている。


「ハンターの中には、翼竜の警戒心を解くために、船上で三日三晩パーティーを繰り広げたという者もおりました。…翼竜はとても音楽を好むようです」

 タニタはくすくす笑う。イサキオスは驚いて言う。


「…翼竜は神経質なのだろう? 人間の音楽などを好むのか? 実に意外だな!」


「タニタさん、オカリナを持参しましたか?」

 サイラスはしっかり確認してしまう。タニタは笑いながら、自分の胸ポケットをポンと叩いて見せる。


「翼竜の食べ物は魔魚です。ハンターは翼竜に餌を食べさせて、攻略の足掛かりにするのです」

「わかったわ! 餌に毒草を仕込むのですね?」

 ソフィアの言葉に、タニタはあっさり首を横に振る。


「ハンターは毒薬は使いません。ソフィアさまのやり方は、あまり一般向けではないようです。翼竜が魔魚を食べるときに、一緒に大きめの石を飲み込ませるようです。皆さん…翼竜は歯がないのをご存じでしょうか?」


 サイラスはうなずく。むこうの世界の翼竜も、歯がなくてペリカンのように魚を丸飲みして消化したらしい。異世界の翼竜も、似ている部分があるのだろう。


「ハンターは翼竜に石を飲み込ませて、翼竜の飛行能力を奪うようです」


「でも、翼竜は人間にはいっさい懐かないんでしょう? そんなに簡単に餌付けできるものなんですか?」

 オリバーが懐疑的に訊く。翼竜が飛んで追いかけてこないのならば、エッグハントがかなり楽になるのは間違いない。


「ハンターの裏技らしいのですが、船上で大量の魔魚を釣り、その魔魚に大きめの石を括り付け、船の甲板に並べて放置するのだそうです」

「…魔魚を放置?」

 オリバーが訊き返す。


「ええ。あからさまに餌を食べさせようとするのではなく、翼竜にわざと魔魚を盗ませるように仕向けるんだそうです」


「…まぁ、そんなことで上手くいきますの?」 

 ソフィアは不思議そうに首を傾げる。ずいぶんシンプルな作戦なので、(やっぱり、魔魚に毒薬を混ぜた方がいいんじゃない?)と思っていそうだ。


「やってみるしかないだろう。失敗したら、また別の手を考えたらいいさ」

 イサキオスは軽く手を振りながら言う。


 それからニヤリと笑って、イサキオスは続ける。

「周辺海域の魔魚を手当たり次第に釣り上げて、この船から魔魚を盗まざるを得なくしてはどうかな? 交代で巣を守るとはいえ、卵を守っている翼竜は遠くまで餌を探しに行けないのではないか?」


 イサキオスはすっかり悪人顔(あくにんがお)になっている。 


 翼竜の巣の周辺で大掛かりに魔魚狩りを行い、魔魚の群れを近づけないようにすればいいと言う。危険を察知して、魔魚の群れはすぐに島から離れていくだろう。


 イサキオスはオレンジ果汁で気持ちよく喉を潤しつつ、「魔獣といえども、食べなければ飢えるからな!」と気炎をあげる。 



 アルテミス商会の造った【イサキオス号】は驚くべき船だった。まず、外見がピカピカ虹色に輝いている。ご神木(の枝)で作られた船は、霊力を持たない人間の目から見ても(まばゆ)いくらいの輝きだ。


 船の内部は三階建ての豪華な造りになっていて、リヒトとオプスキュリテの話によると、「この船は四十日四十夜の大雨が降り続いても、決して沈みません。大変堅牢な造りになっておりますので、ご安心ください!」ということだった。


 ふたりは自信満々に「特別な素材で造られた船ですので。余所(よそ)にはない素晴らしいものです!」と胸を張っていた。


 キラキラ輝く大型船が納品されて、イサキオスは絶句した。

「…契約書通りの金額で良いのか⁉ この船には明らかに(大量の)霊力が使われているだろう?」


 霊力を使って造られたものならば、それだけ値段が高くなるはずである。イサキオスは先進技術や職人の匠の技には惜しみなく支払いをする。


「建造する際には霊力を使っておりません。アルテミス商会と契約している、平民の船大工たちが造っております。ただ、船の素材が特殊なのです」

 オプスキュリテが淡々と答える。


「とある国に生えております、ご神木を使って建造しております」

「ご神木?」

「ご神体を切り倒したわけではございませんので、ご安心ください! 枝打ちしたものを供物(くもつ)を捧げて貰い受けて参りました」


 今度はリヒトが答える。ふたりともニコニコしながら、「この【イサキオス号】は、アシモフ家の家宝にするにふさわしい一品です」と言う。


「そ、そうか…」

 イサキオスは曖昧に応えながら、うなずく。「いつの間にこの船に、自分の名前が冠されることになったのだろう?」…と思いながら。


「虹色の輝きは契約の証です。この船は絶対に沈みません」

 オプスキュリテが(おごそ)かに言う。

「穴が開いても、勝手に修復されます。意地でも沈みません!」

 リヒトが軽々しく言う。

「そ、そうか…?」


「氷山にぶつかっても、火災に遭っても沈みません。氷山は粉砕され、火は勝手に鎮火されます」

「そ、それはどういう仕組みなのだ?」

 さすがに驚いて、イサキオスが質問する。

 

 リヒトとオプスキュリテは目を針のように細くする。〈今さら何を言っているのだ?〉と(いぶか)し気な表情だ。分かり切ったことを聞くな、という顔をしている。


「ご神木ですから、イサキオス様。ご神木の力です」 

〈当然ではないか〉というように、ふたりはうなずく。

「そ、そうか…」


(…よくわからんが、そうなのか?)


 イサキオスは途方に暮れた。頭脳明敏なイサキオスは、ここまでわからない状態に陥ったことがない。人生初めての〈理解できないもの〉が、自分の名前を冠された【イサキオス号】なのだ。


 なかなか皮肉が効いている…。



 しかし、リヒトとオプスキュリテの言っていたことが、それほど大袈裟ではないと実感する出来事がすぐに起こった。


 アルソニアの気候はミニヨンとまるで違っている。アルソニアは一年中温暖で、夏は比較的暑くスコールも多い。

 

 ターゲットの孤島を見つけ、首尾よく翼竜の存在を確認すると、サイラスたちはイサキオス号の船上でバーベキューをしたり、音楽を奏でたり、楽しい夏休みを過ごしていた。


 そして五日目の午後、サイラスたちは突然激しいスコールに見舞われた。全員が甲板から退避して、激しいスコールが過ぎるのをじっと待った。アルソニアの街中では、スコールは小一時間もすればすぐに止んでしまうのだ。


 ところが、海上ではスコールが小さな嵐のようになって、なかなか終わりが見えない。イサキオス号は豪華客船並みの安定感だったが、あまりにも雨が降り続くので、タニタとオリバーがおそるおそる甲板の様子を見に上がって行った。


 すると驚くことに、イサキオス号の甲板はほとんど濡れていなかった。雨が激しく打ち付けても、数分もすると元通りに乾いてしまう。


 タニタとオリバーの報告に、みんなが目を見張った。雨が降っても甲板がほとんど濡れないだなんて、そんな船は見たことも聞いたこともない。


「まるで魔法みたいだ!」

「どういう仕組みなんだろうね?」

 オリバーとサイラスは驚きの声をあげる。


「アルテミスのやつらは、この船は意地でも沈まんと言っていたが、あながち嘘でもないのか?」

 イサキオスは〈ほくほく顔〉になっている。本当にコレが「沈まない船」ならば、まさにアシモフ家の家宝にふさわしいではないか!


「ご神木って、ありがたいものなのね。もしかして、特別な効用があるんじゃないかしら⁉」

 植物全般に興味のあるソフィアは、ご神木のことが気になって仕方ないらしい。ソフィアは手製の薬草化粧水を手足にたっぷり塗りながらつぶやく。


「ご神木の枝を少し分けて貰えないかしら? ぜひ研究してみたいわ…」


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