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禁死篇  作者: 丸亜沙子
19/22

019 サイラスの手紙

 サイラスの手紙を運んで来たのは、金色のハヤブサだった。


(へぇ、アウソニアまで使い魔を飛ばせるようになったか。サイラスの霊力もずいぶん上がったな!)

 ユウキは感心する。


 ハヤブサはドイル男爵家の使い魔だ。使い魔の形状は〈家ごと〉に違っている。クリスティ家の使い魔は小鹿だが、婿入りする前はユウキ自身もハヤブサを飛ばしていた。


 むろん本物のハヤブサではない。魔法で使役される使い魔で、全身が金色で手乗りサイズの小さなものだ。


「…美しい使い魔ですね!」

 小姓のメイジ―はサイラスのハヤブサを見て、感嘆の声を上げる。サイラスのハヤブサは金色に輝きながら、ユウキの腕に静かにじっと止まっていた。


 霊力のある者は依り代に自分の霊力を移して、使い魔を使役する。霊力のない者(低い者)は魔術具を使って、魔法の力で使い魔を使役する。長距離・長時間に(わた)って使い魔を使役するには、大きな霊力(魔力)が必要になる。


「…うん。今年成人したばかりにしては、頑張っているかな?」

 ユウキも甥っ子の使い魔を褒める。


(なんて美しいハヤブサだ。これで、サイラス様は成人したばかりなのか…。よほど霊力が強いんだろうな!)


 ユウキやシャーロッテとは比較にならないが、メイジ―も霊力を持っている。だから、サイラスの使い魔がよく【視える】。クリスティ家は巫女の家系だけあって、小姓にも霊力を持っている者がいるのだ。


 ユウキはメイジ―が入れた紅茶をゆっくり飲みながら、サイラスの手紙に目を通していく。


 手紙の内容は、ユウキとシャーロッテが自分の成人祝いにドイルを訪問してくれたことへのお礼と、夏休みの〈エッグハントの予定〉だった。


「メイジ―、オリバーとサイラスは翼竜のエッグハントを計画しているんだ」

 

 メイジ―はユウキが婿入りしてから、公爵家に仕え始めた新参者だ。しかし霊力があって器用なので、ユウキに重宝されている。


「えっ、エッグハントですか⁉」

 メイジ―は目を見張った。メイジ―はまだ若く、二十代前半の若者だ。深い緑色の長髪を無造作に束ねて、瞳は明るい黄色をしている。


(ドイル家はあまり裕福ではなさそうだが、ドイル兄弟は翼竜のエッグハントまでするのか? …怖いもの知らずの兄弟だな)


「シャーロッテの翼竜を見て、ふたりとも翼竜が欲しくなったらしい。ドイルでは翼竜など手が出ないからな! 卵を盗もうということになったらしいよ」

「…そうなのですか」


 メイジ―は頷きながら、「ドイルでは翼竜など手が出ない」とあっさり言うユウキに苦笑する。相変わらず、率直な人だ。この率直さゆえか、婿入り当初は下位貴族出身のユウキを侮る者もいたのだ。


(貴族らしい、もったいぶった態度を取らない方だからな…)


 メイジ―はユウキに質問する。

「おふたりはどこの島に行かれるんですか? 翼竜の巣を襲うのならば、船の手配が必要でしょう?」


(…サイラス様は夏休みにエッグハントに来るらしい)


 メイジ―はユウキの甥っ子に会うのをひそかに楽しみにしている。ユウキはこの春先、八年ぶりにミニヨンに里帰りをして、二か月近くドイルに滞在して戻って来た。


 メイジ―もユウキのお供でミニヨンの花祭りに行きたかったが、随行の希望者が多かった上に、ユウキの事業の補佐を担っていたため叶わなかった。ミニヨンに行った小姓がオリバーたちの話をしていたので、メイジ―もふたりに会ってみたかったのだ。


「オリバーとサイラスは、クリスティの屋敷には泊まらないらしいよ」

 ユウキがちょっと笑いながら言う。

「…アウソニアでエッグハントするのではないのですか?」


「オリバーの友達の、アシモフ公爵の別荘に泊まるらしい。アシモフのお世継ぎ様が、ふたりと一緒にエッグハントしたがっているそうだ」


(…ふたりは公爵家と親しいのか? ドイル家は男爵だろう?)

 メイジ―はオリバーとサイラスに会うのを楽しみにしていたので、少しがっかりした。不満そうな表情が顔に出てしまったかもしれない。


「メイジ―、サイラスの小姓は孤児院育ちだから、ミニヨンの外に出られないんだ。アウソニアに滞在中は、サイラスの小姓としてついてやってもらえないか?」


 ユウキの思いがけない言葉に、メイジ―は思わずにっこりしてしまった。ふたりはクリスティの屋敷には宿泊しないらしいが、どうやら自分はエッグハントに同行することになりそうだ。…そちらの方がずっといい! 


「仰せのままに、ユウキ様!」

 従順と喜びを表すために、メイジ―は丁寧に跪いて答えた。



 使い魔は手紙を運んだり、よその屋敷に入り込んで諜報活動をしたりする。


 依り代で作る使い魔と、魔術具で作る使い魔は、外見は〈ほぼ同じ〉だ。そもそも、魔術具の使い魔は依り代で作る使い魔を模して作られている。


 たったひとつの違いは、霊力を込めた依り代はキラキラと輝きを放つが、魔術具の使い魔は金色だがキラキラした輝き(金粉)を出さない。


 術者の霊力が大きいほど、使い魔の輝きが大きくなる。メイジ―がサイラスのハヤブサを「美しい使い魔」と言うのは、霊力の輝きがよく【視える】という意味だ。


 メイジ―の使い魔はヤモリだ。金色のヤモリはとても可愛いと思うのだが、小姓の中には馬鹿にする者もいる。家の壁を這い回るヤモリは、メイジ―の家が〈諜報〉に従事した家系であることを示している。


(ユウキ様のドイル家は、おそらく伝令などを担当した家だろう。クリスティ家は巫女の家系だけあって、神獣である鹿を使い魔にしている。使い魔を見れば、その家がどんな系譜かよくわかるな…)


 ある時、ミニヨンのアトス寺院から大量の手紙が届いて、ユウキが返事を(したた)めていた。大国アウソニアの公爵家に婿入りした貴族に、ミニヨンの孤児院から大量の手紙を送り付けるなどと、正直メイジ―は面食らった。


「…いったい、何の手紙なのですか?」

 語気に非難の色が加わってしまう。ユウキにも伝わっているだろう。


「私の小姓をしていた者からの相談の手紙だ。……あいつは天涯孤独の、可哀想な身の上でね。ぜひともアウソニアに連れてきてやりたかったんだが、叶わなかった。今は孤児院の主事になったんだが、かなり苦労しているようだ」


 ユウキの目には元・小姓への同情と気遣いが揺らめいている。まるで自分の身内を心配するような態度だ。


(…孤児出身の小姓に、そこまでしてやるのか?)


 メイジ―はびっくりした。本音を言えば、アウソニアの高位貴族になったユウキに、手紙を送るのさえ図々しいと感じるくらいだ。ユウキに大切にされる元・小姓への嫉妬心が混じっているのかもしれないが…。


 ユウキが返事にハヤブサを使うのを見て、メイジ―は「ずいぶん美しい使い魔ですね」と感想を述べた。


「あぁ、これはドイルの使い魔なんだ。結婚前はこれを使っていたので、アトス寺院の者にはハヤブサの方が私だとわかりやすい」


 ユウキはそう言って、「メイジ―も使いたかったら、ハヤブサを使うといいよ」と言ってくれた。メイジ―の使い魔(ヤモリ)を馬鹿にする者がいることを知っているのか…。


 (あるじ)が許してくれれば、小姓も同じ使い魔を使役できる。クリスティ家の小鹿を使うのは恐れ多いが、ドイル家のハヤブサなら使わせてもらってもいいかもしれない。主の使い魔を使役できるというのは、それだけ自分が信頼されている証なのだから。


 メイジ―がハヤブサの使い魔を飛ばすようになってから、「メイジ―はユウキの片腕だ」という噂が広まった。そして、誰もメイジ―の使い魔をバカにしなくなった。


 アトス寺院でつけられた小姓は、平民で読み書きができる程度だったが、ユウキへの忠誠心が強く献身的だった。クリスティで働く者たちは裕福な家庭で育った者が多く、忠誠心とは程遠く職業的な者が多い。


 しかし、メイジ―は最初からユウキに良く仕えた。おそらくメイジ―自身が〈霊力を視る〉ことができたために、ユウキの才能をいち早く理解できたためだろう。


 メイジ―は小国ミニヨンの、しかも下位貴族出身であるユウキを侮るような愚かな真似をしなかった。小姓たちの誰かが、下位貴族出身のユウキの陰口でも言おうものなら、メイジ―はその者の愚かさに苦笑した。


 本人は陰口のつもりでいても、霊力のあるユウキの前では大声で悪口を(わめ)き散らしているのと変わりがない。メイジ―にさえ感じ取れる悪意が、ユウキにわからないはずがない。むろん、シャーロッテにも。


「なんて愚かなんだ…。自分が見える範囲のことしか理解しないから、ダメなんだよ。シャーロッテさまが何故ユウキ様を選んだと思っているんだ」


 巫女の家に仕えながら、霊力を理解しない者たちにメイジ―は呆れると同時に苛立ちを感じた。


 霊力を持つ者の割合は、三人にひとり程度。さらに、【霊力が多い者】はそのうちの十人にひとり程度だ。シャーロッテやユウキほどの【霊力の強さ】となると、どれくらいの確率になるだろう。


 メイジ―の思った通り、ユウキに悪意を持っている小姓は知らぬ間に遠ざけられた。シャーロッテやユウキはそういうことに慣れっこに違いない。


 相手の心の中が丸見えだから、黙って淡々と対処することに慣れているのだ。


(彼らは自分が閑職に移動させられた理由なんか、わからないんだろうな…)

 メイジ―は頭を振りながら考える。(あるじ)を尊敬できないような愚か者は、遠ざけられるに決まっているじゃないか!



【霊力は、才能と努力の両輪でできている】


 メイジーは常々そう思っている。霊力の欠片(かけら)さえ持たない者は、いかに努力しても霊力を伸ばすことはできない。しかし、霊力は日々の努力なしには育たないものだ。


 メイジ―自身、霊力を伸ばすために日々の鍛錬を怠らない。生まれ持った霊力という才能を、日々磨かなければ意味がないのだ。


 才能と努力を兼ね備えた者だけが、大きな霊力を手にして、大きな魔法を使うことができる。



 ユウキが婿入りしてから、クリスティ家の事業はぐんぐん拡大していった。どうやら、ユウキは霊力だけでなく他の能力も高かったようだ。様々な農作物を品種改良したり、新しい特許を取得したりして事業を多角化していった。


 傍で見ていて、「何故そんなことが?」と不思議に思えるほどの手腕だった。メイジ―は称賛を感じながらユウキに言った。


「ユウキ様は、霊力以外にも〈不思議な力〉を持っているのですね」

 ユウキはちょっと考える。

「不思議な力か…。私にとっては、この世界こそ不思議の宝庫だよ」


 ★


 長い道のりを馬車で旅して、サイラスたちはアウソニアにやってきた。


 アシモフ家の用意した大型馬車は、驚くほど乗り心地が良かった。イサキオスのことだから、この四輪馬車もかなりお金を掛けているに違いない。


 イサキオスはマニアックな性格だけあって、職人の技術や工夫に対して対価を惜しむことがない。自分が価値を認めるものには、平気でカネを積むのだ。


アウソニアに旅することに慣れているイサキオスは、休憩するための店にも詳しかった。


「この店で毎回ラズベリーパイと紅茶を飲むのだ!」とか、「この店でいつもオムレツを食べるのが楽しみなんだ!」とオリバーたちに紹介しては「ぜひ試そうよ!」とみんなに喜ばれる。


 イサキオスは終始饒舌で、ソフィアもタニタも(くつろ)いで楽しそうだ。みんなミニヨンにいる時とは違って、気候に合わせた軽装になっている。ソフィアはこの夏休みの旅行用に、アルテミスでわざわざ服を新調したのだ。


 しかし一行を一番喜ばせたのは、やはり海の風景だった。ミニヨンには海がない。生まれて初めて海を見たオリバーたちは、その大きさに驚いた。


「本でしか見たことがなかったよ! 湖よりもずっと大きいなぁ! 全部塩水なんだよねぇ?」

 オリバーは笑いながら、イサキオスに言う。


「一番大きな違いは、砂浜と波があることじゃないか? ビーチは素晴らしいよ。寝そべって体を焼くこともできる!」

「えっ、イサキオス様は日光浴をするの?」

 色白のイサキオスがそんな話をするので、オリバーもサイラスも驚いた。


「あまり急激に焼いては危険ですわ。あれはお肌のヤケドですわよ! お兄様たち」

 ソフィアがイサキオスやオリバーたちに警告を発する。


「お肌を焼く前に、ぜひこの化粧水を塗ってくださいな! お肌の弱い方たちのために、わたくしが開発した化粧水です!」

 ソフィアはお手製の薬草化粧水を取り出した。


「お前の作った化粧水なんか、私は怖くて肌につけられん。……何が入っているかわからんからな?」

 イサキオスは化粧水の蓋を開けて、鼻をくんくんさせる。目を細めて、何度も首を傾げている。


「…この化粧水は、何やら臭くないか? 皮膚から吸収する毒でも入っているのではないか?」

「まぁ、なんてことをおっしゃるの? ひどいわ、イサキオス兄様!」


 イサキオスとソフィアが言い合いを始める。旅行中に繰り広げられるふたりのケンカにすっかり慣れてしまった一同は、もう気にも留めないで流している。

 

「オリバー様、生きているうちに、まさか海が見られると思いませんでした!」

 オリバーの小姓のライは感動して涙ぐんでいる。


 ライはドイル家の近隣に住んでいる農家の出身だ。子だくさんの家に生まれて、半ば口減らし目的で小姓に出された。

「ライは感激屋なんだな!」と、オリバーが笑っている。


 サイラスも久しぶりに見る海の景色に癒されていた。こちらの世界に来てから、海を見るのは初めてだ。無事に翼竜の卵を手に入れたら、タママや孤児院の子供たちに貝殻を拾ってお土産にしたいな…。


「檜扇貝とか桜貝みたいな綺麗なヤツ、こっちの世界にはないのかな~?」

 

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