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禁死篇  作者: 丸亜沙子
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018 リヒトの世界②

〈人間はなぜ、かくも醜悪なのだ?〉


 リヒトが契約のルールを説明すると、十人の人間たちはたちまちザワザワし始めた。(誰の命を差し出して我が願いを叶えようか)と、ひそひそ相談を始める者までいる。


「外腹の子を三人もお持ちとは、羨ましいことです。三人もおれば、ひとりくらいは…」

「いやぁ。妻の命なら惜しくもないのですが、いかんせん血が繋がっておりませんので、口惜しいですな!」


 この言葉には笑いさざめきが起きている。いや、苦笑も混じっているのだろうか。そうでなければ、こやつらはどこかで頭でも打ったのではないか? 外道め!


 実に呆れるような内容を、笑いながら話しているではないか! 胸がむかむかしてきた。ガイド役はこれだから嫌なのだ。


 醜い、醜すぎる! この醜悪なゲームを早く終わらせてしまいたいので、さっさと生贄(いけにえ)を決めさせて、願いを叶えてしまえ。リヒトはうんざりしながらそう思った。


「さぁ、そろそろ取引をいたしませんか? 皆さま、〈願いごと〉を叶えたいのでしょう?」

 こちらから誘い水を向けると、一番年若い男が立ち上がった。まだ大人になったばかりという雰囲気の、幼さの残る男だ。


「それでは、まず私から…」


 若い男とリヒトはふたりで、ご神木の前に描かれた魔法陣の中に立った。この円陣は雨が降ろうと大風が吹こうと、消えたり欠けたりすることがない。はるか昔に絶大な霊力によって描かれたもので、もう何千年も存在している。


「あなたの願いは、他の三人に知られることはありません。あくまで、ご神木とあなたの間で結ばれる契約です」

「はい」

「あなたが差し出すのは、どなたの命ですか?」

「……父の命です」


 自分の父親の命を差し出すのか…。リヒトは心が冷たく冴えるのを感じる。あぁ、イヤだ。人間はイヤすぎる。


「あなたの願いは何ですか?」

「私は、たくさんの女と付き合いたいです! 女にモテたいんです!」


〈な、なんだって?〉

 リヒトは目玉が飛び出しそうになった。こいつはどうかしているのか? 


 若い男はごく平凡な、平均的な青年に見える。特別醜い男でもなく、何か大きな問題を抱えているようにも見えない。こんなヤツが「女にモテたいから」と父親の命を売るのか⁉ 嘘だろう?


「できればハーレムが欲しいです‼」

 お前、正気か? そんなことのために取引するのか? 自分の父親を差し出すのか? まだ間に合うから考え直せ、馬鹿者!


 …いや、しかし。以前出会った【魔の者】が言っていたな。女のために魂を対価に取引をする男は多い、と。その話を聞いた時には、馬鹿馬鹿しいと笑ったものだが。


 【魔の者】は「本当なんだよ。人間の願いというのは、たいていは女か金だ。権力を欲しがる者も中にはいるが。どっちにしろ、驚くほど単純な生き物さ」と笑っていた。


 クズ男! 場末の娼家にでも入り浸って、そこでハーレムでも作れば良いだろう⁉ 即効性の性病で、のたうちながら死ね!


 リヒトは心の中でこの若い男を罵倒したが、魔法陣は金色に光り輝き、ご神木と男の間に(つつが)なく契約が成立した。若い男は嬉々としている。


〈ご神木よ、本当にそれでいいのか? こんな男の(けが)れた魂を食らっても、腹を壊すだけだぞ?〉 


 次に立ち上がったのは、質素な身なりの地味な男だった。年齢のわかりにくい男だが、いずれにしろ中年だろう。さっさと済ませようと思って、リヒトは無言で魔法陣に入った。男はリヒトの後からのっそりついてくる。


「あなたの願いは、他の三人に知られることはありません。あくまで、ご神木とあなたの間で結ばれる契約です」

 リヒトが告げると、男が念を押すように訊いてくる。

「私の願いは、私の家族や周囲の人間にも秘密にされますか?」

「あなたが話さない限り、誰かに漏れる心配はありません」


 私が誰に話すというのだ? お前がおしゃべりでもしない限り、お前の願い事など流布するはずがないだろう‼ 


「…安心しました。私は用心深いのです」

 男はうなずくが、リヒトは〈用心深いではなく、疑り深いの間違いだろう?〉と心の中で突っ込みを入れる。


「……それでは、あなたが差し出すのはどなたの命ですか?」

「外腹の子供です」

「…あなたの外腹のお子さんは、三人いるのでしょう?」

「誰でも良いので、ご神木さまが選んでください」


 リヒトは眉をひそめる。おい、いくらなんでも無責任だろう? 生贄の子供くらい自分で選べ! 選べないなら、こんな取引はするな! 


「名前のわかる子供はいないのですか?」

「……ベン。私と同じ名前です」

〈いっそ自分を生贄にしろ!〉と、いらいらしながらリヒトは思う。


「あなたの願いは何ですか?」

「カネです、(かね)が欲しい! 子供の頃からずっと、金で苦労したんです。できるだけたくさん欲しい! そして、金を持っているということを、周囲には知られたくないんです。金を持っていることを知られると、(ろく)なことがありません! 働けば働いただけ、私は家族にずっと(むし)られてきたんだ!」


 たくさん金が欲しいが、持っていることを周囲に知られたくないだと? それはただ金を貯め込んで、使わないということか? 意味が分からん。…そんなの、持っていないも同然ではないのか?


 リヒトは首を傾げたが、魔法陣から金色の光が発せられて、契約が成立したようだった。男は喜び勇んで、今度は足取り軽く、リヒトよりも先に魔法陣から出ていった。


 金を持っていることを隠したいというのは、まぁ少し奇妙な願いだが、女と金を欲しがるというのは【魔の者】が言っていた通りだな。


 ……これでようやく半分か。やれやれ、早く終わらせてしまいたい。


 三番目に立ち上がった男は、ほんの少しだけ足を引きずっていた。

「おや、先ほどの薬で治りませんでしたか?」

 思わずリヒトが声を掛けると、「いえ、私はもともと足が悪いんです」と応える。どうやら、ユニコーンの傷薬を塗った男とは別の者らしい。


 リヒトはさっさと済ませてしまいたいので、スタスタと魔法陣に歩いて行った。男はいかにも嫌そうに、なかなか魔法陣に入ろうとしない。


「どうかしましたか? 〈願いごと〉を叶えたいのでしょう?」

「……私は、足が悪いんです」

 それはさっきも聞いたし、見ればわかるぞ。


「私の母が、足を治して来いと言ったんです」

 男は魔法陣に入るのを拒むように、その場に立ち尽くしている。

「母は、自分の命を差し出すので、私の足を治せと。……母は高齢で、ここまで旅をすることができないのです。それで私に行けと言ったのです」

「………」


 なるほど。この男は母親の命を差し出してまで、ご神木と取引をしたくはないのだろう。リヒトは大きくうなずいた。


「わかった、少し待っていてくれ」


〈…ユニコーン、まだそこにいるか?〉

 リヒトは大木の陰にいたはずのユニコーンに話しかける。声は発していないが、この距離ならば【声】が届くはずだ。


《……なんの用だ?》

〈足の悪い者がいるのだが、怪我ではなくて病気のようだ。ユニコーンは病気を治すのが得意だろう? 何か薬は持っていないか?〉


《……そやつらは、ご神木と取引に来た者たちだろう? ご神木の供物を取り上げたくないのだが…》

〈そうだが、この者は母親の命を引き換えにしたくないらしい。本人がそう言っている〉

《………わかった、そちらに行く》


 銀髪をゆるく三つ編みにした、長身の男が飛ぶようにやってきた。白い衣を着て、紺色の帯に金色の刺繍の入ったものを結んでいる。瞬間移動ではないが、我々は獣の化身なので、とても素早く動けるのだ。もちろん、私にもできる!


「…足を見せてくれ」

 ユニコーンは男にそう言うと、大判の布を広げて男を座らせた。足首の方からゆっくりと脚の状態を見ていく。

「ここは痛いか? 筋肉が萎縮しているようだな?」


 ユニコーンはじっくりと男の足を調べてから、薬草を摘んで薬を調合し始める。すり鉢のような石皿の中で薬草を擦りながら、「ここは薬草がよく揃う場所なので、採取場所として重宝している」と話している。


「どうだ? 治りそうか?」

「治るだろうが、長い間使えていない筋肉があるから、できるだけ歩いて鍛えてやらなければならない。魔法の力だけではなく、本人の努力が必要だ」

「…お前、母親の魂を差し出すよりも、自分で努力する方がいいだろう?」

 リヒトが男に言う。男は何度も強くうなずいた。


「私にはおふたりに渡せるような、お礼が何もありません」


 三番目の男はそう言ったが、ガイド役の私としては、ご神木さまから魂を取り上げてしまった挙句、男からお礼なんぞをもらっては困った立場になる。だから、お礼などいらぬ心配なのだ。


 オプスキュリテと名乗ったユニコーンも同じ気持ちだったらしく、「お礼などいらぬ気遣いだ」と固辞していた。ご神木の祟りでも受けたら、怖いことになるではないか。


 三番目の男の治療で少し手間を取ってしまったな。しかし、残りはあとひとりだから別にいいだろう。本音をいえば、無駄に命を奪うことはしたくないのだ。


 最後に、三十代半ばくらいの男がのそのそ立ち上がった。服装や持ち物は上等だが、ずいぶんと顔色が悪い。……もしや病気持ちか?


「病気ならば、最初にユニコーンに診てもらったらどうだ? 治せる病気とは限らないが…」


 お節介かもしれないが、思わず声を掛けてしまう。男は驚いたようにリヒトの顔を見ると、「ご厚意には感謝いたしますが、それはできません」と目を伏せる。 


 魔法陣に立った男は、少し緊張した面持ちだ。リヒトは先程と同じ台詞を繰り返す。

「あなたの願いは、他の三人に知られることはありません。あくまで、ご神木とあなたの間で結ばれる契約です」

「わかりました」

「あなたが差し出すのは、どなたの命ですか?」

「わたくしの命です」

「…あなた自身の命ですか?」


 リヒトは驚いた。願いを叶えるために、自分の命を差し出す人間がいないわけではない。しかし、ご神木との契約では「血が繋がっていれば」自分以外の命でも契約ができる。わざわざ自分の命を差し出す必要はないのだ。


「わたくしは病気を患っております。それほど長く生きられないと存じます。ですから、わたくしの命と引き換えに娘の命を救って欲しいのです」


「……あなたの願いは、娘の命を救うことですか?」

「はい、娘はわたくしと同じ病です。きっと長く生きられないでしょう。愛するアルテミスをお救い下さい。ご神木さまのご加護で、アルテミスをお守りください!」


 男は魔法陣の中で泣き崩れてしまった。リヒトはびっくりした。自分の命を差し出して、娘の命を願うのか? こんな人間もいるのか⁉ 


 今までガイドしてきた人間たちは、自分勝手で愚かな人間ばかりだった。つまらない欲望のために、自分の家族を差し出すようなおかしなやつらばかりだった。


 ……少なくとも、この男はそうではない。リヒトは初めて人間を見直した。なんて愛情深い男だろうか。ガイド役をしてきて、イヤな人間ばかり見てきたが、こんな美しい魂の持ち主もいる。


 男の(すみれ)色の瞳の中に、たくさんの涙と一緒に娘への愛情が(きら)めいている。…実に美しい。


 リヒトは魔法陣の中で「ご神木よ、どうかこの善良な男に報いてやって欲しい! この男の愛するアルテミスを守護し給え!」と全力で願った。魔法陣は金色に光り、ご神木と男の間に神聖な契約が成立した。


 ★


 この男が「アルテミス商会」というデパートを作った初代に当たる人間だ。彼は事業で成功を収めたが、遺伝的な病気に悩まされていた。自分の愛する娘も同じ病を受けていると知ったとき、彼は娘を救うべく様々な手立てを探し始めた。


「ヘンリー曽祖父は、それこそ怪しい加持祈祷まで呼んだそうですね?」

 グレイスは苦笑する。


「グレイスさま。アルテミスさまがグレイスさまの曾祖母にあたるので、ヘンリーさまは曽祖父ではありません。ヘンリーさまは、アルテミスさまのお父様ですから」

 細かいことを気にするオプスキュリテが訂正する。するとグレイスは目をくりくりさせる。


「あら、そうでした? でも間違えても仕方ないわ。わたくしはヘンリーさまにお会いしたことがないんですもの…」


「会ったことがなくても大丈夫ですよ。ヘンリーさまは、グレイスさまと同じ瞳の色をしていました。美しい菫色の……」

 リヒトはグレイスにそう言った。


 私はガイド役を務めて、実際に見たのだ。「愛するアルテミスをお救い下さい」と言いながら、涙に溢れていたあの美しい瞳を。だから、リヒトはご神木の約束がきちんと果たされているか知りたかった。


 そしてここにやって来た時、リヒト自身が契約に縛られていることに気づいたのだ。「アルテミスを守る」という、もうひとつの契約に…。


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