014 百年に一度の都市計画②
昼食を終えてから、イサキオスと別れてサイラスは再び狩りを始める。午後からはコウモリ狩りではなく、何故か大型魔獣を狩ることに決まった。
「これだけコウモリを狩ったのです。もう次のステップに進んでも良いのでは?」
タニタの進言で、吸血蝙蝠からあっさり標的が切り替わった。
「イサキオス様、ここではフェンリルが狩れるのです!」
タニタがニコニコ満面の笑顔で言い始める。
「フェンリル? おぉ、ちょうど新しい毛皮のコートが欲しかったところだ。今から準備すれば、冬までに余裕で準備できるな!」
「イサキオス様のために、わたくしが仕留めて参ります!」
タニタがうやうやしく跪く。傍から見ていれば良い場面なんだろうけど、僕を巻き込まないで欲しい。しかも、まだ季節は初夏じゃないか! 花祭りが終わって、まだひと月弱だよ? 毛皮の準備にはかなり早くないかっ?
「うん、頼んだ。サイラス、こう見えてタニタは狩りの名人だ! タニタと一緒なら君の初陣になんの心配もない。午後もがんばってきたまえ!」
嘘……ものすごく心配になってきた。こっちは正真正銘、初めての狩りなんですけど?
さっきまで紳士に見えていたタニタが、急に胡散臭い狩りマニアに見えてくる。フェンリルって、狼のことだよね? 小さいコウモリを狩りに来たのに、いきなり何を狩らせるつもりだ?
(僕が死んだらどうする! もう既に一回死んでるんだから、こっちはできる限り命を大切にしたいんだよ!)
サイラスは「どうせまたボロボロになるんだから」と、イサキオスの用意してくれた服には着替えずに、破けたりほつれたりした服のまま午後も狩りを始めた。
代わりにタニタは狩り用の服に着替えている。どうやら最初から狩りをする気満々だったらしい…。
胸当てや腕当て、脚当てまで用意していて、まるで戦国武将みたいだ。タニタはどれだけ狩りが好きなんだよ!
「サイラス様、狼は群れで暮らすものですが、フェンリルはあまり群れない孤高の生き物です」
「じゃ、僕とタニタのふたりで一頭のフェンリルを倒せばいいってこと?」
「それでは毛皮が足りませんので…」
「え? どういうこと?」
「イサキオス様とオリバー様とサイラス様のお揃いの毛皮が必要でしょう。最低でも、二頭のフェンリルを狩りたいですね!」
どうやら僕たちドイル兄弟は、イサキオスとお揃いの毛皮のコート(フェンリル製)を作ることに決定している…らしい。
「さぁ、フェンリルをおびき寄せるために、雌フェンリルの鳴き声を出しましょう!」
タニタは革製のポーチから小さいオカリナのような楽器を取り出すと、そっと唇に当てた。それからタニタは不思議な音楽を奏で始める。
サイラスの耳には、学校で子供たちに下校時間を知らせるチャイムを、電子音に置き換えたような音に聞こえる。…これが雌フェンリルの鳴き声なのだろうか? こんな音楽で、本当に雄フェンリルがおびき寄せられるのか?
しばらくタニタがオカリナ(仮)を吹き続けていると、周囲の空気がピリピリと冷え込んでくる。気温低下。急にどうしたんだろう?
「サイラス様、来ますよっ!」
タニタがオカリナを中断して、サイラスに声を掛けてくる。
来るって?
大空を駆け抜けて、灰色の毛を逆立てたフェンリルが現れた。かなり体が大きい。するとまったく別の方角から、もう一頭のフェンリルが飛んでくるのが見える。これも同じように灰色の毛を逆立てている。
さらに砂埃を上げながら、三頭目のフェンリルが大地を駆けてくるのが見えた。これも灰色の毛を逆立てて、いかにも興奮している様子だ。
メスの鳴き声を聞きつけて、三頭のフェンリルは毛を逆立てて興奮状態になっている。
(えぇえ? 一度に三頭のフェンリル⁉ 僕たち、ふたりなのに‼)
「サイラス様、三頭来ましたよ‼ これぞ天の助け! サイラス様、わたくしたちの上に、すぐにシールドを張ってくださいっ!」
タニタは大喜びでサイラスに指示を出してくる。フェンリルが三頭もいるのに、タニタは余裕綽々だ。信じられない、どうやってこいつらを倒すつもりなんだ?
(シールド! とにかく身体シールド!)
サイラスは錫杖をシャランと鳴らすと、ユウキに教えられたように「レインコートを羽織るようなイメージ」で、自分とタニタに身体シールドを張る。
「…うーん、今回も自分がシールドを張れているか、イマイチわからないなぁ?」
サイラスはすっかり困った気分でタニタに質問する。
「この後はどうするんですか? 三頭もフェンリルが出てきちゃいましたけど?」
すると、タニタは崖下の大きな岩を指さして言う。
「あの岩陰にでも隠れて、お茶でもいただきましょう。長期戦になりそうですから…」
えっ? これから僕たちお茶をするの? どういうこと?
「あの、フェンリルと戦うんじゃ…?」
「これからフェンリル同士が戦います。メスを争って三頭に戦ってもらって、勝ち抜けた一頭が我々と戦うことになるんです。黙っていても、もう二頭分のフェンリルの毛皮は手に入りました。今日は実に運がいいです!」
あ~、そういうこと? フェンリル狩りってこういう風にやるんだ。
タニタは簡易セットで火を起こして、いそいそとお茶の準備を始める。
「コーヒーは匂いが強いので、フェンリルが近くにいる時には好ましくありません。戦闘中にフェンリルの気が削がれると困りますので…。紅茶でよろしいですか、サイラス様?」
「あぁ、ありがとう」
タニタは革製のポーチからオカリナを取り出すと、時々フェンリルに向けて吹き始める。
「メスの存在を忘れて、ケンカをやめられたら困りますので。三頭のフェンリルには死ぬまで戦い続けてもらいませんと」
そんなことを言いつつ、ふたりでお茶をしながらフェンリルの争いを眺める。タニタの言った通り、三頭のフェンリルの戦いはなかなか決着がつかなかった。フェンリルたちが疲れてケンカを止めそうになると、タニタはすかさずオカリナを吹いてケンカを煽る。
「…毎回こんな感じなんですか?」
砂埃を立てながら、激しく戦う三頭のフェンリルを眺めながら、サイラスがタニタに訊く。サイラスの質問に、タニタはちょっとだけ考える。
「おびき寄せられたフェンリルの数によって、こちらの戦略は変わります。狩りは肉弾戦ではなく、意外にも頭脳戦なんですよ。サイラス様」
(狩りは頭脳戦か…。考えたこともなかったなぁ)
「相手が大きくて強い時ほど、戦わずして勝つ方法を考えるべきです。できるだけ相手の力を削がなければこちらが危険ですから…」
タニタはにっこりと笑いながら言う。
「わたくしは、そういう戦略が得意なのです」
なるほど⁉ タニタは狩りマニアじゃなくて、戦略マニアなんだ。
むしろそっちの方が、タニタの紳士的なイメージにぴったりな気がする。サイラスは大いに納得した。
結局のところ、サイラスとタニタはまったく戦わずして三頭のフェンリルの毛皮を手に入れた。気の毒なことに、三頭のフェンリルは共倒れしたのだ。
「おや、まぁ。年頃も近く、体格も同じくらいのフェンリルだと思っておりましたが…。思った以上に互角の戦いだったようですね。三頭とも死んで、素晴らしい毛皮を残してくれました。毛皮と素材をいただいて、ついでにお肉もいただいてから手厚く葬らなくては…」
「……結局、僕は身体シールドしかやってませんけど」
「実に見事な手際でした、サイラス様。霊力が高くなければ、シールドはできないことですから」
…これって、絶対にお世辞だよね? すべてはタニタの吹いたオカリナと戦略のお陰な気がするよ。さすがアシモフ公爵家お抱えの小姓だなぁ。タニタ、優秀すぎる…。
フェンリル三頭を狩ってイサキオスのところに戻ると、イサキオスは上機嫌で迎えてくれた。
「ふたりとも、素晴らしいじゃないか! アルテミス商会に注文を出して、毛皮のデザインから仕上げまでお願いしようか? 私は美的センスには自信がないからね」
「かしこまりました」
「フェンリルは魔獣だから、毛皮以外にも素材が取れるだろう?」
「爪や肝なども良質のお薬になりますね」
タニタがイサキオスに答える。
「アルテミス商会に、格安で卸してやろう。あそこは手広くやっているからな。ついでに、アルテミスにフェンリルの解体もしてもらえると助かる」
イサキオスはほくほく顔になっている。アルテミス商会は生薬なども商っているらしいが、魔獣の爪や肝が買い取ってもらえるんだな。サイラスはふたりの会話を興味深く聞いていた。
それから、夏休みの卵泥棒で(タニタのオカリナのような技が利用できないかな?)と思いついた。翼竜相手にも、何か気を引くような方法はないかな?
「タニタさん、さっきフェンリルに吹いていた笛なんですけど…」
「…あれですか?」
「ああいう笛って、翼竜には効かないんでしょうか? 僕とオリバーは今年の夏休みに『卵泥棒』に行こうって計画しているんですけど…」
「…君たち、翼竜の卵を盗むのかい⁉」
イサキオスがぱぁっと目を輝かせる。
「はい。アウソニアに婿入りした叔父上が、今ドイル家に帰ってきているんです。花祭りには伯母上も来ていたんですけど、アウソニアから翼竜に乗ってミニヨンに来たんですよ! それでオリバーがすっかり翼竜を欲しがっちゃって…。うちじゃとても翼竜なんか買えないから、ふたりで卵から育てようかって話になったんです」
イサキオスとタニタは実に楽しそうな顔つきになる。
「卵泥棒をして、おふたりで翼竜を赤ん坊から育てるんですか⁉ イサキオス様、実に楽しそうではありませんか」
「いいなぁ。私は昆虫はいろいろ孵化させて育てたが、魔獣を育てたことはまだないんだよ!」
イサキオスは自分も卵泥棒に参加したくてうずうずしてきた。荒事や血なまぐさいことは大嫌いだが、ドイル兄弟と一緒に卵泥棒に出かけるのは楽しいに違いない。
親友のオリバーと卵を狩りに行けたら、素晴らしい夏休みになるだろう。タニタも同様の顔をしている。この男は翼竜攻略の戦略を考えたいのかもしれないが。
「たしか翼竜は卵を守るために海の孤島に営巣するのだろう? サイラス、君たちはアウソニアの島に卵泥棒に行くつもりかい? ミニヨンには海はないからね」
イサキオスの質問に、サイラスは大きく頷く。卵泥棒に行くといっても、船の手配や滞在先の手配など、ユウキの力を借りなくては無理そうなのだ。そう考えると、隣国アウソニアが候補地として一番だと思っている。
「サイラス、アウソニアにはアシモフ家の別荘もあるんだよ。私が昆虫採集や静養に利用しているものなんだ。もしよかったら、私とタニタも卵泥棒に混ぜてもらえないか?」
イサキオスが提案する。
「夏休みの間、好きなだけアシモフの別荘に滞在してもらって構わないし、船だって好きなだけ使えるよ! もちろん、君たちの叔父上の力も借りられるだろうけれど、できるだけ自分たちの力で卵を手に入れたいじゃないか? …今回翼竜を欲しがっているのは、オリバーと君だろう? 叔父上ではなくて。だったら、できるだけ叔父上の力を借りずに冒険をしてみないか?」
イサキオスの言うとおり、たしかに翼竜の卵を欲しがっているのは僕たちで、ユウキ叔父上ではない。ユウキとシャーロッテはすでに翼竜を持っているのだから。
できるだけ自分たちの力で卵泥棒をやろうよ、僕たちも加えてくれ。イサキオスの提案にサイラスは乗ってみようかな、と思った。




