第10話 願望の行方 5
「何から、話せば、良いですかね」
と、青い髪を、夜風になびかせながら、麻知子は、言った。
桶野川駅から、それほど離れていない公園である。
麻知子は、冬の冷たい風を、耳に感じながら、ベンチに座っている二人を、見た。
公園は、スポーツ公園といった趣きで、広めの敷地で、樋野川市近隣からの来園者も、多い。
サッカー用と野球用のグラウンドが一面ずつと、テニスコートが三面、森林浴向きの遊歩道がある。
日中の利用者は、多いのだが、夜で、人気はなく、公園全体が、昼間よりも、一段と広く感じられる。
「それは、こちらが、聞きたいくらいですよ。一体、何なんですか、こんなところまで、俺達を、連れてきたりして。おかげで、息が切れそうだ」
と、不満げに、言ったのは、小鳩だった。
不快感を顕わにしている小鳩を一瞥して、麻知子は、
(面倒そうな人ですね)
と、思った。
ただ、さきほどからの出来事を考えれば、麻知子とは違う、一般人である、小鳩が、極度の緊張状態にあることは、理解できるし、その緊張の捌け口が、そのような態度に転じているとも思えた。
宵は、小鳩を、たしなめるように、
「やめなよ。さっきの奴が、やばかったのは、あんたも、わかってるでしょう?この子が、助けてくれなかったら、危なかったし。私達、今頃、殺されていたかもしれないんだよ」
と、言った。
「殺される……そんな大袈裟な……」
「完全に、否定できる?」
宵の問いかけに、小鳩は、口を結んで、黙った。
宵は、麻知子に、向きなおって、自身にできうる、最大限の柔らかい表情を作って、微笑んだ。
「ありがとうね。お姉ちゃん達を、助けてくれて」
と、宵は、麻知子に、言った。
麻知子が、目を細めて、
「誤解が、あるようですね。その物言いから、考えますと、あなたは、私のことを、大分、年下だと思われているようですが、年は、恐らく、一つか二つしか、変わりませんよ?」
と、言った。
「まじで?」
「まじです」
と、麻知子が、言った。
「……五歳は、離れてると、思った」
「それでしたら、それは、外れですね」
「年の割には、しっかりした、しゃべりかたをするな、とは、思ったけど」
「この話し方は、地です」
「こんなに小っちゃいのに?」
宵は、麻知子の頭辺りに手をやると、ちょうど、宵の胸の辺りである。
「……私の背が、あまり高くないことへの、侮蔑と受け取りますよ?」
と、麻知子が、言った。
夜の公園の噴水広場のベンチに座っている、小鳩は、隣に座っている、宵に向かって、
「でも、危なかった云々は、結果論でしょう」
と、言った。
「そういう言い方は、ないんじゃないの」
と、宵は、言った。
麻知子は、嘆息して、
「痴話喧嘩は、後で、やってくれませんか。こちらとしては、早く、本題に入りたいのですが」
と、言った。
「痴話喧嘩じゃありませんよ」
と、小鳩が、すぐに、反駁した。
(あれっ)
と、宵は、思った。
小鳩が、少し赤面しているように、見えたからである。
「彼女さん……秋口宵さん、でしたか。あなたも、彼氏に、おとなしくなるように、言ってくれませんか」
と、麻知子は、言った。
宵は、肩をすくめて、
「だってさ、小鳩。とりあえず、この人の話を、聞こう。私も、色々と、聞きたいことあるし」
「……俺が、彼氏だと言われて、反論しないんですか?」
と、小鳩は、遠慮がちに、聞いた。
「どうでも良いから、スルーしただけ。あんたも、私が彼女だなんて、いい迷惑でしょ?」
「……」
小鳩は、宵から、目を逸らした。
宵は、小鳩の微妙な態度の変化に気付かずに、
「大体、私達、百パーセント、そんな関係じゃないじゃん」
「……そう、ですね」
と、小鳩は、声のトーンを落として、言った。
「町村さん。話を、聞く準備は、整ったから、どうぞ」
と、宵が、言った。
麻知子は、軽く頷くと、話を、切り出した。
「単刀直入に、言いましょう」
と、麻知子は、言って、
「小鳩小太郎さん、あなたは、あの人物に、狙われています」
小鳩は、麻知子を見て、
「相手の素性は、わかっていますよ。あいつの苗字は、井原です。下の名前は、忘れました。でも、雄文社の名刺をもらっていたから、確かです」
と、言った。
「雄文社って、あの出版社の?」
と、宵が、聞くと、小鳩は、頷いた。
「なるほど。井原、ですか。さっそく、当たってみることにしましょう」
と、麻知子が、言って、
「石上宵さん、貴女は、偶然とは言え、あの場所に、居合わせた。巻き込まれたと言っても良いかもしれませんが、外形上は、もはや部外者ではなくなった。そうであるならば、あなたは、彼にとって、小鳩さんと近しい者、もしくは、一連の事情を知った者として、障害の対象になった。つまり、小鳩さんと同様に、狙われる立場にたたされたと、私は、考えます。井原は、あなたも、つけ狙うでしょう」
場所を変えましょう、と、麻知子が、言った。




